☆幸福実現党・伊田信光の赤心一徹!☆
vol.63 2015年3月24日 発行

伊田信光 幸福実現党シニア局長
オフィシャルブログ
http://ida-shinkou.com/


1. 伊田信光の「われら幸福ひろげ隊」
【「新・日本国憲法試案」に学ぶ(9)】
「大統領の位置づけと権限について」


今日は、第三条で取り上げた「大統領」の位置づけと権限に関する学びです。

[第四条] 「大統領は国家の元首であり、国家防衛の最高責任者でもある。大統領は大臣を任免できる。」

「元首とは、国際法上、外国に対して国家を代表する人。

君主国では君主。共和国では大統領。」と一般的には定義されています。
現行日本国憲法では、国家の元首が誰であるかは、はっきりしていません。

天皇であるか、内閣総理大臣か、どちらかのはずですが、あいまいです。

立場は一見、天皇の方が上のようで、元首と言えそうですが、その国事行為は形式的なものに限られているので、天皇は形式的な機関のような体裁を取っており、実質上は、内閣が決めると言うスタイルになっています。

要するに、天皇が上にいて、内閣総理大臣が下にいるのですが、実質は総理が取り仕切り、天皇は形式的に承認し責任が及ばないようにしているという“歴史の智慧”とも言うべき形式を取っているのです。

これは、君主制の一種と言ってもよいものですが、本質的には、民主主義とは相容れない形式です。

戦後70年の節目を迎え、過去の歴史を清算して、新しい国造りに入るべき歴史的な大転換期にあたっている現在、国際的にも分かり易い国体にすべき時が来ていると思います。

現状では、誰が最終責任者で、最終的に誰の承認を得たらよいのかが曖昧で、外国から見ると、非常に無責任な体制に見えるところがあります。

これに対して、「新・日本国憲法試案」の第三条では、「国民投票による大統領制」が明記されているので、国家元首である大統領を国民が直接に選べる事になっています。
これはまさしく「主権在民」の形態であり、国民に国家元首を選ぶ権利が与えられているのです。

この形は、現行憲法と比べると、格段に、責任と権利義務の関係がすっきりしています。

国民投票で選ばれた元首だからこそ、国防の最高責任者にもなれるのです。

国民は、国民の中から、投票によって元首を選び、その人間に、自分達の生命、安全、財産などを委任する形になっているわけです。
故に、元首は、国防の責任を直接国民に負うのですから、国防の真剣さも全く違ってくると考えます。

また、「憲法試案」では、大臣の任免権は大統領が持つとだけ、規定しています。これで十分だと思います。
省庁は、新しくできたり、統廃合して、時代によって変動するものなので、憲法では定めない方が実際的だと考えるからです。

現行憲法の第68条では、大臣について「その過半数は、国会議員の中から選ばなければならない」と定められています。
しかし、このような規定も「憲法試案」ではなくしています。
それは、行政は、効率的効果的に、国民の理想実現に資する形で執行されるのが一番なのでしょうが、国会議員に、そのような執行能力が備わっているとは限らないからです。

実際には、専門分野の生きた智慧、実践力を持っている人は民間にいる場合が多く、また、そういう人は、選挙と言うような面倒くさい作業を嫌ったり、国会議員と言う名誉にも執着がない場合が多いと考えます。

ですから、大統領が細かい規定に縛られず、国会議員以外からも、広く、適材適所で、信頼できる人を選ぶ自由を、大統領に確保できるようにする方が、行政の執行は巧くいくと考えます。

民間から選ばれた有識者、賢人も、様々な政治的なしがらみから解放されているので、担当業務に専念し易いと考えます。
大臣の一部は国会議員であっても良いのですが、そのことは法律に任せれば良いでしょう。

このように、国民から直接選ばれた元首が、国防の最高責任者であるという事は、国民の指示を直接受けているので、非常に思い切った勇断が可能であり、現代の武器速度や破壊力のある紛争、複雑な国際情勢下で、スピードを要する臨機応変な施策を実行するには、非常に効率的効果的な制度だと考えます。

また、大統領の権限を増強して三権分立を図り、しかも、三権の中では、行政権を最上に置いて、行政の効果的発動を可能にする為には、大統領に大臣の任免権を与え、人材選択の幅を国会議員の中に縛るような規定は廃止すべきだと考えます。

