こんにちは。


はまひとみです。





子どもが言うこと聞かないとき、

旦那さんと話が噛み合わないなってとき、

ママ友のあの一言どういう意味なの?ってとき、

イライラしたり、もやもやが溜まったりして、

そこから

暗くて、重たい世界に行くことないですか?





わたしはイライラやもやもやがあると、

もれなく、暗くて重たい世界に没入して、

ネガティブ街道をまっしぐらに

ひた走るってことやってました。




走ってるときは自分のことってわからないから

自分がネガティブ街道をひたむきに走ってるなんて、

気が付かないんですよね。




気が付かないどころか、

こっちの道もあるよって教えてくれる人に対して、

「バカにしてるの!?」

「見下してるの!?」

みたいな敵意すら感じて、

被害者をやっていました。。

(どんだけー!)




無意識にやってるので、

自分で気がつくことはなかなか難しい。




ようやく気が付いたとしても、

受け入れ難いのです。

暗くて重たい世界に没入してる自分、

ネガティブ街道をまっしぐらに走ってる自分を。

認めたくないし、受け入れたくもない。




なので、

誰かを批判したり、被害者をやったりして、

目くらまし

してるんです。





そうしてたら、

暗くて重たい世界に没入してる自分、

ネガティブ街道をまっしぐらに走ってる自分を

見なくても済むのでね。





でも、これを続けたい?ってことです。

実は、いろんな世界がたくさんあって、

明るくて軽い世界もあるし、

自分のやりたいことをやれる

充実した世界もあるんです。




指をくわえてあの人は特別なんだって

言い聞かせて、それでいいの?




いやだ!っていうときは、

暗くて重たい世界に没入してる自分、

ネガティブ街道をまっしぐらに走ってる自分、

それを認めたくない自分、

被害者になって目くらまししてる自分、

充実した世界を経験したい自分、





本当の自分に目を向けて、気が付いて、

こういうことしてたな〜

こういうこと思ってるな〜

って認めて、受け入れていくことなんですよね。





この認める、受け入れるを

乗り越えたら大丈夫。

しっかり味わって、

よくやったねって自分褒め褒めです。




ここを乗り越えるのに抵抗したくなるけど、

抵抗してる自分も

「抵抗したいんだね」

って自分の心をエアーハグハグして。




そうやってたら、

また乗り越えてみたくなるときが来るので、

再度挑戦!




たとえ、上手くいかなくても、

こういう風に自分にやってくれてる自分は、

最高に喜んでいるので、

できてる、できてないは関係ないんです。




自分が喜んでいる。

このことに焦点を当てていきたいですね。







こんにちは。


はまひとみです。





我が家の中一娘と、小5息子の食欲が

日に日に増しておりまして。

置いてたお菓子も食べようと思ってたら

あっという間になくなってるし、

「お腹空いたー」

「何か食べ物ないのー」

って言葉が飛び交ってます。





ご飯を食べた後に「お腹空いた」って、、

え???

今、ごちそう様したよね?って、

母は頭がくらくらしてますけど、、。




でもお菓子はすすめたくなくて、

食べるならご飯食べたらってことで、

食後のおにぎりが

最近の子どもたちのブームのようですおにぎり



お姉ちゃんがおにぎり食べてるの見たら、

息子も触発されて、おにぎり食べたいって。



わたしは手で握ってもらいたいんだけど、

ラップを使いたがるし、

具材とか、大きさとか

口を出したくなるのですよ。

わたしが。




水つけてるの?とか、

塩は?とか。

おかかの醤油が多すぎるんじゃない、とかね。

おにぎり作りの先輩として、アドバイスがね。

でも一言で終わるように努めております。

これは努力。




隣に言ってあれこれ言いたいけど、

隣には行かないようにしてます。

これも努力。




そしたらね、やっぱり、

手を水で濡らすの忘れて、

「手にご飯粒がくっついた」とか

「ラップに塩の固まりがあってしょっぱい」とか

何かしらやらかしてます。




でもね、

これでいいのだ。




自らやってみて、

失敗にみえるような経験をする。

貴重だなと思います。

作った後に、そう言えばママが言ってたな、

って気付くこともあります。




わたしはこの失敗にみえるような経験を

しなくても済むように、

先回りして口を出してきたんです。

うざがられてほぼ聞かれることはなく。。

だから言ったのにー!

