Yoっち☆楽しくグテを綴る♡ -14ページ目

Yoっち☆楽しくグテを綴る♡

テテとグクの Me Myself写真集にインスピレーションを得て【群青と真紅】をブログ内で執筆中です️



前回の物語

物語の続きが始まります✨✨✨



【Resurrection】


ロンドン・キム公爵家______

「フィリップ様、、、チョン伯爵、危篤の一報が入りました、、、」
大公は窓の外を見ていたが、オルブライトからの報告を聞くと、拳を握りしめそのまま暫く無言だった。
時計の秒針を刻む音がやけに乾いて聞こえる。そして思いついたように言葉を発した。
「テヒョンの耳にも入っているだろうな、、、」
「恐らくは、、、、」
重たい空気が広がる。するとそこに扉をノックする音が静かに響いた。
オルブライトが扉を開けるとスミスが立っていた。
「失礼致します、、、」
珍しく暗い声色のスミスに、大公が振り返る。
「スミスか、そんな顔をしてどうしたのだ?」

足取り重く部屋の中に入って来る。
大公の前まで来ると徐ろに封書のような物を差し出した。
「・・・今朝、テヒョン様の寝所を掃除していた者が、ピローの下から見付けたようです。」
受け取って表書きを見ると、大公は確認するように読んだ。
「・・・遺言書」
封書を裏返すと、テヒョンの紋章の封蝋がしてある。間違いなくテヒョン本人が書いたものだろう。
「万が一の事を想定なさってお書きになったのかと、、、」
「わざわざ遺言書などと書いたということは、無謀な事をしてその場に居合わせた者達に後々お咎めが無いようにということであろう、、、あいつらしいではないか。」

「しかし、追い討ちをかけるようにジョングク様がご危篤となられ、、、今どんなお気持ちで、あちらに向かわれているのかと思いましたら、、、もう、私は、、、」
スミスは言葉に詰まった。
「無心に祈るしかあるまい、、、テヒョンは信じて前に進んでいるのだ。我々も信じて祈りを捧げるのだ。」

実は、大公はテヒョンがフランスへ向かった日の晩、ヘリオスの間のベリスフォード王太子の肖像画の前に立っていた。
そして、その肖像画に向かい祈りを捧げていたのだ。
「兄上、、、テヒョンは兄上の信条をしっかり受け継いで成長致しましたよ。私達の息子は愛する者の為に《覚醒》の道を選び、、、今、神から試されている渦中にいます、、、どうか見守ってやって下さい、、、兄上、、、」
それ以降も人知れず、毎晩ヘリオスの間に行くと祈り続けていた。

ステファニアはベリスフォード王太子の写真を胸に、朝夕に祈り続けていた。
聖プレブロシャス教会にはハンスの姿があって、神父たちと共にジョングクへの祈りを捧げた。
フランシスもまたアンディを連れて、テヒョンとジョングクの為に祈りを捧げに教会に足を運んだ。
ロンドンの街にもジョングクに捧げる鐘があちらこちらで鳴らされた。国民もまた誰もが奇跡を願っていた。




広大に広がる色とりどりの大地__
青く澄み渡る空__
来たことも、見たこともない場所__

なぜ自分はここにいるのか?

ジョングクは彷徨っていた

人影一つ無く、大自然の景色ばかりが続く、、、、
それも神々しい美しさに引き込まれそうにはなるのだが、どこか居た堪れない寂しさのような気持ちにもさせる
どんなに飛び回っても同じ場所に戻されてしまう、、、
抜け出そうにも出口すら見えない


急に誰かの声がした_____

よく聞いてみると歌声だった


君が僕を愛するように
僕は君を愛する
夕べにも そして朝にも
君と僕が お互いの苦しみを
分かち合わない日があるなど
1日たりともあり得ない
だからこそ その苦しみは
君と僕にとって容易く
耐えられるものとなる
君は僕の悲しみを慰めてくれて
僕は君の悲しみに涙を流すのだ
神様の祝福が君にありますように
君よ 僕の人生の喜びよ
神様が君を守って下さることを
さらに僕のために
君を支えて下さることを
僕達二人を守り 支えて下さる事を願う


ああ・・・
懐かしいヴェートーベンの歌
いつか私に歌って下さったあの御方の歌声だ


そう思った瞬間
思い切り後ろに引っ張られた!!!


今度は、どこかの古城のような場所にいた


『そろそろお替りが必要ではありませんか?』

テヒョン様!?・・・
テヒョン様ではありませんか!!
ああ、、お会いしたかった、、、
さっきの歌声もあなた様ですよね


あ、、、?
ここは、、、エジンバラの離宮?

『どうされました?チョン伯爵?』

テヒョン様、、なぜそんなに他人行儀なのですか?

『なぜって、、、私達は今日ここで会ったばかりではございませんか』


え?______


『いけない、もう行かなくては・・・』

どちらに行かれるのですか?

『紅茶のお替りを飲み終えたら、あなたも早く戻られた方がいい』

でも、どこに戻れば、、、?
あ、待って下さい!テヒョン様!

テヒョン様〜〜〜!!


·······································
·······································

·······································



目を開くと真っ白い天井が視野一杯に入ってきて眩しい、、、
『これは、、、夢か?』
段々と視覚がハッキリしてきて、聴覚も覚醒してきた。どうやら夢ではないようだ。
すると、隣で誰かの寝息が聞こえてきて顔を横に向けてみた。
白いシャツを着た肩が見える。視線をゆっくり首の方へ向けてみると、美しい流線型の横顔が見えた。懐かしい気持ちが湧いてきて、胸が締め付けられるような愛おしさを感じた、、、、これは、、、

テヒョン様!?

そう思った瞬間に頭が冴えてきた。
しかし、起き上がろうとしても身体が鉛のように重たくて、力が入らない。
仕方なく辺りを見回してみる。誰かが足元で寝ているのが見えた。
あ、、の、、、
声を掛けたが小さくて、かすれた声しか出てこない。それでも気付いてくれたのか足元の人が目を覚ました。思わず目が合う。
「!!・・ジョン、、、グク、、、、、ジョングク!?
ち、、、父上、、、、!?
「無理に話そうとしなくていい、、、お前、、、本当に目覚めたのだな、、、?」

セオドラ卿は立ち上がり、ベッド伝いに息子の方へ駆け寄ると両手で顔を掴んで泣き出した。
「よく、、よく苦しみに耐えて、、、戻ってきたな、、、」
セオドラ卿は満面の笑みを浮かべるが、顔は涙でくしゃくしゃになっていた。
「ちょっと、、待ってくれるか?」
そう言って立ち上がると、急いで部屋の外に出た。

セオドラ卿が呼びに行っていたのか、医師が慌てたように部屋に入って来た。その後にアンジェロやソレンティーノ伯爵、トーマスも続いて入って来た。一番最後にセオドラ卿が戻った。
直ぐに医師の診察が始まった。
「ジョン!!ジョン!戻ってきたんだな、、、」
アンジェロは泣いていた。ソレンティーノ伯爵やトーマスも泣きながら頷いている。
『私は、、、一体、どうなっていたのだ?』

皆が口々に『戻ってきた』と言っているのだが、ジョングクにはその理由が分からなかった。
それよりも、なによりも、テヒョンが隣で寝ているのはどういうことなのか、それを早く知りたかった。
言葉がまともに出ないので、ジョングクはテヒョンの方を向いて、その後皆に目配せをしてみた。

「ん?ああテヒョン様が隣にいて驚いたか?」
アンジェロはトーマスとソレンティーノ伯爵の顔を見た。そして三人は笑い合った。
セオドラ卿がジョングクの顔を覗き込むようにして話す。
「殿下が命懸けでお前を助けて下さったのだ。今はそれだけ分かっておけばよい。」
ジョングクはもう一度顔をテヒョンの方へ向けて、静かに深い眠りの中にいる横顔を見た。『命懸けで助けてくれた、、、?』何があったのかは分からないにしても、自然と激しい感情がこみ上げてくる。

離れてから片時も忘れたことはなかった。いつも恋い焦がれ、会いたくて、何度も夢にまで見た愛しい人、、、、
その人が今、隣で眠っている!?
この喜びとも、切なさとも例えられない湧き上がる想いに自然と涙が溢れ出た。

