母の多発性骨髄腫【きっかけ】 | Yoっち☆楽しくグテを綴る♡

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テテとグクの Me Myself写真集にインスピレーションを得て【群青と真紅】をブログ内で執筆中です️

母が多発性骨髄腫と診断されたのは、今年の1月です

その事を私自身が知ったのは
父の1周忌法要のため実家に帰省した時に
何気なく置かれていた【入院のしおり】を見付けて『何❓誰か入院するの❓』と私が訊ねたことがきっかけです

入院自体は終わっていましたが
そもそもこの入院は血液検査でひっかかった為、検査入院するってものだったようで、それも父の1周忌法要ギリギリだったみたいです
(母は1月の半ばに2週間程度の入院と聞かされて、先生❗無理ですよ。月末に1周忌法要があるんです。と、入院を短くしてくれるよう頼んだみたいですが、実際は2週間きっちりでギリ間に合ったようです)

多発性骨髄腫
聞きなれない言葉と、血液の癌だということで
普通なら愕然としますが、その時の私は麻痺していたんでしょうか、母がいつものようにチャカチャカ動き回って元気で、弟も悲壮感なく普通に談笑するので、ショック状態にはならなかったんですね


しかし、今にして思えば
母は去年、骨粗しょう症の薬を飲んでいましたし、貧血だとも診断されてもいましたし、更に腰の痛みを訴えていたので、症状は早くから出ていたんですね・・ガーン


多発性骨髄腫は高齢者が多いとはいいますが

父の他界でまだ1年経ったばかりで、なにも母を襲わなくてもいいだろうに❗と
不条理な現実に腹立たしさを感じます


今も母の心臓は懸命に鼓動し、身体中に栄養を乗せた血液を送っている
まだまだ元気に生きていく意思を乗せて働いている

そう思うと力を貸してやろうと思うのが家族ですよね
私に何が出来るか、余計なお世話を排除しつつ模索していくんでしょうが


母とのこれからを病に臆せず楽しみたいと
思っているところです