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【本日のニュースクリップ】
1. オウムの地下鉄サリン事件から20年 邪教から日本を守った宗教とは【ザ・ファクト公開中】
2. 米共和党が予算案を公開。「低成長は容認できない」
3. オウム・地下鉄サリン事件の教訓 宗教の正邪を分かつ智慧を持とう



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◆オウムの地下鉄サリン事件から20年 邪教から日本を守った宗教とは【ザ・ファクト公開中】
http://the-liberty.com/article.php?item_id=9344

オウム教による地下鉄サリン事件から20日で、20年が経つ。都内で起きたこの無差別殺人テロでは、早朝の通勤・通学客など計13人が犠牲者になり、国内外で大きな衝撃が走った。

マスコミが報じない「真実」を伝えるネット・オピニオン番組「THE FACT(ザ・ファクト)」は、「オウム事件20年~いま、明かされる地下鉄サリン事件解決の真実~」と題し、一連のオウム事件について、その真相を伝えている。約12分間の番組は、番組のYouTubeチャンネル( http://www.youtube.com/user/theFACTtvChannel )で見ることができる。


◎幸福の科学はオウムの危険性をいち早く見抜いた

あまり知られていないことかもしれないが、一連のオウム事件解決の裏には、幸福の科学が大きな役割を果たしている。

マスコミや宗教学者の多くがオウムの危険性を見抜けない中、幸福の科学は1991年という早い段階から、テレビの討論番組や教団機関誌でのオピニオン発信、デモ活動などを通じて、警鐘を鳴らし続けてきた。

また、本番組では、オウムが起こした、目黒公証人役場事務長(当時)の仮谷清志さん拉致事件の第一通報者は幸福の科学職員であることも明かされている。
拉致事件後、多くのマスコミがオウムと距離を置く中、幸福の科学関係者は、假屋さんを救出するために、危険を顧みず、オウムの宗教施設がある「サティアン」に乗り込んで調査を重ねた。
当時、この事件の解決にかかわった関係者のインタビューも収録され、緊迫した様子を伝えている。

残念ながら、警察が強制捜査に踏み出す前に、地下鉄サリン事件が起きてしまった。だが、「宗教弾圧」との批判を恐れて強制捜査に及び腰だった警察を動かしたのは、幸福の科学のデモ活動だ。
教祖である麻原彰晃が逮捕され、東京からサリンをばらまくという、オウムの「国家転覆計画」を未然に防いだ点で、非常に大きな行動だったと言えよう。


◎オウム信者のポーチ発見など、事件解決の裏側が明らかに

「ザ・ファクト」取材班は、仮谷さんの拉致事件の現場、サティアンがあった山梨県旧上九一色村(現・富士河口湖町)などを訪れ、事件当時を振り返っている。

番組では、幸福の科学職員が取材中に発見したオウム信者のポーチが、事件を大きく進展させる鍵になったなど、当時者だからこそ語ることのできる事件解決の裏側が明かされている。

オウム事件をきっかけに宗教法人法が改正されるなど、宗教全体に対する偏見が広まった。しかし、オウムから命がけで日本を守った宗教があったことを、この番組を通して知っていただきたい。(冨)

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幸福の科学出版 『宗教学者「X」の変心』 大川隆法著
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幸福の科学出版 『宗教学者から観た「幸福の科学」』 大川隆法著
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【関連記事】
2015年3月16日付本欄 オウムの間違いを指摘し戦った幸福の科学 地下鉄サリン事件から20年
http://the-liberty.com/article.php?item_id=9335

2015年1月26日付本欄 「宗教に入ると、洗脳される」という意見に対する説明
http://the-liberty.com/article.php?item_id=9128

2014年6月26日付本欄 国家転覆計画を阻止した幸福の科学 マスコミは宗教をフェアに報道すべき
http://the-liberty.com/article.php?item_id=8064

2014年1月10日付本欄 オウム元幹部が手記「大川総裁を講演会で殺害計画」 横浜アリーナでの生物兵器散布を麻原死刑囚が指示
http://the-liberty.com/article.php?item_id=7203



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「南京大虐殺は自分たちがやった」と告白した国民党少尉 | JAPAN+
http://japan-plus.net/299/

2012年1月27日に、開国少将というベ ンネームの作者がネット(http://www.kdnet.net)に書き 込んだ
記事は削除されたのか、現在は 閲覧することができない

「私は小さい頃に、外祖父が抗 日戦場から何故逃げ出したのか 分からなかった

私はある日、 やつと外祖父から真相を聞き出 した
1928年に四川で国民党に捕らえ られて兵士にさせられ、 1937年 の南京大虐殺前夜に少尉にさせ られて、日本軍の猛烈な攻撃 を、首都を守れ・国父を守れと いうスローガンで防衛するよう 命じられた

しかし、南京城から撤退した
部隊は列車を何両か手配して、 軍用の荷物と食料を積み込ん だ
その時に周囲から、一般の 民衆が老人や子供の手を引きな がら列車に乗り込んできた

