“Preserving our Freedoms, Protecting America”
2001年11月25日
アメリカ国土安全保障省が発足。
【アメリカ合衆国国土安全保障省】
(United States Department of Homeland Security、略称: DHS)
アメリカ合衆国連邦政府の行政機関の一つで、公共の安寧の保持を所掌事務とする。概ね各国の内務省に相当する行政機関である。その使命は、テロリズムの防止、国境の警備・管理、出入国管理と税関業務、サイバーセキュリティ、防災・災害対策である。
アメリカ合衆国国土安全保障省
United States Department of Homeland Security

設立年月日:2002年11月25日
管轄:アメリカ合衆国
本部所在地:アメリカ合衆国ワシントンD.C.ネブラスカ通り3801番 合同庁舎
人員:240,000人(2018年)
年間予算:516億 7,200万 ドル(2020年)
行政官:ケビン・マカリーナン(長官代行)クレア・グラディ(副長官代行)
下位組織:税関・国境警備局 (CBP)
合衆国沿岸警備隊 (USCG)
市民権・移民局 (USCIS)
国内核検知局 (DNDO)
連邦緊急事態管理庁 (FEMA)
連邦法執行訓練センター (FLETC)
移民・関税執行局 (ICE)
国家保護・プログラム総局 (NPPD)
シークレットサービス (USSS)
運輸保安庁 (TSA)
2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件を未然に防止することができなかった反省を踏まえて、テロリストの攻撃や自然災害等、あらゆる脅威から国土の安全を守るために、2002年11月に設置された、アメリカ合衆国連邦行政部の中で最も新しい省である。人員規模の点では、国防総省と退役軍人省に次いで、3番目に大きな省である。
アメリカの国土安全保障政策は、ホワイトハウスで開かれる国土安全保障会議により調整される。このほかにアメリカの国土安全保障において特に重要な役割を担う行政機関としては、保健福祉省、司法省、エネルギー省がある。各州においては、国土安全保障省 (DHS) に相当する機関として、OHS(Office of Homeland Security、国土安全保障局)が設けられている。
《経緯》
2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件では、多くの事前情報があったにもかかわらずテロ攻撃を許してしまった経験から、それまで国内の安全情報に関する情報機関が多数に分立していた事に問題点を見たアメリカ合衆国議会の主導によって提案された。ジョージ・W・ブッシュ第43代アメリカ合衆国大統領が署名し、2002年11月25日にこれら22の国内組織を統合し、総勢17-18万人(現在は20万人以上)の職員を有する巨大組織が設立された。
国家安全保障法以来の過去50年にない規模での省庁再編の結果、アメリカの行政機関の内、3番目に巨大な省として誕生した(1番目は国防総省・2番目は退役軍人省)。平時・戦時にかかわらず24時間態勢で活動し、大統領の命令に直接的に従うものとされている。
“Preserving our Freedoms, Protecting America”(我等の自由を保ち、アメリカを守る)がモットーであり、これは創設当時のブッシュ大統領の演説に因む。
《沿革》
2001年9月11日 - アメリカ同時多発テロ事件が発生。
2002年11月25日 - 国土安全保障省設立法にブッシュ大統領が署名し、設立が決定される。
2003年1月24日 - 正式に業務開始。しかし、ロサンゼルス空港などでは係官1,000人以上をわずか数か月で養成したため、日本人を含む外国人に対して誤認逮捕などが起こった。
2009年 -新型インフルエンザの大流行の際、メディアに頻繁に登場した。
《組織》
現在、DHSは主に以下の5つの部門から構成されている。
連邦・地方連絡センター
国土インフラ脅威・危険分析センター
監視・警告
国境及び化学・生物・放射能・核・強化高性能爆薬兵器の脅威分析
国土環境脅威分析
内部組織は多岐にわたるため、上院議員100名全員がこれらの組織を監督する何らかの委員会や小委員会に属しているとされている。
2004年では、DHSは大きく4つの分野に分かれており、多くの政府機関の機能を統合運用する形となっている。
国境警備および運輸保安
緊急事態への準備・対応
科学・テクノロジー
情報分析および社会基盤(インフラ)の保護
カッコ内は基となった部署のある機関を示す。以下の部署名は暫定的な訳であり、日本語訳は定まっていない。
《国境警備および運輸保安》
税関・国境警備局(CBP)
国境警備隊(司法省)
関税監査局(財務省)
移民・帰化局(司法省)
農業検査局(農務省)
市民権・移民局(USCIS):市民権、永住権、非移民ビザ・滞在・就労許可、難民、亡命申請の審査・裁定を行う、職員数は約19,000人
