前回の物語
物語の続きが始まります✨✨✨
【Resurrection】
ロンドン・キム公爵家______
「フィリップ様、、、チョン伯爵、危篤の一報が入りました、、、」
大公は窓の外を見ていたが、オルブライトからの報告を聞くと、拳を握りしめそのまま暫く無言だった。
時計の秒針を刻む音がやけに乾いて聞こえる。そして思いついたように言葉を発した。
「テヒョンの耳にも入っているだろうな、、、」
「恐らくは、、、、」
重たい空気が広がる。するとそこに扉をノックする音が静かに響いた。
オルブライトが扉を開けるとスミスが立っていた。
「失礼致します、、、」
珍しく暗い声色のスミスに、大公が振り返る。
「スミスか、そんな顔をしてどうしたのだ?」
足取り重く部屋の中に入って来る。
大公の前まで来ると徐ろに封書のような物を差し出した。
「・・・今朝、テヒョン様の寝所を掃除していた者が、ピローの下から見付けたようです。」
受け取って表書きを見ると、大公は確認するように読んだ。
「・・・遺言書」
封書を裏返すと、テヒョンの紋章の封蝋がしてある。間違いなくテヒョン本人が書いたものだろう。
「万が一の事を想定なさってお書きになったのかと、、、」
「わざわざ遺言書などと書いたということは、無謀な事をしてその場に居合わせた者達に後々お咎めが無いようにということであろう、、、あいつらしいではないか。」
「しかし、追い討ちをかけるようにジョングク様がご危篤となられ、、、今どんなお気持ちで、あちらに向かわれているのかと思いましたら、、、もう、私は、、、」
スミスは言葉に詰まった。
「無心に祈るしかあるまい、、、テヒョンは信じて前に進んでいるのだ。我々も信じて祈りを捧げるのだ。」
実は、大公はテヒョンがフランスへ向かった日の晩、ヘリオスの間のベリスフォード王太子の肖像画の前に立っていた。
そして、その肖像画に向かい祈りを捧げていたのだ。
「兄上、、、テヒョンは兄上の信条をしっかり受け継いで成長致しましたよ。私達の息子は愛する者の為に《覚醒》の道を選び、、、今、神から試されている渦中にいます、、、どうか見守ってやって下さい、、、兄上、、、」
それ以降も人知れず、毎晩ヘリオスの間に行くと祈り続けていた。
ステファニアはベリスフォード王太子の写真を胸に、朝夕に祈り続けていた。
聖プレブロシャス教会にはハンスの姿があって、神父たちと共にジョングクへの祈りを捧げた。
フランシスもまたアンディを連れて、テヒョンとジョングクの為に祈りを捧げに教会に足を運んだ。
ロンドンの街にもジョングクに捧げる鐘があちらこちらで鳴らされた。国民もまた誰もが奇跡を願っていた。
広大に広がる色とりどりの大地__
青く澄み渡る空__
来たことも、見たこともない場所__
なぜ自分はここにいるのか?
ジョングクは彷徨っていた
人影一つ無く、大自然の景色ばかりが続く、、、、
それも神々しい美しさに引き込まれそうにはなるのだが、どこか居た堪れない寂しさのような気持ちにもさせる
どんなに飛び回っても同じ場所に戻されてしまう、、、
抜け出そうにも出口すら見えない
急に誰かの声がした_____
よく聞いてみると歌声だった
君が僕を愛するように
僕は君を愛する
夕べにも そして朝にも
君と僕が お互いの苦しみを
分かち合わない日があるなど
1日たりともあり得ない
だからこそ その苦しみは
君と僕にとって容易く
耐えられるものとなる
君は僕の悲しみを慰めてくれて
僕は君の悲しみに涙を流すのだ
神様の祝福が君にありますように
君よ 僕の人生の喜びよ
神様が君を守って下さることを
さらに僕のために
君を支えて下さることを
僕達二人を守り 支えて下さる事を願う
ああ・・・
懐かしいヴェートーベンの歌
いつか私に歌って下さったあの御方の歌声だ
そう思った瞬間
思い切り後ろに引っ張られた!!!
