〜本当のあなたを解き放て〜 -12ページ目
こんにちは。
はまひとみです。
今日から3学期が始まったところも多いと
思いますが、
うちも中1娘と小5息子の3学期が始まりました。
長いお休みの最後の日は
息子の宿題が我が家の定番ネタでした。
悲痛な面持ちで宿題に取り組んでいたり、
ゲームしてるけど、
頭の中は宿題!宿題!となってるのかな、
というような、
しんどそうにゲームしてた息子の顔が
思い出されます。
こういうときは、
登校日は仮病でお休みしてましたね。
以前は、みんなに心配されて、
わたしからは
「やりたくなかったらやらなくてもいいと思うよ」
というひねくれたマイナス意識も
たくさん送られていたので、
息子も重たかっただろうと思います。
それがですね、この度、
息子は人生で初めて、
今日で冬休みが終わりの日に、
「宿題終わったから遊びに行ってくる」
って友達と遊んで過ごしました

帰ってきたら、
いつもの遊び仲間だけど、
息子にとっては心に残るような
嬉しい出来事があったらしく、
嬉しそうにその出来事の話しをしてました

誰に似たのか息子はギリギリボーイズで、
この子はまったくー!
と思っていたんですけど、
息子の方が早めに卒業していきそうです

こんにちは。
はまひとみです。
先日母と電話で話していたら、
「昔は必死に鎧をつけて
がんばってきたけど、
もうあんなにはできない」
と母が話してて、
嬉しくて、ほっとしました。
母のことは、
家事と仕事の部分はスーパーウーマン
のようになぜか思っていて、
母のようにならなくては!!
と母を目標にがんばっていました。
必死にがんばったけど、
母のようにはできない自分に、
いつも劣等感を抱えていて。
自分と向き合うことで、
自分の中の劣等感や、できない自分を
認められるようになってきて、
ポンコツでも、できなくても
それでも大丈夫と思えるようになってきたんです。
そうしていくうちに、
母が、
お母さんも劣等感がいっぱいあるとか
昔は背伸びして頑張ってたとか
お母さんは元々は寝坊すけだよとか、
何だか親近感の湧くようなことを
話してくれるようになってきて。
どこにでもいる、
悩める一人の女性
だったことが判明しました(笑)
わたしは
母のある一部分を切り取って、
これがお母さんという
わたしにとってのお母さん
の虚像を作っていたんですね。
ある部分は、目標のスーパーウーマン
ある部分は、あーはなりたくない避けたい女
という虚像を。
母にもいろんな一面が
当たり前ですがあって、
得意なところもあれば、
苦手なところもある。
だけど、
わたしのお母さん
という人には、
異常に理想や期待が高かったり、
逆に、
査定が厳しすぎない?
ていうくらい低くみているところがあったり。
自分のカスタマイズで、
子どもの頃から作り上げてきた
わたしにとってのお母さん
という人がいます。
そして、
勝手にお母さんを目標にして、
勝手にお母さんには勝てないと劣等感を抱いて。
勝手にお母さんはあのときあーだったって。
お母さん像に一喜一憂していましたけど。
今となっては、
それってどうなの?って感じですね。
そうは言っても勝手な見方をするのだろうけど、
できるだけ、
そのままのお母さんに近づけて
みれたらいいですよね。
反対に、親の立場で思うのは、
変なカスタマイズをされるより
そのままのわたしをお母さんとして
みてもらえたら嬉しい。
(100%無理でしょうけど)
そのためには、
やはりわたしが
鎧をつけないで
ガッチリ鎧をつけてるところは外して
そのままの自分でいるだな〜と思うのです。
こんにちは。
はまひとみです。
先日、息子の宿題について、
わたしのひねくれメッセージを、
送っていたことを書きました。
冬休み中盤に、
お姉ちゃんのチェックが入り、
宿題やってないみたい、
というタレコミがありましたw
息子の言動から、
宿題やってなさそうだな〜と思ってましたが、
やるか、やらないかは息子のことと
わたしは思ってました。
このときの、
意識がポイントです。
息子のことと言いながら、
口出しをしなくても、
「宿題早く終わらせて」っていう意識の圧を
わたしが息子に送っていたら、
「宿題早く終わらせて」
の意識の圧が、息子にバッチリ伝わります。
表面で装っていても、
それは信頼風です。
信頼してるんじゃない。
まずは、
「宿題を早くやってほしい」
と息子に向けていた意識のベクトル

