hiroチャンのブログ -102ページ目

とどかぬ想い・・・。



出逢いは風の中
恋に落ちたあの日から

気づかぬうちに心は
あなたを求めてた

泣かないで恋心よ
願いが叶うなら

涙の河を越えて
すべてを忘れたい

せつない片想い
あなたは気づかない

あなたの背中見つめ
愛の言葉ささやけば

届かぬ想いが胸を
駆け抜けてくだけ

哀しい程の星空に
天使の声がする

あからめきれぬ恋でも
夢は見ていたいのよ

せつない片想い
あなたは気づかない

恋人達はいつか
心傷つくたび

愛する意味を知る
涙・・・やさしく

その手に確かな
夢をつかんで

白い季節の風に吹かれ
寒い冬がやって来る

激しく燃える恋の炎は
誰にも消せないの

せつない片想い
あなたは気づかない

せつない片想い
あなたは気づかない



(気づかないふりするなぁ!私はアナタに恋をしました。)







(振り向けニャー!!乙女が話しをしている時には相手の顔を見ろニャ)





(私は、今からアナタに告白します。)


.

あなたの油断が、種火から炎となり災害へとなる・・・。

 

【糸魚川市大規模火災】
新潟県糸魚川市において2016年(平成28年)12月22日昼前に発生し、翌日の夕方の鎮火まで約30時間続いた火災。焼損範囲は、同市大町および本町の一帯、すなわち糸魚川駅北側から日本海沿岸まで南北方向に大きく拡がった。

《糸魚川市大規模火災》
現場:新潟県糸魚川市の糸魚川駅北側の一部地域
発生日:2016年12月22日
午前10時20分(日本標準時)
類焼面積:約40,000㎡
原因:大型コンロの消し忘れ、強風により広範囲に延焼拡大した模様
被害建築物:147棟
負傷者:17人
関与者:中華料理店

市は糸魚川市駅北大火と呼んでいる。
新潟県により災害救助法を適用された災害であり、また、被災者生活再建支援法(風害による)を火災では初めて適用された。

2016年12月22日10時20分頃、新潟県糸魚川市大町1丁目の中華料理店にて、大型こんろの消し忘れによって火災が発生した。
焼損した一帯は、市街地中心部の糸魚川駅から北側に位置している。そこは、主に昭和初期に建造された雁木造の商店街や木造住宅の密集地域であったことに加えて、『焼山おろし』・『姫川おろし』・『だし風』・『じもん風』等と呼ばれる強い南風により北の日本海方向に延焼した。
当初、糸魚川市消防本部から12隊(消火隊9・救急隊等3)が出動した。しかし、火勢の拡大から近隣の地方公共団体へ応援を要請、県外を含む31隊(消火隊25・他6)など43隊が投入され、地元の糸魚川市消防団も50隊が活動を行うこととなった。
また、糸魚川地区生コン組合にミキサー車による水の搬送要請、国土交通省北陸地方整備局に排水ポンプ車等の支援要請を行う。
さらに、新潟県は糸魚川市に対して災害救助法の適用を決めると共に、陸上自衛隊第12旅団(相馬原駐屯地)に対して災害派遣を要請し、第2普通科連隊(高田駐屯地)の155人が翌日13時30分の撤収要請まで、捜索救助活動に当たった。