今度は、どこかの古城のような場所にいた
『そろそろお替りが必要ではありませんか?』
テヒョン様!?・・・
テヒョン様ではありませんか!!
ああ、、お会いしたかった、、、
さっきの歌声もあなた様ですよね
あ、、、?
ここは、、、エジンバラの離宮?
『どうされました?チョン伯爵?』
テヒョン様、、なぜそんなに他人行儀なのですか?
『なぜって、、、私達は今日ここで会ったばかりではございませんか』
え?______
『いけない、もう行かなくては・・・』
どちらに行かれるのですか?
『紅茶のお替りを飲み終えたら、あなたも早く戻られた方がいい』
でも、どこに戻れば、、、?
あ、待って下さい!テヒョン様!
テヒョン様〜〜〜!!
·······································
·······································
·······································
目を開くと真っ白い天井が視野一杯に入ってきて眩しい、、、
『これは、、、夢か?』
段々と視覚がハッキリしてきて、聴覚も覚醒してきた。どうやら夢ではないようだ。
すると、隣で誰かの寝息が聞こえてきて顔を横に向けてみた。
白いシャツを着た肩が見える。視線をゆっくり首の方へ向けてみると、美しい流線型の横顔が見えた。懐かしい気持ちが湧いてきて、胸が締め付けられるような愛おしさを感じた、、、、これは、、、
テヒョン様!?
そう思った瞬間に頭が冴えてきた。
しかし、起き上がろうとしても身体が鉛のように重たくて、力が入らない。
仕方なく辺りを見回してみる。誰かが足元で寝ているのが見えた。
「あ、、の、、、」
声を掛けたが小さくて、かすれた声しか出てこない。それでも気付いてくれたのか足元の人が目を覚ました。思わず目が合う。
「!!・・ジョン、、、グク、、、、、ジョングク!?」
「ち、、、父上、、、、!?」
「無理に話そうとしなくていい、、、お前、、、本当に目覚めたのだな、、、?」
セオドラ卿は立ち上がり、ベッド伝いに息子の方へ駆け寄ると両手で顔を掴んで泣き出した。
「よく、、よく苦しみに耐えて、、、戻ってきたな、、、」
セオドラ卿は満面の笑みを浮かべるが、顔は涙でくしゃくしゃになっていた。
「ちょっと、、待ってくれるか?」
そう言って立ち上がると、急いで部屋の外に出た。
セオドラ卿が呼びに行っていたのか、医師が慌てたように部屋に入って来た。その後にアンジェロやソレンティーノ伯爵、トーマスも続いて入って来た。一番最後にセオドラ卿が戻った。
直ぐに医師の診察が始まった。
「ジョン!!ジョン!戻ってきたんだな、、、」
アンジェロは泣いていた。ソレンティーノ伯爵やトーマスも泣きながら頷いている。
『私は、、、一体、どうなっていたのだ?』
皆が口々に『戻ってきた』と言っているのだが、ジョングクにはその理由が分からなかった。
それよりも、なによりも、テヒョンが隣で寝ているのはどういうことなのか、それを早く知りたかった。
言葉がまともに出ないので、ジョングクはテヒョンの方を向いて、その後皆に目配せをしてみた。
「ん?ああテヒョン様が隣にいて驚いたか?」
アンジェロはトーマスとソレンティーノ伯爵の顔を見た。そして三人は笑い合った。
セオドラ卿がジョングクの顔を覗き込むようにして話す。
「殿下が命懸けでお前を助けて下さったのだ。今はそれだけ分かっておけばよい。」
ジョングクはもう一度顔をテヒョンの方へ向けて、静かに深い眠りの中にいる横顔を見た。『命懸けで助けてくれた、、、?』何があったのかは分からないにしても、自然と激しい感情がこみ上げてくる。
離れてから片時も忘れたことはなかった。いつも恋い焦がれ、会いたくて、何度も夢にまで見た愛しい人、、、、
その人が今、隣で眠っている!?