ここに気付いたら、
息子に向けていた意識の向きを、
ぐいっと自分に向ける

そして、
何でそんなに宿題をやってほしいの?
って自分の中の思いをみてみる。
ここにはたぶん、
見たくない思いがあります。
見たくない分、
子どもに向けてしまうんです。
見たくない思いをみていくのは
ざわざわして目を背けたくなるんですけどね。
「宿題を早くやってほしい」
の思いの中身をみていくと。
みんなと同じでいられなくなりそう
落ちこぼれになりそう
先生に怒られそう
というような思いがわたしの中にはありました。
そして、
これは息子のことを思っていそうで、
本当は、わたしが自分に抱いてる思い。
こういうことになるのを避けたい。
こわいことになりそうな、
そんな感じがわたしの中にありました。
わたしの中の「こわい」の種(ブロック)
人と違っていたら、大変!
落ちこぼれになったら、大変!
先生から怒られたら、大変!
そんなことになったら大変だー!
という思い。
これを感じたくないから、
息子にひねくれたメッセージを送ったり、
小言を言ったり、
そんなことをやって、
息子に宿題をやってもらおう!
とやっていたんです。
最初の発端はわたしの中にある怖れ。
自分の思いに気付いて、
その奥にある怖さを感じて、
それでも大丈夫なんだってことを
自分で確かめて、腑に落とす。
地味なんだけど、
これを繰り返しやっていくと、
怖れからくるネガティブ意識を子どもに
送らなくてすむんです。
今日は出かけていたのですが、
息子から電話がかかってきて
「書道が残ってるけど、
他の宿題終わったよー」
とうれしそうな連絡がありました。
自分に意識のベクトルを向けて

