🐻Dー6
🐰Dー7
テテの転役まで1週間切りましたね![]()
グクは丁度1週間ですよ
🎉
本物の二人にはゆっくりまったり再会を満喫して欲しい❗❗
前回の物語
物語の続きが始まります✨✨✨
【始まる試練】
艦艇の姿が見えなくなると、港は不気味なくらい静寂に包まれた。
既に会場の片付けが始まっていて、沢山集まっていた見送りの人達も殆どいない。それが余計に閑散さを際立たせ哀愁を漂わせた。
「大丈夫か?テヒョン・・・」
「陛下・・・」
国王が見兼ねて声を掛けて来た。肩に手を回すと慰めるように腕を擦った。テヒョンは涙が止められないでいたのだ。
その時、遠くからテヒョンの名前を呼ぶ声がした。海風に紛れながらも徐々に大きくなってくる。
「テヒョン様!」
間近で聞こえて振り向くと、その声の主はフランシスだった。
ドレスを翻しながら近づいてきて、涙に暮れるテヒョンの顔を見て驚いた。国王にちょこんとカーテシーで挨拶をすると、すぐにテヒョンに言葉を掛ける。
「まぁ、、、こんなに涙を流されて、、」
微動だにしない様子に、フランシスはもらい泣きしそうになりながら、袖口からハンカチーフを取り出すと『ごめんあそばせ、、』と断って頬を濡らしている涙を拭き始めた。テヒョンの視線が動いた。
「フランシス、、来てくれていたのか?」
「当然ですわ。トーマスや私と友情を結んで下さった大切なジョングク様の出征ですもの。・・・ただ仕切りで規制がされて中には入れませんでしたけれど、、」
「ありがとう、、、直接ジョングクの見送りをさせてあげられなくてすまなかったな。」
「仕方ありませんわ。ご事情があってのことだと伺いましたから。それに、ジョングク様とは、家に来て下さった時にご挨拶が出来ましたから大丈夫ですわ。」
ニューマリー族であるフランシスは今日の会場入りが出来なかった。
「フランシス、後は君に任せても構わないか?私はもう戻らねばならぬのだ。」
「はい。お任せ下さいませ。」
国王はフランシスにテヒョンを委ねた。
「ではテヒョン私は行くぞ。落ち着いた頃に宮廷に顔を出せ。」
「はい、分かりました。」
国王は名残惜しそうにテヒョンを気にしながら帰って行った。
テヒョンは深く息を吐くいた。
「心構えはしっかり出来ていた筈なのにな、、、」
とボソッと呟くと、また海の方を見た。
「そんなこと、、当たり前ではございませんか。頭では分かっていても心は正直でございますから、、」
「ああ・・・本当だな、、、」
「多分、、、誰もが心に従って活きるしか出来ないのですわ。」
フランシスはそう言いながら、テヒョンと同じように海の彼方を見つめた。
「テヒョン様、、、沢山ジョングク様を恋しがって差し上げて下さいませ。」
テヒョンはフランシスを見た。
「大切な方が居ない事に慣れては駄目ですわ。恋しい日々が糧になるのですもの。」
憂いを帯びた笑顔をテヒョンに向けた。
フランシスもまた大切な夫を恋しがり待っている・・・
「ありがとうフランシス。助かったよ。」
「私はトーマスが出征する時に貴方様に助けられました、、それに、私とテヒョン様は同士ですもの。」
「同士か、、、なるほどな。」
頼もしい友人の存在がどれだけ救いになるか、テヒョンは身を持って知ることが出来た。
「そろそろ参りましょう。風がだいぶ冷たくなってきましたわ。それに大公殿下とセオドラ卿もお待ちです。」
少し離れた場所で大公とセオドラ卿がずっとテヒョンを見守っていた。
父と義父の姿を見て彼等の方へ歩き出す。フランシスも一緒に歩き出した。
「こんにちは大公殿下、セオドラ卿。」
「ご苦労だったねフランシス。それに息子が世話を掛けたようでありがとう。」
「大したことは致しておりませんわ。」
「せっかく見送りに来て頂いたのに、規制があって申し訳ない。」