この喜びとも、切なさとも例えられない湧き上がる想いに自然と涙が溢れ出た。
一通り診察を終えた医師が話し掛ける。
「おはようございます、チョン大佐。貴方様はずうっと眠ったまま危険な状態が続いていたのですよ。」
ジョングクは医師を見つめたまま聞き入っていた。
「一通り診察致しましたが、もう心配はないでしょう。ただ、眠ったままでしたので、ありとあらゆる所の筋力は落ちております。無理に起き上がったりなさいませんように。リハビリもキチンとしていきましょう。声も今はまだ出づらいかもしれませんが、数日経てば話せるようにはなります。」
ジョングクはゆっくりと頷いた。
医師は今度は隣のテヒョンの診察を始めた。よく見るとテヒョンの片腕には包帯がグルグル巻かれている。何があったのかジョングクは益々心配になった。
「殿下ももう大丈夫でしょう。夕べお三人が緊急で棒血して下さったおかげですな。」
テヒョンがジョングクに対して最後の棒血の為に採血した後、そのまま意識を失ったのだが、セオドラ卿とソレンティーノ伯爵とアンジェロが棒血をしてくれたおかげで、大事に至ることは無かった。
動脈から何度も採血した為に、酸素を沢山含んだ新鮮な血液が一時的に欠乏したので、身体がショック状態になったのだ。
「殿下は無謀というか無茶な事をなさいますなぁ、、、。」
医師が診察に使った道具を片付けながら話した。
「しかしながら《諦めない》という大事な事をお示し下さったことは、医師として考えさせられました。殿下にはお目覚めになられたらお礼を言わねばなりませんな。」
そう言うと『後でもう一度お二人を診に参ります。』とセオドラ卿に伝えて一礼をして部屋を出て行った。
ジョングクは先程から横でずっとテヒョンを見つめていた。周りがざわついているのに一向に目覚めないので不安だった。
「テヒョン様がなかなか起きてこられないから寂しくて心配か?」
いつものからかうようなアンジェロの言葉に目を細めて睨んでみる。
「お、ジョンらしい反応はちゃんと出来るのだな。」
そう言って笑った。
「大佐を虐めないであげて下さい。中佐!」
トーマスがジョングクの味方をした。
「しかし、大の男二人がこのベッドでは狭苦しいな。棒血は終わっているしテヒョン様をもう一つのベッドへ移して差し上げた方がよいな。」
ソレンティーノ伯爵がそう話したが、ジョングクは一生懸命首を横に振った。そして隣のテヒョンの手を探して掴んだ。その様子を見たソレンティーノ伯爵は、
「『もう離れたくはない』か?」
と訊いた。
「そうだな、、、分かったよ。このままにしておいてやるぞ。」
アンジェロが応えた。
「そろそろ疲れただろう?まだ本調子ではないのだからな。もう少し休むといい。我々はまた後で来るからな。」
セオドラ卿はそう言って、ソレンティーノ伯爵やアンジェロ、トーマスと共に部屋を出て行った。
また静かな部屋に戻る。
そして再びテヒョンの寝息が聞こえてきた。今までも同じベッドの中で、もう何度も聞いて聞き慣れている愛しい息遣い。それだけでも癒やされていく。
顔をテヒョンの方に向けたままその寝顔を見続けた。
その時、掴んでいる手の中でテヒョンの手がピクリと動いた。すると肩を動かしてジョングクの方に寝返りを打ってきた。その拍子に薄っすらと瞳が開く。
虚ろな瞬きを何回かするとバッチリ開いた。ジョングクは目が合って一瞬ドキッとする。
「ジョン、、、グク、、、?」
呼ばれてニコッと不器用な笑顔を見せた。
「ジョングク!!」
テヒョンは飛び起きた。
「ああ、、間に合ったんだ、、、君は、、ようやく戻って来たんだね!、、、ああ、、良かった、、、本当に良かったぁぁ、、、」
テヒョンは泣き出して、そのままジョングクの上に覆い被さって抱きしめた。
テヒョンの身体にジョングクの元気のよい鼓動が伝わってくる。
