厄介な人とはどういう人か | Yoっち☆楽しくグテを綴る♡

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テテとグクの Me Myself写真集にインスピレーションを得て【群青と真紅】をブログ内で執筆中です️

普段

人を傷つけていることを平気でしている人こそ、あるとき自分が侮蔑された途端に
自分は被害者だと騒ぎ立てる



そういう人の話をします





誰でも『鬼』の面を持っています
憎悪したり、蔑んだり、罵ったり…

心の中ではあるでしょう



そういう気持ちを持つのは普通のことです

思うだけでは罪にはなりません
それは司法でも認めています



それに普通の人は
思っても口には出しません

しかし
日常茶飯事のように
自分に気に入らない事があると
相手を否定するように
貶し、暴言を平気でいう人がいます



言ってる本人には『悪気』がありません




この『悪気がない』ってことがクセモノです

悪気がある人には、それなりに罪悪感があります



悪気がない人は自分が『正しい』
ということが根底にあるので
大変なんです
こんこんと論じても無理でしょう



しかし
人間はみんな弱いですから

今まで傷つけられても
我慢をしてきた人が
あるとき
暴言を吐かれる事に耐えきれず
自らその相手に暴言を吐き返すことがあります



それだけで自尊心を傷つけられた!!!
と騒ぎます
自分が散々してきたことなんですけどね…

でも
自分はこんなに傷ついて
被害者であるということを訴え続けます


自分が相手の自尊心を
今までどれだけ傷つけてきたかなんてことは微塵にも思っていないんですね



そう
『悪気がない』からです(笑)


それに自分中心に物事を考えているから
自分が傷つけられることに我慢が出来ません

日頃は他人に対する懐の広さは持ち合わせているように思わせます

しかし
それは自分の価値観に見合っている場合に限られているのです



相手が自分の許容範囲を越えた途端に
あいつは酷い奴だと
レッテルを貼ります


徹底的に自分が正しいという
概念の中にいます


だから

なぜ
自分は暴言を吐かれたのか


1歩下がって考えてみる



そういう懐の広さ、深さは持ち合わせないんですね






こういう結末を分かっているから

人は本来ならば
暴言を吐かれても
相手の地雷は踏みません


だから
地雷をあえて踏むというのは

よっぽどのことがあるからなんです



人と関わるということは
相手を意のままにすることではありません
理想通りにすることでもありません




他人は他人である




ということの認識がないと
他人を受け入れられません



似たようなことで

『せっかく⭕⭕してあげたのに』
という人も厄介です



このことについては
また別の機会に書いてみます



それでは
最後までご覧くださりありがとうございます