江渡聡徳(あきのり)防衛相が代表を務める 「自民党青森県第2選挙区支部」

江渡聡徳(あきのり)防衛相が代表を務 める「自民党青森県第2選挙区支部」に対 し、同じ場所にある任意団体「政経福祉懇 話会」が、2012年までの11年間で3 285万円を寄付していることが31日、 国会で問題視された。野党側は、会の実態 が江渡氏個人の支援団体なのに、政治資金 規正法の対象となる「政治団体」の届け出 がないのは「脱法行為だ」と批判。江渡氏 は「会員相互の親睦が目的で、何ら問題な い」と反論した。

政治資金規正法は、特定の政治家を支持 する活動を本来の目的とする団体を政治団 体と規定。政治資金をどこから集め、どう 使ったかを記録する収支報告書の作成と提 出を義務付ける。任意団体は、対象外だ。

献金を受けた自民党青森県第2選挙区支 部の収支報告書によると、政経福祉懇話会 の所在地は青森県十和田市内の同支部と同 じで、代表は市内の建設会社社長。江渡氏 のホームページでも「エトマン(江渡氏) の支援企業の会」と紹介されている。
懐の寒い人々にはとてものめない話だ。政 府・与党が、発泡酒と第3のビールの大幅 増税を打ち出した。「貧乏人の楽しみを奪 うな!」と叫びたくもなるが、この方針は 安倍首相が成長戦略のアピールに用いる 「イノベーション」にも逆行する。

「今回の発泡酒増税は、企業の活力をそ ぐものです。日本のビールメーカーは、増 税のたびに試行錯誤しながら研究・開発を 重ね、ホップを使わずに、ここまでビール に近い味をつくり出したのです。これこそ が本当の『イノベーション』で、その努力 を水泡に帰すなんてアベコベです」(経済 ジャーナリストの荻原博子氏)

政府・与党は、「ビール」「発泡酒」 「第3のビール」の税額を一本化する方 針。1缶(350ミリリットル)で、ビー ルの酒税は約22円引き下がるが、発泡酒 は約8円、第3のビールは現行の2倍に当 たる約27円の増税となる。ビール系飲料 の税収は約9000億円 (13年度)。政 府は税収規模は変えないというが、ビール に手を伸ばせない庶民には大打撃だ。

それだけじゃない。庶民の足、特に地方 の家庭では定番の軽自動車にも大増税が控 える。来年4月以降の購入分にかかる軽自 動車税は、現行の1・5倍の1万800円 になる。所有者への負担は総額で年60億 円に上るという。

現行では43車種の高級外車はエコカー 減税の対象なのに、ロコツな庶民イジメ だ。

「最近の軽自動車は、規格ギリギリのサ イズで設計され、乗車スペースもかなり広 い。無駄なスペースを物入れに利用するな ど、細かい部分まで配慮が行き渡っていま す。9月の新車販売に占める軽自動車の割 合は39%に達しています。単純に多いと ころから取るということでしょうが、増税 は企業努力に水を差すようなものです」 (自動車ライターの佐藤あつし氏)

さらに、安倍政権は大企業優遇の法人税 引き下げにシャカリキな一方、その代替財 源として赤字企業にも課税する外形標準課 税を検討している。まさに「強きを助け、 弱きをくじく」の連続で、悲報続きの貧乏 人の暮らしは、ますます苦しくなるばかり だ。

ソース(日刊ゲンダイ) http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/154514

日本で初めて演奏された『交響曲第9番』[HRPニュースファイル1172]

http://hrp-newsfile.jp/2014/1802/

文/幸福実現党大分県本部副代表 木下 順子

◆映画「バルトの楽園」

アンジェリーナ・ジョリーが、日本軍に虐待された捕虜を描いた反日映画「アンブロークン」を制作しましたが、みなさんは、映画「バルトの楽園」をご存知でしょうか?