「生きている。君がちゃんと生きている、、、それだけで僕は幸せだ、、、」
テヒョンは嬉し涙に咽びながら、暫く離れられなかった。愛しい人の身体を自分の身体に吸収させてしまうのではないか、と思う位抱きしめ続けた。
ジョングクは久しぶりに感じるテヒョンの重みにまた嬉し涙を流した。
二人は長い間、お互いの体温をしっかり確かめ合うように動かないでいた。
ようやくテヒョンが起き上がり、涙に濡れているジョングクの頬を手で拭ってやった。
寂しさに押し潰されないように、封印していた熱い想いが溢れ出て、心の中ではずっとずっと求めて止まなかったお互いを見つめた。
確かに生きて、今目の前で自分を見つめてくれるのは《彼》で間違いないのだとお互いに思っていた。
伝えたい想い、話したい事、それらが我先に飛び出してこようとするのだが、もっと熱く触れたい衝動が先に出た。
テヒョンの唇は吸い寄せられるようにジョングクの唇と繋がった。
テヒョンにとってもジョングクにとっても、唇に伝わってくるお互いの温かさは心地よかった。
「髭がくすぐったいよ、、、」
テヒョンがそう言って笑う。ジョングクは『え?』という顔で驚いた。
「あ、そうか。まだ自分の今の顔を見ていないのか。」
丁度ベッドサイドテーブルに手鏡が置いてあったので、テヒョンはそれを取ってジョングクに映して見せた。無精に髭を生やし、頬が少しコケた自分の顔を見た瞬間、恥ずかしそうに目を閉じた。
テヒョンは手鏡を元に戻すと、ジョングクの髭に触れながら、
「髭のある君も好きだよ。」
と言ってもう一度口づけた。
「君に話したい事が山ほどあるんだよ。」
ジョングクも自分もだというように頷く。
「そうか、、、声が出せないんだね、、、では君が普通に声が出せるようになった時の為に取っておこうかな。」
おぼつかない動きでジョングクはテヒョンの顔に手を持っていった。一生懸命触れようとしてくれているその手を包むようにして、テヒョンは自分の頬につけた。そして、テヒョンのもう片方の手はジョングクの頬に触れて、
「もう僕は離れないよ。絶対に君を離さない、、、」
と言った。
ジョングクの瞳に涙が滲む。自分の頬に触れているテヒョンの手に口づけをして自分も《同じ気持ち》であることを伝えた。
テヒョンが来るまで、ずっと張り詰めていたジョングクの病室に柔らかい空気が漂うようになった。
お互いの存在を前にして、生きる喜びに鼓動は元気に跳ねている。
そして、テヒョンから《棒血》と共に《息吹》を貰ったジョングクは新たに生まれ変わったのだ。
「ジョングク、そろそろ朝食だぞ。」
セオドラ卿が声を掛けて扉を開けた。
一歩中に入って思わず立ち止まる。
「どうしたのです?叔父上。」
セオドラ卿は口に人差し指を立てて、『静かに』と合図をすると、中を見てみるようにと、今度は親指でクイクイと合図をした。
アンジェロがヒョイと中を覗いた。そこに見えたのは、ジョングクの肩にテヒョンが頭を寄せて、しっかりとくっついて寝ている二人の姿だった。
安心したらまた眠気がおきたのだろう。幸せそうな表情で眠っている。
「これで、やっとジョングクの戦争は終わったことになるのだな、、、」
「テヒョン様も同じでしょうね、、、」
「そうだな、、、二人の戦争が終わったのだ、、、」
「叔父上、まだ二人はこのまま放っておきますか。どっちにしろジョンは栄養剤の投与だけで、まだ口からは食べられませんし、テヒョン様はお腹が空けば起きて来られるでしょう。」
「そうだな。」
二人は笑って扉を閉めた。
ロンドン・キム公爵家____
「殿下!大公殿下!」
食堂で昼食を摂っていた大公の所にスミスが駆けてやって来た。
「スミスもまだまだ走り回る事が出来るのだな。」
大公はスミスの走りっぷりに感心して言った。
「それどころでは、、、ございません、、、」
スミスは息を切らしながら話し始めた。
