先日、大岡信さんが、お亡くなりになりました。その、大岡さんが、桜の歌について書いた文章の一部を紹介します。
↓↓引用ここから(下線は、書き手による)
平安時代の末期に西行という大歌人がいます。彼は桜の歌を生涯に二百数十首残していて、桜の歌人としても有名です。この西行の歌に、
春風の花を散らすと見る夢は
覚めても胸のさはぐなりけり
というのがあります。この歌は西行の桜の歌の中でも傑作の一つだと私は思っていますが、意味は、春風が桜の花を散らしている夢を見た、それが惜しくて、夢から覚めても胸がまだ騒いでならない、とするのがふつうでしょうし、それで別に間違いではありませんが、これではとりたてて面白くもないし、なぜこの歌が特別に愛されてきたのかの説明もつきません。
私は、西行のこの歌は、花がすごい勢いではらはらと散っている、その散ること自体に胸騒ぎすると言っているところに着目すべきだと思うのです。つまり、豪勢に散っていくその花が胸が躍るほど美しい、と見る西行の“眼”が大切なのです。花は散るときには散る、その散る姿を見て、それがあまりに美しくて呆然とする、この歌のポイントはそこにあると思うのです。
これは単に「散る」ことを賞でるのとは違っています。花が散ることを惜しむ気持ちは、誰でも同じですが、しかしそんなことを惜しんでみても、それは、詩にはなりません。散っていく姿そのものの、あまりの美しさにわれを忘れて見惚れている、これはそういう意味で名歌だと思うのです。日本人は花というものを見るとき、咲いている姿だけでなく、それが散る姿においても見ることを好みます。これが一つのものの見方にまで高まったのが平安期の末期頃からだと思うのですが、それを象徴する歌としても、この歌はたいへん意味があるでしょう。
(大岡信『みち草』より)
↑↑引用ここまで
「花が散って寂しい」という、当たり前のことを歌に詠んでも、面白くも何ともない。そうではなく、「花が散っていく。でも、散る花は何て美しいのだろう!」という、本音の部分を歌に詠む。それが西行の歌のすごい所なのだ、と大岡さんは言っているのですね。
文章には、“散る花の美しさ”を賞でることが「一つのものの見方にまで高まったのが平安期の末期頃から」とあります。
花が“散る”ことではなく、散る花の“美しさ”に重点を置いて、桜を眺めるようになったのですね。この見方が定着したというのは、人の心には元から、散る花を美しいと感じる心があったのでしょう。それを西行のような歌人が歌にして見せてくれたことで、はっきりと形を持って感じられるようになったのでしょうか。