一通り診察を終えた医師が話し掛ける。
「おはようございます、チョン大佐。貴方様はずうっと眠ったまま危険な状態が続いていたのですよ。」
ジョングクは医師を見つめたまま聞き入っていた。
「一通り診察致しましたが、もう心配はないでしょう。ただ、眠ったままでしたので、ありとあらゆる所の筋力は落ちております。無理に起き上がったりなさいませんように。リハビリもキチンとしていきましょう。声も今はまだ出づらいかもしれませんが、数日経てば話せるようにはなります。」
ジョングクはゆっくりと頷いた。

医師は今度は隣のテヒョンの診察を始めた。よく見るとテヒョンの片腕には包帯がグルグル巻かれている。何があったのかジョングクは益々心配になった。
「殿下ももう大丈夫でしょう。夕べお三人が緊急で棒血して下さったおかげですな。」
テヒョンがジョングクに対して最後の棒血の為に採血した後、そのまま意識を失ったのだが、セオドラ卿とソレンティーノ伯爵とアンジェロが棒血をしてくれたおかげで、大事に至ることは無かった。
動脈から何度も採血した為に、酸素を沢山含んだ新鮮な血液が一時的に欠乏したので、身体がショック状態になったのだ。

「殿下は無謀というか無茶な事をなさいますなぁ、、、。」
医師が診察に使った道具を片付けながら話した。
「しかしながら《諦めない》という大事な事をお示し下さったことは、医師として考えさせられました。殿下にはお目覚めになられたらお礼を言わねばなりませんな。」
そう言うと『後でもう一度お二人を診に参ります。』とセオドラ卿に伝えて一礼をして部屋を出て行った。

ジョングクは先程から横でずっとテヒョンを見つめていた。周りがざわついているのに一向に目覚めないので不安だった。
「テヒョン様がなかなか起きてこられないから寂しくて心配か?」
いつものからかうようなアンジェロの言葉に目を細めて睨んでみる。
「お、ジョンらしい反応はちゃんと出来るのだな。」
そう言って笑った。
「大佐を虐めないであげて下さい。中佐!」
トーマスがジョングクの味方をした。

「しかし、大の男二人がこのベッドでは狭苦しいな。棒血は終わっているしテヒョン様をもう一つのベッドへ移して差し上げた方がよいな。」
ソレンティーノ伯爵がそう話したが、ジョングクは一生懸命首を横に振った。そして隣のテヒョンの手を探して掴んだ。その様子を見たソレンティーノ伯爵は、
「『もう離れたくはない』か?」
と訊いた。
「そうだな、、、分かったよ。このままにしておいてやるぞ。」
アンジェロが応えた。
「そろそろ疲れただろう?まだ本調子ではないのだからな。もう少し休むといい。我々はまた後で来るからな。」
セオドラ卿はそう言って、ソレンティーノ伯爵やアンジェロ、トーマスと共に部屋を出て行った。

また静かな部屋に戻る。
そして再びテヒョンの寝息が聞こえてきた。今までも同じベッドの中で、もう何度も聞いて聞き慣れている愛しい息遣い。それだけでも癒やされていく。
顔をテヒョンの方に向けたままその寝顔を見続けた。
その時、掴んでいる手の中でテヒョンの手がピクリと動いた。すると肩を動かしてジョングクの方に寝返りを打ってきた。その拍子に薄っすらと瞳が開く。

虚ろな瞬きを何回かするとバッチリ開いた。ジョングクは目が合って一瞬ドキッとする。
「ジョン、、、グク、、、?」
呼ばれてニコッと不器用な笑顔を見せた。
「ジョングク!!」 
テヒョンは飛び起きた。
「ああ、、間に合ったんだ、、、君は、、ようやく戻って来たんだね!、、、ああ、、良かった、、、本当に良かったぁぁ、、、」
テヒョンは泣き出して、そのままジョングクの上に覆い被さって抱きしめた。
テヒョンの身体にジョングクの元気のよい鼓動が伝わってくる。

「生きている。君がちゃんと生きている、、、それだけで僕は幸せだ、、、」
テヒョンは嬉し涙に咽びながら、暫く離れられなかった。愛しい人の身体を自分の身体に吸収させてしまうのではないか、と思う位抱きしめ続けた。
ジョングクは久しぶりに感じるテヒョンの重みにまた嬉し涙を流した。
二人は長い間、お互いの体温をしっかり確かめ合うように動かないでいた。
ようやくテヒョンが起き上がり、涙に濡れているジョングクの頬を手で拭ってやった。
寂しさに押し潰されないように、封印していた熱い想いが溢れ出て、心の中ではずっとずっと求めて止まなかったお互いを見つめた。

確かに生きて、今目の前で自分を見つめてくれるのは《彼》で間違いないのだとお互いに思っていた。
伝えたい想い、話したい事、それらが我先に飛び出してこようとするのだが、もっと熱く触れたい衝動が先に出た。
テヒョンの唇は吸い寄せられるようにジョングクの唇と繋がった。
テヒョンにとってもジョングクにとっても、唇に伝わってくるお互いの温かさは心地よかった。

「髭がくすぐったいよ、、、」
テヒョンがそう言って笑う。ジョングクは『え?』という顔で驚いた。
「あ、そうか。まだ自分の今の顔を見ていないのか。」
丁度ベッドサイドテーブルに手鏡が置いてあったので、テヒョンはそれを取ってジョングクに映して見せた。無精に髭を生やし、頬が少しコケた自分の顔を見た瞬間、恥ずかしそうに目を閉じた。
テヒョンは手鏡を元に戻すと、ジョングクの髭に触れながら、
「髭のある君も好きだよ。」
と言ってもう一度口づけた。

「君に話したい事が山ほどあるんだよ。」
ジョングクも自分もだというように頷く。
「そうか、、、声が出せないんだね、、、では君が普通に声が出せるようになった時の為に取っておこうかな。」
おぼつかない動きでジョングクはテヒョンの顔に手を持っていった。一生懸命触れようとしてくれているその手を包むようにして、テヒョンは自分の頬につけた。そして、テヒョンのもう片方の手はジョングクの頬に触れて、
「もう僕は離れないよ。絶対に君を離さない、、、」
と言った。

ジョングクの瞳に涙が滲む。自分の頬に触れているテヒョンの手に口づけをして自分も《同じ気持ち》であることを伝えた。
テヒョンが来るまで、ずっと張り詰めていたジョングクの病室に柔らかい空気が漂うようになった。
お互いの存在を前にして、生きる喜びに鼓動は元気に跳ねている。
そして、テヒョンから《棒血》と共に《息吹》を貰ったジョングクは新たに生まれ変わったのだ。

「ジョングク、そろそろ朝食だぞ。」
セオドラ卿が声を掛けて扉を開けた。
一歩中に入って思わず立ち止まる。
「どうしたのです?叔父上。」
セオドラ卿は口に人差し指を立てて、『静かに』と合図をすると、中を見てみるようにと、今度は親指でクイクイと合図をした。
アンジェロがヒョイと中を覗いた。そこに見えたのは、ジョングクの肩にテヒョンが頭を寄せて、しっかりとくっついて寝ている二人の姿だった。

安心したらまた眠気がおきたのだろう。幸せそうな表情で眠っている。
「これで、やっとジョングクの戦争は終わったことになるのだな、、、」
「テヒョン様も同じでしょうね、、、」
「そうだな、、、二人の戦争が終わったのだ、、、」
「叔父上、まだ二人はこのまま放っておきますか。どっちにしろジョンは栄養剤の投与だけで、まだ口からは食べられませんし、テヒョン様はお腹が空けば起きて来られるでしょう。」
「そうだな。」
二人は笑って扉を閉めた。



ロンドン・キム公爵家____

「殿下!大公殿下!」
食堂で昼食を摂っていた大公の所にスミスが駆けてやって来た。
「スミスもまだまだ走り回る事が出来るのだな。」
大公はスミスの走りっぷりに感心して言った。
「それどころでは、、、ございません、、、」
スミスは息を切らしながら話し始めた。
「テヒョン様が、、、無事にパリにご到着なさいまして、、、、それと、、ジョングク様、、、危篤状態からの、、、生還でございます!」

「おお、、知らせが来たか!」
大公は立ち上がり窓辺に立つと、彼方遠くに視線を送り、
「遂に、、、やり遂げたのだな、テヒョン!お前の勝利だ、、、」
と呟いた。そして振り返ると、
「さあ!シャンパーニュを持って参れ!オルブライトもスミスも祝い酒だ。デイビスも呼んでやれ!」
暗雲が立ち込めていた公爵家が一気に明るさを取り戻した。
ジョングクが危篤状態から脱したニュースは、瞬く間に国中に広がった。
ステファニアの元にも、チョン伯爵家にも、フランシスにも、ニュースは届いた。皆それぞれ歓喜に涙した。