「テヒョン様が、、、無事にパリにご到着なさいまして、、、、それと、、ジョングク様、、、危篤状態からの、、、生還でございます!」
「おお、、知らせが来たか!」
大公は立ち上がり窓辺に立つと、彼方遠くに視線を送り、
「遂に、、、やり遂げたのだな、テヒョン!お前の勝利だ、、、」
と呟いた。そして振り返ると、
「さあ!シャンパーニュを持って参れ!オルブライトもスミスも祝い酒だ。デイビスも呼んでやれ!」
暗雲が立ち込めていた公爵家が一気に明るさを取り戻した。
ジョングクが危篤状態から脱したニュースは、瞬く間に国中に広がった。
ステファニアの元にも、チョン伯爵家にも、フランシスにも、ニュースは届いた。皆それぞれ歓喜に涙した。
朗報があったその夜。
大公はグラスを二つとシャンパーニュのボトルを持って、ヘリオスの間に向かった。
大公は、ベリスフォード王太子の肖像画の前に小さな丸テーブルを置くと、グラスを二つ並べてボトルの栓を開けた。
「兄上、ありがとうございました。テヒョンがやり遂げましたよ。あの子とあの子が守り抜いたジョングクの為に、一緒に祝杯をあげましょう。」
そう言ってグラスにシャンパーニュを注いだ。大公はグラスの一つを持って肖像画に向かって掲げると、兄のグラスに乾杯をした。
【フォンテーヌブローでの療養】
澄み渡る静かな青空の下、小鳥のさえずりが心地よい。
テヒョンとジョングクは、散歩日和だというので、車椅子にジョングクを座らせて、テヒョンがそれを押して庭園を散策していた。
パリから馬車で1日程度かかるこの場所は、フォンテーヌブローの森を配し、歴代国王が居住したフォンテーヌブロー宮殿がある。
二人は喧騒のパリを離れて、ジョングクの療養の為に、この静かな宮殿に滞在していた。
「気持ちがいいな、、、」
「はい。・・・でも、すみません。いつもテヒョン様に車椅子を押させてしまって。」
「気にするな。僕にとってはなんだか新鮮な気持ちなのだ。」
「私も早くご一緒に歩きたいです。」
ジョングクは両手で脚をパンパンと叩いた。
「焦るな、焦るな。少しづつでも筋力は戻ってきているのだから。」
「はい、、、だけどお腹は普通に空きますね。」
「お腹が空いたか?・・・そろそろガゼボが見えて来るんじゃないか?そこにお昼の支度をしてくれているらしいぞ。」
二人はそのまま前に進んでいく。すると湖畔に迫り出した形のガゼボが見えて来た。
「あ、ジョングクあれだ。」
ガゼボの中に人影が見えて、何やらテーブルセッティングをしている様子が見える。車椅子を進め近付いて行った。
二人の姿に気付いた侍従が迎える。
「お疲れ様でございました。殿下、車椅子を押されて大変ではございませんでしたか?」
「いや、楽しかった方が大きいよ。なかなかせぬことだからな。」
無邪気な答えに侍従は笑った。
「フランス宮廷に於いては、英国の大公子殿下は機知に富む聡明な御方との評判でございます。誠にその通りでございますが、更に好奇心が旺盛でユーモアもお持ちでいらっしゃいました。」
「そうか?」
「はい。私はこちらでお二人のお世話を仰せつかりましてから、感心させられたり、驚くことばかりでございます。分け隔てなくお話もして下さるので、楽しゅうございます。」
「そう思ってもらえて私も嬉しいよ。」
「おお、これは失礼致しました。ついつい立ち話を、、、さあ、お昼のお食事をお召し上がり下さい。」
侍従はテヒョンから車椅子の手押しハンドルを引き取ると、テーブルまでジョングクを移動して案内した。テヒョンは隣に座った。二人のテーブルは、湖畔の風景を眺めながら食事が出来るようにセッティングされていた。
「いい眺めでございますね、テヒョン様。」
「うん。あ、ほらあそこにツガイのカモがいるぞ。」