この映画は、2006年公開の日本映画。徳島県鳴門市の板東俘虜収容所を舞台とした、日本で初めて『交響曲第九番歓喜の歌』が演奏された真実の物語です。

1914年、第一次世界大戦で日本軍は3万人の大軍を送り込み、ドイツの極東根拠地、中国・青島(チンタオ)を攻略しました。

この戦いに敗れたドイツ兵4700人は、捕虜として日本に送還され日本各地に設けられた俘虜収容所に振り分けられました。捕虜達は、1919年(大正8年)ヴェルサイユ条約締結まで長期に渉り収容されました。

1917年、全国12カ所にあった収容所が6カ所に統合されました。環境が劣悪な収容所で過酷な2年を過ごした捕虜達は、「この先どんな地獄が待ち受けているのだろう」と不安を抱えながら渦潮の海を越え、徳島県鳴門市にある板東俘虜収容所に移送されます。

◆捕虜たちに寛容な待遇をした松江豊寿大佐

しかし、この板東俘虜収容所の所長、松江豊寿大佐は、捕虜に対し人道的な扱いを心がけ、捕虜達全員に次のようにと訓示しました。

「諸君は祖国を遠く離れた孤立無援の青島で、最後まで勇敢に戦った。しかし、利あらず日本軍に降伏した、私は諸君の立場に同情を禁じえない。諸君は自らの名誉を汚すことなく、秩序ある行動をとってもらいたい。」

捕虜たちに寛容な待遇をし、地元民と捕虜との融和を図ろうとする松江所長の指導の下、硬く心を閉ざしていた捕虜達は、少しずつ心を開くようになるのです。

ドイツパンを焼き、新聞を発行し楽器を演奏すること、そしてビールを飲むことさえ許された収容所生活で、捕虜達は生きる喜びを見出していきました。まさに「楽園」だったのです。

松江大佐は、地元の青年たちが西洋音楽を習いたいという願いを聞き、エンゲル・オーケストラのリーダー、パウル・エンゲル(音楽教室で日本人を指導してオーケストラを作ったのはエンゲルのみ)を紹介し音楽教室を開くことになりました。

やがて解放され、自国に戻る事を許されたドイツ人達は、松江所長や地元民に対する感謝の思いを込めて、日本で初めてとなる『交響曲第九番 歓喜の歌』を演奏することになりました。

ムスターラーゲル(模範収容所)が存在した奇跡の2年10カ月は、なぜ生まれたのでしょうか。

それは、松江豊寿大佐の生い立ちにある、松江豊寿は旧会津藩士、松江久平の子として1872(明治5)年に現在の会津若松市で生まれました。

◆松江豊寿大佐を育んだ会津の教育

明治維新直後の戊辰戦争で敗者となり廃藩、その後、藩は復活しましたが、下北半島の未開の地といえるような荒れた土地で、飢えと戦いながら生き延びました。このような苦労が、敗者に対するいたわりの心が生まれる基盤となったと思われます。

また、会津藩は朱子学を藩学として学問を奨励し、6歳になると「什(じゅう)」と呼ばれるグループに入り「什の掟」を訓示します。

日常の生活習慣などを始めとする教育から始まり、10歳になると「日新館」に入学し論語などの中国の古典を教科書として学んだり、「日新館の心得」をしっかり学習することで藩士の子弟としての心構えや誇りを身につけていました。

人間は教育によって徳ある人物へと育成することができ、さらに多くの人々を幸福にすることができるということを深く感じます。

◆四方の海みな兄弟なり

最後、松江大佐の「命令遵守に感謝する」という言葉に対し、日本を去ることになったドイツ人で日本語教師を務めたクルート・マイスナーは、このようにと答えました。

「あなたが示された寛容と博愛と仁慈の精神を私たちは決して忘れません。そしてもし私たちより更に不幸な人々に会えば、あなたに示された精神で挑むことでしょう。『四方の海みな兄弟なり』という言葉を、私たちはあなたとともに思い出すでしょう」

「四方の海」は、明治天皇の御製(ぎょせい)です。
(※御製とは、天皇陛下の詩歌や絵画などの作品のことで、特に和歌を指して使われます)

四方の海 みな同朋(はらから)と 思ふ世に
など波風の 立ちさわぐらむ

「四方の海はみな同胞(兄弟)と思うこの世になぜ波風が立ち、騒ぎが起こるのであろう。」欧米列強がアジアを侵略し、ロシアが日本を虎視眈々と狙っている頃に明治天皇はこのようにお詠みになられたのです。

来年は戦後70年を迎えます。神国日本を守るために命をかけて戦われた先人たちの思いに報いるため、そして未来の日本を受け継ぐまだ見ぬ青年たちのために、これからも日本の誇りを取り戻す活動に力を尽くしていく所存です。
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