って一人で、もやもやイライラしてました。




かすり傷さえもしないように、

という母の思いに対して、

我が家の子どもたちは

かすり傷どころか、痕が残る傷も

泥だらけの経験もしてきてると思う。

母の思いを見事に裏切って、、




でもね、

これでいいのだ。




傷痕は残るかもしれないけど、傷は治るし、

泥も洗えば落ちるから。

だから大丈夫なんだ。

気にはなるけど、

傷も泥だらけもゆるしていこう。




それにしてもでっかいおにぎりおにぎり

今日は4合のご飯が一食でなくなりました。

成長期、恐るべしです。









こんにちは。


はまひとみです。





スポーツもできて勉強もできて、良い子で、

っていう子がたまにいるじゃないですか。

あの子すごいよね〜!

って多くの人が認めるような子。




その後に聞かれる、

「それに比べてうちの子は、、」

っていう我が子の悩みを聞くことがあります。

そう思えてるのはまだ素直な方で、

劣等感や負けず嫌いが発動して

認めたくない!

キィーってこともあるかもしれません。




この感情のまま突っ走ってしまうと、

大変です。

親の劣等感や自己否定は

親自身でやってくれたらいいんだけど、

子どもを通してそこを発動させてしまうと、

子どもは大変です。





勉強だって、スポーツだって、友達関係だって、

ただ自分のままでやってるだけなんだけど。





だけど、

あの子はできてる、

それに比べてあなたはここがまだまだ、

もっとがんばらないとだめだよ、

みたいなことを思っていたり、

言ってしまう人もいると思います。





子どもはそのままの自分でいるだけなんだけど、

そのままじゃダメ扱いされて、

否定されてるように感じて、

がんばれなくなることがあります。




わたしももれなくやってきたので、

我が子に本当ごめんねって思うんですけど。





デキる子と比べて、

できてないようにみえる我が子を否定しないで

見守ろう!

って思ったとしても、ざわざわして、

もっとがんばれるはず!

みたいな気持ちは自分の中でむくむくして、

言わないと決めればそうするほど苦しくなる。





お母さんが我が子に、

あの子のようにデキる子になってほしい、

もっとがんばってほしい

でもがんばってないようにみえて、

ダメにみえる我が子を何とかしたいっていうとき、

大きな感情が動きます。





何とかしたくなるんだけど、

何とかしようとするのは我が子ではなく、

ざわざわして、イライラして苦しい自分。





そのざわざわやイライラは

ただのお知らせで、

自分の中にあるもの

そろそろみてみない?

って子どもを通してお知らせが来てるんですね。




子どもにざわざわして、イライラして、

我が子を何とかしなくては!