朗報があったその夜。
大公はグラスを二つとシャンパーニュのボトルを持って、ヘリオスの間に向かった。
大公は、ベリスフォード王太子の肖像画の前に小さな丸テーブルを置くと、グラスを二つ並べてボトルの栓を開けた。
「兄上、ありがとうございました。テヒョンがやり遂げましたよ。あの子とあの子が守り抜いたジョングクの為に、一緒に祝杯をあげましょう。」
そう言ってグラスにシャンパーニュを注いだ。大公はグラスの一つを持って肖像画に向かって掲げると、兄のグラスに乾杯をした。


【フォンテーヌブローでの療養】


澄み渡る静かな青空の下、小鳥のさえずりが心地よい。
テヒョンとジョングクは、散歩日和だというので、車椅子にジョングクを座らせて、テヒョンがそれを押して庭園を散策していた。
パリから馬車で1日程度かかるこの場所は、フォンテーヌブローの森を配し、歴代国王が居住したフォンテーヌブロー宮殿がある。
二人は喧騒のパリを離れて、ジョングクの療養の為に、この静かな宮殿に滞在していた。

「気持ちがいいな、、、」
「はい。・・・でも、すみません。いつもテヒョン様に車椅子を押させてしまって。」
「気にするな。僕にとってはなんだか新鮮な気持ちなのだ。」
「私も早くご一緒に歩きたいです。」
ジョングクは両手で脚をパンパンと叩いた。
「焦るな、焦るな。少しづつでも筋力は戻ってきているのだから。」
「はい、、、だけどお腹は普通に空きますね。」
「お腹が空いたか?・・・そろそろガゼボが見えて来るんじゃないか?そこにお昼の支度をしてくれているらしいぞ。」

二人はそのまま前に進んでいく。すると湖畔に迫り出した形のガゼボが見えて来た。
「あ、ジョングクあれだ。」
ガゼボの中に人影が見えて、何やらテーブルセッティングをしている様子が見える。車椅子を進め近付いて行った。
二人の姿に気付いた侍従が迎える。
「お疲れ様でございました。殿下、車椅子を押されて大変ではございませんでしたか?」
「いや、楽しかった方が大きいよ。なかなかせぬことだからな。」
無邪気な答えに侍従は笑った。

「フランス宮廷に於いては、英国の大公子殿下は機知に富む聡明な御方との評判でございます。誠にその通りでございますが、更に好奇心が旺盛でユーモアもお持ちでいらっしゃいました。」
「そうか?」
「はい。私はこちらでお二人のお世話を仰せつかりましてから、感心させられたり、驚くことばかりでございます。分け隔てなくお話もして下さるので、楽しゅうございます。」
「そう思ってもらえて私も嬉しいよ。」
「おお、これは失礼致しました。ついつい立ち話を、、、さあ、お昼のお食事をお召し上がり下さい。」

侍従はテヒョンから車椅子の手押しハンドルを引き取ると、テーブルまでジョングクを移動して案内した。テヒョンは隣に座った。二人のテーブルは、湖畔の風景を眺めながら食事が出来るようにセッティングされていた。
「いい眺めでございますね、テヒョン様。」
「うん。あ、ほらあそこにツガイのカモがいるぞ。」
のんびりと自然の中に居て、その様子を見ながら時間に追われることなく食事を楽しむ。それが今の二人には大事なひと時となっていた。
「では私どもはこれで。何かございましたら、こちらの紐を引いて鐘をお鳴らし下さい。直ぐにお伺い致します。」
「分かりました、ありがとう。」

テヒョンとジョングクは二人きりで、暫く食事を楽しんだ。
「だいぶ食べられるようになったね。」
「はい。食べられるって幸せですね!」
美味しそうに元気よく頬張って食べる姿をテヒョンは嬉しそうに眺めていた。
この元気で食欲旺盛な状態に戻るまでには、だいぶ時間を要した。
ジョングクは意識が戻った後も暫くは栄養剤の投与を受け、流動食も少量しか食べられなかったので、体力がついて元の状態になるまで、テヒョンは付きっきりで面倒を看た。

実はジョングクの食事介助はテヒョン自らがやっていた。最初にその申し出があった時には、セオドラ卿や侍従が驚いて止めた。しかし、テヒョンは自分が落馬をして怪我をした際に、ジョングクが親身に面倒を看てくれたのだから、今度はその伴侶である自分が、介助するのは当たり前だと言って譲らなかった。
ジョングク自身もテヒョンの介助に最初は恐縮した。だけれどもテヒョンの献身的な介助は、ジョングクの心身を安定させた。そしてテヒョンにもまた、世話をするという行為が心の安定をもたらしたのだ。


ようやく普通に食事が摂れるようになったジョングクは、最近フランス貴族の食卓に上がるようになった、エスカルゴがお気に入りらしく、少しだけ焼き目を入れたバゲットに乗せてパクパクと食べていた。
「ねえ、、、それって本当に美味しいの?」
テヒョンは未だに挑戦出来ていない。
「ええ、とても美味しいですよ。テヒョン様にも是非食べて頂きたいです。」
「ちょっと、、、まだ勇気が出ないなぁ・・・」
「・・・私を命懸けで助けて下さる勇気はお持ちですのに、、、」

「それとこれとは別だよ。」
そう応えるテヒョンの手をジョングクは握った。
声が出るようになり、会話が出来るようになった頃、ジョングクはテヒョンの渡仏の理由を訊いていた。
テヒョンが生母に頼み込んで棒血をしてもらい、ヴァンティーダとして《覚醒》した事を知った時、ジョングクはかなりショックを受けた。

テヒョンには、絶対にヴァンティーダとしての責務を背負わせたくないと、ジョングクは思っていた。それなのに、かなりの苦しみを伴いながら覚醒したという事実に、自責の念を持っていたのだ。
また、それと共に微かな可能性を軽視せず、勇気をもって挑んだテヒョンの姿勢に改めて尊敬の念も持ったのだ。
そして、なによりもそれ程までに愛情を示してくれたことが、尊いと思い嬉しさがこみ上げた。今まで以上にテヒョンが愛おしく大切な命の源だと感じた。

「君はさ、もう僕の伴侶なんだから変に恐縮したり、遠慮するのはやめなさいね。」
「あ、、、はい。でもなんだか癖になってしまって、、、」
ジョングクは言いながら遠慮がちな笑みを浮かべる。テヒョンは不意に呟く。
「ベッドの中では大胆なのになぁ・・・」
「え?」
独り言を言ったつもりがしっかりジョングクの耳に届いていて、テヒョンは慌てた。

「それって、、、もしかして、ベッドのお誘いですか?」
ジョングクの目の奥が鋭く光った。テヒョンはドキッとする。
「バカっ!まだ身体がちゃんと戻ってもいないのに、何を言っているんだよ、、」
テヒョンはあからさまに訊いてくるジョングクにドギマギしながら言った。
「でもお互いに、かなり長い間《お預け》の状態ですよね、、、」
ずっと握っていたテヒョンの手を更に強く握りながら言う。
「だから!・・・これ以上僕を煽らないで、、、」

テヒョンは恥ずかしそうに言って目を逸らした。その言葉と仕草にジョングクの胸は射抜かれた。
「・・・可愛い、、、私のテヒョン様、、、」
テヒョンも同じように《我慢》していたのだと知ると、愛おしくて堪らなかった。ジョングクは握っているテヒョンの手に口づけた。少し間が空いて二人の目が合うと、お互いに吹き出して笑った。
今、触れようと思えば直ぐそばにお互いの存在がある事が、本当に幸せだった。
だからこそ《お預け》も我慢が出来たのだ。

テヒョンにとっては特に、ジョングクが自分で立ち上がって、難なく歩けるようになる事だけが最優先だと思っていた。
車椅子に乗りながらでも、自分の手を使って食事をする姿を改めて見て、少し前までは自力でベッドに起き上がることも出来ず、食事をする事も出来ず、声も出す事が出来なかったのが嘘のように思えた。筋力を付ける為のリハビリも欠かさず毎日行って、決して弱音を吐く事も、出来ない事に焦って自暴自棄になる事もない。それは元々の性格もあるのだが、一緒に居て手伝ってくれるテヒョンの存在も大きかった。