複雑多岐、専門的な知識を持つ人材を、広く、臨機応変に採用するには、民間からの選出をできるだけ自由に認める方向の規定にしておくべきだと思います。




2.あとがき

3月23日、大川隆法総裁先生の34回目の大悟祭の導師を、赤坂の幸福の科学・ユートピア活動推進館でさせていただきました。
奏上を読み上げながら、不思議な感慨を覚えていました。
今から、34年前の2月27日に岡山県倉敷市にある円通寺で出家し、この3月23日は、福井の曹洞宗の大本山永平寺に上山する前日だったのです。

あれから、34年、私もいろいろなことがありました。
大学入学前に「徳」を人生の目的として考え始め、大学で「悟り」に行き当たり、「救済」の使命に気づいて、迷いながらも精進してきました。
そして、今また一巡して、新時代の「徳」と取り組み始めています。

しかし、未だ道遠く、悟りの階段はますます高くなるばかりです。
今年の「悟り向上祈願」では、「宇宙時代」の幕開けにあたり、初めて、「宇宙の悟り」を目標に付け加えさせて頂きました。

どこまで行けるか分かりませんが、主のお袈裟の裾衣を握りしめて、どこまでも素直について行こうと思っています。


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サクラ、サクラ、咲く――ぺリリュー島[HRPニュースファイル1315]

http://hrp-newsfile.jp/2015/2106/

文/HS政経塾3期卒塾生 幸福実現党・新潟県本部副代表  横井もとゆき

◆沈没船に結びつけられた中国国旗

21日にショッキングなニュースが配信されました。

天皇、皇后両陛下が来月、慰霊のため訪れるパラオで、海中に沈む旧日本海軍の給油艦「石廊」の船尾付近に中国国旗が結び付けられているのを、21日に取材で潜った共同通信記者が見つけたというものです。(2015/03/21 共同通信)

パラオには戦跡を保存する法律があり、その場から戦跡を持ち去ったり、手を加えたりすることは禁止されているはずです。

中国国旗は幅約1メートル。船尾の砲座を囲む柵の支柱だったとみられる場所に、針金と白い結束バンドで取り付けられていたことから、計画的かつ悪質な行為とみて取れます。

◆旧日本軍艦から海中の中国国旗消える

パラオ政府の対応は迅速なものでした。23日の共同通信社の報道によれば、現場から旗がなくなっているのを共同通信記者が確認したとのことでした。

パラオ政府によると、報道に接したレメンゲサウ大統領は「非常に失望していた」といい、法相を兼務するベルズ副大統領が23日午前、司法省に撤去を命じたとのことです。

パラオ当局が撤去したのか、それ以前に旗がなくなっていたのかは不明。誰が旗を結び付けたのかも分かっていないとのことですが、ひとまず胸をなでおろすことができました。

来月の天皇、皇后両陛下が慰霊に訪れらえる際には、パラオが大切にしてきた歴史の、ありのままの姿を慰めていただけるよう、再発防止に尽くしていただきたいと思います。

◆現地人と協和しつくりあげた大東亜共栄圏

パラオの植民地の歴史は、1885年にスペイン、続いて1899年にはドイツの植民地となり、第一次世界大戦で1914年日本軍がドイツ軍を降伏させ、1920年戦後処理をするパリ講和会議で国際連盟から日本の委任統治が認められました。

ペリリュー島は、日本にとって、フィリピン防衛の要のとされ、東洋最大といわれる飛行場を建設しているところでもありました。

日本軍は統治した国の人々を決して奴隷のように扱ったりはしませんでした。学校、病院の建設や、インフラ整備、マグロ缶詰工場や農場をつくり、現地の人に技術を教え、雇用を創出しました。

同時に日本語による教育も開始されましたが、現地の児童や教師の負担を考え、実習科目を減らす配慮もするほど、現地の人々を家族のように大切にしました。

◆誤解され伝わる「八紘一宇」の思想

当時の日本は、天皇陛下という徳ある為政者の下に、さらに天照大御神の下に、四海同胞は平和でなければならないという、平和繁栄思想に基づいて東アジアの周辺国を統治してゆく環太平洋思想がありました。

