今回は、死産後の病院でのこと、息子のこと、そのときの気持ちなど、思い出して記録したいと思います
出血も多く、痛み止めの副作用で気が遠くなり、グッタリして分娩室のベットで過ごしました。何も考えられず、ただ泣いて過ごしました
しばらくして、助産師さんと先生が息子を連れてきてくれました。小さく綺麗な箱に入れられた息子は、眠ってるかのように穏やかでした
初めて自分の赤ちゃんに出会うことができ、初めに思ったことは、思っていたより大きい、ちゃんと赤ちゃんの形をしておりお人形さんみたい、可愛い、と思いました
急なお産だったにもかかわらず、赤ちゃんが壊れてしまわないよう、先生が丁寧に取り上げてくださり、助産師さんが優しく接してくれたんだ、と感動しました。
まだ15週だったので、皮膚がもろく、抱っこすることはできませんでしたが、箱ごと抱っこしたり、優しく触れてみたりしました。男の子であることも見せてもらいました。
その日の日中は息子をそばにおいて過ごし、夜間はナースステーションであずかってもらい、翌日の朝にまた連れてきてもらいました。
15週で亡くなった赤ちゃんは、死産届や火葬が必要なことを知りました。悲しみの中でも、やらなきゃいけないことが多く辛かったですが、息子の生きた証だから、夫婦でちゃんとしようと話しました。市役所との調整など、夫が手続きしてくれました。
息子と対面してから、「何かできることはないか、何かしてあげたい」とそればかりを考えていました。助産師さんが色々教えてくれたり、ネットで調べまくっていました
病院でできたことは、息子を寝かせる箱を選んだことと、服を選んだことです。
服は、ちゃんと小さい赤ちゃん用のものがあったので、嬉しかったです。早くに死産した赤ちゃん用なのかな。残念ながら、皮膚がもろいため着せてあげることはできませんでしたが、上からかけてあげると、とても華やかで喜んでいるようでした
病院でしてあげられることは他にはなかったので、退院したらやりたいことを具体的に考え、退院してから火葬までに、できることはやってあげられたかなと思います
死産となり、午後には一般病室に移りました。2人部屋でしたが、隣には誰もおらず、個室状態でした。助産師さんが配慮してくださり、あまり部屋から出てこなくていいから、何でも言ってねと言ってくださいました。産科の病棟なので、もちろん妊婦さんばかり。夜には赤ちゃんの泣き声が聞こえてきて、とても辛い夜を過ごしました
もう赤ちゃんいないんだ、妊婦じゃないんだ、これからどう過ごせばいいのか、など考えて泣いていました

翌日には退院となり、2泊3日の入院が終わりました。息子の眠った箱を大切に抱っこして、家に帰りました。
次回は、火葬までの間、息子にしてあげられたことについて、記録にまとめたいと思います