現地では、363世帯の744人に避難勧告が出された。

折柄の強風による飛び火で火点が分散したことに加えて、応援による多数の消防車の放水で消火用水が足りなくなる等で消火に手間取り、火元から海岸に向かっての147棟(全焼120棟・半焼5棟・部分焼22棟。床面積30,412㎡)を含む約40,000㎡が焼損した。
その結果、消火作業は、同日20時50分の鎮圧まで約10時間半に亘って、翌日16時30分の鎮火まで約30時間を要した。
人的被害は、消防団員15名を含めて、中等症1名と軽症16名の計17名であるが、死者は発生しなかった。その一方で、1650年創業で新潟県最古の酒蔵として知られている加賀の井酒造の酒蔵をはじめとして、相馬御風に所縁の品を所蔵し過去の糸魚川での大火を免れて195年に亘って存続してきた割烹『鶴来家』や、北大路魯山人、美空ひばり等の多くの著名人が宿泊したことで知られる旅館(休業)等が焼失した。
本火災は、多発的に出火する地震や津波の二次災害を除いて、単一出火の延焼による火災の規模としては、日本国内で過去20年間で最大となった。すなわち、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)および東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)に伴って発生した火災を除けば、2003年に栃木県黒磯市(現・那須塩原市)で発生したブリヂストン栃木工場火災以来の、家屋を巻き込んだものとしては1976年の酒田大火以来の大火となった。

本火災が発生した当日は、日本海側の低気圧に南風が吹き込み、糸魚川市の気象観測点で出火推定時刻の午前10時20分に最大風速13.9m/sを、糸魚川市消防本部では午前11時40分に最大瞬間風速27.2m/sをそれぞれ記録した。 これによって、温かい南風が山を越えて日本海側に吹き降ろすと同時に空気を乾燥させ気温が上がるフェーン現象が起きており、出火当時には気象庁から強風注意報が発表されていた。また、この気圧配置では広い範囲で大気の状態が不安定になり、高知県南国市では突風が発生した。


大火の被害総額は糸魚川市消防本部の集計によると10億7724万6000円となった。


災害救助法が適用され、焼け出された市民への公的支援を行うことになった糸魚川市にはふるさと納税が急増し、その寄付額は本災害発生から3日間で約5500万円に上り、2015年度の総額(約4100万円)を超えた。
本来ならば、民間の所有地における火災では焼損した建物や瓦礫の撤去費用は原則として所有者の負担である。しかし、同市は、早期の復旧・復興を目的に、その費用の大部分を負担して、被災した世帯毎に見舞金の給付も行うこととした。
それを受けて、同市議会は2016年12月27日にこれらに必要な補正予算案及び条例案を全会一致で可決した。さらに、自由民主党幹事長の二階俊博氏は12月31日糸魚川市役所において県知事や市長に対し、がれき処理の自己負担をなくす政府の方針を伝えている。
さらに、同市は、民間企業の社宅と民間アパートの借り上げや空室となっている公営住宅の確保で、必要充分な戸数の住宅を被災者向けに用意した。
なお、出火元となった店舗の店主は新聞折り込みで詫び状を配布し謝罪してきたが、2017年6月26日に新潟県警糸魚川署を通じて新潟地検高田支部へ書類送検し、同年7月31日に在宅起訴、同年9月27日に新潟地裁高田支部にて初公判が開かれ、禁固3年の求刑で即日結審し、11月15日に新潟地裁高田支部にて禁固3年・執行猶予5年の有罪判決が元店主に対して言い渡された。
建物が焼失した割烹『鶴来家』は、観光列車『えちごトキめきリゾート雪月花』で運行当初から提供されている料理を担当しており、保健所の許可の下に、2016年12月28日からプレハブ小屋で準備を始め、火災後最初となる2017年1月8日の運行から弁当の提供を再開した。
新潟県は12月30日、被災者生活再建支援法に定める自然災害に該当するとして、同法による支援を行うと発表した。強風による大規模火災に同法が適用されるのは初めてである。
糸魚川市は2017年8月22日、5カ年の「糸魚川駅北復興まちづくり計画」を公表した。被災地域4haを中心とする17haが対象。大火の教訓伝承などのため新設する「防災とにぎわいの拠点」と、再建を計画する加賀の井酒造、鶴来家を結ぶ三角形のエリアを核とする。街並みは雁木造など伝統や住民・観光客にとっての魅力を重視し、日本海岸や商店街などとの回遊を促す。共同住宅を整備して人口の維持を図るとともに、海水も活用して防火・消火力を高める。
また糸魚川市はGoogle ストリートビューにより、被災地の在りし日の光景や復興状況のインターネットによる発信を行っている。