セオドラ卿も申し訳なさそうに声を掛けた。
「どうぞお気になさらず。遠目でもご子息の立派なお姿を拝見出来ましたから。」
フランシスの明るい言葉に、ここに居た者皆が心救われる思いがした。
「本当にありがとうフランシス。・・・アンディはお留守番か?」
「ええ、今日は私の両親が我が家に来ておりますの。きっとアンディの遊び相手には事欠かないと思いますわ。」
フランシスの言い方があまりにも軽いのでテヒョンだけでなく、大公やセオドラ卿も笑った。
「そろそろ我々も戻るとしよう。
フランシス、アンディを連れていつでも公爵家に来るといい。特にスミスは一番喜ぶ筈だ。」
「ありがとうございます大公殿下。是非アンディの《お爺ちゃま》に会いに参りますので、スミスさんに宜しくお伝え下さいませ。」
フランシスのお茶目な返答に大公が笑った。
「わかった、そう伝えておこう。
テヒョンは伯爵家に帰るのだな?」
「はい。」
大公はその返事を聞いて頷くと、一人馬車に乗り込んだ。
テヒョン達だけでなく、周りにいた軍関係者も大公を見送った。
フランシスの馬車も関係者用の馬留に移動してきたが、テヒョンを見送ってから自分は帰りたいと言う。
「では殿下、我々が先に参りましょう。」
セオドラ卿はそう言って先にテヒョンを馬車に乗せる。
「ジョンソン夫人、今日はありがとう。帰りの道中気を付けて。」
「はい、ありがとうございます。セオドラ卿もどうぞお気を付けて。」
セオドラ卿が馬車に乗り込むと、窓が開いてテヒョンが顔を見せた。
「またな、アンディに宜しく。」
フランシスは笑顔で応えると、テヒョン達の馬車の扉を閉めた。馬車はすぐに出発した。
「さぁ、私もアンディの元に帰らなきゃ。」
フランシスも馬車に乗り込むと家路を帰って行った。
テヒョンを乗せた馬車が元来た場所を走って行く。ほんの数時間前までは、隣にジョングクが座っていて同じ景色を見ていたのだ。
だけど、その彼がいない帰り道の景色は、とても同じものとは思えなかった。
それと同時にテヒョンは、今ジョングクが初めて見ているであろう景色に、何を感じているのだろうかと思いを馳せた。
「殿下。」
馬車に乗ってからのテヒョンをずっと見ていたセオドラ卿が声を掛けた。
「今日までジョングクに寄り添い、沢山の愛情を注いで下さり本当にありがとうございます。おかげ様でヴァンティエストとして立派に出征する事が出来ました。」
「いいえ、、むしろ私の方が彼に支えられていました。自分自身の方が大変であるはずなのに、全て受け止めてくれていたのですから。」
「息子にとって殿下は生き甲斐でございますからね、、、親の私より貴方様の方が確実にジョングクの力になって下さっておりましたよ。」
テヒョンはにっこり笑って応えた。
セオドラ卿の言うように、自分がジョングクの力になっていたのなら嬉しい事だ。
しかし逆にもっと何かしてあげられたのではないかと、力足らずを心配した。
「殿下、貴方様はジョングクに充分過ぎる位の愛情を注いでくれていましたよ。」
セオドラ卿は、まるでテヒョンの心配を気付いているかのような言葉を掛けた。
「私の心はお見通しなのですね。」
「いやいや、年の功でございましょう。」
そう言って笑った。
「、、、分かって下さって嬉しいです義父上。」
《義父上》の言葉を聞いてセオドラ卿は嬉しそうに笑った。
馬車はいつの間にか伯爵家の敷地内に到着するところだった。
馬車が玄関前まで来るとハンスとデイビスが出迎えの為に待っていた。
セオドラ卿が先に降りた。
「お疲れ様でございました。」
「うん、、、ハンス、私よりも殿下が特にお疲れのご様子だ。早目に食事の支度をするよう手配をかけてくれ。デイビスも殿下を頼むぞ。」
「はい。」
