やっぱJ-POPが好き 自己満日記

やっぱJ-POPが好き 自己満日記

J-POPと本が好き。水着を食い込ませたアイドルの尻はもっと好きです。40代独身のオッサンです。友達はもちろんいません。

Trooper Salute「天使ちゃんだよ」

物憂いつつも音と戯れるように歌う感じが良かった。

 

ポップしなないで「愛はこんなに哀しいんか」

毎度のこと、終始ハイテンションのポップソング。ラストのラップで気分も最高潮になった。

 

岡田拓郎「Konoma」

渋い。福生で育つと、こんなワールドワイドな音楽が生み出せるのかと勝手に思った。

 

雪国「海月」

バンド名に引っ張られて冬を想像してしまうけれど、初夏の爽やかさがあった。

 

xiexie「alien lll」

幻想的でいつか見たけれど忘れてしまった夢のようなMVが印象的だった。(この曲に限らず)

 

オレンジスパイニクラブ「エロティック」

腹の底からしっかり声が出ていて、これぞパンクロックで気持ちが良かった。

 

Guiba「万祝」

万祝で「まいわい」と読むらしい。縁起のいい言葉だと思って意味を調べているうちに、一曲終わっていた。

 

太陽の猫たち「太陽の猫たち」

昭和のグループサウンドや歌謡曲を忠実に再現した、今っぽさを徹底的に排除した音づくりにシビれた。

 

鈴木実貴子ズ「ががが」

怒りや憎しみをロックに込めた一曲で強さを感じた。ひらがなのタイトルだけど、どうしてもガガガSPが浮かんでしまう。

 

ぎがもえか「よろこび」

「ぎが」というデータ容量のような名前だが、人間の温かみを感じる、エバーグリーンでやさしい歌だった。

 

くじけな「喜劇俳優」

気だるく歌い放つ、往年のロックで聴き心地が良かった。ジャケットでサニーデイのオマージュだと思わせてくれるのもイイ。

 

ははの気まぐれ「陽のあたる小径」

ゆったりとした一曲で、燦々と降り注ぐ陽の光というよりも、やさしい木漏れ日を感じる。

 

滞空時間「Tano qansa」

どこかの国の土着的な民族音楽と最近のイケてるインストバンドの共演みたいな一曲だった。

 

Worldwide Skippa「シャトレーゼやめた」

ラッパーとしての稼ぎが増え、シャトレーゼのバイトを辞めたという一曲。そもそもなぜシャトレーゼを選んだのだろう。甘党なのだろうか。

 

OKAME「たまや」

ワクワクしている時の高ぶる鼓動のような一曲。ちょっと不安もあるような、その塩梅がまたイイ。

 

一寸先闇バンド「AM」

シャープに響くアコギの音が印象的だった。崖っぷちみたいなバンド名だけど、もっともっと売れそう。

 

かりすの死骸「Direction Of Travel」

ノイジーでエレクトリックで無機質なようで生々しさも感じる、カッコイイ一曲だった。ケミカルブラザーズってこんな感じだったかな…なんて思ったりもした。

 

ゴリラ祭ーズ「チェンジ」

強い思いはあるけれど、感情をフルに出さずに少しぼんやりと歌う声に癒された。

 

ビビビ!!!「脳みそPUNK」

関西ゼロ世代の匂いというか、曲のムードにオシリペンペンズと同じものを感じた。好き。

 

Daoko「COMIT COMET」

キラキラしたポップソング。TVアニメのオープニングテーマということで、歌詞中の「タリスマン」がキャラクターの名前だと思ったが違うよう。「お守り」という意味らしい。

 

Laura day romance「眠り薬」

眠りを誘うような、誘わないような、囁くような歌声が上品で美しかった。

 

UA「Happy」

全て英語の詞だと思ったら、「やんばい塩梅」とか「一体全体どんなお出汁のお味噌汁なら新鮮にあなたと逢える?」とかさりげなく歌っていて、わけわかんなくてオシャレだった。