自分の思いに気付いていく。
そうやって、
わたしから送っていたネガティブ意識の圧が
減っていくと、
子どもは自分の思いに素直に
行動するのですね。
今までは宿題を全くやらず、
長いお休み明けの初日は、
仮病で休んでいた息子ですが(爆)
クラスメイトからもらった年賀状には
「宿題がんばろう」って書いてあったな、、
無意識の意識の力を
改めて感じた、
息子の電話でしたー!
あっ、
宿題はまだ終わってないです(笑)
こんにちは。
はまひとみです。
「どーせ、わかってもらえない」
っていう思い、
言葉には出さないけど、
ずっと心の中に抱えてる。
「誰も自分のことをわかってくれない」
「わかってもらえない自分が
何か異常で、おかしいんだ」
っていう思いを、
成人した息子さんがたまに言うんだよね、と
以前、あるお母さんが話してくれました。
そういう話しをした後は、
しばらく連絡が来ないから心配だって。
わたしは息子さんの方に共感しながら
話しを聞いてました。
なぜなら、
わたしも同じ思いを抱えていたから。
わたしが
「どーせ、わかってもらえない」
と思うことがあった後は、
過剰な自分責めや、
周りへの批判、
漠然とした不安を感じて、
ネガティブの沼に浸っていました。
今でも、
ちょっとしたときに、
自分責めや周りへの批判、
漠然とした不安を感じることはあります。
でも、
そこから今はネガティブ沼に浸ることは
ずいぶん減りました。
何で、
ネガティブ沼に浸らなくなったきたのか、
その秘訣は、
自分のことを知る
ということをやってきたからです。
切り離したい、
見たくない自分がいることを知って、
一つ、一つ、みていく。
そうやってみていくと、
誰かにわかってもらいたい、
でも、
どーせわかってもらえない
ってすねている自分がいるかもしれません。
そして、
わかってほしいと思ってるのは
周りの人に、じゃない。
ずっと一緒に生きてきた人。
「どーせわかってもらえない」
「異常でおかしいんだ」
と思っているこの人。
この自分。
この自分のことを、
わかろうとしてきてたかな。
誰にもわかってもらえないと落ち込んで、
自分でも自分のことがわからなかったとしても、
食らいついて
諦めないで
自分で自分のことを
わかろうとしてきてたかな。
わたしは、
自分のいろんな気持ちに蓋をして、
見たくない自分は切り離そうとして、
誰か別の人になろうと演じて、
否定して生きてました。
自分の気持ちを感じる前に、
高速技で気持ちに蓋をしてきたし、
(無意識にです)
不快な感じがしたら、
そんな感じは上手に切り離してきたし、
(無意識にです)
劣等感や無価値感を感じないように
別の人になろうって演じてきてたし、
(無意識にです)
ひどい扱い。
ちっとも
自分の気持ちをわかろうなんて
してこなかった。
だからね、
「どーせ、わかってもらえない」
これは
自分が自分に思っていることなんです。
それでも、
「誰かにわかってもらいたい」
と思うかもしれない。
誰かにわかってもらえる嬉しさって
ありますよね。
あなたという人の一瞬を
切り取って
わかってもらえることがあるかもしれない。
だけど、それで満足?
たくさんある中の一瞬でも
誰かにわかってもらえるというのは
嬉しい瞬間だと思うけど、
それは一瞬のことで。
そして、
わかってもらえるのも
あなたの中のいろんなあなたがいる中の、
ある一部分なんだよね。
それよりも、
自分で自分のことを、
わからないながらも
わかろうとしていく。
一生を共に生きていく人です。
どーせ、わかってもらえないって、
自分の気持ちを理解してもらおうと、
どこか人任せにしてないかな。
自分のことが、
まるっきし、さっぱり
わからなかったとしても、
その地点から
わかっていこうっていう気持ちを持って、
これから共に過ごせたら
これからの人生は世界の見え方が
きっと変わる。
誰か頼みじゃない、
自分が自分のことを、
好奇心や、興味をもって、
わかろうとしていく。
そんな風にやっていけたら
幸せな世界が広がりますね♡
こんにちは。
はまひとみです。
2023年ももう6日が過ぎましたね。
もう6日か〜ってふり返ってたら
あらっ

と心の中が明るくなる
気付きがありました。
ハリネズミのようにトゲトゲしている
中1の娘がおりますが、
ババアとか、クソババアとか、
今まで生きてて初めて言われる言葉を
言われることがありました。
その暴言が最近聞かれてない。
今年に入ってまだ一度も
クソババア呼ばわりがありません。
ババァ呼ばわりもまだない!
よくよく思い返すと、
12月の中旬頃から
言われてないような気がします。
うざいも、うぜーも今年に入って
聞かれてない。
ということに気が付きました♡
魔の2歳と言われるイヤイヤ期から
約10年。
長かった娘の反抗期も終焉の時期でしょうか。
わたしから娘への過干渉や
マイナスビームを送ることが減ったので、
やはり母であるわたしの意識も
大いに関係あるかと思います。
こんな日が来るとは。
一昨年のわたしに伝えてあげたい。
意味不明の状況も終わりがあるよって。
一昨年のわたしは
娘と意思疎通ができない感じや、
怒りが爆発しそうな感じが
本当にしんどかったです。
誰かー
今すぐこの謎の現状を何とかしてー!
って誰かにすがりついて、
頼みたかったかもしれません。
自分のことだけど、
自分ごととして受け入れるのが難しくて、
毎日心の中でジタバタしていました。
受け入れよう、
いや、受け入れたくない、
というジタバタの繰り返し。
いやなものを受け入れるって
しんどいのです。
そして、娘の言動が気にかかるのは、
実は自分だけだったりして、あれれ?
わたしの問題かな?
って少しずつベクトルを自分に向けて、
受け入れるようになりました。
クソババア!うざい!キモい!
と言われて、
カッチーンーー
はぁ?
誰に言ってんの?
みたいな、
ハードボイルドなやり取りの毎日。
お陰さまで、たくさん怒ることもできました。
自分でもびっくりしながら、
内心ドキドキしながら怒るときもあったけど、
今はだいぶ様になってきたかな(照)
現在進行系ですが、
娘とわたしの間にあった
固い何かは解けてきている感じです