《時系列》
2016年(平成28年)12月22日
10時20分頃 - 出火
10時28分 - 消防への通報
10時35分 - 消防が現場到着
12時08分 - 上越地域消防組合消防本部及び新川地域消防組合消防本部に応援要請
12時20分 - 本町及び大町1丁目に避難勧告
12時47分 - 糸魚川地区生コン組合に水の搬送要請、国土交通省北陸地方整備局へ排水ポンプ車等の支援要請
13時00分 - 糸魚川市が『糸魚川市駅北大火災害対策本部』を設置し新潟県が『新潟県災害対策本部』を設置する
13時10分 - 新潟県広域消防応援要請
13時59分 - 新潟県が自衛隊の災害派遣を要請する
15時45分 - 北アルプス広域消防本部に応援要請
16時30分 - 大町2丁目に避難勧告
20時50分 - 鎮圧(延焼の懸念が潰える)
12月23日
16時30分 - 鎮火
12月24日
16時00分 - 避難勧告の解除

.

追跡 - 3 -

追跡 - 3 -
22時00分、低速で逃走する不審船に対し、「いなさ」が距離を取って監視し、右舷側から「あまみ」、左舷側から「きりしま」がサーチライトを照射しながら不審船を挟撃、海上保安官が64式7.62mm小銃を構えて強行接舷を試みた。その際、不審船に乗っていた複数の乗組員がZPU-2対空機関砲、PK系軽機関銃およびAKS-74自動小銃による銃撃を巡視船に対して開始した。
この銃撃を受けた巡視船は、サーチライトを消灯し、全速力で退避しながら20mm機関砲による正当防衛射撃を行なった。「あまみ」の海上保安官は、あらかじめ不測の事態に備えて装備していた64式7.62mm小銃による正当防衛射撃を直ちに行った。ZPU-2が使用されることはなかったが、乗組員は自動小銃を用いて執拗な銃撃を繰り返した上、対戦車擲弾発射器RPG-7を用いて、2発の対戦車擲弾(ロケット弾)を発射した。しかし、波で激しく船体が揺れており、視界不良もあって巡視船に命中することはなかった。このロケット弾発射の様子は、上空を飛んでいた海上保安庁機の採証装置(赤外線カメラ)に映像として記録された。「あまみ」から撮影していたビデオ映像にも、画面は真っ暗だったが、飛翔体が「あまみ」の上を通過した音が記録されており、これはロケット弾が通過した音と推定されている。防弾の施されていない「あまみ」は、銃撃戦による損害が大きく、船橋を100発以上の銃弾に貫通され、3名の負傷者を出している。また、射撃を受けた際に「あまみ」は「後進いっぱい」を命じたため、船体後部のウェルドック内の搭載艇が波浪で押しつぶされるなどの損害も発生している。
不審船の乗組員は、視界不良の中で巡視船が放つ曳光弾の光を頼りに自動小銃で攻撃した。日向灘不審船事件を契機に誕生し、船橋部分が防弾化されていた「きりしま」「いなさ」の損害は軽微であったが、船橋だけではなく主機(エンジン)にも被弾した「あまみ」は、2基ある主機のうち1基が破壊された。
銃撃戦が長引いた理由としては、海上保安庁は警察機関の一つであり、該船(取締り対象の船)の撃沈や乗員の殺傷による無力化ではなく拿捕・検挙を目的とするため、20ミリ機関砲が持つ本来の3,000発/分の発射速度を500発/分に制限しており、弾薬も、警告射撃の際に被疑者に光で警告する効果を期待して曳光弾を保有しているが、炸薬を充填した榴弾を保有していないことがあげられた。