フォンテーヌブロー宮殿での療養は、二人にとってゆったり過ごせる穏やかな休息にもなった。
そして、テヒョンとジョングクの様子を見て安心したソレンティーノ伯爵とアンジェロはようやくフランスを離れることにした。アンジェロは帰る前に、戦争のせいで離れてしまった想い人を迎えに行くのだと教えてくれた。アンジェロが幸せを取り戻しに行く事をテヒョンとジョングクは大いに喜んだ。
トーマスもようやく家族が待つ英国に帰って行ける。
連合軍も解散し、ヴァンティエスト達もそれぞれの国へ帰って行った。
セオドラ卿はテヒョンとジョングクの付き添いの為にフランスに残った。


夜、テヒョンはパジャマに着替えたジョングクに肩を貸してベッドへ移動させた。
「だいぶ脚に力が入るようになったね。」
「ええ、おかげさまで。感覚もかなり取り戻してきています。・・・しかし、筋肉というのは、使わないとみるみる落ちてゆくものなのですね。」
ジョングクは自身の脚を擦りながら言った。
「ずっと寝たままだったのだものな。あとは慣らして歩く練習だな。」
「もう今から楽しみですよ。」
リハビリをワクワクした表情で待つジョングクを見てテヒョンは、
『こういう所は本当に少年のようで可愛い。』
と、微笑ましく見ていた。

「テヒョン様、皆が私を心配して一緒にフランスに残ってくれましたが、それぞれの戻るべき場所に帰る事が出来てほっと致しました。」
「うん、そうだな。」

「私は、色々な方々に助けて頂いて、、、もう感謝してもしきれない位でございます、、、」
「本当に、皆が親身になって寄り添ってくれたものな。」
テヒョンが話しながらベッドに入る。するとジョングクの手が伸びてきて、グイッと腰を掴まれると引っ張られた。

「びっくりするではないか!」
ジョングクの目が口説きの視線になっていた。
「ジョングク?、、、」
「黙って、、。」
テヒョンの顔にジョングクの顔が近付いてくると、身体を伸し掛けた。
「ねぇ、、、ちょっと待ってよ、、、」
「出来ません、、、」
「え?」
「あなた様が可愛らしい表情を沢山なさるから、、、もう限界です。」
ジョングクは熱くなった唇でテヒョンの唇を塞いだ。

ジョングクの上半身はもう殆ど筋力が戻っていて、体を支える力も、動作もスムーズだった。余りにも情熱的な愛撫にテヒョンはそのまま絆されていく。
二人は長い時間を耐えてやっと愛の交歓を果たせる事が出来たのだ。
テヒョンは今までの事を思い、感情が交錯していた。そして歓喜で涙を流した。
ジョングクは、愛しい人を愛でることが出来る喜びに感謝の気持ちが湧いた。
一歩違えば、二度とこの手に触れることが出来なかった運命なのだ。命を守ってくれたテヒョンの存在の尊さに、愛情が更に湧き上がる。


「今夜は、無理は致しません、、、」
「うん、、、充分君に可愛がって貰ったよ、、、」
テヒョンの恍惚となりながらも、恥じらう言い方に、ジョングクは愛しさの底知れなさを感じた。
テヒョンに腕枕をする。
「腕が痺れてしまわないか?」
「大丈夫でございますよ。」
言いながらグッと引き寄せる。
テヒョンは頭をジョングクの肩に寄せた。フフッと笑い声が聞こえた後、手が伸びてジョングクの頬に触れる。

「髭も意外と似合っていたな。」
自力で座れるようになった時、ジョングクは理髪師に髪を切ってもらい、髭も一緒に剃ってもらっていた。
「あんなに伸ばした状態は初めてでした、、、、」
「そうだろうな。」
「テヒョン様が嫌がらなくて良かったです。」
「僕はどんな君も好きだからな。」
サラッと言われてジョングクは照れた。
「そういう純粋なところもな!」
テヒョンはジョングクに抱きついた。


「テヒョン様、、、」
「ん?」
「テヒョン様は生みの母上にお会いになったのですよね、、、」
「ああ、お会いした。」
「初めて会われて、どのように感じられたのですか?・・・お話を訊いても差し支えなければ、、、」
「いいよ。僕も君に話したかった事だから。」

二人はベッドに起き上がった。改めてテヒョンが続けて話し始める。
「初めてお会いした時はお美しくて、優しそうな印象だった。」
「私も伯母上には子どもの頃に、一度だけお会いしましたが、優美でとても優しい方だったのを覚えています。」
「でもお話をしてみたら、とても頑固なお方でね。最初は《母上》とも呼ばせて下さらなかった、、、ご自身の信条に従って生きてこられた方だから、仕方のない事だけれど、、、」
テヒョンはしみじみと話しながら、急に思い出し笑いをした。
「どうなさったのです?」
「あまりにも頑なに物事を仰るものだから、僕は思わず怒りをぶつけていた。」

「え、本当に!?」
「うん。息子の立場として、ずっと僕が封印していた感情を彼女にぶつけたんだよ。」
「凄いじゃないですか、、本心をぶつけるなんて。」
ジョングクはドキドキしながら次を待った。
「・・・泣いて下さって、、、『ごめんなさい』って謝ってくれた。思わず《母上》と呼んだら《はい、私はあなたの母ですよ》と言ってくれて、僕の事を一度も忘れたことはなかったとも仰ってくれたのだ、、、、、、」
ジョングクは堪らなくなってテヒョンを抱きしめた。

「僕は母上を抱き締めていたよ。僕自身にとっては知る事がなかった人だったのに、、、その時に歌ってくれた子守唄に揺られながら、、、僕は懐かしさに似た凄く柔らかい温もりに癒されたんだ。」
ジョングクは肩を震わせて泣いていた。
「もう、、、何故また君が泣くのだ・・・・」
「良かったですね、、、伯母上と初めて会った時、、、僕を見ながら寂しそうな表情をするのが気になったのです、、、でも、、、テヒョン様と年が近い私を見ると、きっとお辛かったのでしょう、、、」

テヒョンは泣きじゃくりながら話すジョングクの涙を手で拭ってやった。
「君ったら、泣き虫な所は蘇っても変わらないのだな、、、」
言いながら笑った。
「私は嬉しいのです。テヒョン様が、、、幼い頃から鎮めていらした、子どもらしさの封印を解いて、親子の絆を結べた事、、、そして、伯母上がテヒョン様の母としてのお気持ちをお伝え出来た事が、、、、」

「うん、、、僕も生い立ちを知った時は、頑なに父は大公の父上だけだ、母は大公妃の母上だけだって、自分自身に言い聞かせていた気がする。でも、四人の両親がいるって思えているし、母と呼べる人は今生ではあの方しかいない。・・・・だから、母上とお会い出来た事は幸いだった、、、」
「テヒョン様、、、」
「あの時の君はそれどろろではない、瀕死の状態だったのだがな、、、でも、君のおかげでもあるのだから、ありがとうと言うべきなのだろうな。」

ジョングクは笑った。その笑顔を見てテヒョンは抱きついた。
「笑い話になれて、、、本当に良かった、、、」
ジョングクは何も言わず、ただ強く抱きしめ返した。



つづく_________



年数に訂正箇所がございました
今更❓な感じでもございますが、下記に訂正してお詫び申し上げます🙏💦💦



群青真紅の愛読者の皆様
いつもご愛読下さりありがとうございます💕💕💕

※ 訂正がございます
皆様からコメントやメッセージを頂きながら3年8か月2年8か月書いてまいりました☺️1年間違えておりました🙏💦
あと2ヶ月で3年でございました

なにより
読んで下さる方がいらっしゃるということが執筆のエネルギーになるのでこざいます❤️‍🔥❤️‍🔥❤️‍🔥❤️‍🔥❤️‍🔥



もうご覧下さった方もいますかね

先程、⑲章をアップ致しました



お気付きの方もいるでしょう



はい、、、、、


次章アップ早くね❓
🤣🤣🤣🤣🤣




私としても新記録なんですよ😅

話が次から次と降りてくる✨✨✨
書き留めるのが大変な位ですよ💦💦


通勤時間、出勤までのコメダ珈琲でのモーニングコーヒー満喫時間、昼休み、買い物しながら、通院の待ち時間、寝る前、夜中に目が覚めてしまった時、、、

とにかくスキマ時間使いまくり✏️


それがどんなに充実しているか🩷


物語がクライマックスに入ってきているので、余計に言葉やセリフがトルネードのように頭と心に渦巻いています
私の魂が皆様に伝えたい何かを全面に押し出してきています

それを大好きなテテとグクがモデルになった、テヒョンジョングクが書いている私にまで語りかけてきます
作者が思わず泣いてしまうという始末ですよ😭


残酷なシーンもオブラートにすることなく、書いてまいりました
本当の美しさって、醜さを知っているからこそ美しく感じる事が出来ると、私はずっと昔から思っています


さて、、、
小説もいきものでございますので、この先もこの速いペースでアップ出来るとも限りません←あれ❓言い訳しに来たの❓😂
ですが、主人公にしっかりリスペクトし、モデルになってくれたテテとグクにも感謝の気持ちを忘れず、最後まで書いていきたいと思っております👍