という衝動に駆られるんだけど、

あっ、自分なのね、ってことに

気が付くと、

ベクトルの向きが子どもから自分に変わって、

自分との対話になります。




素直に対話できる場合もあるけど、

頭ではわかってる、

でも我が子の言動がどうしても気になってしょうがない、、

いや、でもこれはわたしのことなんだけど、

でも、、、

って自分じゃない、いや自分、

ということを繰り返すことがある。

繰り返していいんだ。




どんな自分もゆるしていこう。

どんなにゆるしがたい自分も、

これがわたしって認めて、

受け入れていくしかないんだから。








こんにちは。


はまひとみです。





今日は久しぶりにヨガやって、

心も体も心地良いですグリーンハーツ




ヨガの後のランチも楽しみで、

厨房から漂ってくる美味しそうな匂いに

心を持っていかれながらヨガやってました♡





今はヨガは心地良いんだけど、

3年前に始めた頃は、

何だかくたびれて帰ってたんです。

ヨガなのに、、💧




わたしの場合、

自分のポーズが正しくできてるか

すごく気にしてやってたから、

体の感覚を感じるなんて未知の世界で。




あと、周りの人のことも気になってて💧

自分に集中して

呼吸とか体の感覚とか感じる余裕なかったですね〜






これもそうだけど、

ヨガでも家事でも

自分の感覚を大切にしてやっているかって

すごく大事ですね。

ヤル気とか、得られる効果とか、

終わった後の心地良さとか、

別世界です。




正しさとか、うまくできてるかとか、

周りからどう見られてるかとか、

そういうことを気にしてたら、

心地良さとか楽しさとかは感じられないんですよね。




逆に疲れるし、うまくいかないし、

ヤル気も起こらなくなってしまう。

しんどい、大変、疲れる、うまくいかない、

負のループだった。




この差は自分の感覚を大切にしてるかどうか。

正しさとか周りからどう思われてるか?

なんて不要なものはさっさと手放して、

心地良くて、楽で、楽しい

ってことをもっとやってみたいぞ♡









こんにちは。


はまひとみです。






日々の家事をやろう!と思っているのに、

やりたくない、

面倒くさい。

ってことないですか?





わたしの場合、気持ちはあるけどできなくて

気力を振り絞ってがんばってやるか、

がんばれなくて諦めてやらないか、

この2つしか選択肢がなくて、

日々の家事が重労働って感じで大変でした。

でも、やらなかったから、

それはそれで罪悪感を感じて。。





家事とか片付けとかをさくさくやってるママ友が

本当に羨ましかったし、

さくさくできない自分を責めて、

だからわたしはダメなんだって自己卑下して。





気力を振り絞ってどれだけがんばって家事しても、

やって当たり前、

きれいで当たり前の世界じゃないですか。

気合い入れて、重い腰を上げて、

ひーこら、ひーこらやっても、

はい、当たり前!

って思ってたので、

モチベーションが上がらなかった。






何でわたしは家事がこんなに大変なんだろうって、

思っていたのですが、

これもわたしの心の中と密接に関わっていました。





以前のわたしにとって、家事は

「家族のためにするもの」





でも、家族はわたしが家事をしても、

ドラマのお姑さんみたいに

埃の確認なんてしてくれません。

サッシがきれいだね、

お風呂がきれいだね、

なんて言ってくれない。





家族のためにがんばってやってるのに、

誰も見てないじゃん!って思ってたし、

見てないのにやって当たり前、

きれいで当たり前っていうのが、

どうしても受け入られなかった。





あるとき、

わたしが家事やってきれいになってる家の中を、

本当に誰も見てないの?

って疑問が湧いたときがあって。




誰も見てないよ!って思っていたら、

ある人が悲しい顔をしてたんです。

いるのに、いない人扱いされてしまって。

家族のためにがんばってるあの人。

そう、わたし。





わたしがいることをカウントしてなかった。

わたしがきれいになってる部屋に居て、

わたしがきれいなお風呂に入って

心地良さを感じてる、

っていう大切なことが、

ないものとして扱われていた感じ。




この事実に気づいたときの

悲しそうな顔、、

本当にショックで、悲しかった。。





そこから、徐々にです。

家事は家族のためにやるもの

と思っていたけど、

「わたしのためにやりたい」

っていう思いが湧き上がってきて、

家事をやる感覚が変わり始めました。






徐々に、徐々に、

あんなに腰が重くて、重労働に感じていたのに、

嘘みたいに

普通にできるようになって、

家事が本当に楽になりました♡





楽になったのも嬉しかったけど、

次第に、意識せずに普通に

家事をやってる自分もいたりして、

振り返ると、

この激変ぶりに自分でもびっくりなのです。





だからといって、

完璧に家事をやってます!

ってことではないので、悪しからず♡





わたしにとって、

家事をやることの感覚の変化で、

重労働じゃなくなって、楽になったのが嬉しい!





部屋が散らかってるときもあるし、

埃がたまってるところもあるけど、

今はさくっと片付けできるし、

埃を見つけたら雑巾でさっときれいにできる

っていう感覚です。





意識が変わるだけで、

こんなに現実の感覚が変わるのーーー!!

