前回の物語
物語の続きが始まります✨✨✨
【甘美な二人】
テヒョンとジョングクはカフェの店主デニスを交えて、大公夫妻の思い出話で盛り上がり、更にテヒョン達の馴れ初めにまで発展して笑いが絶えなかった。
「ジョングク、もうこんな時間だ。そろそろ戻ろうか。」
「はい、そうですね。」
「お話があまりにも楽しいので、お時間に気付きませんで申し訳ありません。」
「いや、デニスさんのせいではありませんよ。私達もすっかり夢中になっていましたから。」
「しかし、殿下のようにチョン伯爵もこんなにもお笑いになるとは驚きました。お名残り惜しゅうございますなぁ。是非またお二人でお越し下さい。」
「ええ。そうさせて頂きます。」
テヒョンとジョングクは席を立って店の外へ出た。外はすっかり陽が落ちて暗くなっている。
「随分と暗くなっておりますな。どうぞお屋敷までの道中お気を付けて。」
「ありがとう。ワインをご馳走様でした。」
デニスはにっこり笑って頭を下げた。
「おそれながら、大公殿下にはどうぞよろしくお伝え下さいませ。」
「ええ、分かりました。では。」
「おやすみなさい。」
ジョングクもテヒョンに続いて声を掛けた。
二人が馬車に乗り込むと、ゆっくりと街の中を進んで行った。警護が後から付いて行くとデニスは馬車の灯りが見えなくなるまで見送った。
すると、見送りの様子を見ていた近所の店屋の男が話し掛けてきた。
「デニス、今の凄い綺麗な方達は貴族かい?」
「ああ、普段なら我々が滅多にお目にかかれないご身分の方々だよ。」
「そんなお偉い方々がどうしてお前さんの店に?」
「フィッシュとポテトチップスがお気に入りでいらっしゃるのだ。」
「え?俺達も食べるいつものアレだろう?貴族様のお口に合うのかい?」
男は不思議そうに訊ねた。
「あの方々は庶民の美味しい味もちゃんと分かっていらっしゃるよ。」
「へぇ〜貴族様にも変わった方がいらっしゃるもんだね。」
「おいおい、失礼なことを言うもんじゃない。御父上もそうであるが、あの方々は素晴らしく沢山の見識をお持ちでいらっしゃるのだ。」
「まぁ確かにお前さんの料理は、ここらでは一番の絶品ばかりだからな。あの方達の舌も間違いないってことだ。」
「こらこら、上から物を言うんじゃないよ。」
デニスは呆れて笑った。
しかし考えてもみれば、テヒョンとジョングクは貴族でもその頂点の位置に立つ立場。庶民の生活の中に入っても、ヒョイと自らその立ち位置まで降りてきてくれる気さくさがある。
決して驕り高ぶることなく近付いてくる姿は、恐れ多い上に驚きもするが、誰もが愛さずにはいられない人格の持ち主である事が伝わってくる。
デニスは、テヒョン達との楽しいおしゃべりを思い出して顔がほころんだ。
馬車の中ではまだ談笑が続いていた。
デニスのカフェで心から楽しめたと見えて、二人ともケラケラと笑いが止まらない。
「まさか下町で大公殿下の違った一面を知る事になるとは思ってもいませんでした。」
「そうだろ?初めて聞いた時は僕も同じ気持ちだったよ。」
二人はまた笑い出した。
「でも更に素敵なお方であるという事が分かって益々憧れます。」
「僕も更に父上を好きになったからね。」
「テヒョン様は大公殿下によく似ておられますよ。」
「そうか?」
「はい。初めてお会いした頃に、私が思っていたイメージとは違ったお人柄を見付けてびっくり致しましたからね。」
「え?君は僕に対してどんなイメージを持っていたのだ?」
ジョングクは意味ありげな笑みを浮かべながら、
「それは、、、温かいベッドの中でゆっくりお話してさしあげます。」
と言ってテヒョンの隣に移動すると、そっと手を取りその甲に唇を押し当てた。
その仕草に胸がトクンと弾む。
照れ隠しのようにふふっと笑うと、ジョングクの頬に唇を寄せて、そのまま押し当ててお返しをした。