テヒョンがゆっくりと降りてきた。
「お帰りなさいませ、殿下。」
「・・ただいま、、」
いつものような機敏さがなく、デイビスが補助に向かう。
「大丈夫だ。少し疲れただけだ。」
デイビスは準備していたマントを肩にかけようとして驚いた。
テヒョンの両目が充血で紅く潤んでいたからだ。誰が見ても一目で泣き腫らしたことが分かる。どれほど辛い思いをしていたのか計り知れない。
自分が仕える主人のこのような姿を見るのは、デイビスにとっては初めての事でショックだった。『どうして差し上げたらたら一番よいのだろう、、』色々考えあぐねていたが、
「殿下、お食事の前にお湯に入られて温まりますか?お身体が冷えていては休まりませんから。」
と入浴を提案した。
「そうだな。早速準備をしてくれるか?」
「はい。かしこまりました。」
デイビスは思い切り笑顔で応えた。
ジョングクの部屋に帰ると、彼が普段使用していたものは既に片付けられていて、テヒョンの物が残るだけになっていた。
ただでさえ華美な装飾をしない、整理が行き届いていた内装だっただけに、更に無機質な印象を感じさせた。
身体を引きずるようにしてベッドに座ると、天蓋の柱に寄り掛かりぼんやりと足元に視線を落とした。
ノックがしてハンスが紅茶を持って入って来た。
「殿下、どうぞ紅茶をお召し上がり下さい。」
「うん、、ありがとう。」
ハンスは力ない返事にわざと気にしないふりをした。
「デイビス殿が只今殿下の入浴の準備をしておりますので、じきお迎えに参りますでしょう。」
ハンスはカップに注いだ紅茶をソーサーに乗せ、静かにテヒョンに手渡した。そしてすぐに着替えの準備をする。
その姿をなんとなく目で追いながら、紅茶を一口飲んだ。口に広がる温かさがハンスの気遣いと重なってありがたい気持ちになる。
「ハンス、、」
「はい。」
「ありがとう、、、」
ハンスは深く柔らかいその声に胸が熱くなった。前を向いたまま静かに笑みを浮かべると、パッと振り返りやはりわざと普通に言葉を掛けた。
「お疲れでしょうから、ごゆっくり入浴なさるといいですよ。その方がお食事もたくさん召し上がれます。」
なんだか取ってつけたような自分の言葉に、ハンスは笑い出しそうになった。
「今ジョングク様がここにいらしたら、きっと何を言っているのかと笑われていましたね。」
「え?」
テヒョンはぼんやりと聞いていたが、ハンスが言ったことを頭の中で反復すると、
「ああ・・・そうかもしれぬな。」
と言って笑い出した。
テヒョンの笑った顔が見られて安心したのか、ハンスも釣られて笑い出した。
「ハンスはやはりうちのスミスに似ているな。」
そこに丁度デイビスが部屋にやって来て、入浴の準備が整った事を知らせた。
「では行こうか。フフフ、、、」
立ち上がって部屋の出口まで歩く姿には、もう先ほどまでの疲労感はなかった。
「いってらっしゃいませ。」
ハンスも笑いながら、着替の一式をデイビスに渡した。デイビスは何があったのかと、不思議な顔をした。
「どうかなさいましたか?」
「何もありませんよ。さぁさぁ殿下がもう先に行かれました。早く追い付きませんとデイビス殿。」
デイビスはわけもわからず、ハンスに急かされてテヒョンの後を追った。
艦艇にて_____
ジョングクやアンジェロ達ヴァンティエストを乗せた艦艇は、ロンドン港を出発してドーバー海峡をフランスに向けて進んでいく。
一夜明けて朝食を済ませたジョングクは外の甲板に出ると海を眺めていた。
「ここにいたのか、、大佐、よく眠れたか?」
アンジェロも甲板に出てきていた。
「アンジェ兄さん、、」
「ここではお互い名前じゃなくて、階級呼称だろ。」
「今は二人だからいいじゃないですか。」
「指揮官らしからぬ言い草だな。
