こんにちは。


はまひとみです。






不登校と言っていいのか
わからないのですが、
我が家には2週間前から学校を休んでいる
中1娘がおります。




それが何というのか、
違和感なさすぎて?
馴染みすぎて?
もう2週間経つの、、
という感じです。





読みたかった本を読んだり、
前から作りたかった工作をしたり、
実験をしていたり、
パパとスラムダンクの映画を観に行ったり、
何だか満喫してる様子で。
(わたしもスラムダンク観たいぞー!)




学校用品も洗って
クローゼットに仕舞われてて。
行かない覚悟が伝わってくるような、、




うちの母に娘のことを話したら、
「いいんじゃない?
暇ならおばあちゃんちに来る?」
ってことを、言ってて、、





不登校ってこんなんでいいんだっけ?
と思うのですが、、





こんなにふざけてていいのかな、
もっと真剣に考えなくていいのかなって、
頭の声が聞こえて
この2週間の中で揺れたときもありました。





ですが、
今まで娘については小さい頃から
何よりも優先して悩んで悩んで
ってなことをしてまして。





あんなに真剣に大真面目に悩んできて、
自分と向き合うってことをしていったら
結局のところ、
ふわふわ〜ってなくなって、
あれれ?とまばたきしてる間に
立ち消えてしまった、
これがわたしの子育ての悩みのオチでした。





もう「悩むこと」はやり尽くして、
お腹いっぱい。
悩むことに気力が湧かない
という方が合ってる感じ。





変な話ばかりでドン引きされるかもしれないけど、
ここまで来たら仕方ない。
変な自分を認めて、
変な人として生きていくって
娘の不登校から改めて覚悟した次第です。




今後どうなるかわかりませんが、
娘は娘なりに、この時間で、
自分の中のいろんな思いを
整理しているようです。




そうは言っても、
消化できない気持ちもあるようで、
八つ当たりみたいなこともあるけど。
しばらくは様子を見守りたいと思います。





以前のわたしだったら、
うわーどうしよう!
って真剣に悩んでいたと思います。




子育てに悩み、夫婦関係に悩み、
人間関係に悩み、
自分に悩み、
悩みまみれで生きていたので、、




その生きづらさの要因の一つが、

「こうでなければならない」

というたくさんのマイルールでした。





UMIの受講中これに気付いたとき、
体の力が抜けて、ヘロヘロになって、
起き上がることもできなくて、
声も出せないくらい
体の力が抜けたことがありました。





こうでなければならないと固く信じてたけど、
こうでなくても良いんだ。





このことが腑に落ちたんですね。
それからは、とても楽になりました。




これもいいし、あれもいいグリーンハーツ




「こうでなければならない」
なんていうのは、
ただの幻想だった。





視野を広げて、
たくさんの選択肢があることを知る。




娘は今それをやっているようです。





さて、
娘のことは娘に任せて。





母は自分のことで頭が一杯でして。
自分のことに一生懸命やっていきたいと思いますウインク










梅の花が見頃ですラブラブ












こんにちは。



はまひとみです。







やりたくないと思いながら
しぶしぶやってる
ことないですか?





こういうとき、
気分が乗らないし、体も重たい。





そんな中、身支度をしていたり、
準備をしていたりします。





昨日から中1娘が学校を休んでます。




昨日、娘に
「学校休んでどうだった?」
って聞いたところ、顔がにやけてなって
「良かった」
って言ってました(笑)





娘は小学校の頃から学校に行きたくなくて、
やたらと学校の文句が多かったので、
「そんなにいやなら休んだら?」
って、言ってしまうほどでした。





「休んだらって言っても
そういうわけにはいかないから
って言って学校に行く準備してたよね」
って小学校の頃を振り返って話しました。





そしたら、娘は
「小学校のときから休んでたら良かった。
でも本当は幼稚園のときから行きたくなかった。」
って言ったので、
え!!そうだったの!!って
びっくりでした(笑)






2日休んだ今、
何がいやで学校に行きたくないのか、
自分はどうしたいのか、
そんなことに焦点が当たっているようです。
教室が狭いとか、集団行動がいやだとか
そんなことを言ってますが。