エッセイ集「月曜日が嫌いな私の好きなこと」を読んだ。

 

著者のほうじ茶さんは過敏性腸症候群で、ちょっと病んでいて、家が好きなインドア派だけど、ゲーセンやカラオケも好きで、友達もそれなりにいる。そんなどこにでもいる普通の女性だった。あと、日曜日は午後くらいから次の日の仕事のことを考えて気が重くなる、本当に普通の人だった。

 

読みながら、ほうじ茶さんの人物像がじわじわ浮かんでくるのがおもしろかった。

日々、小さな不幸が多い。

 

たとえば、GWの初日に免許を紛失してしまったり。すぐに再交付してもらいたかったが、GW中は免許センターが閉まっているため、どうしようもできなかったり。家の近所の証明写真機で1000円出して撮ったのに、免許センターなら900円で撮れると知ったり。

 

と、挙げていけばキリがないほど、日々小さな不幸が多い。でも小さな不幸は普通に耐えられるし、不幸の後には幸せが待っている(はず)。だから、小さな不幸が降りかかっても、その先の幸せを期待して、むしろちょっと嬉しかったりする。

 

ブルーハーツの「情熱の薔薇」は学生時代から聴きまくりすぎて、その良さがわからなくなってしまうレベルに到達してしまったけれど、この一曲のフレーズ「なるべく小さな幸せと なるべく小さな不幸せ なるべくいっぱい集めよう そんな気持ちわかるでしょう」を聴くと、小さな不幸も悪くはないと思えてくる。

GW明け、虫歯が痛くなり、近所の歯医者に電話をした。受付の女性いわく、今は混み合っているらしく、「再来週なら」とのことだった。もう少し早く診てもらいたい気持ちもあったが、その時はまだ耐えられる程度の痛みだったため、そのまま予約した。

 

時は流れ、昨日の夕方。それまでは耐えられる程度の痛みだった虫歯が、耐えられないレベルの痛みとなって襲ってきた。結構突然のことだった。虫歯の痛みに悩むことは過去に何度もあったが、その比ではない。バファリンもロキソニンもボルタレンも全く効かず…。氷を噛んでいないと、痛みに耐えられずに涙が滲むレベルの痛みだった。歯医者を予約した日まであと数日だが、こりゃもう待てないと思った。

 

夜、痛みに耐えながらウチの会社に電話をし、一方的に伝えるべきことを伝えた。要約すると以下である。

 

「歯が痛すぎて死ぬ。もうだめ。明日は仕事休んで速攻歯医者に行く。予約できるかわからんが、とにかく行く。行くったら行く」

 

会社からは今年一番怒られた。要約すると以下である。

 

「おい!明日は休めないぞ!わかってるだろ!おい!」

 

ただ、最終的には折れてもらった。とりあえず一命を取り留めた気分になった。

 

とはいえ、安心してはいられない。氷を噛んでいないと、強い痛みはすぐさま襲ってくる。氷が完全に溶けきるのはおよそ5、6分。溶けきる都度、冷凍庫から氷を一個つまんで噛んだ。もちろん、氷の数は徐々に無くなっていく。生命線の氷をつまむ都度、死へのカウントダウンを感じた。

 

結局、氷がなければ歯の痛みは消えず、一睡もできぬまま朝(今日)を迎えた。体は怠いし、まともに食事もできなかったため腹も減っていた。おまけに会社から電話がかかってきた。「歯医者終わったら、現場こいよ」。確かに歯医者だけで1日潰すのはズルいとは思っていた。言われて当然だ。

 

9時少し前になり、以前予約した近所の歯医者に電話をして、今すぐ診てもらえないかと懇願したかったが、電話が繋がらず…。ならばと思い、自転車を漕いで歯医者に行くと、出入り口に学校検診で休みだという張り紙があった…。

 

