母をおくる【遺族が直後から忙殺されるワケ】 | Yoっち☆楽しくグテを綴る♡

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テテとグクの Me Myself写真集にインスピレーションを得て【群青と真紅】をブログ内で執筆中です️



母が亡くなる約3時間前の空です
この日は満月の前日でした
いつもよりハッキリ大きなお月様だったのを覚えています



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本日(6月30日)、無事に葬儀一切が終わりました




通夜、葬儀告別式の両日
最強晴れ女の母らしく、見事な晴天でした
おまけに通夜の日は史上最速の梅雨明けの日となり(喪服には過酷な気温になりましたが)
私は『やったね~お母さん』と心の中で母に言ったのです





母が亡くなり
その瞬間から私たち遺族は次から次へと『事務的作業』に忙殺されてゆきます

大切な人が息を引き取ったばかりなのに、じっくり故人と向き合わせてくれない❗️と嘆きたくなります

しかし、そんなことをしていたら心があらぬ方向へ堕ちていき、亡骸は悲惨な状態になっていくかもしれません

私は以前『葬送の仕事師たち』という本を読んでいて(この時はまだ他人事で読んでいました)
人が亡くなってからどういう変化を辿るのか、ある程度知っていました

心情的には母の死がショックで受け入れられない部分がありながら
頭の中の理性が母の亡骸を自然の力で傷めないように、遺された家族が責任を持ってセレモニーをおくらないと・・・


と、忙殺を受け入れていました



書評はしません
大事なことが書かれています・・とだけ申しておきます




棺に入った母の顔は穏やかで、ただ寝ているだけのように見えました
声をかけたら目を覚ましそうな位、いつもの母の顔をしていたのです

セレモニー関係者や会葬に来て下さった親族から
『肌ツヤがよくてキレイな顔』だと驚かれました

病の自分を見られることをとても嫌がっていたので、自身の最期の姿がキレイに映っているのは、とても嬉しいことだろうと思います(私たち遺族も同じです)




まだまだ事務的な作業は続きます



『お母さん・・帰ってきたよ』と
骨壺を置きながら言いました


やっと連れて帰って来れた


本来であれば退院をして生身の母を迎え入れるところだけど



とにかく、形が変わって骨になろうが母が


家に帰ってきた



これほどの安堵が他にあるでしょうか




本日も最後までお読み下さりありがとうございます

私はこうして書くことで心の平安を保っているような気がします