どれがいいとか、悪いとかじゃなくて、

『自分を知る』

今の娘は、新たに自分のことを知る
そういう場面にいるのかな、
と思います。





今もそうだけど、
今までも
いろんな気持ちがぐるぐるしていて、
どうしたらいいかわからなかったのだろうと
思います。





お電話をくれた担任の先生とも
少しそんな話しをして、
娘の中のもやもやや、ぐるぐるが
あることを共有できて良かった。





勉強やテストのことで
不安があると言ってたので、
それを先生に聞いたら、
今はそこまで心配しなくてもいいとのことでした。





そんなこんなで、
明日も休む予定らしく、
今娘はお菓子づくりの本を読んでいます。






行きたくないけど学校に行く。
行きたくないから休む。





メリット、デメリット、
正解か、間違いかなんて
そんなことはわからない。





頭で考えると一層ぐるぐるして、
わからなくなります。





そんなときは、
やりたいことをやる。
やりたくないことは、やらない。





自分の本当の思いを知って、
その思いを叶えること。





大好きなお菓子の本を読む、
お菓子をつくる、
ゲームでも、スポーツでも、勉強でも
きっとそう。





自分の思いに正直に行動していたら、
頭の中のもやもやや、ぐるぐるは
どこかへ行ってるはず。






自分の思いに気付いて、
その思いを最大限に尊重する。
そんな時間を過ごしてほしいなと思います。










こんにちは。



はまひとみです。







行きたくないけど、行く。
行きたいけど、行かない。





中1の娘の中で、
学校に行きたい、
学校に行きたくない、
この2つが交錯しているようです。





今までは、
学校に行きたくないけど、行く
を選択していた娘ですが、





今日は体調も悪くないのに、
休むを選択しました。
(学校には体調不良と伝えて)





でも、本当は、
学校に行きたいという気持ちもあるみたいです。





学びたい、
友達とは離れているけど、
近いところにいたい。





いろんな思いがあるようです。





行きたいも、
行きたくないも、
学びたいも、
友達と仲良くなりたいも、
一人でいたいも、





一気に全ては難しいけど、
一つ一つ叶えていけたら、
それでいいんじゃないかと思います。





「担任の先生から体調どうですか?」
というお電話をもらいましたが、
「本当は体調は悪くなくて、
行きたくないので休みました」
と伝えました。





いろんな話しをして、
「来れそうだったら明日待ってますね」
と明日の時間割を教えてもらいました。





今までは、
学校に行きたくないと言いながら
毎日学校に行く準備をしてる娘のことを
よくやってるな〜と思ってました。





ようやく休めました。





明日行くか
わかりませんが、
無理に行かなくてもいいし、
無理に休まなくてもいいと思うので、
様子みながら、
明日のカレーを仕込みたいと思います。






こうしたい、
こうしたくないを、
一つ一つ叶えていくと、

「本当はこうしたい」

っていうことにたどり着く。





まずは、目の前のことから、
自分に正直にやっていきたいですね。







こんにちは。



はまひとみです。









明るい言葉やポジティブなことを考える


ってよく聞かれます。


きっとそうだと思うのですが、


時と場合によっては、


そうじゃないこともあると思っています。






若い頃に光を求めて買った本に、


今で言うアファメーションのようなことが良いと


書かれていて、


明るい言葉を使うことで現実がそうなるし、


ポジティブな思考をすることで現実がそうなる、


という内容のことが書かれていて、


良い人を目指してたわたしには読み心地良く、


速攻でやってみました。







本に書かれてたことを何回もやるけど


うまくいかなくて、


効果はどうだろうって期待しながら、


また読み直して、またやってみて。








それで習得したもの。


それは、


良いこと思ってる自分、


良い人そうで、何かステキそうな自分、


そんな自分に酔って、


高揚感を味わえたこと。







そしてもう一つは、


自分の本当の思いを


心の奥にぎゅーっと押し込める力技が


さらに身に付いたこと。







わたしはこう思っている、


わたしはこうしたい、







これは、明るい思いなのか?


