当初は早いと思われた開花が思いの外遅れてて、ヤキモキさせてるソメイヨシノ。


さすがは春の主役です!


たっぷり待たせてご登場?



で、ふと、こんな歌が頭に浮かんでしまいました。



〈在原業平〉

世の中に

絶えて桜のなかりせば

春の心はのどけからまし



或いは。



〈中務〉

咲けば散る

咲かねば恋し山桜

思ひ絶えせぬ花の上かな



そして、咲いたら咲いたで。



〈紀友則〉

ひさかたの

光のどけき春の日に

しづ心なく花の散るらむ



または。



〈西行法師〉

春風の

花を散らすと見る夢は

さめても胸のさわぐなりけり



もう一つこんな歌も。



風さそふ

花のゆくへは知らねども

惜しむ心は身にとまりけり



桜をこよなく愛したことで知られる西行法師には、桜を詠んだ歌が数多くありますが、最も有名な歌はやっぱりこれかもしれませんね。



願はくは

花の下にて春死なむ

その如月の望月のころ



この歌の通り、旧暦二月(如月)十六日に亡くなったとされています。


旧暦二月十六日は、年によってのずれはありますが、概ね現在の三月中旬から下旬に当たるとされていますから、ひょっとしたら、早咲きの山桜が舞い散る頃だったかもしれませんね。




その散り際のよさが一つの美学としてもとらえられている感のある桜ですが。



たとえばこんな歌。



〈詠み人知らず〉

のこりなく

散るぞめでたき桜花

ありて世の中はての憂ければ



万葉集にも。



〈山部赤人〉

あしひきの山桜花

日並べてかく咲きたらば

いと恋ひめやも



でも、こんなふうに言われてしまうと、桜もちょっと苦笑い?



これと似た歌は、「伊勢物語」にも。



散ればこそ

いとど桜はめでたけれ

憂き世になにかひさしかるべき



こんなふうに、様々な思いを抱かせるところも桜なればこそ、と言ったところかもしれませんね。