のんびりと自然の中に居て、その様子を見ながら時間に追われることなく食事を楽しむ。それが今の二人には大事なひと時となっていた。
「では私どもはこれで。何かございましたら、こちらの紐を引いて鐘をお鳴らし下さい。直ぐにお伺い致します。」
「分かりました、ありがとう。」
テヒョンとジョングクは二人きりで、暫く食事を楽しんだ。
「だいぶ食べられるようになったね。」
「はい。食べられるって幸せですね!」
美味しそうに元気よく頬張って食べる姿をテヒョンは嬉しそうに眺めていた。
この元気で食欲旺盛な状態に戻るまでには、だいぶ時間を要した。
ジョングクは意識が戻った後も暫くは栄養剤の投与を受け、流動食も少量しか食べられなかったので、体力がついて元の状態になるまで、テヒョンは付きっきりで面倒を看た。
実はジョングクの食事介助はテヒョン自らがやっていた。最初にその申し出があった時には、セオドラ卿や侍従が驚いて止めた。しかし、テヒョンは自分が落馬をして怪我をした際に、ジョングクが親身に面倒を看てくれたのだから、今度はその伴侶である自分が、介助するのは当たり前だと言って譲らなかった。
ジョングク自身もテヒョンの介助に最初は恐縮した。だけれどもテヒョンの献身的な介助は、ジョングクの心身を安定させた。そしてテヒョンにもまた、世話をするという行為が心の安定をもたらしたのだ。
ようやく普通に食事が摂れるようになったジョングクは、最近フランス貴族の食卓に上がるようになった、エスカルゴがお気に入りらしく、少しだけ焼き目を入れたバゲットに乗せてパクパクと食べていた。
「ねえ、、、それって本当に美味しいの?」
テヒョンは未だに挑戦出来ていない。
「ええ、とても美味しいですよ。テヒョン様にも是非食べて頂きたいです。」
「ちょっと、、、まだ勇気が出ないなぁ・・・」
「・・・私を命懸けで助けて下さる勇気はお持ちですのに、、、」
「それとこれとは別だよ。」
そう応えるテヒョンの手をジョングクは握った。
声が出るようになり、会話が出来るようになった頃、ジョングクはテヒョンの渡仏の理由を訊いていた。
テヒョンが生母に頼み込んで棒血をしてもらい、ヴァンティーダとして《覚醒》した事を知った時、ジョングクはかなりショックを受けた。
テヒョンには、絶対にヴァンティーダとしての責務を背負わせたくないと、ジョングクは思っていた。それなのに、かなりの苦しみを伴いながら覚醒したという事実に、自責の念を持っていたのだ。
また、それと共に微かな可能性を軽視せず、勇気をもって挑んだテヒョンの姿勢に改めて尊敬の念も持ったのだ。
そして、なによりもそれ程までに愛情を示してくれたことが、尊いと思い嬉しさがこみ上げた。今まで以上にテヒョンが愛おしく大切な命の源だと感じた。
「君はさ、もう僕の伴侶なんだから変に恐縮したり、遠慮するのはやめなさいね。」
「あ、、、はい。でもなんだか癖になってしまって、、、」
ジョングクは言いながら遠慮がちな笑みを浮かべる。テヒョンは不意に呟く。
「ベッドの中では大胆なのになぁ・・・」
「え?」
独り言を言ったつもりがしっかりジョングクの耳に届いていて、テヒョンは慌てた。
「それって、、、もしかして、ベッドのお誘いですか?」
ジョングクの目の奥が鋭く光った。テヒョンはドキッとする。
「バカっ!まだ身体がちゃんと戻ってもいないのに、何を言っているんだよ、、」
テヒョンはあからさまに訊いてくるジョングクにドギマギしながら言った。
「でもお互いに、かなり長い間《お預け》の状態ですよね、、、」
ずっと握っていたテヒョンの手を更に強く握りながら言う。
「だから!・・・これ以上僕を煽らないで、、、」
テヒョンは恥ずかしそうに言って目を逸らした。その言葉と仕草にジョングクの胸は射抜かれた。
「・・・可愛い、、、私のテヒョン様、、、」
