踊る大捜査線N.E.W.メトロポリスを駆け抜けろ!を観た感想について | 1971年からの地図

1971年からの地図

見たもの聞いたもの感じたものについて、とりあえずざっくりと説明するブログです。守備範囲はやや広め。

踊る大捜査線が始まったのは1997年、ほぼ30年前の話だ。当時の私はぺえぺえの社会人2年目で当時からあまりドラマというものを観る方ではなかったので、多分初のコンタクトは再放送だかレンタルだったかだと思う。


どことなくパトレイバーの第2小隊に似た雰囲気をもったそのお仕事ドラマは、シリアスありコメディありでとても爽快感があり、あれくらい仕事に熱量を注げたら良いよね、と自分自身とはちょっと距離を置きながらも好きなドラマのひとつとなって、その後公開された劇場版も実際に映画館に行って観るくらいにいろいろと気にしていたコンテンツだった。


ところがある時期を境にいろいろ大人の事情が出てきたようで、新作の制作がパタっと止まった後にようやく再開されたと思えば、求めていたのはこういうのではないんだけどね、と感じるような内容でいつしかその期待感も無くしていったところからの今度の新作ということで、上映直後からちらほらネットで聞こえてくる不満の声に少しビビりながらも隣町の映画館まで観に行くことにした。



ちなみに私にとって面白い映画かどうかの判断基準は、上映時間が長く感じたかどうか、なのだけれどこの作品はぶっちゃけ短く感じた、ので面白い映画だったというのが私の評価だ。


確かにディテールは甘々でツッコミどころが無かったのかと言えばそれはそれでもう沢山すぎるほどあるのだけれど、あの頃から随分と色褪せてしまったモッズコートを変わらず羽織って、中年どころか定年間近なのに走り続ける青島俊作の姿を観ていると、もうそんな細かいことは気にせず楽しんでいこうぜ、という気になったというのが正直なところだ。


欲を言えばトップガンマーベリックのような青島物語の集大成が見たかったのだけれど、TVシリーズスタートから何せ30年も経ってるわけで、同じだけ年をとった自分自身を鑑みると青島クンだけにそんな期待を負わせるのは図々しくかつ酷な話で、むしろ中高年らしくアソコが痛いココが痛いと言いながらも走り続ける青島刑事の姿はアレはアレで格好良かったと思う。


その一方で我々中高年の感覚というか、あの時はあれで良きと感じていた感性はすでに世の本線から外れつつあるんだよな、ということも脚本、構成、俳優陣のセリフ、立ち振る舞いのそこかしこから感じ取られてしまい、何となくもの悲しさというか寂寥感というか、でもこれって自分らより上の世代も漏れなく通ってきた道なんだわな、と思わぬ方向から現実を突きつけられてしまったのは何とも言えない感覚だった。


後進の道を切り開くために、礎となることを選ぶのか。それとも生涯現役を貫くべくあくまで先頭を突っ走り続けるのか。青島刑事のように格好良くできれば良いのだろうけど、自分にそんな立ち回りは果たしてできるのだろうか。


まあ、とりあえず最低限の愛嬌だけは忘れず生きていこうやと思った次第。理想はスリーアミーゴズだろうねえ。


アレですよアレ。