87歳女性 生活活動度:車いす 認知症:中等度

 

上記の患者さんが傾眠傾向で食事摂取ができないとのことで入院となりました。入院後血清ナトリウムが117meq/Lと低値でした。 ナトリウムの正常値は135-145meq/Lです。

経験上120meq/Lより低下すると症状が出現します。低ナトリウムは意識障害の原因となります。

 

既往に「弁膜症による心不全」があります。入院時の診察で下肢に浮腫があり、頸静脈が拡張しています。

 

心エコーでは心拡大著明でかなり心臓の動きが悪くなっています。しかし元々車いすの生活ですので心臓に負担がかかる生活をしていないため呼吸苦などの自覚症状はありません。

 

実は「心不全」は低ナトリウム血症の原因となります。この場合、体の中のナトリウム量に比して水分量が増加しているため低ナトリウム血症となるのです。

 

この場合の治療薬はトルバプタン(商品名:サムスカ)です。しかし問題は本当に原因が心不全だけで良いのか?ということです。

 

高齢者では「抗利尿ホルモン異常分泌による低ナトリウム」(SIADH)という病態が起こりえます。若い方では抗精神科薬などで起こりえますがこの患者さんはそのような薬を服用していません。診断は尿と血清の浸透圧や尿中のナトリウム濃度を測定します。

 

更に問題なのは検査でSIADHパターンの結果を示す他の病気に「中枢性塩喪失」「腎性塩喪失」「ミネラルコルチコイド反応性低ナトリウム血症(MRHE)」という病態が含まれることです。検査でこれらを分けるのは実はかなり困難です。

 

また治療法も異なります。SIADHの治療は水分制限ですが、MRHEでは「フルドロコルチゾン」という薬を使用します。治療してみて良くなるかどうか(診断的治療)で判断するしかありません。

 

一般的に医者が病気のことを学ぶとき、「患者さんの体の中に一つの病気しかない」という前提で学びます。しかし実際の臨床、特に高齢者医療では体の中に二つの病気が同時に存在することがあるのです。そのため検査結果が歪められ、教科書通りの検査結果を示しません。また認知症のある高齢者では病歴聴取を詳細に聞き出すことができないので誤診率が高くなります。

 

今回の患者さんではまず心不全の治療をしてみてナトリウムが正常化するかで判断します。

心不全が改善しても低ナトリウム血症がのこるなら他の病気の存在を考えます。

 

高齢者医療は教科書通りにはいきません。