目指せ
グテ本人での映画化🎬️✨
目指せ
多国語翻訳出版📚️✨



この心意気でおります(笑)

引き続き応援宜しくお願い致します🙏


で、ですね
ランキングの方も1位頂いてたりしてました←お知らせはしてませんでしたので、この場を借りて、、ありがとうございました🙏😍🙏



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物語は
まだまだ終わりではありませんよ😁


あどけなさが残る可愛い時期のグテ💖残していきます



では⑳章でお会い致しましょう


※ グテ画像お借りしました





前回の物語


物語の続きが始まります✨✨✨


【フランスに向けて】


テヒョンは旗艦でフランスへ出国することになった。《海軍の司令長官が最高司令官代理をお送りする》という構図だ。

テヒョンの訪仏が決定した時に、先に知らせがフランス政府に送られた。

治安の悪化がまだ収まりきらないヨーロッパの地に、英王族を訪問させるという事は警備上リスクが伴う。だが、だからこそ政府が治安回復に力を入れるという姿勢を表す事で抑止力になる。



出発前夜、テヒョンはスミスに就寝前の支度を手伝ってもらっていた。

寝間着に着替えてから紅茶を一口飲んだ。

「ねぇスミス。」

「はい、何でございましょう。」

「私が子どもの頃に手編みのケープがあったよな?」

「はい。冬にテヒョン様がお外に遊びに出られる時に、お着せしましたなぁ、、、お懐かしい、、少しお待ち下さいませ。」

そう言うとスミスは部屋を出て行った。


暫くすると、シルクの巾着袋を持って戻って来た。

「どうぞ。」

テヒョンはその袋を手渡されて、紐を解いて開くと中の物を取り出した。

「ああ!これだ。わぁ〜〜小さいなぁ、、、もう一つは大き目だな。」

「よく覚えていらっしゃいましたな。」

「実はな、ステファニアの母上が同じ色と模様のケープを持っていらしたのだ。」

「ローレン妃殿下が時間を見付けては編んでいらしたものでございます。ご一緒にテヒョン様が大きくなられるまでのお召し物も編むのだと、張り切っておられました、、、」

「そのケープを寝ている私の肩に掛けて下さったのだ、、、」


「大事に持っていて下さっているのですね、、、母上同士、通じ合うものがおありだったのでしょう。テヒョン様と同じデザインで仕上げて差し上げるなど、ローレン様は本当にお優しい方でございます。」

「スミスも大事にしまってくれていたんだな。ありがとう。」

「当然でございますよ。、、、2着目を仕上げられた頃、体調が悪くなられて編み物をすることすら出来なくなられましたから、、、これらは大事な宝物でございます。」


テヒョンはケープを大切に巾着袋にしまうと、しっかり紐を結んでスミスに渡した。スミスは受け取りながら、

「あちらにいらして、ステファニア様に《母上》と仰って差し上げたのですね。」

と訊いた。

「うん。今はこの世で直に母上とお呼び出来るのはあの方しかいないからな。・・・最初は呼んでもいいかと訊ねたら、『貴方様の御母上は、大公妃ローレン様でございます。』と断られた。」

テヒョンはそう言って笑った。


「だけど、思い切り思いをぶつけたのだ。酷いことを言ってしまったから後で謝ったけれど、、、」

「それで、お母様に甘えることが出来たのでございますね?」

「うん、、、この歳になって身体も大きいのに恥ずかしいか?」

「そんな事は決してございませんよ。お二人は本来ご一緒にいられた筈の親子でございますからね。・・・ああ、、、宜しゅうございました、本当に宜しゅうございましたなぁ、、、」

スミスはテヒョンを思いきり抱きしめて喜んだ。



「さあ、そろそろお休み下さいませ。明日は忙しくなりますから。」

「うん。」

「ではお休みなさいませ。」

「お休み、、、スミス、ありがとうな。」

スミスはにっこりと笑って静かに部屋を出て行った。

いよいよ明日テヒョンは、ジョングクがいるフランスに向けて出発する。目指すは彼に棒血をすることのみ。


テヒョンは暫く思いふけっていたが、思いついたようにベッドから出ると、書き物机に行って椅子に座り、引き出しから便箋を取り出した。それから一心にペンを走らせた。

何枚かに渡り書き上げると、ペンを置いて丁寧に便箋を折り畳み、封筒へしまった。

机の上を片付けてベッドに戻る。

逸る思いを落ち着かせるようにフゥ、、、と息を深く吐くと、そのうちに深い眠りに入って行った。



出発当日の朝、迎えの馬車が宮廷から送られた。馬車は2台用意され後方の馬車にはテヒョンの荷物が積み込まれた。

公爵家の宮殿の玄関先には、大公やオルブライト、スミスにデイビス、ミセス・ブラウン、料理長までが見送りの為に出揃っていた。

「気を付けて行って来い。」

大公はしっかりとテヒョンを抱きしめた。

「行って参ります、父上。スミス、留守を頼む。」

「はい。お身体、無理なさいませんよう。」


その時ワンワンと吠える声がした。見るとハンスがチョン伯爵家からパックスを連れて見送りに来ていた。

「ハンス!、、、パックスもわざわざ来てくれたのか。」

テヒョンがパックスの頭を撫でてやった。

「当然でございます。私どもの大切な主人のお婿様でございますから、、、どうか、ジョングク様を宜しくお願い致します。」

「うん、分かっているよ、ありがとう。パックス行ってくるぞ。お前のダディを必ず連れて帰るから待っているのだぞ。」

ハンスが泣き出した。すると公爵家の職員達まで釣られて泣き出した。


「おいおい、止めてくれ。永の別れでもあるまいに。」

テヒョンが困惑して言った。

「最近、皆涙腺が緩くなったのだ。これ以上は長くなる、構わぬから出発してしまえ。」

大公が笑って息子を馬車に押し込んだ。

「では行って参ります。」

馬車の扉が閉められると、ゆっくり進み出した。馬車の両脇にはしっかり馬に乗った近衛兵が数名警護に就いた。

職員達は一斉にお辞儀をして見送った。



馬車が庭園を越え一般人の入園が許されている所まで来ると、早朝にも関わらずフランスへの出国を知った国民が、見送りに来ていて馬車に歓声を送った。テヒョンは驚いて窓に顔を近づける。

『お気を付けて行ってらっしゃいませ!』『テヒョン様〜〜!』『大公子殿下〜〜!』等の声が飛んでくる。
テヒョンは手を振って応えた。国民達の見送りは宮殿の門の外まで続いた。


馬車は港に到着した。
トーマスやジョングクの出征で何度か来た港だ。今日は自分自身がここから出発するのだ。そう思うと胸にこみ上げる思いがあった。
ここにも沢山の国民が見送りに集まっていて、大きな歓声に迎えられた。
海に浮かぶ旗艦は綺麗にメンテナンスがされており、司令長官の旗とテヒョンの紋旗が掲げられていた。
レッドカーペットの前に馬車が停まり、テヒョンが降りて来ると海軍の司令長官が敬礼をして出迎えた。
「お待ちしておりました、大公子殿下。司令長官のジョナサン・マッキントッシュでございます。」
「はい。宜しく頼みます。マッキントッシュ司令長官。」

二人はレッドカーペットを最高司令官である国王のところまで歩いて行った。
「おはようございます、国王陛下。」
テヒョンはこの日は敬礼で挨拶をした。
「おはよう。いよいよであるな。体調は大丈夫か?」
「はい。この通り元気です。」
国王は笑った。そして真摯な表情で申し送りをする。
「大公子キム・テヒョンに申し伝える。最高司令官代理として第44特殊部隊の指揮官及び隊員の引き揚げに従事する事を命じる。」
「謹んでお受け致します!」
テヒョンは任命証を受け取ると敬礼した。

国王はステップから降りるとテヒョンを抱きしめた。
「よくここまでこぎつけたな!私はお前を尊敬する、、、さぁ行って来い!行って目的を達成して来い、、、ジョングクを助けてやれ、、、」
「ありがとうございます、陛下、、、」
二人は体を離すと握手を交わした。今まで国王と大公子として真剣に握手を交わした事があっただろうか、、、そんな思いが二人の中で過って笑い合った。

