戦争の最中にあって、その遺書の多くは、父母や妻子に当てた愛情溢れる文面に満ちています。

また、中には、私たち後世の日本人に宛てた「後に続く者を信ず」という言葉が見られます。

「後に続く者を信ず」とは、自分達のように敵艦隊に体当たりする者が次々に出てきてほしいという意味ではありません。

その意味するところは、大橋茂伍長の「後に続く生き残った青年が、戦争のない平和で、豊かな、世界から尊敬される、立派な、文化国家を再建してくれる事を信じて…」という言葉に表されています。




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◆特攻隊員の遺書
昭和20年、大東亜戦争は4年目に入り、日本はいよいよ戦闘機を飛ばす燃料も無くなりかけました。

そこで鎌倉時代、神風が元寇を打ち払ったように、神風の到来を若者に託す「神風特別攻撃隊(特攻隊)」を組織しました。

「特別攻撃」の「特別」の意味は、「決死」ではなく「必死」の攻撃(「自らが絶対に死ぬ攻撃」)のことです。

若い生命が片道燃料の戦闘機に爆弾を積んで敵艦めがけて体当たりしていく、それが「特攻」です。その数はおよそ2300の御霊に及びました。

以下、若き特攻隊員の遺書、辞世の句を紹介させて頂きます。

【18歳で熾烈な対空砲火を巧みにぬって慶良間列島付近の輸送船に体当たりした大橋茂伍長の最後の便り(抜粋)】

「お父さん、お母さん、喜んで下さい。祖国日本興亡のとき、茂も待望の大命を拝しました。

心身ともに健康で、任務につく日を楽しみに、日本男児と、大橋家に、父と母の子供と生まれた喜びを胸に抱いて、後に続く生き残った青年が、戦争のない平和で、豊かな、世界から尊敬される、立派な、文化国家を再建してくれる事を信じて、茂は、たくましく死んで行きます。《中略》

親より先に死んで、親孝行出来ない事をお許し下さい。お父さん、お母さん、長生きして下さい。お世話になった皆様方に、宜敷お伝え下さい。この便りが最後になります。」

【30歳で沖縄の敵艦に突入した澁谷健一大尉の辞世】

「わがあとに 続かんものは数多し 固く信じて特攻は征く」



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みなさま、おはようございます~♪

ここ2~3日前から、
うちのバルコニーに子雀が遊びに来るようになりました…o(^o^)o
    ,,,,, ♪ 
 ( ・e・) 
 彡,,, ノ   
''''‐''''''''""

母親の監視つきですが、やはりそのあどけなく可愛い仕草には癒されます~♪

少なくとも、自分も相手を完全には理解していないのであるならば、相手に完全に理解されることを望んではならないと思います。
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