本屋に行く予定はなく
いつも通う商店街に買い物に出て たまたま本屋の前を通り過ぎかけてフラッと入っただけのことだったんですよね
東北の震災の直後から今日までも 時間があるとYouTubeで津浪の映像や被災した街を何度も何度も繰り返して観ていた私です
あまりにも取り憑かれたように繰り返して観るものだから 自分でもちょっと異様かな・・と思ったくらいです
でもたった1年間だけとはいえ20年前に暮らした岩手県も被災したし 母の実家の福島県も被災したし
訪ねた街が被災して変わり果ててしまった様を見たら それはショックで仕方がない
息子も言っていたことだけど 直近ではないにしても 岩手から引っ越して自分たちは安全な場所に暮らしていることが 後ろめたいような気がしました
私は東北には縁があるのです(ちなみに別れた夫も東北出身でしたし)だから思い入れが強くても不思議はありません
本題に戻りますが
この「魂でもいいから、そばにいて」は
3・11後の霊体験を聞くという副題がついている通り フリージャーナリストの奥野修司氏が
家族を震災で亡くし 更に亡くなった方と再会をするという不思議な体験を 自らの足で被災地に通いながら聞いていく旅を記録したものです
更に3・11を見て手に取りました
怖い話でも オカルトチックな内容でもありません
私がたまにブログで スピリチュアルなことを書いていますが まさにそれ❗です
本来ならば霊的なことは日常の一部なんだと私は思うのですが それを口にすると『変わった危ないやつ』扱いをされるのが昨今ですよね
まだまだ世の中 目に見えないものに対しての懐疑心(猜疑心もあるかもね)があるしね
私的には『人間が文明というものを生み出して また科学だって年月は浅いのに 見えないものに対して科学的にあり得ないとか言ってる科学者は傲慢だな❗だったらあり得ないことを科学的に証明しなさいよ』っていうのが持論だったの
(私の言い方もエラソーだけどそうじゃない❓)
でもね 本文中で著者でもある奥野氏が
『近代科学とは、たかだか四百年の歴史にすぎないのである。生命の歴史四十億年の中の、たった四百年なのだ。その程度の歴史で、理解できなければ排除することのほうがおこがましいと言わざるを得ないだろう。・・略』
というくだりを書いていて 思わず読んだときに
そうだよねー❗❗と声をあげてしまいました(笑)私の考え方が間違ってない❗と奥野氏が証明してくれたと勝手に喜んだわけです旅の準備からはじまって 春の旅 夏の旅 秋の旅と奥野氏の被災地への聞き取りの旅の順に
体験者の話が紹介されています
いくつか内容を紹介したいんですが
是非 手にとってページを開いて欲しいと思います
喜怒哀楽とはこうした霊的な体験ですべて網羅されるものなのかと改めて思いましたし
計り知れない絆の深さについて感動しました
私が行き当たりばったり的に本屋に向かう時は
だいたい本に呼ばれているときです
きっと波長なんでしょうね
本屋に行って私のように本に呼ばれてみてください
今回ご紹介した「魂でもいいから、そばにいて」をすぐ読んでみたいけど 時間が・・という方は下
からどうぞ😊
私のたまたま本屋での不思議な体験については 話が長くなるのでまた改めて書きますね
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