テヒョンは司令長官に先導され旗艦に向かった。途中、来賓席の前を通るのだがお辞儀をして見送る来賓の中に、一人カーテシーをする者がいた。
フランシスだった。顔を上げたフランシスにテヒョンは頷いて笑った。
いつも、いつでも彼女は力になって寄り添ってくれる有り難い友人だ。特別言葉を交わさなくてもお互いの思いは通じ合っている。

この日もバグパイプ軍楽団がテヒョンを送った。
テヒョンは旗艦にようやく乗り込んだ。
ハシゴはしまわれ、錨が上げられた。出航の合図と共に大きな船体は、ゆっくりと動き出し海原を進み始める。
テヒョンは甲板で暫く見送る人々を見ていたが、やがてそれも遠く見えなくなった。
ジョングクも同じ航路を進んで行ったのだと思うと感慨深かった。
「殿下、寒くなりますのでそろそろ中へお入り下さい。お部屋をご案内致します。」
マッキントッシュ司令長官がテヒョンを船の中へ案内した。

初めにテヒョンが宿泊する場所に案内された。そこには航海中にテヒョンの世話をしてくれる将校が待っていた。
「これはキャンベル海軍大尉でございます。」
「大公子殿下、ようこそ旗艦へ。ご滞在中は何なりとお申し付け下さい。」
「ありがとう。世話になります。」
「では航海中の船体周辺のご案内を致しましょう。」
テヒョンはキャンベル大尉を伴って、マッキントッシュ司令長官の後に付いて行く。

操舵室に入ると、そこに居た者達が一斉に敬礼をして迎えた。そしてこの旗艦のキャプテンが挨拶をする。
「ようこそ我が旗艦へ。キャプテンのグレッグでございます。我々一同、最高司令官代理の大公子殿下を安全にフランス・カレー港までお送りさせて頂きます。」
「ありがとう。宜しく頼みます。」
次にテヒョンは操舵室の窓から旗艦を護衛する軍艦を紹介された。
テヒョンが乗船している旗艦を守る為、4隻の軍艦が左右に分かれて並航していた。テヒョンはそれらを眺めながら、
「しっかり守られているのですね。」
と言った。
「今回は大切な貴方様をお乗せしておりますから、特にしっかりと周りをかためさせて頂いております。そして、、、
この度の戦争を終わらせたチョン伯爵をお迎えに上がるという尊い使命に、皆が敬意を持って乗船しております。私達はとても光栄に思っております。」
「君達の心遣いにはとても感謝している。本当にありがとう。」
ジョングクはもはや軍人達の中では崇拝にも値する存在になっていた。それは国民にも同じ事が言えた。
テヒョンは自分がこれからするべき事に色んな意味で責任を感じるのだった。




フランス・パリ______

「セオドラ卿!ソレンティーノ伯爵!中佐!」
トーマスが連合軍宿舎になっているホテルの会議室に飛び込んで来た。
これからの事を話し合っていた三人は、余りの勢いに驚いて振り向いた。
「どうしたジョンソン男爵、びっくりするではないか。」
セオドラ卿が応えた。
「テヒョン様が、、、大公子殿下が海軍司令長官と共に旗艦にてフランスへ向かわれていると通達がございました!!」
「なんと!?」
「とうとう動かれましたか・・・」

三人三様で反応した。
「それも、、、大公子殿下は最高司令官代理としての渡仏だそうです、、」
「ほ・・・う、、、」
「さすが陛下のお計らいですな。」
テヒョンが海軍司令長官を供にし、更に最高司令官代理として出国するという事は、フランス側はテヒョンを国賓として迎えることになる。
治安に関して国同士の思惑がある他に、テヒョンが《覚悟》を以ってやってくるのだということが、ここにいる三人にはよく分かっていた。


「セオドラ様!」
今度は病院から職員が慌ててやって来た。
「どうした?」
「至急ジョングク様のお部屋へお戻り下さい、、、」
ただならぬ物言いに緊張が走る。
「なんだ、どうしたのだ?」
「・・・・・・ジョングク様、、、ご容体急変にございます!」
ソレンティーノ伯爵とアンジェロが立ち上がった。
すぐさま三人はジョングクの部屋へ走った。トーマスは何が起こったのか直には受け入れられない様だったが、ハッと気付くと後を追って走った。それに影響された燭台の蝋燭の炎が揺らいだ。今まさに消え入りそうな尊い命の炎のように・・・・



洋上の英国海軍旗艦_____

テヒョンが乗船してから早くも夜が明け、旗艦は予定通りドーバー海峡に差し掛かる。そこへモールス信号が送られて来た。
「司令長官!フランス海域にて警備中の艦艇から緊急通信が送られて来ました!」
「内容は?」
「チョン大佐容体急変ということでございます。」
「何だって!?・・・すぐ大公子殿下をお呼び致せ!」
「はっ!」
隊員はすぐに飛び出して行った。
司令長官はそのまま操舵室に向かった。そしてキャプテンに指示を出す。

「チョン大佐の件は聞いた。全速前進で急ぎカレー港へ向かうぞ。」
「しかし、、ドーバー海峡の規定速度に違反します。」
「これは司令長官の命令だ。周辺の艦艇、一般船舶に緊急信号を送れ!優先的に航路を譲ってもらう。」
一気に操舵室が緊迫した。
「全責任は私が取る!!それぞれ直ちに持ち場に就け!全速前進!!」
「全速前進!」

旗艦中に鐘が鳴らされ、緊急事態であることが知らされる。
船は徐々に速度が上がっていく。
テヒョンは呼ばれて司令官室に着いた。
「どうしたのですか?」
司令長官は言いづらそうに顔をしかめながら話した。
「誠に申し上げ辛いのですが、、緊急通信がございまして、チョン大佐容体急変との一報が入って参りました。」
テヒョンは顔色一つ変えずただじっと司令長官の目を見ていた。

「大公子殿下、、、?」
何も反応しないテヒョンに戸惑う。そして暫く間があってからテヒョンは話し始めた。
「私はもう何も驚きません。今は海の上ですし、慌てた所で私一人が飛び出すわけにも参りませんしね。」
静かにフッと笑うと続けた。
「私はもう私の魂の信ずるままに彼の元に行くだけなのです。」
司令長官は毅然としたテヒョンの姿を目の当たりにすると、自然と涙を流した。

「お任せ下さい、、、殿下を一分、一秒でも早くフランスへご到着させて頂きます。」
その言葉を受けテヒョンは満面の笑みで応えた。
速度を上げた船体は揺れが大きくなった。乗組員達は皆それぞれの持ち場で、ハンドレールに掴まって揺れに耐えた。テヒョンは自分の部屋に戻ると、キャンベル大尉が側でしっかりと身体を支えた。
「カレー港まではもうそれほど遠くはありません。今暫くご辛抱下さいませ。」
「大丈夫だ。」
テヒョンにとっては、揺れに耐える事などさほど苦にはならなかった。


【命の灯火】


ドーバー海峡は英国とフランスとの距離が、最短では 34km と狭い海域だった。その為に行き来する船舶が多いので、速度が出せる蒸気機関が搭載された船舶には速度制限が設けられていた。
この頃の艦艇は蒸気機関と帆走の両方が主流だった為、テヒョンが乗船している旗艦も当然に速度制限があった。
この度は緊急事態として周辺の船には通知を送り、航路を譲り受けた。ただし、規定の速度より上げて通過する為、周囲の船は高波の影響を受けるのは必至だった。

旗艦も周辺船舶も緊張が走る走行となったが、やがてカレー港が見えてくると速度を落とし始めた。
「速度が落ちてまいりました。そろそろカレー港到着でございます。殿下、大丈夫でございましたか?」
「うん。幸い船酔いもしなかったよ。」
暫くすると司令長官が部屋にやって来た。
「大公子殿下、大変お待たせ致しました。間もなくカレー港に到着でございます。」
「司令長官、規定の厳しい中で色々と便宜を図ってくれたのですね。心から礼を言います。本当にありがとう。また隊員の皆にもお礼を伝えて下さい。」
「ありがたき幸せにございます。」

旗艦がカレー港に着港するまで、テヒョンは操舵室で司令長官とキャプテンと共に居た。
そして安全に着港出来た事を確認すると、いよいよ船から降りる事になった。
「司令長官、キャプテン、大尉、大変お世話になりました。ありがとう。」
「お疲れ様でしたございました。これから更にパリまでの道のり、どうかご無事で、、、」
「殿下の為に職務が全う出来ましたことを誇りに思います。」
「どうかお気を付けて、、、」
テヒョンは皆と握手をして船から降りると、ようやくフランスの地に足を踏み入れた。