帰宅し、別の歯医者に電話し、無事早い時間に予約をとることができた。

 

別の歯医者ははじめて行くところで少々緊張したが、すごく人柄の良い先生で安心した。今後の治療についてもめちゃめちゃ丁寧に説明をしていただいた。事前に先生から、麻酔が効きづらい箇所だから治療中ちょっと痛むかもしれないと言われてビビったが、ほとんど痛みを感じることなく(麻酔注射はチクッとしたけど)今回の治療は終わった。次回の治療は再来週。

 

先日からの痛みが嘘のように消え去った今、あらためて健康を維持して生きていかなければいけないと強く思った。っていうか、虫歯のたびにそんなことを思うも、結局また虫歯になっちゃうダメな自分はマジで直さにゃならんなと思う。

 

ちなみに、仕事には午後から行き、バリバリ働いた。偉い。会社の人も怒ってなかった(たぶん)。

「虚弱に生きる」を読んだ。著者は「絶対に終電を逃さない女」さん。その名前に最初は本のサブタイトルかと思った。

 

「絶対に終電を逃さない女」さん(長いから以下著者とする)の人生をしんどくさせる、その諸悪の根源は自身の虚弱体質だった。虚弱ゆえに何かと上手くいかない半生を送ってきた、そのエピソードの数々に、当たり前に言われる「健康第一」や「体が資本」、そして「元気があれば何でもできる」といった言葉の大切さをあらためて感じた。

 

著者は人並みの健康・体力を得るべく、ラジオ体操にはじまり、卓球やジョギングで無理をしない程度に体を動かしたり、食生活に気を使うようになった。そのなかで、日常の些細なことでも幸せを感じられるようになり、また健康というだけで幸せなのだと20代で身をもって実感することができた。

 

今もなお、同年代の人よりも虚弱である著者だがしかし、低空飛行を続けたまま意外と120歳くらいまで生きるのではないだろうか。

おほしんたろうさんの「学校と先生」を読んだ。

 

ヘタウマ加減にギャグ漫画家の堀道弘さんや和田ラヂヲさん、あと大橋裕之さんを少し思わせるけれど、その御三方よりもさらに手数や手間が少ない描写で、コマ枠もフリーハンドで、自由極まりなく、勢いだけで描いたと思わせる、その感じがたまらなくよかった。

 

堀道弘さん、和田ラヂヲさん、大橋裕之さんの作品が好きすぎるがゆえ、「ヘタウマ=シュールな笑い」という先入観を持ってしまうが、この「学校と先生」もやっぱりそうで、「ああこの感じ、わかる…」と思える、ほのぼのとしたシュールさが沁みた。

5月1日

朝からラッキーだった。ウチの会社(植木屋)の予定ではGWは2日からだったが、朝から雨で仕事が流れたため、この日からGWとなったのだ。明日の旅行に備え、家でのんびりと体力を温存しようと思った。

 

が、それも束の間、運転免許証が無いことに気がつき、家中を探し回るハメとなった。免許証はたまに失くすことがあるが、大体服のポケットかバッグの中で見つかるため、いつも焦ることはなかった。しかし今回は服もバッグもベッドの下もカーペットの下もタンスの下も全て見たが無かった。もしかしたらと一縷の望みをかけ会社にも行った。トラックの中や倉庫など怪しい場所を見て回ったがやはり無かった。

 

明日から楽しみにしていた旅行だというのに、なんて日だ!(小峠)と思いながら家から一番近い交番へ向かい、紛失届を出した。

 

 

5月2日

2泊3日、神戸・大阪旅行の初日。地元静岡から新幹線で新大阪へ。車内はそこまで混雑していなく、シートに座って読書をしたりイヤホンでラジオを聴いたりした。新大阪に到着し、そこから在来線で神戸へ。といっても元町や三宮のようなTHE観光地ではなく、 その手前の摂津本山で下車して、サンシャインワーフ神戸のフリーマーケットへ。