テヒョンも同じように《我慢》していたのだと知ると、愛おしくて堪らなかった。ジョングクは握っているテヒョンの手に口づけた。少し間が空いて二人の目が合うと、お互いに吹き出して笑った。
今、触れようと思えば直ぐそばにお互いの存在がある事が、本当に幸せだった。
だからこそ《お預け》も我慢が出来たのだ。
テヒョンにとっては特に、ジョングクが自分で立ち上がって、難なく歩けるようになる事だけが最優先だと思っていた。
車椅子に乗りながらでも、自分の手を使って食事をする姿を改めて見て、少し前までは自力でベッドに起き上がることも出来ず、食事をする事も出来ず、声も出す事が出来なかったのが嘘のように思えた。筋力を付ける為のリハビリも欠かさず毎日行って、決して弱音を吐く事も、出来ない事に焦って自暴自棄になる事もない。それは元々の性格もあるのだが、一緒に居て手伝ってくれるテヒョンの存在も大きかった。
フォンテーヌブロー宮殿での療養は、二人にとってゆったり過ごせる穏やかな休息にもなった。
そして、テヒョンとジョングクの様子を見て安心したソレンティーノ伯爵とアンジェロはようやくフランスを離れることにした。アンジェロは帰る前に、戦争のせいで離れてしまった想い人を迎えに行くのだと教えてくれた。アンジェロが幸せを取り戻しに行く事をテヒョンとジョングクは大いに喜んだ。
トーマスもようやく家族が待つ英国に帰って行ける。
連合軍も解散し、ヴァンティエスト達もそれぞれの国へ帰って行った。
セオドラ卿はテヒョンとジョングクの付き添いの為にフランスに残った。
夜、テヒョンはパジャマに着替えたジョングクに肩を貸してベッドへ移動させた。
「だいぶ脚に力が入るようになったね。」
「ええ、おかげさまで。感覚もかなり取り戻してきています。・・・しかし、筋肉というのは、使わないとみるみる落ちてゆくものなのですね。」
ジョングクは自身の脚を擦りながら言った。
「ずっと寝たままだったのだものな。あとは慣らして歩く練習だな。」
「もう今から楽しみですよ。」
リハビリをワクワクした表情で待つジョングクを見てテヒョンは、
『こういう所は本当に少年のようで可愛い。』
と、微笑ましく見ていた。
「テヒョン様、皆が私を心配して一緒にフランスに残ってくれましたが、それぞれの戻るべき場所に帰る事が出来てほっと致しました。」
「うん、そうだな。」
「私は、色々な方々に助けて頂いて、、、もう感謝してもしきれない位でございます、、、」
「本当に、皆が親身になって寄り添ってくれたものな。」
テヒョンが話しながらベッドに入る。するとジョングクの手が伸びてきて、グイッと腰を掴まれると引っ張られた。
「びっくりするではないか!」
ジョングクの目が口説きの視線になっていた。
「ジョングク?、、、」
「黙って、、。」
テヒョンの顔にジョングクの顔が近付いてくると、身体を伸し掛けた。
「ねぇ、、、ちょっと待ってよ、、、」
「出来ません、、、」
「え?」
「あなた様が可愛らしい表情を沢山なさるから、、、もう限界です。」
ジョングクは熱くなった唇でテヒョンの唇を塞いだ。
ジョングクの上半身はもう殆ど筋力が戻っていて、体を支える力も、動作もスムーズだった。余りにも情熱的な愛撫にテヒョンはそのまま絆されていく。
二人は長い時間を耐えてやっと愛の交歓を果たせる事が出来たのだ。
テヒョンは今までの事を思い、感情が交錯していた。そして歓喜で涙を流した。
ジョングクは、愛しい人を愛でることが出来る喜びに感謝の気持ちが湧いた。
一歩違えば、二度とこの手に触れることが出来なかった運命なのだ。命を守ってくれたテヒョンの存在の尊さに、愛情が更に湧き上がる。
「今夜は、無理は致しません、、、」
「うん、、、充分君に可愛がって貰ったよ、、、」
テヒョンの恍惚となりながらも、恥じらう言い方に、ジョングクは愛しさの底知れなさを感じた。
テヒョンに腕枕をする。