その思想の中には、当時の植民地支配を是としていた欧米的な略奪や、相当な負担を現地に負わせることを永遠に肯定するような思想は入っていませんでした。

島民は白人の統治と日本時代を身をもって経験しているので、大人も子供も、日本軍と一緒に戦う決意を持っていました。

しかし日本軍としては、住民を巻き込んではならないという配慮から、船舶の乏しい中、空襲を避けつつ夜間に、住民全員をパラオ本島に避難させました。

本島までは約50km。日本軍人らは「貴様らとは一緒には戦えない」と言い捨てて島民を送り出してはいますが、相当の神経を使い住民を安全に本島まで運んだことがうかがえます。きつい言葉での別れの真意は、島民にしっかり伝わっていました。

「八紘一宇」は侵略の大義名分として伝えられていますが、この言葉の下に当時の日本人が外国で何を行ったのかを知り、現代に生きる日本人として、この言葉の真意をもう一度考え直す必要があります。

◆愛するがゆえ戦い、散る

ミニッツ提督は、ぺリリューの複雑極まる防備に打ち克つには、米国の歴史における他のどんな上陸作戦にも見られなかった最高の戦闘損害比率(約40パーセント)を甘受しなければならなかった。(「ミニッツの太平洋海戦史」チェスター・W・ミニッツ著)と伝えています。

当時の日本軍人の勇気の源は、「南方を攻め取られたら、日本は空襲に遭い、家族たちは火の海の中で焼かれ、死んでいく。何とかして、われわれが食い止めねばならん」という決死の覚悟と家族への愛でした。

日本軍は米軍の前に玉砕しましたが、帰島した島民は、日本人の遺体を見て泣き、遺体を葬り、墓を維持しました。

1982年には、地元の協力を得て、ペリリュー神社が建立されています。そこにある石碑にはミニッツ提督の詩が刻まれています。

「諸国から訪ねる旅人たちよ、この島を守るために日本人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い、そして玉砕したかを伝えられよ」

そして1881年パラオ共和国が誕生したとき、日本軍人ペリリュー島守備隊を讃える歌が島民によってつくられました。8番まであるこの歌の6番と8番をお伝えします。

六 平和と自由の尊さを
  身を鴻(こな)にしてこの島に
  教えて散りし桜花
  今では平和が甦る

八 戦友遺族の皆さまに
  永遠(いついつ)までもかわりなく
  必ず我等は待ち望む
  桜とともに皆様を

【参考】
パラオ諸島ペリリュー島 守備隊長 中川州男大佐の霊言―― 隠された“日米最強決戦”の真実 
大川隆法 著/幸福の科学出版
https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1435

「パラオ共和国に今でも残る『大和魂』2014.10.12」
http://hrp-newsfile.jp/2014/1761/
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パラオの植民地の歴史は、1885年にスペイン、続いて1899年にはドイツの植民地となり、第一次世界大戦で1914年日本軍がドイツ軍を降伏させ、1920年戦後処理をするパリ講和会議で国際連盟から日本の委任統治が認められました。

ペリリュー島は、日本にとって、フィリピン防衛の要のとされ、東洋最大といわれる飛行場を建設しているところでもありました。

日本軍は統治した国の人々を決して奴隷のように扱ったりはしませんでした。
学校、病院の建設や、インフラ整備、マグロ缶詰工場や農場をつくり、現地の人に技術を教え、雇用を創出しました。

同時に日本語による教育も開始されましたが、現地の児童や教師の負担を考え、実習科目を減らす配慮もするほど、現地の人々を家族のように大切にしました。

日本軍は米軍の前に玉砕しましたが、帰島した島民は、日本人の遺体を見て泣き、遺体を葬り、墓を維持しました。

1982年には、地元の協力を得て、ペリリュー神社が建立されています。
そこにある石碑にはミニッツ提督の詩が刻まれています。

「諸国から訪ねる旅人たちよ、この島を守るために日本人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い、そして玉砕したかを伝えられよ」

そして1881年パラオ共和国が誕生したとき、日本軍人ペリリュー島守備隊を讃える歌が島民によってつくられました。
8番まであるこの歌の6番と8番をお伝えします。

六 平和と自由の尊さを
  身を鴻(こな)にしてこの島に
  教えて散りし桜花
  今では平和が甦る

八 戦友遺族の皆さまに
  永遠(いついつ)までもかわりなく
  必ず我等は待ち望む
  桜とともに皆様を

【参考】
パラオ諸島ペリリュー島 守備隊長 中川州男大佐の霊言―― 隠された“日米最強決戦”の真実 
大川隆法 著/幸福の科学出版
https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1435

「パラオ共和国に今でも残る『大和魂』2014.10.12」
http://hrp-newsfile.jp/2014/1761/