1.はじめに
最近、自分のことを「ボク」と言っている少女を頻繁に目にする。と言っても現実世界のことでは無く(そもそも現実世界でお目にかかることはまず無い)、アニメや漫画のことである。ボクッ子とは男性の一人称である「ボク」を使う少女のことである(Wikipediaより)。なぜ少女が自分のことを「ボク」と言うのか?ネットで探ってみたところ、以下の理由であるらしい。
①自分のことを「ボク」と呼んだ方がかわいく見えるから。
②男の子への憧れのから少年のようになりたい。
③男と競り合ったり張り合ったりする必要から使っている(この場合「オレ」を使っているケースもある。「オレッ子」と呼ばれる。本文では「オレッ子」も「ボクッ子」と同様に扱う)。
④表現の自由。
⑤育った環境(躾けや教育の影響)。
①の場合、ネットでも指摘されているが、自分が勝手にそう思い込んでいることが多い。下心が見え見えで逆効果になっているようだ。②は「そうなのか」である。③も「そうなのか」ではあるが、度が過ぎると乱暴者になってしまう。④はケースバイケースである。⑤は本人の責任では無いが、ある程度の年齢になれば自覚すべきである。
以下、自分の知る範囲ではあるが「ボクッ子」(「オレッ子」も含む)について考察する。
2.様々な一人称
「僕」とはは召使いやしもべという意味であり、謙遜した一人称である。現在ではそのような意味があることを意識して使っているのは老若男女、居たとしても僅かであろう。言葉は生きていると言われる。昔の意味が変化するのは自然な流れなのかもしれない。その意味では使い手が変化するのもまた歴史的に自然な流れなのかもしれない。
男性の場合、ビジネスや正式な場では「ワタシ」や「ワタクシ」を礼儀として使う。男性は状況に応じて「ボク」「オレ」「ワタシ」「ワシ」と使い分ける。正式な場で「ボク」というとどうしても砕けた感じになり軽く見られてしまう恐れがある。それを防ぐために「ワタシ」という一人称を使う。しかしそこに至るまでには大きな壁がある。少年時代は「ボク」や「オレ」と言っていたのが社会に出るのに必要のためとはいえ、女性の一人称である「ワタシ」を使うことに大きな抵抗があるのは想像に難くない。少年から大人への階段の一つである。
一方、女性が普通に使えるのは事実上「ワタシ」だけである。男性が成長に従い「私」を使いはじめるのに対して、女性は一生を通して普通に「ワタシ」が使える。「ボク」と言うと年齢的に幼い方向に向かっているようにも思えてしまう。
ところで本題からは外れるが、自分のことを下の名で呼ぶ女子も少なからず存在する。男子の場合、自分の名前を一人称に使うのは小学校に上がる頃には絶滅している。幼児言葉だから男としてプライドが許さないからであろう。女子の場合は男子よりも緩いかもしれないが、それでも普通に許容できるのは小学生低学年までであろう。それ以上の年齢になると個人的見解であるがキツイ。初見だと言っている本人ではなく第3者を指していると勘違いすることがある。
3.ボクッ子?男の娘?
ボクッ子と思っていたのが実は「男の娘」だったというのには驚かされる。むしろこちらの方が、希少価値がある。考えてみたらこれは驚くようなことではなく男としてあたりまえの一人称である。一例を挙げる。Fate apocryphaのアストルフォのことを完全にボクッ子と勘違いしていた(ビジュアル的には完璧に女子だった)。劇中の主要キャラまでもが勘違いしていたほどである。裸体を晒す衝撃のハプニングで正体判明となった。
「リボンの騎士」のサファイアが最初の「ボクッ子」だったと思う。ただし、当時の自分はサファイアが男か女かわからないまま視ていた。男装の印象が強かったので、いまだにサファイアが「ボクッ子」には思えず、性別を超越した存在になっている。
4.漫画のボクッ子
漫画では「つらいぜ!ボクちゃん」の「田島望」が初見だった。1974年の作品なので50年以上前である。少年のようにさっぱりした性格で恋するJKでもあったと記憶している。しかし自分のことを「ボク」と呼ぶことで、不良から男と間違われて喧嘩をふっかけられたり、女生徒と(事故ではあるが)異常接近をしたことで先生方から不純異性行為だととがめられたり、些細なことでは男子への好意を友人に話すと「ホモかいな」と突っ込まれるなど、弊害やハプニングが多発した。
数年前、「上野さんは不器用」で新体操部の部長が自分のことを「僕」と呼んでいるのを見つけた。その44話(5巻)に興味深いやりとりがあった(アニメでは最終回となる第12話)。その場にいたのは上野さん(女子)、新体操部部長(女子)、田中(男子)である。その部長が上野さんの運動不足の身体を揶揄していたら、部長を男子と勘違いした田中が「女子(上野さん)にそのようなことをしてはいけない」と注意した。かみ合わないやりとりの後、ついに田中が「先輩(部長)が男子なわけじゃないですか」とど真ん中の直球で突っ込むと、すかさず、部長は「女子だよ!!!」と怒気をはらんで返した。田中「えっ!?」と驚く。部長「何を驚いとんじゃ」。田中「「ボク」って言ってませんでしたか?」とたたみかける。その後セクハラ(痴女)まがいの行為を経てようやく女子であることを田中に納得させた。「ボク」と言っていた部長が招いた災難であった。