「腕が痺れてしまわないか?」
「大丈夫でございますよ。」
言いながらグッと引き寄せる。
テヒョンは頭をジョングクの肩に寄せた。フフッと笑い声が聞こえた後、手が伸びてジョングクの頬に触れる。
「髭も意外と似合っていたな。」
自力で座れるようになった時、ジョングクは理髪師に髪を切ってもらい、髭も一緒に剃ってもらっていた。
「あんなに伸ばした状態は初めてでした、、、、」
「そうだろうな。」
「テヒョン様が嫌がらなくて良かったです。」
「僕はどんな君も好きだからな。」
サラッと言われてジョングクは照れた。
「そういう純粋なところもな!」
テヒョンはジョングクに抱きついた。
「テヒョン様、、、」
「ん?」
「テヒョン様は生みの母上にお会いになったのですよね、、、」
「ああ、お会いした。」
「初めて会われて、どのように感じられたのですか?・・・お話を訊いても差し支えなければ、、、」
「いいよ。僕も君に話したかった事だから。」
二人はベッドに起き上がった。改めてテヒョンが続けて話し始める。
「初めてお会いした時はお美しくて、優しそうな印象だった。」
「私も伯母上には子どもの頃に、一度だけお会いしましたが、優美でとても優しい方だったのを覚えています。」
「でもお話をしてみたら、とても頑固なお方でね。最初は《母上》とも呼ばせて下さらなかった、、、ご自身の信条に従って生きてこられた方だから、仕方のない事だけれど、、、」
テヒョンはしみじみと話しながら、急に思い出し笑いをした。
「どうなさったのです?」
「あまりにも頑なに物事を仰るものだから、僕は思わず怒りをぶつけていた。」
「え、本当に!?」
「うん。息子の立場として、ずっと僕が封印していた感情を彼女にぶつけたんだよ。」
「凄いじゃないですか、、本心をぶつけるなんて。」
ジョングクはドキドキしながら次を待った。
「・・・泣いて下さって、、、『ごめんなさい』って謝ってくれた。思わず《母上》と呼んだら《はい、私はあなたの母ですよ》と言ってくれて、僕の事を一度も忘れたことはなかったとも仰ってくれたのだ、、、、、、」
ジョングクは堪らなくなってテヒョンを抱きしめた。
「僕は母上を抱き締めていたよ。僕自身にとっては知る事がなかった人だったのに、、、その時に歌ってくれた子守唄に揺られながら、、、僕は懐かしさに似た凄く柔らかい温もりに癒されたんだ。」
ジョングクは肩を震わせて泣いていた。
「もう、、、何故また君が泣くのだ・・・・」
「良かったですね、、、伯母上と初めて会った時、、、僕を見ながら寂しそうな表情をするのが気になったのです、、、でも、、、テヒョン様と年が近い私を見ると、きっとお辛かったのでしょう、、、」
テヒョンは泣きじゃくりながら話すジョングクの涙を手で拭ってやった。
「君ったら、泣き虫な所は蘇っても変わらないのだな、、、」
言いながら笑った。
「私は嬉しいのです。テヒョン様が、、、幼い頃から鎮めていらした、子どもらしさの封印を解いて、親子の絆を結べた事、、、そして、伯母上がテヒョン様の母としてのお気持ちをお伝え出来た事が、、、、」
「うん、、、僕も生い立ちを知った時は、頑なに父は大公の父上だけだ、母は大公妃の母上だけだって、自分自身に言い聞かせていた気がする。でも、四人の両親がいるって思えているし、母と呼べる人は今生ではあの方しかいない。・・・・だから、母上とお会い出来た事は幸いだった、、、」
「テヒョン様、、、」
「あの時の君はそれどろろではない、瀕死の状態だったのだがな、、、でも、君のおかげでもあるのだから、ありがとうと言うべきなのだろうな。」
ジョングクは笑った。その笑顔を見てテヒョンは抱きついた。
「笑い話になれて、、、本当に良かった、、、」
ジョングクは何も言わず、ただ強く抱きしめ返した。
つづく_________