旗艦に乗船していた者達が、全員脱帽をしてデッキに出るとテヒョンを見送った。
港にはフランス政府の出迎えがあり、外務大臣が最初に出迎えた。
「ようこそフランスへ、大公子殿下。」
「初めまして。父が駐在中は色々とご協力頂き、ありがとうございました。」
「こちらこそ、大公殿下には多岐に渡り外交の架け橋を担って頂き、感謝致しております。ささ、パリまで道のりは長くございます。早速馬車へ、、、」
「いや、申し訳ないが列車を使わせて頂こう。」
外務大臣はびっくりした。

「しかし、、、列車にはまだご貴賓の方をお乗せ出来るような設備が整っておりません、、、」
「いいのです。一般の方々と同じ設備で当然構いません。一刻を争う事態ですから。」
カレーからパリまでを馬車で移動するとなると、どんなに急いでも数日掛かる。
外務大臣は、きっぱりと言うテヒョンの要望に応えるしかなかった。
パリまでの移動は急遽鉄道を使用する事になった。テヒョンの言う通り一般と同じ設備を使用するにしても、警備上一般乗客と同じ車両に乗車させるわけにはいかない。
その為テヒョンの為に貸切で一車両を確保した。

テヒョンが駅に着くと、フランス宮廷から任命された侍従二人がテヒョンの伴に付いた。
すぐに駅長が挨拶にやってきた。しかし、テヒョンが急いでいる理由を承知している為、早速車両に案内した。
カレー駅から蒸気機関車に乗って、一路パリを目指す。
テヒョンが乗った車両には、お付きの侍従二人と、警護の者二人が一緒に乗車した。そして、車両の連結出入り口にも警護が二人就いた。急遽国賓が乗車することになったなど、事情を知らない一般客が何事かと辺りを見渡していた。

テヒョンの迎えが馬車から鉄道に変わった事をフランス政府に通達する。
慌ただしく準備が終わると、汽笛を鳴らし列車は重い音を立て動き出した。
途中停車する駅があるにせよ、馬車と違い当日中にパリに到着出来ることになる。
「大公子殿下、早い到着になるにしましても、まだまだお時間が掛かります。今のうちにお休みになられた方がようございます。」
馬車で移動する為に用意されていた、クッションやブランケットが運び込まれていた。

座席は硬い木製であったので、クッションやブランケットがあるのは有り難かった。しかし、横になってもなかなか寝付けない。今、まさにフランスのこの同じ空の下にジョングクがいるのだと思うと心は逸るばかりだった。


パリ・王立病院______

「ジョングクの容体はどうだ?」
「はい、意識は徐々に遠退いております、、、これ以上呼吸や脈拍が弱って参りましたら、お命がいつまでもたれるか、、、」
解毒の為に行われていた《棒血》は既に機能せず、逆にジョングクの体力をかなり消耗させていたので中止されていた。
劇症と言われる最強の血液を以ってしても、近代に作られた未知の毒物には敵わなかったということなのだろうか。
万策尽きたというか、成す術もないというか、無情にも《無力》を突きつけられた感じで、皆諦めの境地に追いやられていた。

「もう、、、回復の見込みはないというのか?」
「いや、正直申し上げまして、今の御子息のご容体で生きていらっしゃる事自体が奇跡でございます。・・・
どうか、、皆様方にはお覚悟と心のご準備をして頂きたく、、、、」
セオドラ卿は深く長い溜息をついた。
「おい、、、嘘だろう?そんな事あるわけないよな?、、、なぁ、ジョン!起きろよ!本当は解毒が上手くいったんだろ?悪ふざけはよくないぞ、ジョン!!ジョン!!!」
アンジェロがジョングクのベッドにしがみついた。

「よせ、よすんだ!」
ソレンティーノ伯爵が引きずるようにしてアンジェロをベッドから離した。そして床に突っ伏したまま、立ち上がる事も出来ずに泣き崩れた。
ジョングクの病室は、誰もが押し黙った異様な沈黙の中でアンジェロの悲痛な泣き声に包まれる。

それから数分後には《英国第44特殊部隊大佐  チョン・ジョングク伯爵 危篤》の一報がヨーロッパ中にモールス信号によって送られた。
ジョングクの命がもう間もなく終わりに近付いているなど、信じたくはない。
セオドラ卿はジョングクのベッドの横で膝まづき、息子の頭を撫でていた。
こんなことになるならば、一緒にフランスへ連れて行って欲しいという、テヒョンの希望を受け入れるべきだったと後悔していた。
きっと今頃、こちらに向かいながら危篤の一報を聞いているかも知れない。

テヒョン様は今どの辺りまで来られているのか、、、』
誰も口には出さないが、テヒョンが臨終の時まで間に合うのか、、、皆が心の中でそう思いながら心配していた。
もう意思の疎通は出来なくなってしまったが、小さくても鼓動と呼吸があるうちに会わせてやりたいと、切に願っていた。


パリ行き鉄道・途中駅_____

途中駅で停車をすると、昼食が運ばれた。昼食とはいっても移動しながら食べられるようにと、パンの間に肉や野菜がペーストと一緒にサンドされた物と紅茶だった。
また、更に誰かがやって来た。
「恐れ入ります。」
駅の職員がテヒョンが乗る車両に顔を出した。お付きの者が対応する。 
「ご出発なさったカレー駅の駅長からでございます。」
一枚の紙片を渡され中を確認した。思わずもう一人のお付きの者に目配せして紙を渡した。
「どうしたのです?」
二人のやり取りを見ていたテヒョンが訊いた。

「殿下、、、」
それ以上何も言えず、紙だけをテヒョンに渡した。渡されて直ぐに中を確認する。そこには、、、、《危篤》の文字が記されていた。テヒョンは静かに深く息を吐いた。そしてまだそこにいた職員に声を掛ける。
「この駅からフランス政府に通信は出来ますか?」
「いえ、この駅からは直接は出来ません。直接政府に通信出来るのは、カレー駅とパリ駅だけでございます。」
「そうか、、、でもパリよりまだカレーの方が近いのだな、、、」

テヒョンはそう言うと、お付きの者から筆記具を借りると、その紙の裏に何やら書き込んだ。
「これを大至急カレー駅に打って下さい。フランス政府への私からの伝言です。」
「はい!かしこまりました。直ぐに打って参ります。」
職員は紙を受け取ると走って駅舎に戻って行った。
そして汽車は出発の時刻になり、また走り出した。テヒョンは首に掛けていたロケットペンダントを取り出して開いて、ジョングクの写真を見つめた。そして『待っていろ、必ず助けるから、待っていろよ!』と心の中で念じた。



パリ・王立病院《特別室》

ジョングクの病室は重い空気に包まれていた。《死の足音》が無音で迫りくるようなそんな雰囲気が漂っていた。
セオドラ卿はずっと息子のそばにいて離れなかった。ソレンティーノ伯爵とアンジェロもベッドの周りで見守っている。既に連合軍は任務を解かれ、各々帰国命令が出ていたのだが、大佐を置いては帰れないとトーマスをはじめ数人の隊員達が残って、王立病院内に新たに設けられた宿舎に詰めていた。ヴァンティエスト達も、ジョングクと共に英国から来た部隊員が残り連合軍と共に宿舎に残った。

そこへ政府の職員が走ってやって来た。
「カレー駅の駅長から伝達がございます。」
ソレンティーノ伯爵が紙片を受け取った。
「セオドラ殿!テヒョン様からの伝達ですぞ!」
「え?・・・殿下から、、、」
ソレンティーノ伯爵から紙を受け取ると
直ぐに目を通し、口に出して読んだ。そこには、
足掻く者一人が向かう鉄の道』と書いてあった。時間が無い中、伝えたい事を走り書きにして伝言を頼んだのだろうと想像出来た。

「足掻く者一人が向かう鉄の道、、、足掻く者、、、向かう鉄の道?、、、」
アンジェロがボソボソと呟いた。そして何かに気付く。
「・・・・え?・・・・まだ、、、諦めていないのか、、、、?」
アンジェロは急に立ち上がった。
「テヒョン様は馬車ではなく、鉄道でここへ向かっているんだ!そうだ!あの方は諦めてはいらっしゃらない。ジョンも同じだ!意識はなくたって、、、コイツは、、、コイツの魂は自分の身体と闘ってる、、、」
セオドラ卿はソレンティーノ伯爵と顔を見合わせた。