移民・帰化局(司法省)
移民・関税執行局(ICE):20,000人以上の職員を擁する大きな局
関税局(財務省)
移民・帰化局(司法省)
連邦航空保安局(運輸省、連邦航空局、民間航空警備部?):航空保安官(スカイマーシャル)関係
連邦防護局(FPS)(一般調達局からの分離):中央地方を問わず連邦合同庁舎の保安
動植物保健検査局(農務省)
運輸保安庁 (TSA;Transportation Security Administration)(運輸省)
シークレットサービス - 秘密検察局(財務省)
沿岸警備隊(USCG)(運輸省)
国内対策室(ODP)(司法省)
連邦法執行訓練センター(FLET)(財務省)
《緊急事態への準備・対応》
連邦緊急事態管理庁(FEMA)
国家災害医療システム(保健福祉省)
国内緊急事態支援チーム(司法省)
国内準備対策局(FBI)
原子力事故対応チーム(エネルギー省)
《科学・テクノロジー》
CBRN攻撃対策プログラム(エネルギー省)
環境計測研究所(エネルギー省)
国立生物兵器防衛分析センター(国防総省)
プラムアイランド動物検疫センター(農務省)
情報分析および社会基盤(インフラ)の保護編集
エネルギー安全保障プログラム(エネルギー省)
重要社会基盤保障局(商務省)
国家社会基盤保護センター(FBI)
連邦コンピュータ問題対応センター(一般調達局より分離)
コンピュータ緊急対応チーム(US-CERT)
国家通信システム(NCS)(国防総省)
《問題点》
米議会が意図したCIAとFBIの組織の統合は(フュージョンセンター)、CIAのカウンター・テロリズムセンターとFBIのテロリスト・スクリーニング・センターのように両者が従来の独自の権限を保有したまま別組織として行動・機能しているために、情報が集約されて分析されることはなく、組織統合が成功したとはいえない状況にある。
2003年3月に連邦緊急事態管理庁(FEMA)を、大統領直轄から国土安全保障省へ移管する組織改編が行われたが、2005年に相次いだハリケーン災害への対応を巡って、組織改編による指揮系統の混乱が災害対応の遅れに繋がったのではないかという批判が出た。これは、国土安全保障法の細部を定める実行法が統一されず、組織改編前と同様に各省庁に分散したままだったことが影響している。また、国土安全保障省では人事管理のマニュアルも出来ておらず、移籍した22の機関も実質的に分散したままであり、互いの意思疎通も出来ていなかった。
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Hollywood Blacklist
1947年11月25日
赤狩り: アメリカ映画協会のエリック・ジョンソン代表が、ハリウッド・ブラックリストに掲載された「ハリウッド・テン」の10人について共産主義者の嫌疑が晴れるまで雇用しないと声明。
【ハリウッド・ブラックリスト (Hollywood Blacklist)】
1940年代後半から1950年代中期ごろ、マッカーシズムによる赤狩り旋風が吹き荒れる中、その中心的機関であった下院非米活動委員会 (HUAC) が取り調べを行なうため、ハリウッドを中心とする娯楽産業で活躍していた映画監督、脚本家や映画俳優などの芸能人の中で人生のある時期に共産党と関連があったとして列挙した人物のことで、そのうち召還や証言を拒否して議会侮辱罪で有罪判決を受けた主要な10人をハリウッド・テン (Hollywood Ten) と呼ぶ。
大衆が注目するハリウッドのスターを巻き込んでの証言や抗議運動があり、マッカーシズム時代に最もセンセーショナルで焦点となる事件であるとともに、列挙された人物は同産業で働くことを拒否され、思想信条差別の一大事件ともなった。
《概要》
ハリウッド・ブラックリストの始まりは1930年代に遡る。この時期、共産主義はアメリカの理想主義の若者の間で人気のある思想であった。
しかしその認識は第二次世界大戦の終わり頃には大きく変化してゆく。ソヴィエト連邦が戦時中に東欧・中欧を厳しく弾圧したため、多くのアメリカ国民にとって共産主義は敵と見なされてゆく。
1947年の10月、共産主義者との疑いをかけられた人々は破壊分子と見なされ、映画産業界で働く人物のうちの何人かが、ハリウッドの労働組合への共産主義の影響を調査していた非米活動委員会によって呼び出された。
これらの脚本家・俳優・映画監督はアメリカ共産党の党員だと疑いをかけられたり、自分自身で認めていた。バッド・シュールバーグやエリア・カザンは、愛国心もしくは従わなかった場合の恐怖から、証人となった。
召喚状が発せられた10人は、アメリカ合衆国憲法修正第1条で保障された基本的人権を根拠に、証言したり召喚されたりするのを拒んだ。
ハリウッド・テンと呼ばれるこれら10人は、1948年に議会侮辱罪で有罪判決を受け、最高裁に上訴したものの成功せず、1950年に半年ないし1年の実刑を受けた。