っていう体験をしてしまうと、

他のこともいろいろ気になって、

やってみたくなるんです。














こんにちは。


はまひとみです。





日に日に寒さが増してますね。

朝晩冷え込むようになりましたが、

我が家の小5男子が、ついに、

長袖、長ズボンの体操服を着て登校しました!

ホッとするやら、さみしいやらで、

思わず「長袖着るの?」って聞いてしまいました。





何を大げさな、と思われるかもしれませんが、

真冬の、息子の半袖か?長袖か?

というのは、

わたしにとって大きなざわざわポイントで、

以前は出かける前に、

一やり合いあったくらいです。





ピンポーンて来てくれるお友達が

コートを着て手袋をつけて

暖かそうなぬくぬくの真冬コーディネートの横で、

半袖、半ズボンで、

唇は紫色で、

鼻水出てるんじゃないか?っていう感じの、

素足も腕も鳥肌が立ってる我が子を

何とかしたかった時期がありました。





暖かい格好がどれだけ良いか説得したこともあるし、

出かける直前に着させようとしたこともありました。





わたしが着させようとすればするほど、

反発して、

半袖、半ズボンがいいのー!って

こだわるというか、執着するんですよね。
 




そして、心の学びをしていくうちに、

半袖、半ズボンで鳥肌の息子じゃなくて、

それを見てざわざわしてるわたしの心を

みていくってことをやってました。





そうするとね、

寒そうだからぬくぬく暖かくしてあげたい、

という母心もあるけど、

それとは別で


周りの人から良い母とみられたい


みんなと同じがいい




というわたしのための理由がありました。




そして、

良い母とみられてもらって、

息子がみんなと同じようにいてもらうことで、

わたしが安心したかったんです。





この、わたしが安心するために、

これをいろんな場面でやっていました。

その度に抵抗に合って、バトルを繰り返したな〜

子どもってそういう母の邪心みたいなのって、

お見通しなんです。





寒くて鼻水が出てても拭いたらいいし。

きっと、真冬の半袖半ズボンで過ごした経験から

息子自身が学ぶことがたくさんあるから。

これから一生、一年中半袖半ズボンなわけでもないし、

たとえそうだとしても、それも良し。





それをどうにかしたいと思う自分の心の方を

みていくことが大切だと思います。

そういう大切なことは、

ざわざわとか、もやもやとかで

お知らせしてくれるので、

それを手がかりにみていく。

そうすると、

実は自分の安心のためだったりする。





今のわたしにまだ必要かな?

もういらないんじゃないかな?

必要ないものは手放していったらいい。





自分の意識がフラットになっていったら、

何も言わなくても

自分から長袖、長ズボンを着ていきます。





あの鳥肌の、唇が紫色の頃が愛おしく思えて、

薄着の方が体強くなるかもねー?

なんて言ってる。

ほんとに、自分勝手な親ですね(笑)

自分勝手もほどほどにしなくては。





今の自分に必要のないものは手放して、

気楽に軽やかにいきたいですね!










こんにちは。


はまひとみです。





先月、友達と内々である会をやったんです。

そこに参加してもらってた方に対して、

「うわっ!わたしやっちゃったガーン

ってことがありまして。(内容は割愛しますが)