テヒョン達が宮殿に戻るとデイビスが出迎えた。
「お帰りなさいませ。」
「ただいま。ジョングクとこのまま部屋に戻る。すぐにミネラルウォーターを持ってきてくれ。」
「かしこまりました。軽食などは宜しいでしょうか?」
「いや、いい。街で沢山食べてきたのだ。」
「今日は何をお召し上がりになりましたので?」
「フィッシュとポテトチップスだ。」
「え?本当でございますか!?」
「デイビスも食べるのか?」
「勿論でございます。街に出たら必ず食べる定番のメニューでございますから。」
デイビスはテヒョン達が庶民の料理を食している事に驚いた。
「今日は食べ過ぎた上に、ワインもよく飲んだな。」
「そうでございますね。」
「では早速ミネラルウォーターをお持ち致します。」
デイビスはお辞儀をすると直に厨房に向かった。
テヒョンとジョングクが大階段を上がり廊下を進むと、ちょうど大公が図書室から出てくるところだった。
「こちらにおいででございましたか父上、ただいま戻りました。」
「遅くなりました。」
ジョングクは頭を下げた。
「二人ともデニスの店に行ったのか?」
「はい、よくお分かりですね。」
「ではジョングクもあの料理を食べたのだな。」
「はい。とても美味しく頂きました。デニスさんが沢山お代わりを下さるのでついつい食べ過ぎてしまいまして・・」
大公はジョングクの話に笑った。
「私も無性にあれが食べたくなる時があるのだ。中毒性があるだろう?」
「庶民が食べている料理を色々調べなければなりませんね、父上。」
「そうだな。次に行く時には私にも声を掛けてくれ。」
「分かりました。あ、父上。デニスさんがくれぐれも宜しくと申しておりましたよ。」
「そうか。ではやはり近いうちに行かねばならぬな。」
「ところで父上は読書をなさっていたのですか?」
「ああ、調べたい事があってな。古い書物を色々見ておった。」
「そうでございましたか。では私達はこれで失礼致します。」
「うん。よく休めよ。」
「お休みなさいませ。」
テヒョンとジョングクは大公に挨拶をすると部屋に向かった。
二人が部屋に戻ると、中は既に就寝の灯りに落とされていた。しばらくしてデイビスがミネラルウォーターを持ってやってきた。テヒョンとジョングクはグラスを取るとグイグイと飲み干した。
「お着替えもお持ち致しました。」
「そこに置いてくれ。自分で着替えるよ。」
「かしこまりました。それではこれで失礼致します。お休みなさいませ。」
「うん、お休み。」
デイビスが部屋を出て扉を閉めたことを確認すると、テヒョンはジョングクに駆け寄り両手で頬を捕らえると、すぐさま唇を塞ぐように口づけた。
口づけたまま視線が合うと、ジョングクはテヒョンの身体を抱きしめ、そのまま抱き上げてベッドに倒した。そこからはもう二人は止められずにお互いを求め合う。
《戦争》の文字がずっと二人に緊張や不安を与えてきた。この日久しぶりに日常を離れ、沢山話し笑い飲食を思う存分楽しんだ。それが良かったのだろう。
緊張に強張る魂を癒せるのは、お互いしかいない。髪を撫で、唇で眉を愛撫し、瞼に口づけて頬を滑り落ちる。
唇をわざと通り過ぎ喉仏を舐めた。そのまま首筋を甘く噛じると、ジョングクの口から静かな長いため息が漏れる。
自分の愛撫に酔ってくれていることを嬉しく感じていると、今度はテヒョンが反対に仕留められた。二人の瞳が揺らぎ始めた。
「・・君の目、紅く揺れている・・」
「・・あなた様の目も、青く揺らいでいます・・」
二人は怒りによらなくても、求め合う情熱で瞳に色が顕われることを知った。
そしてまた、深く深くお互いを求め合った。外は真冬だということを忘れたように、二人の身体に薄っすらと汗が滲む。
昼間の行為の時よりも心が解放されていた。何があっても何が起きようとも、二人の絆は揺るぎないもので結ばれている。そう思える事が二人の全ての原動力になった。