明るい言葉なのか?


という自分の中の審査機関が働いて、


審査が通った思いや言葉じゃないと


思っちゃだめ、


言っちゃだめ、


とさらに厳しくなったと思います。







自分と自分が離れてしまった。


そして、ますます


自分のことがわからなくなり、


苦しくなったと思います。






つらいときは、つらくて


怒りたいときは、怒って、


苦しいときは、苦しくて


落ち込むときは、どよーんて落ち込んで、


泣きたいときは、泣きたいだけ泣いて、


それでいいじゃん。


と今は思います。






どんな思いや感情に、


良いもないし、悪いもない、


○もないし、✕もない。






審査して押し込めてる時点で、


すでにあるんだから。






あるものをないってすると、


しんどくて、重たいんです。






あるものを否定する心構えでいると


素晴らしいアファメーションも


効果は期待できないものでした。





まずは、


素直に自分の思うままを


受け止めて。






理想の自分や、アファメーションは、


そこから。






光を求めたいときは、


キラキラまぶしいものもいいけど、


自分の心に正直に、


自分の心を受け入れて、


ほんわかするのもおすすめです。











こんにちは。


はまひとみです。






夢中で

真剣に

何かをやるって

貴重な過ごし方ですよね。






「こうでなくちゃ」とか、

「これやって何になるの」とか、

ルールや考えごとが頭にあると

ただ遊ぶって

難しいと思うんです。






先日は三重県は観測史上初の大雪で、

小中学校がお休みになったので、

わたしも仕事を休んで、

見慣れない雪の景色を子どもたちと

キャーキャー言いながら楽しみました雪だるま






うちの地域はたまに雪が降ることはあるけど、

積もることはなくて、

雪が降っても

日が昇ると雪は解けちゃう。





それが、

気温が低かったのでお昼になっても

雪が全然解けなくて、

ふわふわ状態を保っていて、

遊び甲斐のある雪でした雪だるま





わたしは休んだって話した友達から

モニターカウンセリングの依頼があり、

お家の中で過ごしましたが、

子どもたちは朝から遊んで、

お昼ごはんも急いで食べて、

午後も雪遊びに真剣な様子でした雪だるま






近所のお友達と雪合戦したり、

雪だるま作ったり、

雪の山を作ってみたり、

水をかけて溶かしたり、

お湯をかけてみたり(笑)

雪でそんなに遊べるのか!

っていうくらいの真剣さ。





夢中になって遊ぶ

真剣に遊ぶ





雪国みたいに雪が当たり前じゃないから、

とても新鮮で、

こうしないといけない、

みたいなルールもあまりなくて、

みんな雪初心者が遊んでるから、

これどうなるんだろ?

っていう未知のものに対する好奇心も

雪遊びを楽しくさせてくれるのかなって

思ってみてました





同じ遊ぶと言っても、

ゲームやってたときだってたしかに真剣だったけど、

うちの子どもたちは目が充血してて、

顔からはうっすらお疲れ感が漂ってたな、、





それが悪いことではないと思うけど、

体を動かして

夢中になって遊ぶこととは

真剣さの次元が違うような気がします。

母調べですが。




真剣に取り組んでる人の顔って

子どもでも大人でも、

はつらつとしてて、

命燃やしてる感じがして、

見てる方まで元気になる感じがあります。





そして、見てるだけじゃなくて、

自分がそうありたい。





「こうでなければいけない」とか

「こんなことやって何になるの」とか

そういうことはゆるめておいて。






料理だって、掃除だって、仕事だって、

家族とのおしゃべりも、

目の前のやることに夢中になって、

真剣にやってみるってこと。

あれこれ考えが浮かんで足が止まる前に、

やっちゃえー!





そういう命の使い方をしたいなって

わくわくした雪の日でした雪だるま










こんにちは。



はまひとみです。






昨日は息子がお友達を家に呼んで

遊んでました。

ときには

お互いの自己主張がぶつかって

バチバチの声も聞こえてきたけど、

それもありながら終始楽しそうでした。





息子はお姉ちゃんに比べたら

友達が多くて、

コミュニケーションが円滑な感じです。





対して、2つ上のお姉ちゃんは

特に小さかったときは

自分が何かわからないことがあるときは、

習い事の先生にも、

わからない!ってしつこく聞いたり、

もうやらないって放り投げたりしていて、

わからない!もういや!