その日の夜は自分を責めて、

心の中で七転八倒して、

後悔して、無力さを感じて、

その方の気持ちになって、

ものすごい不快を感じられてるだろうなって

大きな罪悪感に浸って、

わたしは嫌われて、

ブロックされて、

二度と会えなくなるんだろうなって、

最後はその方とお別れするところまで想像してました。





そわそわして、全身から変な汗をかいてて、

心臓のばくばくが最高潮で

じっとしていられなくて。





七転八倒しながら、

少しずつ冷静に落ち着けるようになって、

少しずつこの現実を受け止めようって、

それでもジタバタしながら

地獄の夢でも仕方ないと覚悟して

その日の夜を過ごしました。





どん底の一夜を過ごして翌日、

嫌われて絶交された、

と想像してたその方から

メッセンジャーが届きまして。





びっくりして、怖かったけど、

えいっと本文を読んでみたら、

何と、

怒りや苦情の文句じゃなかったんですよ。





それどころか、

昨日のことで、

いろんな気付きがあったと書かれてて。





わたしのやったことが、

過去のご自身と重なるように思われていたことや、

その他にもいろんな気付きがあったと書かれてて、

お子さんに対して心の中で

「ごめんね」

と思っていたけど、

「ありがとう」

を伝えたいと思われて、

その日の夜に、お子さん方へ

「ありがとう」

と伝えることができました、

ということも書かれていまして。





そして、何と、

やらかしたわたしに

「ありがとう」

って書かれてたんです。





最初の文章から温かいものを感じていましたが、

驚きと、感動と、尊敬と、感謝と、

何と言っていいのかわかりませんが、

ゴシゴシと心が洗われた感じがして、

しばらく呆然となりました。





わたしが抱いていたその方への罪悪感も、

そのメッセンジャーをもらってから、

感謝に変わり、

「ごめんなさい」から

「ありがとうございます」に。





その後も何回かメッセージのやり取りをさせて

もらって、

お互いに正直な思いをやり取りさせていただき、

その度に、

自分の心がゴシゴシ洗われてるような、

気持ち良さ、清々しさを感じました。





自分の気持ちに正直に、誠実に、

真っ直ぐ自分をみようとされてる人の言葉は、

罪悪感や、嫌われる恐怖でいっぱいだった心に、

すーっと真っ直ぐ入ってくるんです。





わたしもあの方のように真っ直ぐ、

自分に正直に生きていきたいと憧れるし、

いつもどんな心境で過ごされてるのかな〜

なんて、いろんな想像をしています。











こんにちは。


はまひとみです。






昨日はマイクを使わないで歌う

生声コンサートに行ってきました。

そこの会場がマイクが使えない決まりだそうで、





歌手の方は、

この規模でマイクなしで歌うのは初めてと言われてて。

リハーサルのときの響き方と

お客さんがいるときの響き方が全然違う!

って一曲目を歌った後言われてました。

こちらは聞くことで満足してるけど、

歌を歌いながら、

いろんなことに気を配られてるんですね〜

すごいなと思って聞いてました。





コンサートはほぼ初めてだったのですが、

どうしても行ってみたくて、

子どもたちも連れて参加しました。





子どもたちは途中から退屈になったみたいで、

「お腹空いたー」

「たこ焼き食べたい」

「まだ?」

とか何とか言ってましたが。。





そうだね〜、どうだろね〜

なんて適当に相づちしながら

わたしは歌の世界に浸りました♡





気づいたら、足でリズムとってたり、

体がスイングしてたりして、

耳で聞いてるんだけど、

体全体で聞いてるような感じがして、

思考は歌詞の意味をわかるくらいでいいやって

歌の世界にさらに浸って。





途中で兄弟けんか勃発したか?ってときがあって、

そのときは、ちょっと現実に戻りそうになったけど、

「見過ごす」っていう選択を取りました。





以前なら、けんかを防ごうとしたり、

子どもたちのご機嫌をとろうとしたり、

周りに迷惑かけてるんじゃないかと気にしたりして、

その後は、

楽しい時間を台無しにされたとかって落ち込んで、

ぶつぶつ文句言って、八つ当たりしてたかと。。





子どもたちのけんかや不満などは

あまり真面目に関わらない方がいいですね。

今まで何回も深入りして、

そうすると事態が悪化して、

結果、最悪ーって気分になるのは避けたいです。





それよりも、

けんかを防ごうとしたい自分とか、

過剰に周りに迷惑をかけてないか気になる自分とか、

そういう自分のザワザワやもやもやの方に

意識を向けてみると、

不思議と子どもたちのけんかとか不満とかが

目や耳に入らなくなって、

心境が全然違ってきます。





不快なことって、

いやな気持ちになるから

できるなら避けたいけど、

ザワザワやもやもやの中身の方をみていくと、

自分を知るきっかけになって、

結果的に心の平安につながり、

現実も平安化していきます。





コンサートが終わった後は、

近くのたこ焼き屋さんに直行!





わたしたちの頭の中はたこ焼きだったので、

たこ焼きー待ってましたー!