娘自身も、
「あういう(反抗的態度)のは
楽しくないから本当はやりたくないんだよ」
て言ってましたし(笑)
これからは楽しくて柔らかい
コミュニケーションを
取っていけたらいいな
と思います

こんにちは。
はまひとみです。
2年前くらいから
塩麹を作ってます

麹と塩とお水を混ぜて、
一週間くらい常温で置いて出来上がり

あとは毎日くるくるとかき混ぜます。
こんな簡単なことが、
以前のわたしには
腰が重くて難しかった。
重い腰をよっこらしょって上げて、
初めて塩麹を作ったとき、
2年前に書いてました。
重い腰を上げて、
やりたかったことをやってみる。
そしたら、
あっという間に作り終わるんですよ。
毎日くるくるかき混ぜるひと手間は
必要なんですけど、
それも愛おしい。
塩麹のことを友達に話したら、
何か体変わった?って聞かれるんですけど、
健康に繋がっているか
わかりませんが、
おかげ様で、家族はみんな元気です。
「やってみたい」を尊重してる。
食べたい物を食べてる
これが嬉しくて、やってる感じです。
それで家族が健康なら、なお嬉しい♡
「やってみたい」
でも、やってないっていうことが、
意外とたくさんあって、
脳内で勝手に却下してることがあります。
勝手に却下する前に気付いてあげたい。
気付いているけど、
後回しにしてることも
一つ一つやっていきたいな〜と思います