って自分の気持ちを外に表現することが

多かったです。






昔のわたしは、

この娘の態度がどうにも理解できなくて、

同時に、

どうしても許せなくて。






何回もしつこく聞くし、

そのうちふてくされるし、

そんな娘の態度が

周りの人に迷惑をかけているようで、

その場の空気も悪くなっているように感じて、

申し訳ないという思いと、

あと、

それだけ聞いてもわからないなら

そこは諦めなよ、、

わかったようにやり過ごしたらいいのに、

普通そうするもんでしょ

って心の中で思ってました。






娘の言動が本当に理解できなくて、

そういう場面にいると、

胸の辺りがざわざわして、

居ても立っても居られなかった。






別の場面では、

息子にも、

お友達とのやり取りを見ていて、

逆のざわざわを感じることがありました。






息子には、空気を読んで

自分よりも相手を優先してるようにみえて、

我慢してやり過ごしているようにみえて、

わたしの心の中はざわざわでした。





もっと自分の聞きたいことを

ちゃんと聞きなよー



もっと自分の言いたいことを

ちゃんと主張しなよー




けんかになってもいいから、

自分のやりたいこと貫けよー

って言いたかった。






どちらにもわたしの心は揺さぶられて、

以前は本当に揺れまくってて、

ブレっブレの母親でした。





あの当時

「ブレない母親」

という育児記事の一文を読んで、

愕然としたこともあったし、

娘に、

「あー言ってみたり、こー言ってみたり、

言うことのころころ変わる女やな!」

と言われたときは、

わたしの脳天はぶち抜かれて、

爽快感すら感じました。






イライラ、もやもやして、

居ても立っても居られないくらいの感情が湧いて

揺さぶられて、

ブレまくって、

脳天ぶち抜かれて、、






居ても立っても居られないくらい心を揺さぶる

あの子は、

実は大切なメッセージの

今まで大事にしてたこれ、要らなーい。

仕舞ってたこれ、そろそろ使いたーい。

みたいなことを

お知らせしてくれていました。





今の自分に要るもの、要らないもの。






良い感情ではないので、

笑顔で歓迎するのは難しいけど、

一つずつ受け取っていたら、

あるとき、自分の中に

大切なメッセージを受け取れる日が来ます。






そうしていたら、

理解不能の娘は手の届かない世界のメンターで、

自分と重ねてやきもきしていた息子は、

わたしの目の前を軽やかに進んでいく

等身大の1個上の先輩メンターだったりする。

小さい背中でいろんなことを教えてくれます。






特に、あの理解不能の娘は

固い概念をぶっ壊す

強力メンターです。






わからなかったらわかるまで聞くもんだし、

空気なんて読まなくていいし、

不快になったらやめるのもアリ。

諦めるとか、我慢とか、やり過ごす?

に至っては、くそくらえ的な感じ。

やりたいことはやれるまでしつこく言いまくる。






まだ足元にも及びませんが、

見よう見まねで真似したり、

バチバチ戦ったりしていったことで、

わたしの中のガチガチがゆるんで、

空気なんて読まなくていい、

と思うようになってきました。





本当の本当に空気なんて読まなくてもいいって

自然とできるようになるには、

もっと真剣にメンターから学ばなくちゃ
(笑)





理解不能のあの子、

感情を揺さぶってくるあの人に、

イライラ、もやもやするとき、

今まで握りしめしていた制限や捉え方に

気付いてほしくて、

大切なメッセージを送ってくれてるんですね。

自分が、自分に。






は〜何言ってんの!認めない!

っていうのもあります。

そういう声も聞いてあげて、

頭の片隅に置いておくだけでも、

これからの人生は

必ず向きを変えていくと思います。







揺れるとき

ブレブレのとき

ざわざわするとき

どんなメッセージが送られてるかな?