テヒョンとジョングクの魂は融合しているようにお互いを感じた。
幾度となく大きく波打つ二人の影が浮かび上がる。それに呼応するかのように蝋燭の炎がゆらめいた。
ワインの酔いはすっかり覚めていたが、二人はお互いの甘い吐息に酔いしれていた。長い間それは続いた、、、、
抑えきれなくなったテヒョンの悦びの声が唇から漏れる。
ベッドに静寂が戻った____
「ねぇ、、だいぶベッドの中は温かいよ、、さっきの話を聞かせて。」
テヒョンがまどろんだ瞳で訊いた。
「馬車の中でのお話でございますか?」
ジョングクが絡めた指で繋いた手に口づけながら言った。
うん、と頷く顔に額を近付けると話を始めた。
「あなた様は美しく、聡明で毅然とされたお姿でございました。それはお変わりないのですが、、、」
テヒョンは黙ってジョングクを見つめていた。
「直接お会いするまでは、いつも遠くから拝見しておりましたが、あなた様は人を寄せ付けない崇高さがございました。」
「なるほど・・・」
「実際にお会いしたあの日、私はあなた様の瞳に見透かされているようで、どぎまぎした事を覚えております。」
テヒョンはニヤリと笑った。
「ですが、あの後、、あなた様から私の元に来て下さいました。」
「紅茶のお代わりを持って行った時だな。」
「はい。」
「独りで噴水に佇んでいる者を部屋の窓から見付けたのだ。よく見ると君だった。」
「公爵自らお越し頂いて、、それも紅茶が入った籐のバスケットを持たれて。」
「なぜだかそうしようと思ったのだ。初めて君を見た時、他の貴族達のような気位の高い態度が見受けられなかった。逆に言えば目立ちたくないといった様子だ。」
ジョングクは笑った。
「その通りでございます。流石でございます。」
「君の端正な見た目とは真逆な様子に僕は興味を持った。」
「私もあなた様と会話をする内に、王族でありながら本心を仰られる事に度肝を抜かれました。」
テヒョンも笑った。
「それは多分、、君だから話したのだ。僕に似ているところがあると分かったからね。」
「私はあなた様に見付けて頂けたと思っております。そのおかげで私の世界が広がりました。」
「それは僕も同じように思っていたよ。」
「何よりもこうして今、あなた様は私の一番大切な方となりました。」
「僕も君が一番大切だ。」
ジョングクがテヒョンの身体を引き寄せて抱きしめた。お互いの鼓動がお互いの胸で呼応する。生きている・・・確かに目の前に存在する・・・そんな当たり前で、いや、当たり前だと思ってはいけないほど奇跡なのではないかと、二人はお互いを見つめながら思うのだった。
【ジョンソン夫妻の新しい家族】
フランシスが産褥期を終えた頃、テヒョンとジョングクとスミスは、ジョンソン男爵家の新しい家族のお披露目会に出向いた。
昼前に馬車でジョンソン男爵家に向かう。
「私は今日の日を楽しみにしておりました。」
スミスが朝から上機嫌だった。
「スミス、まるで初孫を迎える祖父のようだな。」
「ええ、ええそうでございますよ。なんて呼んでもらいましょうか♪」
「駄目だ・・すっかり〔おじい様〕気分になってしまっている。」
テヒョンはウキウキ浮かれて舞い上がるスミスを笑って見ていた。ジョングクもクスクス笑っていた。
ジョンソン邸に到着すると、使用人たちがテヒョン達の到着を整列をして待っていた。
先頭で待っていたトーマスが馬車の扉を開ける。
「やぁ、トーマス。父親になった気分はどうだ?」
テヒョンは馬車を降りて握手をしながら言った。
「皆さま、今日は我が子のお披露目の為にお越し頂きありがとうございます。それはもう可愛くて可愛くて・・・」
くしゃくしゃの笑みを浮かべ、デレデレな喋り方で挨拶をする。
テヒョンとジョングクはトーマスの浮かれように若干引いてしまった。