エドワード・ドミトリクは収監後証言拒否の姿勢を翻して自らや仲間について証言を行い、早期に釈放された。
グレゴリー・ペックやヘンリー・フォンダ、バート・ランカスター(反戦主義者)らは、ハリウッド・テンに対する弾圧に断固として反対した。
一方、リチャード・ニクソン、ロナルド・レーガン、ウォルト・ディズニー、ゲイリー・クーパー、ロバート・テイラー、エリア・カザンらは赤狩りに協力した。
ハリウッド・テンは、共産主義者である、また関連があるかどうかを明らかにするため、委員会がいくつかの質問を行ったがそれを拒んだため、議会侮辱罪により出頭を命じられた。
彼らが答えるのを拒んだ質問の中には「あなたは全米脚本家協会のメンバーですか?」「現在また過去において、アメリカ共産党のメンバーでしたか?」などがあった。
しかし当時、共産党員であることは嫌われる原因ではあったにしろ、法的には何ら違法ではなかった。他の人々は弁護士の勧めにより、証言を拒否するのではなくアメリカ憲法に基づく範囲で答えることにより、罪に問われることはなかった。
このプレッシャーに呼応して、1947年11月17日、全米俳優組合は役員に対して共産主義者ではないということを誓約させた。
さらに1947年11月25日、ニューヨークのウォルドルフ=アストリア・ホテルで映画業界の重役たちの会合があり、MPAAの代表のエリック・ジョンストンはプレスに対し現在では「ウォルドルフ・ステイトメント」と呼ばれる声明を出した。
この声明によると、ハリウッド・テンは馘首もしくは停職処分となり、彼らが無罪と見なされるか、嫌疑が晴らされ、また彼らが共産主義者ではないと自身で誓わない限り再雇用されることはないというものであった。
この声明により、ハリウッド・テンと呼ばれる10人は以後、かなりの長期間アメリカの映画・テレビ業界で働くことができなくなった。
1952年、全米俳優組合は映画スタジオに対し、誰であってもアメリカ連邦議会で自身の潔白を証明できなかった人物の名前をスクリーンから削除できる権威を与えた。
ブラックリストに載せられた人物の中には、偽名や友人の名前を使って仕事をする者もいて、『ローマの休日』で1953年アカデミー脚本賞を受賞したイアン・マクレラン・ハンターが名義貸しで実はダルトン・トランボであったという例が良く知られている。
ハリウッド・テン、1947年
en:Hollywood blacklist#The Hollywood Ten
アルヴァ・ベッシー (脚本家)
ハーバート・ビーバーマン (映画監督・脚本家)
レスター・コール (脚本家)
エドワード・ドミトリク (映画監督)
リング・ラードナー・ジュニア (ジャーナリスト・脚本家)
ジョン・ハワード・ローソン (作家・脚本家)
アルバート・マルツ (作家・脚本家)
サミュエル・オーニッツ (脚本家)
エイドリアン・スコット (脚本家・プロデューサー)
ダルトン・トランボ (脚本家・映画監督)
《ブラックリストに載ったその他の人物》
これらの人々はリスト全体のごく一部であって、実際は遥かに多くの文化人が掲載された。
オーソン・ウェルズ (映画監督・俳優)
ピート・シーガー (フォークソング歌手、アメリカ共産党員)
ポール・ロブスン (黒人霊歌歌手、アメリカ共産党員)
エドワード・G・ロビンソン (俳優)
アーサー・ミラー (劇作家)
リチャード・ライト (黒人作家)
ジョセフ・ロージー (映画監督)
ジョン・ガーフィールド (俳優)
ウィル・ギア (俳優)
リー・グラント (女優)
ジョン・クロムウェル (映画監督)
バーバラ・ベル・ゲデス (女優)
ジェフ・コーリー (俳優)
アーウィン・ショー (作家)
ライオネル・スタンダー (俳優)
アーロン・コープランド (作曲家)
ジュールズ・ダッシン (映画監督)
ジェローム・チョドロフ (作家)
ドロシー・パーカー (作家)
ダシール・ハメット (作家)
オーソン・ビーン (俳優)
ロイド・ブリッジス (俳優)
ハリー・ベラフォンテ (歌手)
リリアン・ヘルマン (劇作家)
エイブラハム・ポロンスキー (脚本家、映画監督)
ジョン・ランドルフ(俳優)
マーティン・リット (映画監督・俳優)
ロバート・ロッセン (脚本家)
レオ・ペン (俳優)
ベティ・ギャレット(女優)
《題材にした作品》
『ウディ・アレンのザ・フロント(1976年)』
実際にブラックリストに載った、マーティン・リット監督が、ハリウッドの赤狩りについて描いた作品。スタッフ、出演者にブラックリストに載った者が多数参加している。
『真実の瞬間(1991年)』
『マジェスティック(2001年)』
『グッドナイト&グッドラック(2005年)』
『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男(2015年)』
『赤狩り THE RED RAT IN HOLLYWOOD』 - 山本おさむによる漫画
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