1週間ほど前ですがYahoo!に、天才少年「その後の人生」という記事がありました。面白い内容です。

1人目は千葉大学へ飛び入学した方、2人目は15歳で司法試験に合格した方、3人目は6歳で童話を完成させた方、4人目は日本漢字能力検定の1級に11歳で合格した方です。

 

数学・物理の成績が優秀で飛び級入学した方は、現在はトラックドライバーをしているとのこと。

15歳で司法試験に合格した方は、ITの会社を起業したものの、現在は連絡が取れないそうです。

6歳で童話を完成させた方は、離婚問題に強い弁護士として活動されているとのこと。

 

子供の頃、飛び抜けたものを持っていても、大人になると普通の人というケースも少なくありません。

一方で、「神童」は生きにくさも感じていたのでしょう。

 

学校の成績というのは、能力の一部を測ることはできますが、それほど当てにならないものです。

 

研究職や知財など、専門性の高い仕事では基礎学力が必要ですので、ある程度成績が良いことも重要ではあります。

しかし、突き抜けた好成績を取る必要があるかというと、必要のない場合がほとんどです。

 

仕事をする上では、試験で考査できる記憶力や論理力だけではなく、真意や本質を理解するコミュニケーション能力、動じない胆力、粘り強さ、気配りなども必要です。

学校の成績を過度に評価する必要はないでしょう。

 

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180606-00055447-gendaibiz-bus_all

「神童も二十歳すぎればただの人」とはよく言われるが、天才少年が天才のまま大人になることは稀。どこかで挫折を乗り越えてきた。

 

高2で相対性理論を理解

 ちょうど20年前の'98年春、千葉県在住の高校2年生・佐藤和俊さんは、新聞各紙、テレビ各局で大々的に取り上げられた。それは日本初の「飛び級」で千葉大学工学部に入学を果たしたからである。

 佐藤さんは、千葉大学が行った物理学の分野で優秀な人材を募集する「飛び入学」選抜に合格した天才少年だった。

 いまや37歳となった佐藤さんは、現在の仕事についてこう語る。

 「トラック運転手をしています。時間は不規則で、朝の3時から走り出すこともありますね。ただ、日曜と祝日は休みなので、家族と過ごせる時間がきちんとあることがありがたいです。

 

 

 '91年、司法試験一次を史上最年少の中学3年生、15歳にして合格した三好正記さんも、当時大きな話題となった。

 三好さんは司法試験に専念するために、高校は単位制に進んだ。高校では法律ではなく、コンピュータに興味を持ったという。高校卒業後はITの会社を起業した。

 だが、三好さんが立ち上げた会社は'16年に解散していた。本誌は自宅や実家を訪ねたが、いずれも転居しており、近所住民は誰も三好さんの近況を知らなかった。彼は起業した当時のインタビューでこう答えている。

 「天才というレッテルを貼られて普通に生きていくことが大変だ」

 

 

 同じく'91年には6歳の幼稚園児・竹下龍之介さんが書いた童話『天才えりちゃん金魚を食べた』が福島正実記念SF童話大賞を受賞。竹下さんは4作の童話を発売し、累計100万部を超えた。だが、'95年以降は絵本の創作活動はしていない。

 その後の竹下さんは慶應大学法学部に進み、司法試験に合格。現在は離婚問題に強い弁護士として活動している。神童時代とは違う道で努力を実らせたのだ。

 

'04年に日本漢字能力検定の1級に当時の最年少記録である11歳、小学5年生で合格したのが、岐阜県在住の鈴木太郎さん(25歳)である。漢検1級は合格率約10%前後という難関である。

 

 そして神戸大学理学部に入学。新聞部に入った。それが転機となり、鈴木さんはいま、中日新聞で記者をしている。

 「『神童』と呼ばれたことが、自分に自信を持つきっかけとなったので、ありがたいと思っています。当時の肩書や栄誉は取材先での話のつかみとしては役立ちますが、それぐらいですよ。漢字は自信があるのですが、パソコンなので打ち間違えることはありますね(笑)」