やっぱJ-POPが好き 自己満日記

やっぱJ-POPが好き 自己満日記

J-POPと本が好き。水着を食い込ませたアイドルの尻はもっと好きです。40代独身のオッサンです。友達はもちろんいません。

学生時代からダックフィートが好きだった。ビルケンやクラークスにも似たような雰囲気を感じて好きだったのだけれど、ビルケンやクラークスと比べてマイナーで、デンマークという馴染みのないけれど何となくオシャレな印象のある国のブランドという点も魅力的だった。が、お値段がそれなりに高くなかなか手が出せずにいた。

 

月日は流れ20年。その名もすっかり忘れかけていたが、この前の連休、ブランドを扱う古着屋で目に入ったのがこいつ、ダックフィートのユトランドだった。なんか呑気な名前。

 

少し目立つシミが1箇所あったが、ずっと欲しかったモデルで、サイズもバッチリだったこともあり、即購入。

 

といきたかったが、衝動買いは良くないと思い、一呼吸して一旦店を出て、カレーを食べたり、他の古着屋を回ったり、本屋に行ったりなど、商店街を散策した。

 

結局、ダックフィートが欲しいと言う気持ちは変わらなかった。

 

ならばこれは衝動買いではない。それに、普通に買えば3万7000円の一足が、中古で安い上にセール中で4000円ちょいなら買うっきゃないっしょ。と、レジへ直行。

 

その名の通り、つま先がアヒルの水かきのように広がっていて(くちばしに見えなくもない)モコっとしたフォルムがイイ。カッチリし過ぎなくてシンプルなデザインもイイ。アメカジにもしっくりくるのもイイ。

 

以上、もう最高だし、もう眠いし、もう寝ます。おやすみなさい。

 

何を食べても味覚をあまり感じなくなってしまってから早3週間経った。

 

2週間ほど前、病院で処方された薬の効き目は良かった。しかし味覚は完全に戻っていない。

 

味覚をあまり感じなくなってしまったことに慣れてしまいつつあったが、やっぱり完全に戻らないのは嫌だ。お盆休みは旅先で美味しいものを食べたいのに、深く味わえないのは切なすぎる。

 

そんなわけで2度目の病院へ(会社を休んでクソ暑い現場作業を回避)。

 

血液検査の結果、亜鉛が不足しているとのことで、今回は酢酸亜鉛錠「ケミファ」が30日分処方された。2880円なり(地味に高い)。効いてくれ。これで終わりにしたい。

 

ちなみにケミファには、発熱、めまい、立ちくらみ、体がだるい、歩きにくい等の症状が出る可能性があるよう。少々ビビってしまったが、副作用がキツいほど効き目はバッチリなのだと思い込んで、服用する次第。

ついこの前、1989年から1996年にパルコで配布されたというフリーペーパー「GOMES」が復刊するとのニュースをネットで知った。

 

個人的にGOMESに思い入れはない。というのも当時は地元にパルコはなく、GOMESをゲットすることはできなかったし、そもそもGOMESという存在すら知らなかったからだ。

 

しかしサブカル濃度の高い豪華なメンツが作り上げた伝説のフリーペーパーだったと今回の復刊のニュースで知り、必ずやゲットせねばと意気込んだ。

 

話題が話題を呼び一瞬で無くなるかもな…フリーペーパーだし…。なんて不安もあったがしかし、地元のパルコへ行ってみるとまだまだ配布中で、無事ゲットすることができた。田舎サイコー。

 

復刊したGOMESの執筆陣は(おそらく当時同様に)サブカル濃度の高い豪華なメンツで、たとえば天久聖一さんとか辛酸なめ子さんとか。ニューカマーは金井球さんとかゆっきゅんとか。コラムやら漫画やら雑多な内容で、まだ90年代が続いている感覚に勝手にさせてくれた。嗚呼、ノスタルジー。

 

 

 

追記

フリーペーパーだけどメルカリで売る人、絶対いるだろうなぁと思っていたけど、やっぱりいた。結構いた。

ホストクラブにハマった挙句、多額の借金を作って風俗嬢として働かざるを得なくなった。そんなケースがこれまで読んできた風俗嬢を追ったルポでは多くみられた。

 