 

事前にネットで調べたところ、ここのフリマは関西でも出店数が多いようで期待していた。しかし、雑貨や古着を目当てに来てみたものの、コレというものはなく…。

 

再び電車に乗って元町へ。以前から行きたかったカレー屋「洋食レストラン マルシェ」へ。野菜とフルーツの旨みが溶け込んだ酸味と甘味のあるルーが美味しかった。

 

お店を後にして元町から三宮にかけて古着屋巡りをした。とりわけ乙仲通り周辺はヴィンテージの古着を扱う店が点在していて一店一店まわるのが楽しかった。

 

歩き回って小腹が空いたところで、本日2店目のカレー屋、三宮の「いっとっ亭」へ。ここも以前から行きたかったお店で、ほどよいスパイスが美味しかった。

 

店内には50代後半くらいのおっちゃんが一人だけいて、僕の着ていたベトジャンに反応して声をかけてきた。

 

おっちゃん「にいちゃん、そのベトジャン、オリジナル(当時モノ)?現行(最近の)?」

僕「これ、東洋エンタープライズのです(つまり現行)」

おっちゃん「あぁ(そのブランド)知ってる。俺、リアルマッコイズの持ってるわ」

僕「マッコイズもイイっすね。僕、本当はヴィンテージのベトジャン欲しいんすけど、高くて手が出なくって」

おっちゃん「そんなんは外で干し続けてたら(ヴィンテージ風の)イイ味出るやろぉ、ほな!」

 

古着屋、カレー屋をそれなりに堪能したところで、予約したカプセルホテルのある大阪の難波へ。カプセルホテルは道頓堀の近くの雑居ビルの中にあり、今回はじめて利用するところだった。場所柄か、いつも利用する天王寺のホテルよりも海外のお客さんをチラホラ見た。ホテル内は清潔感があって、布団もふかふか、大浴場はないがシャワー室が多く設置されていて、個人的には快適だった(汗を流せて、布団の中で足を伸ばせて寝れればOK)。

 

ホテル到着後、すぐにシャワーで汗を流し、再び外出した。向かった先は飛田新地。

 

飛田の全ての通りを2、3度くらい歩いたところ、一瞬未成年に見えた可愛い女の子を発見。即突入した。

 

その子はこちらから話かけないと喋らない、無愛想な子だった。まだしっかり勃っていないのにゴムをつけようとしてくるし、その後のプレイもかなり淡白。

 

だが、こっちは40過ぎのおっさんである。若くて可愛い子とヤレるってだけで感謝しなければならない。手で乳首やアソコに触れることも許してはくれなかったが、騎乗位、後背位、正常位で突きまくれたことは、本当に感謝感謝である。

 

帰り際、女の子に「未成年に見えたから、店に入るの一瞬迷ったよ」と言うと、「もう28」とのことだった。でも十分若い。

 

飛田から出て、ホテルに戻る際、ホテルの隣のビルに60分3300円という格安のマッサージ店を発見した。一日中歩き回って疲労した体を回復させるべく来店してみた。

 

スタッフはおばちゃんばかりでアットホームな印象。繁華街+GWということもあり少し混んでいて、スタッフのおばちゃんも忙しそうだった。マッサージ中、気持ちよくて途中で寝てしまったが、体は多少軽くなった。

 

ホテルに戻り、ふたたびシャワーで体を流し、爆睡した。

 

 

5月3日

ホテルのチェックアウトは10時までで、その時間ギリギリでチェックアウトした。しかし、そんな時間に外に出ても遊べるようなところはなく、行きたいカレー屋や古着屋が開店するまでは小一時間ちょっとあった。仕方なく、暇つぶしに公園で読書をした。

 