こんにちは。
はまひとみです。
年末からケーキとかカロリー高め系が続いてて、
お正月は
おせちやお餅を成長期の子どもたちと
同じように食べていたら、
とうとう胃もたれが来ました。。。
体重も増えてる感じですが、
ワイド系の洋服で過ごしたいと思います。
日頃自分のお子さんに
イライラや、もやもやを感じてる方も
いらっしゃると思います。
ママ友やお母さん方と話してて、
お母さんがお子さんに感じてる
イライラや、もやもやが
真逆?
って思わせるくらいに
それぞれ違うんです。
そして、そのイライラや、もやもやには
メッセージが隠れていたりします。
子どもがマイペース過ぎるから
もっと空気読んでっていう
もやもやがあったり。
それとは真逆で、
日頃から子どもが周りに合わせすぎてると
気になってるお母さんは、お子さんに
もっと自分の意見を言ってほしいのに、
ってもやもやしていたり。
先生やお母さんたちがあの子は優等生と
認めるような子のお母さんは、
イイ子で親の言うことを聞いて、
真面目過ぎるのが気になるそうで、
「男の子だし、たまには親をあざむくくらいの
やんちゃなこともしてほしい」
って言ってました。
え!そんなことで、もやもやするの?って
感じる方もいらっしゃいますよね。
他の人の視点でみてみると、
実は何も問題にはみえなくて、
逆に、美点ということもあります。
つまり、
うちの子のここがダメだと思っていたところが、
視点が変わるだけで、
だめじゃなかった、
逆にそこが良いところとなることがあります。
視点が変わって、良いところとみるだけで、
あれ?
うちの子のだめだと思っていたところは
いいところなのかもしれない。
と素直に思えると
イライラや、もやもやなんて
あったことすら忘れてしまいます。
それでも、
強く強くここがダメだと思ってることの場合は、
それでも絶対ダメ!
って感じだと思います。
そんなきは
何でそんなにだめなの?
って自分に問いかけて、
自分にきいてみると、
ざわざわするかもしれませんが、
ここに答えがあったりするんです。
自分もそうやってきたから。
そうしなかったら嫌われそうだから
そうしなかったら怒られそうだから
みたいな理由が出てくるかもしれません。
正直、あまりみたくないところかもしれません。
無理のない範囲で、
ゆっくり、じっくり、
自分に向き合ってみられるのも
いいかもしれません。
自分に問いかけたり、
胸のざわざわに気付いたり、
自分の中の声を聞くって
慣れないと難しいけど、
それでもちょっとずつ続けていくと、
段々と自分と仲良くなっていけるんです。
こんなに心強いことはないし、
そうやっていくと、
自然とイライラや、もやもやが減ってくるという
嬉しいスパイラルに入っていけます。
良かったら、
もやもやや、イライラからのメッセージ
受け取ってみませんか。
こんにちは。
はまひとみです。
年末年始は息子にとって退屈らしく
誰かピンポンしに来ないかな~って
友達と遊びたいみたいです。
冬休みはあと一週間で終わって、
登校日を迎えます。
いつものように、
息子の宿題は今も手つかずのままみたいです。
お姉ちゃん情報(笑)
冬休みに入る前は、
「最後にまとめてやるのは大変だから、
ページ数を決めて毎日やる」
って言ってましたけど。
息子と宿題については小学2年生のとき
「先生が優しいから宿題はやらない」
ってやらないで通してから、
そこからいろいろありました。
(仮病でズル休みしたり、なくしたと言ってみたり)
今5年生ですけど、
やってたり、やらなかったり
って感じです。
ぱっと宿題のノートを開いて、
取り組んでいたら終わると思うのですが、
息子にとっては
それがとても難しいことのようでして。
宿題やりたくない
と言ったり、
本当は宿題やりたいと思ってる
と言ったりしてました。
どちらも本当に思ってるみたいだけど、
それが真逆なので、
動けない。
そんな感じだと思います。
わたしは2年生のときから、口では
「宿題やりたくなかったら
やらなくていいと思うよ」
って耳障りの良いことを言ってきました。
だけど、本当は、
誰かに言われながら宿題やるとか
いやだろうなって思うし、
自分で決めてやるもの
と思っていて、
がっつりわたしの心では、
宿題をやる前提の話しでして(照)
本当はやるものと思ってるのに、
口ではやらなくてもいいと思うよなんて言って、
ひねくれているというか、
真逆だったんです。
こういうからくりが、
自分の思いをみていくってことを
やっていきながら、
実はわたしの意識の問題だったと気付くことが
できました。
このことに気付くことができてから、
息子の宿題は息子のことに任せようって
境界線を引く練習。
これがなかなか難しかったですね。
その過程で、
気付いてなかったけど、
実は、わたしの心はざわざしていて、
本当は息子に宿題やってほしかったんだ
ってことに気付くことができたんです。
わたしがひねくれたメッセージを
送っていたことで、
息子もどっちなの?
ってこんがらがっていたと思います。
わたしのひねくれメッセージに気づいてからは
ずいぶん減ってるので、
息子も軽くなっているんじゃないかと
思うのですが、
またここで変な期待を乗せないように(笑)
注意していきたいと思います。
子どもの問題に見えるようなことって、
見方を変えてみると、
お母さんの意識とけっこうつながってて、
お母さんがいつもの見方を少し変えるだけで、
気にならなくなったり、
改善されたりってことがあります。
でも、こんな風に言われると、
わたしのせいなの!って責められたように
以前のわたしは思ってましたけど、
そういうことではなくて、
息子にとっても必要なことをやっていて、
息子の学びをやってると思うので、
ここは境界線を引いて、
自分の意識に集中していくってことを
やっていきたいです。
そうなると、子どもも楽になるし、
何と言っても
お母さんが楽〜になるんですよね〜♡
こんにちは。
はまひとみです。
お正月休み、いかがお過ごしでしょうか。
家族とゆったり、のんびり過ごしてるよって方も
いらっしゃると思います。
いやいや、
家族が家にいるからやることが増えて、
忙しいし、
心の中のザワザワ、イライラ、もやもやで
爆発しそう、、
って方もいるかな。
というのは過去のわたしです。
連休や大きな休みのときは
ずっと子どもといるじゃないですか。
朝起きてこない娘や、
朝からお菓子を食べまくってる息子がいて、
洗濯物は脱ぎっぱなしのままで、、
ゲームと遊ぶことしか考えてないよね?
っていう息子。
子どもたちに、
ちょっと!と言ったところで、
わたしが欲しい言葉や結果は返って来ないから、
これは見ないふりをしようってして
自分集中モードに入りたいんだけど、
そのうち兄弟げんかが始まる。
イライラ
イライライラ
イライライライラ。
そして、
些細ないことでドッカーンて爆発してました