「トーマス殿、それですぐにベビーには会えるのですか?」
スミスが待ち切れない様子でトーマスに訊ねた。
「はい!すぐにご案内致します!さぁ、どうぞどうぞ。」
「言葉は悪いが、親バカな父親と孫に甘い爺をそのまま絵に描いたようだな・・・」
「はい・・・なんだか圧倒されますね。」
「テヒョン様も、大佐もお早くお入り下さい。」
トーマスがなかなか入ろうとしない二人を手招いた。
三人が案内された部屋へ来ると衝立てが置いてあって中は見えない。トーマスが中に入ると声を掛ける。
「フランシス、テヒョン様と大佐とスミス様がいらして下さっているよ。今入って頂いてもいいかい?」
「まぁ!どうぞ是非お入り下さいませ。」
フランシスから返事があって三人は衝立ての奥に入った。
「やぁフランシス!おめでとう。君達の新しい家族になった天使はどこだ?」
「はい。こちらにおります。座ったままのご無礼をお許し下さいませ。」
ソファに座っていたフランシスは、にっこり笑って腕の中の我が子を見せた。
「この子はアンドリューと名付けました。アンディと呼んでやって下さいませ。」
アンディはお乳をもらった後のようで、スヤスヤとよく眠っている。
「おお、可愛らしい、よく眠っているではないか。」
テヒョンは起こさないように小声で言った。
「おめでとう、フランシス。わぁ・・・何もかもが小さくて愛らしい。」
ジョングクも安心して眠る姿に見入った。さっきまで一番興奮していたスミスは、感無量といった感じで今にも泣きそうだった。
「なんだ、、スミス。せっかく眠っているアンディの前で泣くなよ。」
「・・・言葉になりません、、、本当に、天使でございますなぁ。ジョンソン夫人おめでとうございます。」
スミスはアンディの頭にそっと触れた。
「ありがとうございます。皆様、どうぞこの子を抱いてやって下さい。」
「では、ほらスミスが一番最初に抱かせてもらえ。」
「テヒョン様を差し置いて、私が先で宜しいのですか?」
「構わないよ。一番楽しみにしていたであろう?」
「ではお願いします、スミスさん。」
フランシスはスミスの腕に我が子をそっと預けた。
アンディはスミスの腕の中で一瞬首を動かしたがそのまま寝続けた。
「懐かしい・・・テヒョン様を初めてこの腕にお預かりした日を思い出します。」
「流石に上手ですねスミス殿。」
ジョングクがサマになっている様子に感心した。
スミスはアンディを包みこんだ両腕を左右に静かに揺らす。
「愛らしい寝顔でございますな、、、爺と呼んで貰える日が待ち遠しいです。」
皆が笑った。
「本当に気が早いぞ。なんて呼んでもらおうかと言っておったのに〔爺〕でよいのか?」
テヒョンの言うことにまた笑いが起きる。
「さ、スミスもうそろそろ私にアンディを渡してくれ。」
テヒョンが両腕を出すと、スミスはアンディを注意深くそっと渡した。
「おお、おお、なんて可愛らしい、、本当によく眠っている。」
ジョングクがテヒョンの後ろに回って、包み込むようにして肩越しにアンディを見守った。
「この子の寝顔は癒しでございますな。」
慈しむように見つめながら言う。
「じゃあほらジョングク、君の番だよ。」
前に回ってテヒョンからアンディを渡されると、しっかりと腕の中に収めた。
「上手いではないか。抱き方がサマになっておる。」
テヒョンが今度はジョングクにピッタリくっついてアンディの寝顔を見守った。
「こんなにもこの子は軽いのに、不思議なことに命の重さがずっしりと腕に感じます。」
「分かって頂けますか、大佐!」
皆でアンディを可愛がる様子を今まで黙って見守っていたトーマスが口を開いた。
「うん。分かるぞ。」
ジョングクは頷いて応えた。
「誕生の日、初めて息子だと言われてこの子をこの腕に抱いた時、我が子の命に対する責任を感じました。」