昼近くになり、行きたかったカレー屋3店目、南堀江の「ディアブロ カレー」へ。辛さを選べるお店で、スタッフいわく、ノーマルのカレーでも辛いということだったため、ノーマルの辛さから一つ落として注文。それでも自分には結構辛いかもと不安だったが、食べてみると程よい辛さで美味しかった。

 

行きたい古着屋の開店は13時からで、かなり遅い時間だった。オシャレすぎるお店というのはどこも開店が遅い印象があるが、それで商売が成り立つのだろうか。

 

さておき、目当ての古着屋のあるビルについたものの、エレベータに乗って上の階に行くのにビビってしまい、結局行けなかった。路面店であれば躊躇なくすんなり入店できたと思う。雑居ビルの上の階でこじんまりとやっている古着屋をたまに見かけるが、入りずらいったらありゃしない。「知る人ぞ知る、ハードルの高いオシャレな店」感を勝手に感じてしまい、入りたくても勇気がなくて入れなかったりする。

 

目当ての古着屋には行けなかったものの、周辺には数多くの古着屋があり、ちょっと歩けば古着屋のひしめき合うアメ村もあるため、行き当たりばったりで何店舗も回った。

 

歩き回る中で、道路の縁石につまづき、靴のソール部分の先が数センチほど剥がれてしまった。歩くのには支障はなかったが、少しショックだった。

 

雨がポツポツ降りはじめて、ビニール傘を買いにコンビニへ。せいぜい500円くらいだと思って値段を気にせずレジに向かうと、700円だった。少々高く感じたが仕方なく買った。

 

気づけば夕方に。以前から行きたかった難波の「マボカリ」へ。麻婆豆腐とカレーを融合させた「元祖麻婆カレー」を食べた。個人的にはピリッと辛い四川風の麻婆豆腐の味が強く、カレーの味はほとんど感じなかった。食感に新鮮味こそ感じなかったが、美味しかった。

 

先日に引き続き、歩き過ぎた疲労を癒すべく、先日と同じマッサージ店に。先日と同じくお店は混雑していて、スタッフのおばちゃんも忙しそうだった。何人もマッサージをし続けたせいか、おばちゃんの指圧の力が弱くて、気持ち良さはいまいちだった。強さをお願いするのは申し訳なく感じて何も言えなかっが、それでも足の疲れがやや取れてそこそこ満足だった。

 

夜は何度か利用したことのある心斎橋のカプセルホテルへ。大浴場の熱々の湯に浸かり気持ちが良かった。敷布団も掛け布団もちょっと薄くて硬かったが、無事就寝した。大事な靴のソール部分の先が半分くらい剥がれてしまうという地味に不幸な夢を見た。

 

 

5月4日

旅行最終日。心斎橋から日本橋まで歩き、絶滅の危機にある「東京チカラめし」でチーズ焼き牛丼を平らげ、再び歩いて天王寺へ。そこから電車で三国ヶ丘へ。ここには古着屋が密集する「NEXT51」がある。アメ村周辺で散々古着を見て回ったが、やはりそれでも古着を見てしまう。楽しい。

 

お店を後にし、三国ヶ丘の駅のパン屋で砂糖がたっぷり降りかかった揚げパンを買った。シンプルに甘くて美味い。あとでネットで調べると「リトルマーメイド」という名のチェーン店で、地元にもお店があった。シンプルに嬉しい。

 

三国ヶ丘から電車で信太山へ。目的はもちろん信太山新地である。相手をしてもらった女の子は京都出身、元ネイリストで物腰が柔らかく、ベロチューも優しく、こちらの要求はなんでも応えてくれる、エロくて素敵な子だった。早めにイってしまったため、時間持て余してしまい、口下手な自分としては気まずい時間が流れたが、良き思い出となった。

 

信太山を出て、電車で新大阪へ。手土産の551の肉まんを買い、新幹線で帰宅。毎度毎度のこと、やっぱり家が一番落ち着くなぁと実感し寝床へ。気づいたら爆睡していた。

 

 