その後は、
なんてダメな最低な母親なんだ!
って自分を責めて、子どもを責める。
というルーティンです。
この、自分や誰かを責めてるときって、
快楽じゃないけど、
脳内で何かの物質が出てるんじゃないか?
と思うくらい、気持ちがすっとして。
ZONEみたいな感じです。
ドッカーンと怒ってしまった自分も
責めてるときは忘れることができます。
何十年もかけて培ってきた癖なので、
無意識に、簡単にできるし、
責めてるっていう意識すらないんですよね。
自分責め、誰か責めしてるときは
責めてる意識はほぼないけど、
自分で気付くことはできます。
それは気分。
責めてるときの自分の気分に意識を向けてみると、、
気分は、悪い。
晴れやかじゃない。
どよーんと黒い雲に覆われている感じで、
そして、
何よりしんどい。
体は重たい、だるい。
責めZONEに入った快楽の後の
副作用でしょうか?
でもこんな代償を払っても、
悲しいことに
何の解決にも繋がらないんです。
こういうのは終わらせたい!って思ったら
意識のベクトルを外側から自分に向けて
いくことです。
ちょっと!と言いたい自分や、
イライラしてきた自分や、
責めてZONEに入ってる自分や、
どよーんと重たい自分。
自分に意識を向けていくと、
今まで見てこなかったいろんな自分がいて、
目を逸らしてしまうこともあります。
今は目を逸らしても、
次こそは見てみようって
気持ちを切り替えて。
目を逸らしてしまう自分を
責めてしまうことがあっても、
大丈夫、大丈夫、
目を逸らしちゃったってねーって
軽やかに、甘すぎるくらい甘く♡
正解も間違いもないし、
いつまでにっていう期限もありません。
自分のペースが最善、最良と信じて、
進んでいきたいですね。
こんにちは。
はまひとみです。
明けましておめでとうございます

今年もよろしくお願いいたします。
またお付き合いいただけるとうれしいです♡
元旦いかがお過ごしですか?
洗濯物や掃除はいつもの通りありますけど〜
台所仕事は
おせちもありますし、
お餅も自分たちで焼いてもらって、
できる限りゆったり過ごしたいものです。
お休みで時間もあるので、
自分の喜ぶこと、
自分の心が求めていたり、
これ好きーーー♡っていう
胸キュンするような
時間も過ごしたいですよね♡
テンションが上がって、
夢中になって
時間が過ぎるのがあっという間
そんな時間を
昨年学び仲間に教えてもらい、
最近取り入れています。
昨年末に学び仲間みんなで受講した千年ノート。
一人でこつこつノートを作っていくんですけど、
子どもに戻ったように夢中でノートを作ってて、
あっという間に時間が経ってて、
もうこんな時間だ!
今日はこれでおしまいって終わる
この楽しさの余韻が残る感じが
名残惜しくて、
また明日も書ーこう!ってなっちゃう

お母さんてやること多いし、
途中で呼ばれたりして
中断することもあるけど、
貴重な一人時間を過ごすために、
一人の時間を意識的に確保して
予定の中に決めておくのもいいかと思います。
日々いろんなことがありますが、
心の健康状態は保っていきたいです。
落ち込むときは、
話したり、書いたり、ペットボトルを叩いたりして
外に出していくと、
内に溜め込むよりも、ずっと楽になります。
そして、
千年ノートみたいな楽しいことをやって
心の状態を上向きにあげていく、
意識してやっていきたいですね♡