一人で海を眺めて、、まさかもうホームシックじゃないだろうな。」
「どれだけ私は子どもなんですか。」
二人で笑う。
「しかし、、昨日は流石に甲板にはいられませんでしたよ。」
ジョングクは艦艇に乗り込んだ時、他の兵士達が甲板で見送りの家族を見ているのを横目に、そのまま船内に入って外を見ることはなかった。
「テヒョン様はきっと私達が見えなくなるまで、あの場所を離れなかったはず、、そんな姿を見たらきっと居た堪れなくなります。」
「なんだ、見なかった事でかえって里心がついてしまったんじゃないのか?」
「いや、、、あのお方の姿を最後まで見る事が出来なくてよかったのですよ。今後そのお姿を想像して懐かしく思えれば、私の力になります。」
「まったく、、お前もなかなか面倒くさい男だな。」
アンジェロは慰めるようにジョングクの肩を叩いた。
「潮の流れが変わりました。あと少しでフランスに着きますね。」
「まずは新たに派遣した偵察隊からの情報を得ないとな。」
「上陸前に会議を開きます。
ソレンティーノ中佐、皆を居住甲板の司令区に集合させて下さい。」
「了解致しました、チョン大佐殿。」
ジョングクは笑ってアンジェロの背中を叩いた。
二人は船内に戻ると、アンジェロは部下達に集合の号令を命じた。ジョングクは直接司令区に向かう。
これから本当の戦闘が始まる。艦内は一気に緊張感に包まれた。
チョン伯爵家ではジョングクが出征後、初めての夕食の食卓を迎えていた。
壮行会の後一足先に帰っていたソレンティーノ伯爵が最初に話し始めた。
「我々の息子達が無事に出発したのを見届ける事が出来ましたので、明日ナポリに帰ることに致します。セオドラ卿には世話になりましたな。」
「義兄上、もっとゆっくりされてからでも良かったのですよ。」
「いや、有り難いのだが我が家は長男も出征しているので、私が戻らなければ立ち行かぬことも増えますからな。」
「私も、、、」
テヒョンがナイフとフォークを止めると話を始めた。
「来週には公爵家に戻ります。減らしていた公務を含む全ての仕事を再開せねば。」
「そうですか、、我が家では殿下は華でございましたから、寂しくなりますな、、」
「バックスもおりますし、また顔を見せに来ますよ、義父上。」
セオドラ卿はにこやかに頷いた。
ジョングクやアンジェロが戦地に赴いた今、それぞれの家族が日常に戻り、自分のすべきことに集中しようとしている。そうする事で戦地へ思いのエネルギーとして届いていくと信じていた。
ジョングクが発ったこの日の夜、
持ち主のいないベッドには、テヒョンとバックスが寝ていた。
テヒョンは暗がりの中、天蓋の天井を見つめていた。時折聞こえてくるバックスの寝息がやがて深い眠りへと誘っていった。
ソレンティーノ伯爵がナポリに帰国した数日後、テヒョンが公爵家に帰る日を迎えた。
「それでは義父上参ります。色々とありがとうございました。」
「またいつでも我が家に《お帰りに》なって下さい。」
「・・そう致します。」
セオドラ卿はテヒョンをしっかりと抱きしめた。
ハンスが両目一杯に涙をためて二人を見ていた。テヒョンが気付いてハンスに声を掛けた。
「ハンス、、、世話を掛けたな、ありがとう君達のおかげで楽しかった。」
「・・殿下、、寂しゅうございますよ〜〜。またすぐにお戻りになって下さいませ。」
「永の別れでもあるまいに、殿下はご自身の宮殿に帰られるのだぞ。」
「そうでございますが、もう旦那様の御子息と変わらないではありませんか。」
ハンスは半泣き状態になった。
「ハンス、すぐまた来るよ。」
テヒョンはそう言ってハンスを抱きしめた。
「お待ち致しておりますよ。
あ!しかしおいで下さる時はお一人ではなく、ちゃんとお付きの方といらして下さいませ。私は心配で心配で、、、」