って感じになってて、

待望のたこ焼きをみんなではふはふ食べて、

お腹も最高でした♡










こんにちは。


はまひとみです。





世の中には悩む人と悩まない人が

いると思うのですが、

悩む人って、

どこからでも悩みを作り出せるんです。

ある種の特技かもしれません。





子どもたちが元気に育ってくれて、

感謝しかないのですが、

そんな感謝の気持ちを吹飛ばす勢いで、

理想の子ども像を我が子に期待したり、

期待が裏切られて子どもを責めたり、

そんな怒ってしまう自分を責めたり、

罪悪感をまとってみたり、

他のお母さんや、他のお友達と比べては、

だめだと落ち込んだり。





あの手この手で悩みを作れるんです。

本人は至って真剣に大真面目にやってるのですが。






また、わたしの場合は残念なことに

何よりも悩むことを優先してたので、

どれだけ周りの人が

気が晴れるようなことを言ってくれても

素直に受け取ることはできなかったし、

そんな簡単なことじゃない!

みんなはこの悩みを軽く考えてる!

みたいな、

自分の悩みを宝物扱いしていて、

周りの人たちは何もできないまま、

悩み劇場をみるしかなかったと思います。

(本当にごめんなさい)





ときどき、貴重な命の時間を使って

わたしは何をやってたんだー

バカバカーって頭を抱えたくなるときがありますが、

後悔のゾーンに入っても出口はないし、

また例のお悩みタイムになるので、

しっかり感じきって、

早めに退出させていただきます。





悩むことに時間をかけていなかったら、

もっとこうしてたら、ああしてたら、

って思うときもあるけど、

あのときのわたしはどうしても悩みたくて、

悩みたかったんです。

マジか?と思うけど、これが事実で。





そんな自分を悶絶しながら受け止めます。

悩みを大事にして、真剣に悩むことは、

声を大にしておすすめしませんが、

その渦中にあるときは、

真剣だし、視野も狭くて気付けないんです。





でも、ふと、

「もうこんなの終わりにしたい」

みたいな心の声が聞こえたら、

そのときから悩みはネガティブなものから、

新しい世界が待ってるよっていう

ポジティブなメッセージに変わるんです。





新しい世界を見るまでは、

ドロドロ、ぐちゃぐちゃの時期を

通るかもしれないけど、

ドロドロ、ぐちゃぐちゃも

そのまま受け止めて、そのまま感じてたら

次への新しい道につながります。





悩むってネガティブだから良くないっていう声も

たまに聞くけど、

今まで見てなかったネガティブの先の先にある

ポジティブの世界っていうのもあるかなと。

悩みの世界を少し覗いてみるのも、

スリルや新しい冒険と捉えると、

世界が広がるかもしれません。
















こんにちは。


はまひとみです。





最近、家の中が穏やかになっています。

中一娘の反抗期がようやく落ち着いてきました。

昨年は激しさピークで大変でしたが、

大変さは今に始まったことじゃなく、

自己主張強めの第一長女の子育ては、

わたしの悩みのタネでした。





母としての自分を責めたり、

逆に娘を責めたり、

ネガティブ事象の渦の中、

何とかやってきたのですが、

それが終わりそうで、

新しい雰囲気が漂っています。

必ず終わりが来るんですね〜


 