そして、

自分の心を揺さぶってくるあの子、あの人は

揺さぶりが大きい人ほど、

強力なメンターかもしれないです。









こんにちは。


はまひとみです。







最近

「今を生きる」

「今を感じる」

ということを疎かにしていた気がします。






久しぶりに

空を見上げて、

雲を眺めて、

風を感じて、

お日様の光を全身で浴びて、

(今ここ)

を感じたら、ほっとしました。






あれこれ頭で考えて、

あわあわしていたのですが、

こういうときって、

呼吸が浅くなってる感じです。






深呼吸をして、

肩の力を抜いて、

頭の声よりも体の感覚や心の方に

意識を向けていくことだな〜と

思ってるだけじゃなくて、

ようやく実行することができました。






一つ一つ整理して、

これはこれ、

あれはあれ、

とやっていったら、

何てことないことばかりなんですけど、、






つい、

行動する前に頭で考えてしまう、

悪い癖です。

そうなると、

効果的な方法を考えたり、

意味や理由を考えたり、

肝心なことから余計なことに

意識が向いて、

実行するのが遅れます。






頭で考えるのはちょっと横に置いて、

今、目の前にあるものを、ただ感じる。






風がビューって体を押してくれたり、

鳥の鳴き声が耳に心地良く聞こえたり、

サンサンと降り注ぐ太陽の光を

全身で浴びたり。





そうしていたら、

ほっとして、

頭の中のあわあわ状態から

目を覚ますことができました。



 


また背負い込んで、

あわあわしたら、

この境地を思い出したいと思います。











こんにちは。


はまひとみです。






数年前、テレビで

おじいさんが一人で住んでるゴミ屋敷に

入って行く企画の番組がありました。





家の中は、

ゴミ袋が何袋も積まれてて、

台所には、

劣化して真っ黒の中身がわからない

謎の食べ物らしき瓶がありました。




リポーターがこれ何?って聞いたら

おじいさんは

そんなのあったんだね〜って感じで、

「もう昔のことで何の瓶か覚えていない。

蓋が開かないんだよ」

と言ってて、

リポーターもギョーって気持ち悪そうでした。





おじいさんは瓶のことなんて、

もはや視界に入っていないような感じでした。









朝食でジャムの瓶の蓋が開かないとき、

持つ手を変えたり、

オープナー使ったり、

ガスコンロで蓋を温めたり、

旦那さんや子どもに開けてーってお願いしたり、

何とかして蓋を開けませんか?

パンにジャム塗って食べたいしパン





諦めないであれこれやってたら

固くても蓋は開くんです。





何で瓶?と思われるかもしれないけど、

昨日はUMIの後輩の

2回目のモニターカウンセリングでした。

それで、なぜかわからないけど

テレビで見たゴミ屋敷のおじいさんちの

謎の瓶を思い出しました。






昨日のクライアントさんは、

UMIのマスターコース、カウンセラーコースの期間、

自分と向き合って、

自分の思いや、捉え癖などに気づくための

書き出しを続けてこられていました。





期間中は捉え癖や

長年抱いていた思いに気付かれたそうですが、

長年違和感のあった心の中の蓋が

開かないなと思っていたそうで、

それがモニターカウンセリングで

ポンっと開くことが幾度もありました。




「UMIの期間中に、同期が

どんどん軽くなっていく様子を見てて

どんな感じなんだろうって思っていたけど、

こんな感じなんですね」

とおっしゃっていました。






朝食のジャムの蓋を開けるときみたいに

諦めないで開けようとしていたら、

蓋は少しずつゆるんでいて、

いつかぽんと開くように、

心の蓋も開くんですね。





その原動力は、

悩みを手放して、

目の前の現実を変えたい

ということがきっかけかもしれないけど、

その奥に

もっと自分らしく生きたいという

自分への興味や好奇心があるのかなと

お話しを聞いていて思いました。





心の蓋が固く閉まってるのは、

中身がジャムみたいに甘くないって

うっすら知ってるからで。




でも、ぜんぶ出し切って、

味わってみないことには、

本当に甘くないのか、

どんな味なのかは、

わからない。





なかなか開かない固い蓋を、

開けることを早々に諦めて置いてたら

薄気味悪さが増して、 

捨てるのも面倒くさいってことで

そのまま置いておくのは、

あのおじいさんのゴミ屋敷と似てる気がして。





諦めるのか、

諦めないで続けるのか、

諦めても、

やっぱり諦めない。

自分への興味や好奇心

諦めないでいきたいですね。










こんにちは。



はまひとみです。





昨日は、

中1娘とわたしと、

女と女のバトルでした。
 




娘はけんかを楽しんでる?