「ははは、分かったよ。」
見送りの為にその場にいた者が皆笑った。
名残惜しい見送りは、やっとテヒョンが馬車に乗り込むところまで進んだ。
「では皆さん、ありがとう!」
テヒョンが手を振ると馬車に乗り込んだ。デイビスがその後に乗り込むと、ハンスが『デイビス殿、では頼みますよ。』と言って扉を閉めた。
馬車は動き出すと、公爵家のあるテヒョンの宮殿へと向かった。
「殿下がお早いお帰りを決めて頂けて安心致しました。」
「どうしてだ?」
「ハンス殿のあの様子でしたら、殿下をチョン伯爵家に取られてしまいますからね。」
「何をくだらないことを言っておるのだ。」
テヒョンはケラケラと笑い出した。
「いや、本当でございますよ!あちらはかなり殿下をお気に入りのご様子ですから。」
「私はジョングクの伴侶だぞ。夫になる人の家族や家の者に、気に入られて不都合などなかろう?」
「そうでございますが、、、」
デイビスはまだぶつぶつ言っていた。それも妬きもちだとテヒョンは分かっている。
「だけど家の者達に慕われるというのは有り難いことだ。ありがとうデイビス。」
デイビスは改まって言われて照れていた。
「勿体のうございます、、、主人を敬うのは当たり前の事でございますが、更には我が公爵家のご当主は世界一でござますから、お慕いする者が多くいるのも、当然と言えば当然でございます。」
「そうか?嬉しい事を言ってくれるではないか。」
テヒョンは以前にも、スミスから似たような賛辞を貰ったことを思い出した。
主従関係の中で、家臣から慕われる幸せを身に沁みて有り難いと思った。
【届けられたもの】
久しぶりに公爵家の宮殿に戻った。
スミスが玄関でテヒョンを抱きしめる。そして優しく声を掛けた。
「お帰りなさいませテヒョン様。」
「ただいま。」
「ジョングク様のお見送りは如何でございましたか?」
「最後まできちんと見送ってきたよ。ジョングクもヴァンティエスト達をしっかり統率し、指揮官として立派な出で立ちだった。」
スミスはテヒョンを見つめながら、公人として凛々しく見送ったであろう事を想像した。その影でどれほど涙を流したのかも想像がついた。
「スミス、公爵家の仕事も公務も減らした分はすぐに再開するぞ。午後には陛下の所に改めてご挨拶に伺う。」
「すぐにでございますか?」
「そうだ、すぐにだ。伴侶が過酷な任務を負っているのだから、ここで私がやるべきことはしっかりやらなければな。」
「はい、かしこまりました。」
「父上はいらっしゃるか?」
「はい。ご自身の私室にいらっしゃいます。」
「では先にご挨拶してくる。」
足取り軽く歩いて行くテヒョンの後ろ姿に、スミスは健気さを感じると共に敬いの気持ちが溢れた。
改めてテヒョンの大人としての成長をその姿に見た。
「スミス様只今戻りました。」
「おお、デイビスご苦労であったな。伯爵家でのテヒョン様のお世話は、向こうの方々と上手く連携が取れていたのであろうな。」
「はい、勿論でございます。伯爵家の勝手が分からない所についても、セオドラ卿やハンス殿に分かりやすくご指示頂きました。」
「そうか、ではテヒョン様とジョングク様のお暮らしの為に、しっかりお仕えが出来たのだな。ジョングク様お見送りの時のご様子はどうであった?」
「私は同行は出来ませんでしたので、壮行会での殿下のご様子は分かりませんが、、、」
「なんだ、どうした?」
「殿下が壮行会からお帰りになった時、瞳が真っ赤になっておられていて、、、それにかなりお疲れのご様子でございました。」
「そうであったか、、、」
やはり相当堪えていたのだろうとスミスは察した。
「それで、その時どうお支えしたのだ?」
「お身体が冷えていらしたので、お食事の前に入浴されてはどうかと、ご提案致しました。」
