父が突然に亡くなってから、自分の精神的な変化にも驚くとともに、何かが変わってしまったように思える。今までの私の生自体が、無意識の層からも意識的な層からしても、おそらく父に対しての昔持った復讐心であるアンチ父親だったりすることは分かっていたのですが、、
ありませんか?良い家庭、家族ならそういったことはないと思えますが、、
しかし、うちのような機能不全だった場合。
本当には父の愛情が最も欲しかった!ということなのですが、それが逆だったりどうしても得られないといったところで、子供は表向きの言動とは別に、無意識に反発して自分にとっての不幸を選ぶことで親に復讐をしているというところがある。というもの。
自分が不幸なのは父親のせい!とすることで復讐していたのです。おそらく・・
父は過去の私にしたことで、泣いて後悔しちえると言っていたこともありました。
私が病気になったことも自分のせいだと言って、またその他のことにかんして、謝っていたこともありましたが、表向きはもう気にしていないといいつつも、もう一人の子供の頃の私は心の底では許していませんでした。「それとこれとは別。私の人生を破壊したのはあなただ!」とずっと思っていました。
そのことも辛いのです。
だけれども、それとは別に、父の存在は大きくて、やはりそれでも一緒に過ごした時間とともに本能的ともいえる愛情を持っているのですね。
怖いながらも、イザという時には、何を置いても心配してくれていたことや、ときおり見せる優しい笑顔や、、父が思うように動かない身体でも、私が帰省すると、一生懸命に歩いていたことや、あちらこちら気遣って連れて行ってくれたこと。それも嬉しい思い出もあります。
色々いろいろ、、その与えられた影響の激しさ故に、大きく揺さぶられてしまうのです。
その全てに近い生を支配してきたであろう、その軸となっていた存在を失うことは、どちらにしろ大きすぎて自分自身の軸さえ見えなくなりそうで、今の自分はどうなっていくのかという気がしてしまいます。
皆さんはどうやってそこを通り越したのだろう?
これが共依存的な状態であることも分かっていますが、つらく難しい作業ですね
ムリに忘れようとか、良い方向に考えようとかしなくてもいいとは思います。
だけれども、本当に何かが変わってしまった。
いかに自分が父に支配されていたのか?その影響が大きかったのか?が分かります。
何か買い物に行っても、何かが違ってしまったのです。
ただ道を歩いていても自分の何かが違います。
好きだと思っていたこと、良いとおもってやっていたこと、、
何もかもが空々しく、本質がなく、ばかばかしく思えてしまって、今は何もヤル気が起きません。
人が、上っ面の話で、キレイごとを言っていることをみるとむかむかします。(笑)
そんな本質の無いところで、この世界は動いているなぁ、っていうのをしみじみ思います。
自分もその一員であったことが今、まさによく見えます。
恥ずかしいというよりも、自分も含めてその上っ面な金で巡っている社会という日常の作業自体がバカかと思ってしまうというか、本当に本質なんてなかったのだという気持ちです。
何がいいたいのか?さっぱり要領を得ないですが、、
わかるでしょうか?苦笑
ただの独り言です・・・。
自分で整理するためにしばらく独り言が続くと思いますが、、
もしお読みになった方は聞き流してやってください。
ありませんか?良い家庭、家族ならそういったことはないと思えますが、、
しかし、うちのような機能不全だった場合。
本当には父の愛情が最も欲しかった!ということなのですが、それが逆だったりどうしても得られないといったところで、子供は表向きの言動とは別に、無意識に反発して自分にとっての不幸を選ぶことで親に復讐をしているというところがある。というもの。
自分が不幸なのは父親のせい!とすることで復讐していたのです。おそらく・・
父は過去の私にしたことで、泣いて後悔しちえると言っていたこともありました。
私が病気になったことも自分のせいだと言って、またその他のことにかんして、謝っていたこともありましたが、表向きはもう気にしていないといいつつも、もう一人の子供の頃の私は心の底では許していませんでした。「それとこれとは別。私の人生を破壊したのはあなただ!」とずっと思っていました。
そのことも辛いのです。
だけれども、それとは別に、父の存在は大きくて、やはりそれでも一緒に過ごした時間とともに本能的ともいえる愛情を持っているのですね。
怖いながらも、イザという時には、何を置いても心配してくれていたことや、ときおり見せる優しい笑顔や、、父が思うように動かない身体でも、私が帰省すると、一生懸命に歩いていたことや、あちらこちら気遣って連れて行ってくれたこと。それも嬉しい思い出もあります。
色々いろいろ、、その与えられた影響の激しさ故に、大きく揺さぶられてしまうのです。
その全てに近い生を支配してきたであろう、その軸となっていた存在を失うことは、どちらにしろ大きすぎて自分自身の軸さえ見えなくなりそうで、今の自分はどうなっていくのかという気がしてしまいます。
皆さんはどうやってそこを通り越したのだろう?
これが共依存的な状態であることも分かっていますが、つらく難しい作業ですね
ムリに忘れようとか、良い方向に考えようとかしなくてもいいとは思います。
だけれども、本当に何かが変わってしまった。
いかに自分が父に支配されていたのか?その影響が大きかったのか?が分かります。
何か買い物に行っても、何かが違ってしまったのです。
ただ道を歩いていても自分の何かが違います。
好きだと思っていたこと、良いとおもってやっていたこと、、
何もかもが空々しく、本質がなく、ばかばかしく思えてしまって、今は何もヤル気が起きません。
人が、上っ面の話で、キレイごとを言っていることをみるとむかむかします。(笑)
そんな本質の無いところで、この世界は動いているなぁ、っていうのをしみじみ思います。
自分もその一員であったことが今、まさによく見えます。
恥ずかしいというよりも、自分も含めてその上っ面な金で巡っている社会という日常の作業自体がバカかと思ってしまうというか、本当に本質なんてなかったのだという気持ちです。
何がいいたいのか?さっぱり要領を得ないですが、、
わかるでしょうか?苦笑
ただの独り言です・・・。
自分で整理するためにしばらく独り言が続くと思いますが、、
もしお読みになった方は聞き流してやってください。