しかし元風俗嬢だった13名を取材しまとめた「風俗嬢のその後」には、風俗嬢時代、稼いでも贅沢はあまりせず、ホストにもハマることなく、生活に必要な分だけ使い、あとは貯金するという堅実な女性が多かった(まだ半分しか読んでいないけれど)。

 

本書で特に印象的だったのは、真央さん(仮名・30代)。両親共に医者で裕福な家庭に思えるが、家庭環境は劣悪で、中学の頃から大人を相手に1回2万円でホテルへ行っていたという。

 

看護の専門学校を中退後、キャバクラやAV女優として働いたが、体力や年齢がものをいうこの業界に見切りをつけた。

 

そんな真央さんの転機は20代半ばの頃だった。看護の専門学校に入った時の「人の役に立つ仕事がしたい」という思いは変わらずにあった真央さんは、医者になるために大学の医学部を受験することを決意した。

 

両親が医者ということもあって、頭は元々良かったのだろう。真央さんいわく受験勉強にあたり「算数の足し算・引き算から始めた」というが、20代後半で無事、私立の医学部に合格。

 

私立の医学部はお金がかかるというが、キャバクラやAV女優時代から稼いだお金はほぼ貯金をしていたため、お金に困ることはなく、現在は医学部生として、また夫と子どもと一緒に楽しい毎日を送っているようだ。

 

ただただ賢くて強い女性だと思った。かっこいい。

口のなかがヒリヒリと痛み、味覚も感じなくなったのは二週間ほど前だった。

 

で、症状が治らず、病院に行ったのは一週間ほど前だった。

 

病院で処方された薬の効き目がよくて、毎日の飲み続けた結果、三日ほどでヒリヒリとした痛みはすっかりなくなった。がしかし味覚はまだちょっと戻っていない。

 

最初はヒリヒリが消え去ったことで、多少であるが味覚を感じるようになったことが嬉しかった。だから「元々自分の味覚はこの程度だったはず」などと思ってしまっていたが、やっぱりまだちょっと味覚は戻っていない。

 

主に舌の先っちょが戻っていない。例えばのど飴を舐めるとスースーはするが、味はしない。飴を舐めているのに、プラスチックが徐々に小さくなっているような感じだ。

 

来週あたり、また病院に行こう(クソ暑い日が続いているし、半日仕事を休んで)。

食事をしても味覚を感じず、口の中がヒリヒリと痛む。そんな症状がなかなかおさまらず、近所の病院へ行ってから数日が経った。

 

病院でもらった薬の効果もあってか、口の中のヒリヒリとした痛みは引いた。痛みが引いた分、味覚も多少は戻ってきた気もするが、完全には戻っていない。

 

今日、病院から血液検査の結果の連絡があった。亜鉛が不足しているとのことだった。処方された薬を飲み切っても、まだ味覚がないようであればまた診るという流れとなった。

 

近所のドラッグストアで亜鉛の錠剤を買った。一日一粒でよいらしいが、素人感覚では一粒は何となく頼りないというか少なすぎる気がしてしまう。果たして効果はあるだろうか。

 

さておき、味を感じながら食事ができるなんて、当たり前すぎて何のありがたみも感じなかった。今は味覚こそが人生を味わい深いものにすると痛感している。

食事をしても味覚を感じず、口の中がヒリヒリする。そんな症状が5日ほど経っても治らず、近所の病院へ行った。

 

先生いわく、ストレスや不眠が原因の可能性があるという。

 

血液検査で採血もした。検査の結果は数日後に電話で連絡があり、結果次第で今後の治療が変わってくるらしい。

 

処方箋で炎症やアレルギーを抑える薬と細菌感染を治療する薬を受け取り、帰宅。薬で完治してほしいと思う。

 

ネットで調べてみると、レバー、納豆、アーモンドなど、ミネラルの亜鉛を摂ることが良いらしい。

 