けんかにもっていこうって感じがして、

けんかがしたいのかな?

そんな感じもしつつ、けんかに乗っかる母。





今回はわたしの気持ちがブレなくて、

けんかしてるときも、

けんかの後も気持ちはスッキリ。





どんな気持ちでやってるか、

って大事ですね!

意識大事です。





以前のけんかは、

罪悪感があったり、

こんな母親ってどうなの?

って自分裁きを自分の中でやっていたり、

けんかした自分を否定してました。





それで、けんかした後も

後味悪くて、気持ち悪い感じで、

スッキリなんてなかった。





今までのは

ただのけんかじゃなかったんだな

いろんなものを乗っけてたんだな、

っていうことがわかって、

喜びを感じたり。

(こういうことを知れる喜び♡)





途中から息子がわたしの顔を見て、

ママの顔ウケる、、って

こそこそ笑うもんだから、

そこから笑ってしまって、

怒ろうとしてるのに、笑ってしまって、

変な感じになって、けんか終了ー。





罪悪感とか否定とかそういう意識がないと、

けんかもさらっと終わるんですね。





娘はその後も絡んで来たけど、

諦めたみたいで、

自分の部屋に戻っていきました。





けんかも意識次第で

悪いものじゃない。

そんなことを思いました。

賛否両論、好き嫌いあると思いますが。





けんかでスッキリした話しなんて、

聞いたこともないし、

何をばかなことをやってるのよって

自分でもちょっと思うけど(笑)





ちなみに、けんかの発端は

娘が、トイレのマット敷いてよーってことから、

トイレのマットを敷くか、敷かないか。

、、、

マジでどうでもいい話しです。





息子にとってはうるさかったでしょうね。

ほどほどにしまーす。





それにしてもスッキリした〜









こんにちは。


はまひとみです。





子育て本や良さそうな情報を学んだりして、

学んだ知識を

現実に生かすことができなくて、

もどかしさを感じてました。




そして、

「こうしたら良い」ということを

一人で取り組もうとやっていたことも、

まったく進まない原因の一つでした。





2020年にUMIで

自分と向き合う術を学んで、

見たくない自分を見ていったところから

わたしの中の枠や制限がゆるゆるとゆるんで、

重かったのが軽くなって、

しんどかったのが楽になってきました。





あ〜これが自分なのって、

すとんと落ち着くような

言語化するのが難しいのですが、

静かな状態

こういうのがあるんですね。





今までは頭の中の

いろんな声がうるさかったんだなって

気づくこともできました。

それが当たり前だったときは

うるさいなんて思わなかったけど。





あれから、

生まれ変わった

と言っても過言ではないほど、

自分の感覚が変化しました。





そして、

講師のかせゆきさん に

お会いしたとき、

生まれ変わったような感じです、と

お礼もかねて報告をしました。





そしたら

「また何回も生まれ変われるよ」

って。

さらっと言われてました。





生きながら何回も

生まれ変われるってすごい時代。

ほんとの生死ではなくて、

感覚的に、ということです。

昔のしんどい感覚が今は遠い記憶です。





今の自分では思いもしないような

世界があると思う。

そういうことに興味があるなら

それはきっと自分の中のGOサイン。





表面上はうまくやっているけど、

悩みや問題を人知れず抱えておられる方も

いるかもしれないし、

もうこの現実は無理ーって、

限界を感じられてる方もいるかもしれない。





面白い変化を体感してみたい方に

UMIのマスターコースは

いいんじゃないかと思います。

UMI17期 の案内がされていますイエローハーツ

募集開始は1月30日だそうです。