「なるほど、その選択は賢明であったな。
デイビス、テヒョン様のご様子をしっかり見て差し上げているではないか。」
「え?」
スミスの言葉に一瞬驚いたデイビスだったが、師と仰ぎ尊敬する人からの褒め言葉に嬉しさが込み上げる。
「お仕えする方がお辛い時、さりげなく手を差し出し、お支えする事が出来るのが一番大事なことだ。
それでテヒョン様は、お前の提案を受け入れられたであろう?」
「はい。安堵されたようにもお見受け致しました。」
「そうか、ようやく主人専属の家臣として成長してまいったのだな。次はお前にしか出来ぬお仕え方を身に付けないとな。」
「はい、ありがとうございます。」
いつも厳しい指摘をしてくるスミスだったが、この時は認めてくれる言葉を多く掛けてくれた。
叱るだけではなく、良い所は小さなものでも認め、褒める事で家臣達のレベルは格段に上がる。キム公爵家の家臣のレベルが高いと評判なのは、そこにあるのかもしれない。
テヒョンは大公の部屋の前にいた。
ノックをするといつものように『はい』と返事が返ってきた。扉が開きいつも通りオルブライトの顔が見えた。
「お帰りなさいませ、テヒョン様。」
「ただいま。」
オルブライトは優しく肩に手をかけて、部屋の中に迎い入れた。
「ただいま戻りました、父上。」
「お帰り。真っ先にここに来ると思って、お前の分も用意してあるぞ。」
大公は紅茶を飲みながら休んでいた。
一緒にソファに座るよう勧める。
オルブライトがテヒョンの分の紅茶を淹れて手渡した。
「頂きます。」
親子で並んで紅茶を飲んだ。
「父上、留守中はありがとうございました。お忙しいのに公務もいくつかお引き受けして頂いたそうで。」
「大したことない。大丈夫だ。」
「午後から国王陛下にご挨拶に伺いましたら、早々に通常通りの職務に戻りたいと思います。」
「そうか、、、その方がお前にとっても良いのかもしれぬな。」
二人は暫く大公の部屋で、大公が引き受けていたテヒョンの公務の引き継ぎをした。
午後にはテヒョンは予定通り宮廷に参内して国王と面会をした。
ジョングクが不在になってから1ヶ月が過ぎた。テヒョンもこの頃には平穏に暮らしていて、職務も滞りなく進んでいた。
「テヒョン様、宜しいでしょうか?」
執務室にスミスがやってきた。
「ん、どうした?」
目を離さず書類に書き込みをしながら返事をした。
「御婚礼用の衣装が公爵家に届いております。」
「え?」
顔を上げてスミスの顔を見た。
「玄関に到着してございます。」
テヒョンは席を立つとスミスと一緒に向かった。
玄関に着くとテヒョンの婚礼衣装を担当したデザイナーが、布をすっぼりと被せた人台を持参して立っていた。デイビスが対応していたようだ。
「お久しぶりでございます大公子殿下。」
「うん、衣装が出来上がったのだな?」
「はい、、、ただ、今回殿下と伯爵のご婚礼が延期となりましたので、仕上がりましたご衣装を果たしてお持ちしてよいものか迷いまして、、、」
「ああなるほど、それは気を使わせたな。」
「いいえ、私はよろしいのです。ですがお二人のお気持ちをお察し致しますれば、心苦しゅうございます、、、
それで、一度国王陛下にお伺いをさせて頂きました。」
「陛下は『構わないから納品してやれ』とでも仰ったであろう?」
デザイナーは驚きを隠せない表情をした。テヒョンは笑った。
「その通りだったようだな。」
「はい、、驚きました、、」
「では早速見せてもらおう。」
「あ、、、はい。どちらにお持ちすれば?」
呆気にとられていたが、テヒョンの言葉に我に返った。
「私の部屋でよいだろう。」
「かしこまりました。」
お付きの弟子たちが気を付けながら人台を持ち上げると、慎重にそれをテヒョンの部屋まで運んだ。