ストレスを溜めないよう人一倍鈍感になって、レバカツを食って、ぐっすり寝たいと思う。

4日ほど前から、食事をすると、口のなかの上の部分と舌が炎症を起こしたようにヒリヒリするようになった。味噌汁を食べると、豆腐が熱くてさらにヒリヒリする。ヒリヒリも辛いが、何を食べても舌に味覚を感じないことが辛い。

 

時間の問題で治ると思っていたが、数日経っても治らなかった。

 

大きな病の前兆だったらと思うと怖くて、この病気や原因をネットで調べることはしなかった。

 

のだが先日、気になって調べてみたところ、病名も原因もわからず…。なんかちょっと安心してしまった。

 

が、もうちょっと調べてみると、「口腔カンジダ症」という言葉がヒットした。「口の中が苦い」「味が分かりにくい」といった味覚障害が起こることがあり、性行為やキスなどをきっかけに発症する可能性があるとのことらしい。

 

思えばゴールデンウィークに風俗嬢とベロチューをしてしまった。しかし、2ヶ月も前のことだから関係はなさそうだ。

 

ほかの原因には、「疲労やストレスで免疫力が落ちていること」も挙げられていた。うん、多分そうだろう。そういうことにしておこう。しておきたい。

 

ちなみに「ごく軽度であれば自然治癒することもありますが、基本的には放置しても治りにくい感染症」らしい。とりあえず、今の症状が「ごく軽度」であると信じて、もう少し放っておこうと思う。

 

以上、寝ます

日記は自由でいいなと思う。これに尽きる。誰かの日記を読むのも好きだけど、書く方が楽しい。

 

phaさんの著書「書きたいことがない人のための日記入門」には、「日記を書くと文章力もつくし、人間関係も広がるし、内面を見つめ直すこともできる」「日記は人生を豊かにする」と日記のメリットが書かれているけれど、個人的には文章力がつかなくても、人間関係が広がらなくても、内面を見つめ直せなくても、人生を豊かにしなくても、日記を書くのは楽しい。純粋に楽しい。

 

これだから、かれこれ十数年もこのブログが続いているんだと思う。

 

以上、寝ます。

キムタク、矢沢永吉、古舘伊知郎、とんねるずのノリさん…(挙げていったらキリがない)、そんな第一線で活躍する業界のトップをスタイリングしてきたスタイリストの大御所、大久保篤志さんの自伝「The Stylist」を読んだ。

 

大久保さんは小学校の中学年の頃から叔父の影響で音楽やファッションに興味を持つようになったという。しかし、大久保さんの生まれ育った北海道の歌登町は真冬は氷点下30度近くまで下がるという田舎で、都会のように音楽やファッションを楽しめる場ではなかった。言わずもがな、ネットもない時代である。

 

ただ、モノや情報が少な過ぎるからこそ、大久保さんは音楽やファッションに対して妄想が止まらなかった。本書のなかで大久保さんは自身を「妄想おばけ」という。

なにもない町で育ったから、得られるわずかな情報から想像力を膨らませるという遊びをよくやっていた。音楽雑誌に載っているライブ写真やレコードのジャケットをひたすら見つめて、勝手な物語を作り上げる。ミュージシャンが着ている服のボタンひとつをずっと眺めていられた。そんなひとり遊びが大人になってからもずっと続いている感じだ。

ずっと妄想をしている、妄想大好き、妄想おばけ

 

上京を目当てに大学受験をするも落ち、浪人時代もろくに勉強もせず、結果、服飾の専門学校に入学するも続かず、運よくファッション業界に就職するがサラリーマン生活も続かない。嫌なことはしない(できない)、そんな大久保さんだったが、学生時代から面白いと思った場所には積極的に足を運び、そこでの偶然の出会いがさらなる偶然の出会いを生むことになった。トップスタイリストとして今なお現場に立ち支持されているのはセンスはもちろん、そこなんだと思った。

 

 

追記

本書のなかで綴られる、ちょっと物議を醸しそうな本音に大御所スタイリストの余裕を感じた。たとえば、ミスチルをスタイリングした際、メンバーのなかにファッションリーダーみたいなやつが大久保さんのスタイリングを嫌っていたという。大久保さん自身そもそもミスチルに興味はなく、彼らから離れたという。