以前は、

何かと反抗的でやりたい放題のわがまま娘に、

お説教したり、逆に、母としての自分を責めたり、

何なのよーって悩みの日々で。




ここ2年はよく言われる反抗期で、

トゲトゲのハリネズミみたいで

近寄り難かったー。





そういう風になってるのは

娘のせいなんだと思いたかったし、

娘にわかってもらいたくて、

言葉を尽くして話しをしたら伝わると

熱弁を振るうんだけど、

聞いてる娘はうわの空で、あくびして、

聞く気ないよーって感じで、

その態度に感情を爆発させるわたし。




うまくいかないはずですよね。

負のスパイラルにはまってました。




反抗娘とどろどろの癒着関係を築いていたわたし。




そう、このわたしの意識




だけど、

自分の意識だ、と気づいてもなお、

自分ごとと認めたくないわたし。




いやいや、娘が、と言いたいわたし。




わたしなんだって頭では思うんだけど、





だけど、娘のあの態度、あの言葉遣いが、

とたくさん言いたいわたし。




どんだけー!ってくらい




認めたくなくて、娘のせいにして振り出しに戻る、




これを繰り返していました。




何でうちだけ!!って思ったり、

いっそのことお母さんを辞めたいと思ったり。

この「わたしの意識」から

すぐに外側に逃げる、逃げる。

でも、どれだけ逃げても苦しくて。





苦しさ満載の負のスパイラルの渦にいながら、

客観的に自分をみるってことは意識してて、

あと、自分の心がどんな状態?

ってことにも意識を向けていました。




娘じゃない、わたしの意識と頭ではわかってる、

だけど、

あの頃のわたしの心の器の大きさでは

娘の反抗的な態度を見守ってあげることができなくて、

どうにも受け止めきれなかった。





そんな自分の無力感や未熟さを

ひしひしと感じる日々。




こういう場面で、昔はよく自分のことを責めて

やり過ごしていたましたが、

心のことを学んでからぐっと減りました。

自分を責めるのはただの足止め行為ですから。





今のわたしには難しいって、ただただ受け止める。

そんな自分に、

「そうだよね〜激むずだよね〜

よくがんばってる〜偉いー!」

って自分の心をハグハグしてました。

心は見えないので、エアーハグハグ♡





子どもの心をハグハグしてあげたい気持ちは山々ですが、

自分の心がアップアップしてて

ゆとりがない状態のときは、

まずは自分の心を満たすので精一杯なんです。





そうやっていくうちに、

わたしの心の器も少しずつ満たされて、

相手の言動をただの出来事としてみれるようになって、

娘の心もエアーハグハグ

できるようになってきました。





難しかったことが少しずつできるようになってる

自分の捉え方が重く受け止めないで、軽くなってる。

こういう自分の変化に

ささやかな幸せを感じたし、

わたしにとっては、このことが一番の喜びでした。





自分のやってることは間違いない。

先はみえないけど、やっていこうって、

自分の心を満たすことをとにかく優先しました。





そうして自分の心が満たされてるから、

トゲのあるような言動に過剰に反応することも

減ってきて、

まだトゲトゲさのある娘と二人で出掛けたり、

反抗的なことって楽しくないんだよねー

本当はこういうのやめたいんだー

っていう本音も話してくれるようになって、

少しずつ、どろどろの癒着関係が

解けてきたなって思います。




まだ反抗的な態度を取ることもあるし、

カチンと来ることもあるけど、

ハリネズミちゃんがいるって感じで、
 
やり過ごし方も身についたし(笑)

本当にわたしの心が楽なんです。





わたしもがんばったけど、

頑固なわたしに心の器を大きくする機会を

身をもって与えてくれた娘にも、

よくがんばったね!お疲れ様、と言葉をかけたいし、

ありがとう♡

っていう気持ちはこれからも変わらない。





これはびっくりしてるんですけど、

無駄に反抗することにエネルギー使わなくなって、

親子関係も良くなってきてるからだと思うのですが、

先日、娘の担任の先生から電話をもらったとき、

「二学期になってから勉強への態度が変わって、

一生懸命取り組まれてますよ。」

っていううれしいお話しもありました。





本当に、いろいろなことがつながってる。

その場の小手先なやり方じゃなくて、

見たくないんだけど、肝心のココ!

っていうところを見直していくことが

実は一番大きな変化を持たらしてくれる。





みえない部分だし、

みたくないし、

みないようにしてきた部分なので、

悶絶の連続なんだけど、

自分を労って応援してハグハグしながら

進むことの大切さを再認識しました。





わたしの子育ての悩みのタネで、

もう無理ーって思う日々でしたが、

そんな娘が、

自分の制限を外して、自分を磨かせてくれる、

すごいパワフルキーパーソンだった。





悩みや悩むことは悪いことじゃない、

何かのきっかけに過ぎないんですよね。

それを受け取るだけでいいんだって思うんです。