今から約40年前、「美味しんぼ」の「女の華」(5巻第2話)は興味深く示唆に富んでいた。彼女は大人の女性であり、且つ一人称は「俺」であった(もしかするとボクッ子の最終形態かも?)。彼女は寿司屋の店長で自らも握っているが、男からなめられないように常にケンカ腰であった。そのため肝心の寿司が男の醜さが出て女の良さが感じられないとげとげしい味だとズバリ指摘された。反省して自然体になった結果、良い寿司となり高評価が得られた。ここでは男の振りをする根拠が問われた。男の振りだけでは本当の男には勝てず、逆に女の良さを消してしまうという二重のマイナス面が明らかにされた。このエピソードを読んで40年以上になるがそれ以降、男っぽく振る舞う女性の根拠を無意識に探るようになってしまった。最近氾濫しているボクッ子を見るとどうしても安っぽいように思えてしまう。
5.ボクッ子、いろいろ
以下、目に付いたボクッ子の一部ではあるが紹介する。
「ひぐらしのなく頃に」の古手梨花の外見は可愛い。しかし場面によっては不気味な雰囲気を醸し出す不思議なキャラである。日常やストーリーの展開が穏やかなときは「ボク」と言っている。しかし一転してハードでおどろおどろしい展開となり、魔女的なキャラになると自分を「ワタシ」と呼ぶ。このように場面によって明確に使い分けしているところが他のボクッ子と異なる。「ボク」と言っているときは①に近いと思われるが、「ワタシ」と言っているときは正直コワイ。
「物語シリーズ」の斧乃木余接。死体をベースにした式神で、人を指先に乗せることができるほどのものすごいパワーを持っている。見かけは童女。話し方は単調で無表情。無感情に「ボク」と言われると少なくとも①ではなさそうなので普通に受け入れてしまう。
「バイオレットエバーガーデン外伝」のイザベラ・ヨーク。一言で言うと残念なキャラであった。少女時代は浮浪児同様で男と張り合って生き延びるために「ボク」と言っていたようだ。したがって③と⑤に分類できる。その後、血縁の貴族に引き取られ、家庭教師のヴァイオレットから「ボクではなくワタシ」と諭されても、学校に通い、結婚して、一見完全な貴婦人になっても変わらず「ボク」を一人称としていた。環境不適合なキャラであった。
「ダンまちシリーズ」のヘスティア。少女の外見をしている神様で齢数億歳らしい!!!計り知れない経験の結果、自分を「ボク」と呼ぶに至ったわけであるからたぶん④の表現の自由になるのであろう。底知れぬ深みを全く感じさせず無邪気に自分のことを「ボク」と呼称しているお姿からは少なくとも①のようなせこい理由は考えにくいが・・・。そもそも数十年の経験しかない小生からすると考察すること自体が恐れ多い。
「機動戦士ガンダム水星の魔女」のエリクト・サマヤ。物語の冒頭に4歳の少女として登場した。主人公のスレッタ・マーキュリーとは遺伝的に○○である(ネタバレ防止)。水星の過酷な環境で肉体を失い○○となった(ネタバレ防止というか面倒なので省略)。その後の登場は僅かであったが、クライマックスで重要な役を演じることになる。その際一人称に「ボク」と言っていたので、「あれっ、少年だったか?少女でなかったのか?」と少々混乱した。すぐにボクッ子だと認識したが、そもそも肉体を失った存在なので性別云々は意味をなさないのかもしれない(イメージの中のビジュアルは4歳の少女のままではあるが)。
「黒執事緑の魔女編」のジークリンデ・サリヴァン。ゴスロリ衣装に身を包んだ少女で森の屋敷の当主様であり領主様である。天才的な頭脳を持ちながらいきなり服を脱いで女の武器を振りかざそうとするなどかなりアレなキャラである。勿論「ボク」と呼んでいる理由は不明である。当主としての威厳を醸し出すなら「ボク」よりも「ワタシ」の方が良いように思うが・・・。
最後は典型的な⑤でその結果③となった「うる星やつら」の藤波竜之介。ボクッ子をはるかに超越したオレッ子である。変態親父に男として育てられバトルが日常になっている。男女の触れ合いもあるにはあるが拳と拳の触れ合いである。挑んでくる男連中を拳でなぎ払いながら「オレは女だ~~~」と叫ぶ姿は強者の雄叫びである。
6.ボクッ子でなくてよかった超有名キャラ
一歩間違えていたら「ボクッ子」になっていたかも?のケース。男装の麗人の最高峰「ベルサイユのばら」の「オスカル」。現在ならオスカルに自分のことを「僕」と呼ばせるキャラ作りも有りだったかもしれない。オスカルの一人称は「私」である。それがオスカルをより高貴で気高い麗人に仕上げたように思う。制作された時代は、女性に「ボク」と言わせることはほとんど無かった。仮にオスカルが自分のことを「ボク」あるいは「オレ」と言っていたらその品位は地に落ち、高貴さも気高さも台無しなったかと思うとゾッとする。安易に「ボク」と言わせなかった幸運に感謝。
7.おわりに
ボクッ子を頭から否定するつもりは無いが、ここまで氾濫するといろいろ考えてしまう。キャラの正確な性別が認識できないままストーリーが進むと物語の理解に影響することは否定できない。ジェンダーフリーと言われるが、現実世界では女子が「ボク」ということへの認知はそこまで進んでいないと思う。彼女らはなぜ自分のことを「ボク」と呼ぶのか?その疑問に答えてくれることはほとんど無い。理由が無いので伏線回収のネタにすらできないのかもしれない。
多くのボクッ子(オレッ子)が存在するが、その中の極僅かしか紹介できなかった。取り上げられなかったなかには誰もが知る有名キャラもあるか御容赦願いたい。