22時13分、不審船は巡視船と銃撃戦の末、突如爆発、炎上を起こして東シナ海沖の中国EEZ内で沈没した(爆発による火柱が吹き上がるのと同時に沈没したことから、轟沈とも表現される)。不審船が自爆する瞬間まで、乗組員は巡視船に向けて自動小銃を発砲し続けた様子が映像に記録されている。沈没の直後、弾薬の補給を終えた「みずき」も現場に戻ってきた。
本件後に行われた公安当局の解析で、爆発の直前に不審船から北朝鮮本国に「党よ、この子は永遠にあなたの忠臣になろう」「万歳」とのメッセージを含んだ電波が発信されたことが判明しており、自爆したものと推測された。

23時45分、海上保安庁の巡視船と航空機は、乗組員6人が漂流しているのを発見したが、自爆攻撃や抵抗の恐れがあったため、救助行為を行えなかった。「みずき」船長の証言では、海上保安官が小銃を向けて監視しながら救助用の浮き輪を投げたが、乗組員達は救助を拒否して沈んでいったという。
結局、乗組員4名が遺体となって回収された。遺体はDNA鑑定の結果、「朝鮮人又は韓国人である可能性が極めて高い」と判断された。

自由民主党所属(京都府内選挙区選出)の国会議員で、北朝鮮や中華人民共和国に忖度した姿勢を見せることが多かった某議員や、一部の左派マスメディアの間では、北朝鮮に対する「配慮」と、沈没地点が中華人民共和国のEEZ内であったことから、沈没船体引き上げに対する反対意見があった。
しかし、小泉政権は断固引き上げを前提として中華人民共和国の中国共産党政府と交渉を重ね、最終的に2002年6月18日に口上書が交わされ、日中外相会談にて確認された。これを受け、海上保安庁は捜査の一環として沈没した不審船の引き上げを実行した。なお、自国EEZ内での引き上げ作業や捜査を許可した中華人民共和国側に対し、漁業補償の意も込め日本国政府から1億5,000万円の「捜査協力金」が支払われた。
沈没した不審船の船体および海底に散らばった遺留品は、2002年9月11日に海中より回収され、鹿児島県の港に運び込まれ、鑑識による分析が行われた。その結果、「船は北朝鮮の工作船であり、遺体で回収された乗組員は北朝鮮の工作員である」と断定された。遺体は被疑者としての鑑定後、北朝鮮への返還が検討されたものの、北朝鮮政府および朝鮮総連が無関係の態度を貫いたことから、行旅死亡人として扱われ、火葬された上で鹿児島市の無縁仏草牟田墓地内の無縁者納骨堂に葬られた。事件としては漁業法違反と殺人未遂罪で鹿児島地検に書類送致された後に、鹿児島地検は被疑者死亡による不起訴処分としている。
船体の引き上げによって得られた成果の一つには、工作船の弱点に関する発見があった。海上保安大学校では、研究チームが船体を検分して精密な模型を制作し、様々な実験を行なったところ、波の高さが3メートルを超えた場合、不審船の速力は大幅に低下することが判明した。これにより、事件当時、工作船が悪天候の中を低速で逃走した謎は解明された。

警察による捜査の結果、この事件で沈没した工作船は、3年前の1998年に南西諸島沖の東シナ海で日本の暴力団に覚醒剤を売り渡していた船だったことが余罪として発覚した。この工作船から覚醒剤を受け取った暴力団員らは、後日高知県窪川町の海岸に覚醒剤の陸揚げを謀った「高知県沖覚醒剤密輸事件」を引き起こし、検挙された。
押収された遺留品は、日本国内用の携帯電話(J-PHONEプリペイド式携帯電話「J-T03」)、GPSプロッター、ポケコン、トランシーバー、アイコムのオールモードアマチュア無線機(以上は日本製)、鹿児島県枕崎市沿岸の詳細な地図、金日成バッジなどであった。当時は、携帯電話の契約者の身元を確認するシステムが甘く、契約者の特定には至らなかったが、岐阜県内の販売店で購入されたものであった。そのメモリーには、日本国内にある反社会的勢力(指定暴力団)の密接交際者で、身分を偽るため韓国民団に偽装在籍していた特別永住者の在日韓国人男性「U」との数十回におよぶ通話記録が残っていた。


.