「トーマスはアンディを抱いたまま泣いておりました、、、私もその姿を見てつられて泣いてしまいましたわ。」
「赤子というのは凄いな。我々大人に容赦なく命の存在を見せつけてくるのだから、、、」
テヒョンはそう言いながらアンディの頭を優しく撫でた。
「まぁ、まるでテヒョン様とジョングク様のご家族の絵のように見えますわ。」
フランシスがニコニコしながら言った。
テヒョンはジョングクと目を合わせて照れ笑いをした。
「本当に仲がおよろしいお二人ですこと。」
フランシスが微笑ましく言うと、スミスも頷きながら見ていた。
「さぁ、もうそろそろ父親のトーマスに返そうか。ほら、トーマス。」
ジョングクがトーマスの腕にアンディを託した。テヒョンはアンディがずっと微動だにしないので驚いた。
「本当によく眠っているなぁ、、これだけの人に代わるがわる抱かれたのに。
アンディは凄い大物になるかもしれないぞ。」
「そう仰って頂けて嬉しいです、テヒョン様。この子がいくつになっても、こうやって安心して眠れるように、私はしっかり守ってやりたいと思っております。」
いつになく真剣な面持ちのトーマスに、皆が父親の風格を感じて注目する。
「私が必ず、絶対に守り抜きます。」
真剣さが増すトーマスの言葉に、フランシスが何か言いたげな表情をしたのをテヒョンは見逃さなかった。
「テヒョン様、貴方様が初めて大公殿下や妃殿下に抱かれた時を思い出しました。」
スミスがテヒョンに話し掛けた。
「とても幸せな日々であったであろう?」
「勿論でございます。もう一度あの頃の貴方様をこの腕に抱きとうございます。」
スミスはわざと大袈裟に言ってみた。
「無理なことを、、勘弁してくれ、、、」
皆がどっと笑った。ここでアンディが驚いて目を覚まし泣き出した。
「あ〜あ、とうとう起こしてしまったではないか。」
テヒョンが呆れて言った。
「皆様が大きな声でお笑いになるからでございますよ。」
スミスは拗ねたように言い返した。
トーマスが笑いながらあやし始めると、ソファのフランシスの隣に座る。フランシスはトーマスの肩に寄り添いながらアンディに優しく宥めながら語り掛けた。
「良い夫婦だな。三人ともとても幸せそうだ。」
テヒョンがジョングクのそばに寄った。
「本当に、、、」
ジョングクは言いながら肩に手を回し、テヒョンと一緒に目の前の幸せな家族を見つめた。そしてスミスはこの二つのカップルを満足そうに眺めていた。
「旦那様、奥様、お客様がご到着でございます。」
従僕が知らせに来た。
「分かった。応接間に通してお待ち頂いてくれ。」
「かしこまりました。」
従僕と入れ替えにアンディの養育係が入ってきた。
「失礼致します。」
テヒョン達にお辞儀をすると、トーマスからアンディを預かった。
「皆様応接間にご案内致します。」
トーマスがテヒョン達に移動を促した。今居るのは日中のフランシスとアンディが過ごす部屋で、プライベート空間だったようだ。
応接間まで行くと招待された客が既に集まっていた。テヒョン、ジョングクとスミスが先に中へ通されると、皆が一斉にお辞儀をして迎えた。中には王族が来ていることに驚いている者もいた。
続いてトーマスがフランシスの手を取って入ってくる。応接間には『おめでとう。』の声が続いた。
養育係がその後に付いてアンディを抱いて入ってくると、可愛らしい姿にどよめきが起こった。初めて大勢の人の気を感じたのか、アンディはまた泣き出してしまった。すると、可愛らしい泣き声に皆の笑い声やあやす声がした。
泣き止んだアンディを応接間に準備されていたベビーベットに寝かすと、フランシスとトーマスがそのベッドを囲み、招待客が一人づつ面会をしていった。
テヒョン達三人はテーブル席で紅茶を振る舞われていた。アンディとの面会を果たした招待客達は、今度はテヒョンの所に挨拶にきた。