5月5日

朝、目が覚めて「明日も休みでよかった」と即思った。2泊3日の旅行の疲れを癒すには2日間は必要だ。

 

が、じっとしてはいられなかった。旅先でソールの先が剥がれてしまった靴を修理すべく、近場の修理店へ。店主に見てもらったところ、ソールを丸々交換する必要があり、費用も1万円以上かかるとのことだった。自分としては剥がれたところに専用の接着剤でくっつければOKなものだと思っていた。しかし店主いわく、それでは応急処置に過ぎないようでダメだという。完璧を求める職人魂を感じたが、自分としては応急処置でもいいから安く済ませて欲しかった。結局、修理には出さずに帰宅した。

 

 

5月6日

GW最終日。14時を少し回ったばかりなのに、もう明日の仕事を考えて気持ちが沈んでしまったため、気が早いが来月の旅行の計画を立てた。単純なことだけど、嫌なことが待ち受けていてもその先に自分へのご褒美を用意することで、その日まで少々辛くても頑張ろうとやる気が出るのはいいことだと思う。

 

 

以上、6日間のGWでござんした。

Xで人気の深爪さんのエッセイ「深爪極」を読んだ。

 

「愚痴るならChatGPTが一番。誰にも負担をかけることなくストレス解消できる」というSNSの誰かの言葉に感銘を受けた深爪さんが、実際ChatGPTに愚痴るも、あまりに温かく優しい返答に好きになってしまいそうになる様が可笑しかった。

 

僕個人としては血の通っていないChatGPTよりも生身の人間に愚痴りたい(愚痴を聞かされる側の気持ちは置いといて)。でなければ愚痴が消化されない気がする(愚痴を言えるような友人が周りにいないため、なんとも言えないが)。

 

以上、寝ます。

自分は社会性がないとつくづく思う。けれど、SNSで誰かを誹謗中傷したことはない。一切ない。

 

ただ、ユーチューブやヤフーのコメント欄で誰かと誰かが意見の食い違いなどでケンカをしているとニヤけてしまう。感情をむき出しにしてケンカをしていればいるほどニタニタしてしまう。

 

我ながら悪趣味で嫌な人間だと思う。が、やめられない。他人事だから、いや、人の不幸は蜜の味だからやめられないのだ。あらためて、我ながら悪趣味で嫌な人間だと思う。

 

先日、SNSの炎上をネタに書いたコラム集「他人の不幸はマヌカハニー」を読んだ。著書は箕輪厚介氏。冒頭の一文「こんな本を読んでいるあなたは、きっと僕と同じように性格が悪い」は少々挑発的だと思ったが、続く一文「ただ下品な本にしか救えない卑しさみたいなものが人間の中にはある」には共感した。

 

さておき、SNSの炎上に関することではないけれど、箕輪氏のこんな言葉が可笑しかった。

僕は歌舞伎町という街自体、エロいのに勃たない女みたいな印象で好きになったことはない

誰だって相手のちょっとした一言で傷ついてしまうし、誰だってちょっとした一言で相手を傷つけてしまうことがある。だから、相手の気持ちになって言葉を選ぶべきだ。大野萌子さんの著書「言いかえ図鑑」を読んであらためてそう思った。

 

この本は、「よけいなひと言」を「好かれるひと言」に言いかえた例を挙げて解説をした一冊だ。とりわけ仕事の場で参考になるような「好かれるひと言」が多数あった。

 

意外だったのは、「要領がいいね」が「よけいなひと言」になる場合があるということだ。普通に褒め言葉だと思っていた。著者いわく「要領がいいね」は嫉妬の裏返しであったり、巧みに立ち回って人に取り入るのが上手いといったネガティブな意味もあるからだそう。

 

なお、「要領がいいね」を「好かれるひと言」に言いかえると「仕事が早いね」だという。

 

個人的には「仕事が早いね」も「要領がいいね」も好かれる言葉だとは思うのだけれど…。