「皆も見たいか?衣装を見たい者は私の部屋へ参れ。」
玄関に集まっていた従僕や女中達は、ワァ!っと喜んでついてきた。
「余り騒いではならぬぞ。テヒョン様のせっかくの計らいであるからな。」
スミスが半分笑いながら注意をした。
無理もない。テヒョンとジョングクの婚礼が延期になって、公爵家の職員達は皆落胆していたのだから。
その中で婚礼衣装が届いたとなれば、一気に明るく湧き上がる気持ちはスミスにもよく分かっている。
テヒョンの部屋の中に人台が運ばれると、真ん中に置かれた。
テヒョンが人台の前に立った。
「殿下、よろしいですか?ではご覧頂きます。」
デザイナーの合図で二人の弟子が、掛けられていた布の先端を左右で持つと、ゆっくり持ち上げて後ろにめくった。
どよめきのような歓声が上がる。
テヒョンは息を呑んだ。デザインも縫製も完璧で素敵な婚礼衣装が目の前に鎮座していた。
「なんと美しいお衣装ではございませんか、テヒョン様!」
スミスが興奮して言った。
「うん・・・」
言葉が出なかった。
決して華美な装飾をゴテゴテと付けているわけではない。ジョングクに相談しながら、自分の好きなデザインの刺繍や縁飾りを選び、それが映える生地を選んだ。
出来上がってみると、その全てが整然と調和が取られて、それでいて厳かな佇まいを演出していた。
着る人の美しさを引き立てるであろう仕立てが上質で、技術的にも最高級であることが見て分かる。
圧倒されずっと衣装に魅入っているテヒョンにデザイナーが声を掛ける。
「お袖を通されてみますか?」
「いや、、、彼が帰るまで、試しでもそれはしないでおきたい。」
そうする事がジョングクへの誠意のような気がした。
「かしこまりました。おたたみして衣装箱にしまいますか?」
「このままの状態で保管が出来るか?」
「はい、可能でございます。では定期的にお手入れの者を派遣させて頂きます。」
「うん、それでよい。」
デザイナーは弟子に衣装カバーを掛けるように指示をした。
テヒョンの婚礼衣装にオーガンジーのカバーが掛けられた。
「日頃の埃除けなどにはこの状態で大丈夫でございます。」
「そうか。、、、しかし驚いた。ここまで洗練された美しい衣装になるなんて、、、とても気に入りました。ありがとう。」
「お気に召して頂けて、大変光栄でございます。」
デザイナーとその弟子達がお辞儀をして礼をする。
デイビスが静かにテヒョンの横について、
「早くこのご衣装をお召になった殿下を拝見したいと思います。」
と言った。
「そうだな、、、」
オーガンジー越しに覗いて見える婚礼衣装に、目を向けたまま応える。
「ジョングク様にも早くご覧になって頂きたいですな。」
スミスもしみじみ言った。
「殿下、私もそして衣装製作に携わったお針子達一同、この婚礼衣装に身を包まれたお姿を早く拝見出来ます事を願っております。」
「これは、ただの婚礼衣装ではなくなったな。皆の思いが込められている希望になった。」
テヒョンのこの言葉に、部屋にいた者達が胸打たれて静まり返った。
テヒョンは部屋に一人で残り、ベッドの端に座りながらずっと衣装と向き合っていた。
オーガンジーが掛かった人台の衣装の向こう側に、ジョングクがいる戦場を見ていたのだ。
大砲から放たれる閃光と、砲弾を受けて舞い上がる土埃、、、怒りとも悲しみとも言い表せない、ぐっと突き上げるように湧き上がってくる感情に、ヴァンティーダとしての血が騒ぐのを感じた。
徐ろに立ち上がり壁の鏡を見る。そこには青く揺らぐ瞳があった。確かに自分の身体の半分はヴァンティーダなのだと、向かい合う顔に言い聞かせるのだった。
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