応接間の部屋には誕生祝いの品々が並び、《ベビー》に似合ったその優しい色合いの品々が、華やかさや可愛らしさで彩られていた。
応接間の隣の部屋に立食形式の昼食が用意された。お皿を片手に皆が思い思いの料理を乗せて談笑して楽しんだ。
トーマスもフランシスも友人達に囲まれて話に花を咲かせている。テヒョンやジョングク、スミスも誰かしらの話の輪に誘われて話し込んだりしていた。
トーマスがスッと話の輪から外れてジョングクの所にやってきた。
「大佐、応接間までお願い出来ますか。」
「ん?今か?ああ分かった。行こう。」
ジョングクも話の輪から外れた。
トーマスとジョングクは応接間に移動した。そこでアンディの世話をしていた養育係にトーマスは、
「私が居るから大丈夫、少し席を外してくれるか。」
と言って人払いをする。養育係はお辞儀をして部屋を出た。談笑をしながらテヒョンとフランシスは、二人が応接間に入って行ったのを横目で見ていた。
やがて応接間と立食の部屋を結ぶ扉が静かに閉められた。
「何かあったのか?トーマス。」
ジョングクは今まで見たこともない真剣な面持ちのトーマスに訊いた。
ベッドでスヤスヤと眠るアンディに向けていた視線をジョングクに向けると話し始めた。
「先日、連合軍の野戦部隊への二次募集に志願を致しました。」
「!?」
トーマスの口から想像もしていなかった言葉が出てジョングクは驚いた。
「なぜ近衛兵のお前が志願したのだ?アンディも生まれたばかりではないか。」
トーマスは暫く黙っていた。張り詰めた空気が流れる中重い口を開く。
「この子を守るため、志願致しました。」
ジョングクはその言葉にドキリとする。
「不穏な世界情勢の中から我が子を守るためには、人任せには出来ません。」
トーマスの言葉は、厳しくも熱意がこもっているのだが、その言葉とは裏腹に目元は温かく柔らかい眼差しだった。
ジョングクはトーマスの言っている事が痛いほどよく分かっていた。ジョングクもまた同じ思いを秘めているからだ。
「フランシスには、話したのか?」
「いいえ、、まだ、、」
トーマスは下を向いて唇を噛み締めた。
「君の思いを知ってしまった以上、私は止められない。止められるわけがない!私にも同じ心情があるのだ。」
「大佐、、」
「自身が軍内にいれば自然とそう思うものだ。《武力》を知る我々は大切なものを守る為に、それを他に委ねる事は出来ない。そうなんだよな?トーマス、、」
トーマスは強く頷いた。
ジョングクは感極まってトーマスの肩を掴んで引き寄せ、強く肩をぶつけ合うとそのまま抱きしめた。二人の瞳から涙がこぼれ落ちる。大切に思うものがいる軍人として、これ以上言葉で言い表せない想いがある。お互いにそれが痛いほど分かるのだ。
アンディが目を覚ましたようで、声を出していた。
「起きたのか、、ほらおいで。」
トーマスはアンディを抱き上げた。
「大佐、、私はこの子が、、本当に可愛くて可愛くて仕方がありません。」
トーマスは泣き笑いしながらアンディに頬を寄せた。命を懸けて我が子を溺愛する父親の姿をジョングクは黙っまま見つめた。
その時、ジョングクの頭の中にテヒョンの実父、ベリスフォード王太子が過る。目の前のトーマスとアンディの姿が、命を懸けて家族を持ちたいと望んだ、崇高な父と奇跡の息子と重なった。
「トーマス?」
ノックの音がするとフランシスが扉を開けて入ってきた。
ジョングクとトーマスは、慌てて顔を隠すと手で涙を拭いた。
「アンディのお乳の時間ですわ。」
「あ、そうか。・・・じゃあ頼むよフランシス。」
トーマスはアンディをフランシスに託す。
「私、乳母は雇わず私のお乳でこの子を育てていますの。」
フランシスは幸せそうにジョングクに話した。
「うん、アンディはとても幸せだな。じゃあトーマス部屋を出よう。」
トーマスの肩を叩いて促した。
