635「江戸深川ほおずき日記」ーー⑤ | yu-tyanのブログ

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という訳で、安政の大地震の後、隅田川を水位の上がった高波が押し寄せたが、

地震の被害は優愛の母親のお店でもそれほどではなかった。

茶碗が割れた程度だった。

むしろ水戸藩主・徳川斉昭の支持を受け、水戸尊王攘夷のオピニオンリーダー

・藤田東湖の圧死が藩関係者の悲痛を集めた。

秘かに藤田東湖を師を慕っていたのは優愛の先生・山縣継之助だった。

藤田東湖は西郷隆盛からも慕われていたと言われ、

本当の尊王攘夷派の父—-と言えた。

その東湖が安政の大地震で天国に召されたというのは、

単なる偶然だったのだろうか。

山縣継之助と東湖の息子との関係とその後は、また本編で触れることになる。

          ☆

ところで主人公の優愛はそんなことは無関心――。

でも先生・継之介の表情を見ると

「東湖先生の死は残念でした」—-というほかない。

それでも尊たかだか王攘夷などどうだっていいーー。

たかだか武士のわがまま、身勝手ーー。

ひとの生き方には関心はあっても、

思想そのものに関心はないーー、

だから逆に明るいままのーー優愛でした。

「先生」がなくなったのは寂しいけど、

いつまでもそれを引きずるのは継之助先生らしくないーー。

それよりも学問にはげみましょう。

優愛の本音はそこだった。そう励ますしかなかった。