「先生を呼んでくれ!!」
その声に誰かが医局室へ走って行った。アンジェロは政府の職員に訊ねた。
「大公子殿下は、汽車でこちらへ来るということですね?」
「はい。お昼頃にカレー駅から二つ先の駅にご到着され、そこからご伝言を頼まれたと伺っております。」
「昼頃、、、ということは、パリ駅にはいつご到着なさるのか?」
「汽車にトラブルが起きなければ、夕食の時間頃にはパリ駅に着くはずです。」
「あと2時間後には着くということか、、、すみませんが、馬車を用意してくれますか?私が殿下をお迎えに参ります。」
「政府で既にお迎えに上がる手筈になっておりますが、、、」
「ではそれをそのままお貸し下さい!私が行きたいのです。」

政府の職員は直ぐに対応すると快諾してくれた。治安が悪い中でも夜は特に危険だということで、警護を増やし道案内人と共に用意をしてくれることになった。
そこに医師が部屋にやって来た。
「先生、ジョンの蘇生に力を貸して下さい。我々は足掻く事にしました。あり得ない状況の中でまだ呼吸を続けているってことは、コイツも諦めてはいないのです。間もなくコイツの婚約者である大公子殿下が来ます!」
「いや、しかし尽くせる手は尽くしましたので、特別な方法は、、、」

「特別じゃなくていいんです!蘇生する為に当たり前のことをするだけで。」
医師はそう言われて考えた。そして、
「では基本的な事しか出来ませんが、、、身体を温めましょう。」
と提案した。そこからの医師は早かった。看護師たちを呼び、沢山の湯たんぽを用意させた。大量の水を沸騰させ湯たんぽに注ぎ入れる。それをリネンに包んでジョングクの両脇に挟み、足元、首の下、首の両脇に置いた。

「馬車の用意が出来ました!」
ジョングクへの処置が終わった頃、馬車が到着した。
「父上、叔父上、ジョンを頼みます。私はこれからテヒョン様をお迎えにパリ駅に行って参ります。」
「うん、テヒョン様はお前に任せた。我々はここでしっかりジョングクを守っている。アンジェロ・・・ありがとう。」
ソレンティーノ伯爵は色んな意味を込めて息子に礼をした。
「礼など要りませんよ、父上。」
アンジェロはそう言って病院を飛び出した。

外に出るとトーマスが待っていた。
「中佐!私もお供致します。」
「おお、大尉!では一緒に乗れ。」
「いいえ、私は警護にまわります。」
アンジェロは笑って了解した。そして馬車に乗ると直ぐに出発した。
トーマスは案内人が乗った馬と並走した。フランス政府の紋章が着いた馬車の両脇には、ズラリと騎馬警官が就いていて、ただならぬ気迫に、暗くなって街中に蔓延っていた悪意の輩達は身を潜めた。

馬車は直ぐにパリ駅の姿を捉えた。汽車の姿は当然まだなかった。
アンジェロ達が駅に着いて、改札の真ん前に陣取って汽車が到着するのを待った。そのうちに予定の時間が迫ってきたが、まだ来る気配がなかった。そして、予定から遅れること約30分、遠く汽笛が聞こえた。
「汽車が来るな。」
「はい!やっと、やっと着きます中佐!」
トーマスは涙を流した。
「まだ泣くのは早いぞ!」
「はい、、、申し訳ありません、、、」

やがて重厚な金属音が聞こえてきた。暗い夜の中でも漆黒の車体が見えてくる。やがてモクモクと煙を吐きながらホームに入って来ると、ガス灯に照らされた車体が黒ぐろと光って存在感を見せつけた。
シュッシュッシューッと力強く白い蒸気を吹いてブレーキが掛かる。完全に止まったことを確認すると、徐々に乗客達が降りてきた。
アンジェロとトーマスは背伸びをして首を左右にしながらテヒョンを探す。右往左往と降りてきた人々が改札に向かって歩いて来る。暫くすると警護に囲まれた人の塊が見えて来た。

「あれだ!あそこにテヒョン様がいるはずだ。」
「テヒョン様!!」
「テヒョン様〜!!」
アンジェロとトーマスが声を張り上げると、テヒョンが人の塊の間から顔を見せた。手を振っている二人の顔を確認すると駆け出した。慌てた警護がそれを追う。
「アンジェ!!トーマス!!」
テヒョンは改札を抜けると二人の元に飛び込んだ。

「お待ちしておりましたよ!」
「よくここまでご無事で、、、、」
トーマスは号泣した。
「挨拶は抜きだ!さぁ、馬車へ、、」
「いや、馬で行く!ジョングクは瀕死の状態で待っているんだろう?一秒たりとも無駄にしたくない。」
「よし、警護の者から馬を借りる。誰ぞ馬を二頭貸し出せ!」
二人の騎馬警官が馬を差し出した。
「ありがとう!君達は馬車に乗って帰って来てくれ。」
テヒョンはそう言って手綱を預かった。

テヒョンを真ん中にアンジェロとトーマスが両脇に付いた。案内人がランプを照らして先導する。それを囲むように騎馬警官が警護に就いた。
「よし!出発だ!」
三人は並んで馬を全速力で走らせた。テヒョンもアンジェロもトーマスも慣れていない道を前を走るランプの灯りを頼りに走っている。街灯があったとしても夜道はそれなりに暗い。
テヒョンはこの暗がりは、今置かれている状況そのものだと感じていた。先行きが見えない真っ暗な闇を明るい光が例え小さく見えても、人はそれを目指して走るものだ。

先程から案内人が走らせる馬が驚くほど速く、自然と先導されているようだった。あとどれ位距離を走るのかなど考える間もなく、三人は無心で馬を疾走らせた。この先にいる独りで自身と闘っている愛する伴侶、弟分、友の命の灯火の為に。


「病院が見えましたぞ!!」
アンジェロが叫んだ。案内人の馬が脇にそれてテヒョン達に道を譲った。病院の門を潜り入り口まで駆ける。アンジェロが先に馬から降りて、テヒョンを助けた。
「このまま走りますよ、付いてきて下さい!!」
テヒョンはアンジェロの後を追うように走った。トーマスは二人が病院内に入るのを見送り、乗ってきた馬達を集めた。
階段を駆け上がり廊下を走る。こんなに全速力で走ったことなどない位息が上がる。だけれど苦しいなど少しも感じなかった。

アンジェロがようやくジョングクの特別室の扉に手を掛けた。
「さあ!テヒョン様、中へ!」
扉が開くとセオドラ卿とソレンティーノ伯爵がバッと立ち上がり、部屋の入り口を見た。
「殿下!!」
「テヒョン様!!」
テヒョンはベッドの上に横たわる人物を見ながら静かに部屋の中に入って行く。
微動だにせず眠るその人は髭が伸びてはいたけれど、懐かしいあどけないジョングクの寝顔に間違いなかった。

「ジョングク!!」
テヒョンはベッドに突っ伏した。そして堰を切ったように泣いた。皆が二人を見守った。ひとしきり泣いた後、テヒョンは上着を脱ぎ捨て、シャツの袖を捲るとグイと医師に突き出してこう言った。
「先生、直ぐに棒血をして下さい!」
医師は驚いてテヒョンの顔を見た。
「お早く!時間はもう無いはずです。私はヴァンティーダとして《覚醒》しております。動脈から採血をして、ジョングクの静脈に入れてやって下さい。」
医師は困惑してセオドラ卿の方を見た。

「殿下の仰る通りにして下さい。父親である私の責任の元、お願いします。」
「私の身に何が起ころうとも、誰も咎めを受ける事はありません。既にその意志を遺言として書き留めて来ています。さあ、早く、、、」
テヒョンの気迫には逆らえない何かが佇む。
「分かりました。早速棒血致しましょう。」
テヒョンはジョングクと同じベッドで採血をする事を望んだ。希望は通りジョングクの横に横たわる。テヒョンの白い腕には覚醒する為に刺した針の跡が紫になって残っていた。

準備が整うと採血が始まった。テヒョンの動脈に針が刺さると鮮血が採られた。
それをジョングクの静脈に少しづつ注入されていく。
それが何度か繰り返された。
「大公子殿下、もうこれ以上は貴方様が危険になります。」
「あと一回、あと一回だけ頼む、、、」
朦朧としてきた意識の中で最後の採血を頼んだ。
「本当にこれが最後でございますよ!」
医師は涙を流してテヒョンから最後の採血をした。
テヒョンはそのままスゥーッと意識を無くした。
「殿下!!」
「テヒョン様!!」




つづく________