一般の外来中です。患者さんが30名ほど診察を待っています。

 

午前11時頃、85歳の患者さんが胸痛を訴えて歩いて外来に来院されました。看護師は外来で患者さんの訴えを聞いて緊急性を疑ったときは医者に先に診察するかを尋ねます。他の患者さんと同様に待合室で待たせるわけにはいかないからです。「胸痛」という訴えは緊急性のある病気の可能性があるので「先に検査しますか?」と聞かれました。当院には救急医はいません。自分で対応するしかありません。

 

「先にバイタルサインを教えてください。それから歩行させないように車いすかストレッチャーで移動させてください。」と指示を出しました。朝7時から症状が出現して11時に来院されました。

 

意識は清明です。しかし血圧220mmHgです。人間の体は危機的状況になると血圧上昇ホルモンを分泌するので危機的状況を疑いました。「ベッドで寝かせて点滴ルート確保してください。モニターも装着してください」と指示します。まずは急変する可能性を考えて対応します。まだ診断は確定していませんが心筋梗塞か動脈解離を疑いました。

 

現在も症状が持続しています。「採血ができれば次に心電図検査をベッドサイドでしてください」と指示しました。心電図では心筋梗塞を示唆する異常はありません。次にベッドサイドで心エコーをおこないました。心嚢水が溜まっていないか? 心臓の動きはどうか?を確認するためです。心筋梗塞にたいする心エコー検査や心電図検査は特異度が高いですが感度が低いことを知っておかなければいけません。

 

血圧が高いので検査結果が出る前に心筋梗塞の診断的治療としてニトロールスプレーを使用しました。ニトロ製剤の禁忌は「右室の心筋梗塞」「シデナフィル(バイアグラ)使用」「血圧90mmHg以下」ですがこの患者さんにはいずれもありませんでした。

 

ニトロを使用すると血圧が160mmHg程度に低下して、本人から「少し症状がよくなった」と言われました。ニトロ舌下製剤の持続は数分です。持続的に血圧を下げようとニカルジピンの注射を準備するように看護師さんに指示しました。診察を開始してからここまで30分程度です。

 

しばらくすると看護師さんから「患者さんが意識を失いました」と。即座に鼠径部で脈拍を確認します。脈が触れません。呼吸も確認しましたが死戦期呼吸をしています。院内での患者さんの急変です。モニター心電図は波形があります。Pulseless electrical activity (PEA)と判断しました。急変時対応はACLS(advanced cardiac life support)に従って行われます。「救急カートを持ってきて心肺蘇生開始。ルートからエピネフリン1アンプルを注射して記録を開始してください。アンビューバッグをください」と指示します。

 

家族を電話で呼び出します。その後挿管し心肺蘇生を45分継続しましたが心拍は一度も再開しませんでした。瞳孔は散大しており家族の到着を待って死亡確認となりました。御家族は茫然とされています。「朝は元気だったのに・・・」 患者さんが歩いて来院して1時間25分ほどです。

 

朝7時の段階で救急車を呼んでいれば結果が違ったかもしれません。これだけ急激に変化する病気は血管が詰まる・破れる病気を考えます。

 

残念ながら蘇生できませんでした。