2019.11.29に行ったシェイクスピア『ハムレット』読書会のもようです。
私も書きました。
「因果応報のにがよもぎ」
父王の幽霊が現れるネタ振りが、全編に渡ってよく効いている。残された遺恨を、正義の名のもとにハムレットが、あの手この手で、さらには、狂気をも味方にして、晴らしていくという筋書きである。
読み直して、細かい台詞のやり取りがシュールで面白かった。
日本語に翻訳しても、である。たとえば、
劇中劇において、妃が、王に愛を誓う台詞の間に、ハムレットが
『苦いぞ、苦いぞ、にがよもぎ。(P.112)』(Wormwood, wormwood.) “wormwood=ワームウッド“は、『ニガヨモギ』
第一の道化 :Why, because he was mad: he shall recover his wits there; or, if he do not, it's no great matter there. (どうしてといって、それ、気がちがったからでさあ。あそこ(イギリス)なら正気になる。もっとも癒らなくたって、あそこじゃ平気だがね。)
ハムレット :Why? (どうして)
第一の道化 :Twill, a not be seen in him there; there the men are as mad as he. (あそこなら人目はひかない、あたりがみんな気ちがいだからね。)※ twillはit will (新潮文庫P.187)
などなど。ハムレットと他の登場人物の掛け合いには、即興的なリリックとバイブスとパンチラインが、溢れていて、HIPHOPのフリースタイルダンジョンみたいな盛り上がりを、個人的には感じてしまい、興奮しながら再読した。
クローディアスは、自分の手にした権力を維持するために、王殺しを暴いたハムレットを暗殺しようと目論む。ギルデンスターンとローゼンクランツにイギリス行きを命令したり、レイアティーズを言いくるめたり、と謀略だらけである。姑息な手段で統治しようと必死だ。宰相ポローニアスも息子のレイアティーズの留学先での素行を探るために家来であるレナルドーに諜報活動を指南しているシーンがあった。(p.54)王が王なら、廷臣も延臣で、似たような諜報活動と謀略で統治している。権力の維持がこそが、政治の目的に成っている証左だ。
クローディアスの王としての権威に正統性がなくても、彼の政治力によって権力構造がガチガチになれば、誰も手の施しようがない。正義の人ハムレットは狂人扱いされて、蚊帳の外に追いやられていくだけだ。だから、彼は、カウンターとして佯狂をもって、自らが道化の華となり、弁舌と機知(ウィット)と皮肉を持って権力構造の不当を暴いていく戦略に打って出た。
ハムレットが、卓越したウィットによって周囲を混ぜ返して、混ぜか返して、全てが崩壊し、大団円を迎える。ふと、感じたことは、イギリスの議会制民主主義というのも、大半は弁舌に混ざるウィットの機微で成り立っているのではないか。そういうのが政治的成熟なのでは? ということだ。自分たちで自分たちを気ちがいだと自称できる強さだ。
それでも、先王が幽霊となってまでハムレットに囁いた遺恨と、妃が、最終シーンで自ら毒杯を煽って、ハムレットをかばったという母の愛にあふれる行為が、一対をなしていて、この家族、親族の因果応報の中に、ハムレットの正義が成就されたことが、せめてもの読後の救いであった。
政治体制は滅んだが、ハムレットの正義は、彼の死と引き換えに、苦い名誉となって報われた。
『苦いぞ苦いぞ、にがよもぎ。』 このセリフのウィットは、やっぱり、苦い。
(おわり)
読書会の模様です。