「アンディまた後でな。沢山飲むのだぞ。」
トーマスはそう言って衝立を立ててやるとジョングクと共に部屋を出た。
部屋を出るとそこにテヒョンが立っていた。
「アンディはお乳の時間らしいな。」
「はい。」
出てきたジョングクとトーマスの目が赤く潤んでいる事に気付く。
だがテヒョンは敢えて何も訊こうとはしなかった。何かがあったのは分かる。
しかし、誤魔化されたくなかったのと《嘘》をつかせたくもなかった。
《何事もお互いに打ち明け合おう》とジョングクと約束し合った事が、時として心を苦しめることになるのは本望ではないのだ。
養育係がタオルや替えのおしめを持ってフランシス親子の元へ行く姿を見送っていると、
「こちらにおいででございましたか。」
スミスがやってきた。
「ジョンソン夫人手作りのお茶菓子を用意して下さっておりますよ。」
「はい、そうなのです。皆様も是非召し上がって下さい。」
トーマスが貴賓客用に設けた席に案内をした。
「フランシスは乳母に頼らず自分のお乳でアンディを育てているのだな。」
「はい。おむつ替えもなるべく自分でやりたいと、進んでやってくれております。」
「その上で来客用にお菓子を作っているのだろう?」
「産後は安静にして欲しいので、色々とやらないように頼みました。でもだいぶ落ち着いてきた今は好きなようにやってもらっています。」
「テヒョン様のお母様であられる大公妃殿下もそうでございました。」
スミスが懐かしそうに話す。
「特にテヒョン様に関わるお世話は殆どご自身でおやりになりたいと仰せでございましたし、実際に楽しまれていらっしゃいました。」
「あ、それでしたらフランシスも同じです。」
「お二人ともなんだか似ていらっしゃいますな、、、」
スミスが何か考え巡らせながら言う。
「「好奇心が旺盛!」」
スミスとトーマスが同時に声に出した。
あまりのタイミングの良さにテヒョンとジョングクは笑った。
「それと何よりも、、お二人共に真に愛情深い御母上でございます。」
「実際に大公妃殿下にお会いしたことがなくても、テヒョン様を拝見しておりますとそのことがよーく分かります。」
トーマスが実感を込めて言った。
テヒョンは笑って聞いていたが、先程からトーマスがいつもより大人びた物言いをするのが気になっていた。
大人なのだから[大人びた]という言い方も可笑しいのだが、そうではなくいつもの単純さがないのだ。
人の子の親になったから、自覚を持って変わったのだろうか、、、。いや、何かが違う。テヒョンはジョングクとトーマスが目を赤く潤ませていたいた事を思い出した。
「ところで、スミス様はテヒョン様のご幼少の頃の事をよく覚えていらっしゃいますね。」
トーマスが感心したように言った。
スミスは懐かしむような目線で空を見つめた。
「大公ご夫妻が、本当に待ち望まれたお子様だったのですよ・・」
スミスは静かに、丁寧に言葉を選んで話した。
「テヒョン様の存在はご夫妻に希望をお与えになった。それはお側近くでお仕えさせて頂いている私達にもです。」
テヒョンを見て微笑む。
「トーマス殿とジョンソン夫人もアンディ坊やから受ける幸せをどうぞ存分に味わって頂きたい。」
トーマスは頷いて笑った。少し泣きそうな顔をしていた。
フランシスがアンディと眠ってしまった事を養育係が伝えに来た。
このままそっと二人で寝かせてあげようということになり、テヒョン達も他の来客達もこのまま帰ることにした。
「ではまたな、トーマス。」
「はい、ありがとうございました。」
トーマスはテヒョンとスミスに深々と頭を下げた。そしてジョングクに敬礼をした。二人は無言のままであったがジョングクも敬礼で返した。
テヒョンは二人を静かに見ていた。
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