大勢が列車の屋根にも乗ってい た
日本軍は、すぐ近くまで 迫っている
このままでは、国 民党の兵士たちは逃げることが 出来ない
国民党指揮官は列 車に乗り込んだ民衆に列車から 降りろと怒鳴った
誰も従わないので、指揮官は民 衆を銃殺しろと命令を出した

指揮官は兵士 たちに、もうすぐ日本軍が来る のだから、民衆は日本軍に銃殺 されたことにしたら良いのだと 言って、一斉射撃を命じた
あ たりは血の海となり、兵士の足 首まで血が溜まったと言う
こ こで約1千人の南京市民は、国民 党の兵士たちから銃弾を浴びて 死んで行った

国民党の部隊が必死で逃げた後 には死体の山が血の海の中に残 され、それは日本軍の残虐行為 として転嫁された

外祖父は、 こんな部隊に残りたくないの で、撤退途中に九江で夜陰に紛 れて脱走し、長江を渡り南の小さな山 村に逃げ込んだ

全ての国民党による民衆大虐殺 は、日本軍の残虐行為として転 嫁されたのである

外祖父は、国民党の軍隊に残っ ていれば、出世したかもしれな い

南京大虐殺は自分自身が犯した 罪である
外祖父は恥ずかしく てたまらなかっただろう

私は反日・反米の青年であり、 ネットによく論評を発表してい た
だが、そんな単純な反日・反米 の青年たちは利用されているだ けなのだ

天国にいる外祖父 よ、私を許して下さい」


2012年1月27日に、開国少将というベ ンネームの作者が、「外祖父が自分の 日で見た南京大虐殺」という歴史評論 をネット(http://www.kdnet.net)に書き 込んだ。

すぐに記事は削除されたのか、現在は 閲覧することができない。

その記事は、次のような内容だったと いう。

「私は小さい頃に、外祖父が抗 日戦場から何故逃げ出したのか 分からなかった。

逃げたことは 秘密で、外祖父が死去する前年 に、よく雑談の中で何時間も話 すようになっていた。

外祖父 は、妻が早く死去したというこ とだったが、それが逃げた理由 ではないだろう。
私はある日、 やつと外祖父から真相を聞き出 した。
彼は四川省の貧農の出身で、小 さい頃から武術で鍛えていた。

1928年に四川で国民党に捕らえ られて兵士にさせられ、 1937年 の南京大虐殺前夜に少尉にさせ られて、日本軍の猛烈な攻撃 を、首都を守れ・国父を守れと いうスローガンで防衛するよう 命じられた。

しかし日本軍の進 政を食い止めることなど出来な いので、南京城から撤退した。
部隊は列車を何両か手配して、 軍用の荷物と食料を積み込ん だ。

その時に周囲から、一般の 民衆が老人や子供の手を引きな がら列車に乗り込んできた。

大勢が列車の屋根にも乗ってい た。
日本軍は、すぐ近くまで 迫っている。
このままでは、国 民党の兵士たちは逃げることが 出来ない。

誰かが、日本軍が来 たぞと叫び、国民党指揮官は列 車に乗り込んだ民衆に列車から 降りろと怒鳴った。
誰も従わないので、指揮官は民 衆を銃殺しろと命令を出した。

兵士たちは民衆を銃殺すること など出来ないので、互いに顔を 見合わせていた。指揮官は兵士 たちに、もうすぐ日本軍が来る のだから、民衆は日本軍に銃殺 されたことにしたら良いのだと 言って、一斉射撃を命じた。
あ たりは血の海となり、兵士の足 首まで血が溜まったと言う。

こ こで約1千人の南京市民は、国民 党の兵士たちから銃弾を浴びて 死んで行った。
国民党の部隊が必死で逃げた後 には死体の山が血の海の中に残 され、それは日本軍の残虐行為 として転嫁された。

外祖父は、 こんな部隊に残りたくないの で、撤退途中に九江で夜陰に紛 れて脱走し、長江を渡り武漢で 列車を乗り換え、南の小さな山 村に逃げ込んだ。
外祖父の記憶では、他の部隊も 同様のことをしてきたという。

全ての国民党による民衆大虐殺 は、日本軍の残虐行為として転 嫁されたのである。



外祖父は貧 農の出身だが、国民党が貧乏人 を虫けらのように扱うことに抵 抗があつたという。

外祖父は、国民党の軍隊に残っ ていれば、出世したかもしれな い。
また抗日戦争で戦死してい れば、抗日戦闘英雄烈士との美 名で呼ばれたかもしれない。
し かし、逃亡する道を選んだ。
そ して裏切り者という悪名で呼ば れて、経歴を隠し通して逃げ 回った。
その過去の真実を、外 祖父は死ぬ前になって初めて 語ったのである。

南京大虐殺は自分自身が犯した 罪である。外祖父は恥ずかしく てたまらなかっただろう。

私は反日・反米の青年であり、 ネットによく論評を発表してい た。

だが、そんな単純な反日・反米 の青年たちは利用されているだ けなのだ。天国にいる外祖父 よ、私を許して下さい」。