息子の名前(長男の方)にもこの漢字を入れました
成り立ちを調べたら「十」は足の象徴で、その下の「一」は出発線を現し、「心」は心臓の象徴なんだそうです
沢山の意味を示していましたが、私の心に響いた言葉は【心の向かう所】でした
自分に正直に、信じる道を進むことって、まぁ~大人になって世間の中にいると難しいですよね
他人の評価を気にしたり、顔色を伺ったり、
空気を気にしたり、世間の常識に流されたり・・最悪自分に対して疑心暗鬼になったり
例えば誰かと話をしていても
「そーだよね~」が和を乱さないフレーズになっているけど、実はそれでは本当のコミュニケーションになりません
だって同意したあとって、それ以上の新しい会話が生まれないから
みんなが「そうそう」「ほんとほんと」って乗っかっていくだけ
違和感を感じても
「そうなのかなぁ・・」と一石を投じる勇気がない
言った直後に「え!?」というなにか異質なものを見るような雰囲気になるのが恐い


でも勇気を出して間髪いれずに話しを続けてみると
数人いれば「そっかぁ」と何かに気付いてくれる人が必ずいる
「でもさ」と言ってくる人も勿論いる
もうここで新しい会話が生まれてる
誰もが自分の思いや考えを話しやすくなっていく
批判をするのではなく、自分はこう思うっていう一石を投じるだけ
そこで生じる波紋は、決して悪いものではなく
新しい関係を築いていくための反応になる
なにか違和感を感じるっていうのは
自分の心が「そうじゃないよ わたしは違うよ」って反応しているんだって私は思っています
別の例えでいうと
何か決断をしなきゃならない時
考えても考えてもどうすべきか分からない時
どっちに進めば違和感ないかを基準にしています
これはカンではありません、常識から見た正解でもありません
自分の心が向かう所です
結局は自分の心が決めている方に向かうしかないんですね
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(笑)

