脳腫瘍と闘うパパと家族

脳腫瘍と闘うパパと家族

記録用✍︎闘病日記
2024.3~
脳幹グリオーマ(びまん性橋神経膠腫)と闘うパパと家族(パパ・ママ43歳
子供3人)
病気と闘うため情報がほしくて始めました。

先週大学病院を受診しMRIを撮りました。 

想像していた通り腫瘍は大きくなっていました。 

やれることとしたらアバスチン。 

今のパパの状態でも何とかやれますよと主治医は言ってくれました。 

時間をかけてどうするか一緒に考えてくれ、話し合いの結果アバスチンはもう投与はしないことにしました。余命についても2年ぶりに聞きました。 

あと数ヶ月、食事がとれなくなったら1~2ヶ月と思ってくださいと言われました。 

アバスチンを投与しないとなれば、大学病院に通う意味は無くなります。 

採血やMRIなどの検査をする必要はもうありません。通院もだいぶ大変になってきていたので、いずれこういう日が来ることも覚悟していたし、パパとも話していました。 

ただ、あと1~2回ぐらいは来れると思っていたし、主治医への最後の挨拶は二人で考えてきちんとお礼を言いたいなと思っていたのですが、急な卒業になってしまいました。 

アバスチンの投与についてはパパは本当にずっと最後まで迷っていました。 

どちらかと言えば私はアバスチンの効果をあまり感じていなかったし、大学病院への通院にも限界を感じていました。

もう家でゆっくり過ごして訪問医に診てもらった方が時間を有意義に使えるんじゃないかと思っていました。なので、私の方が大学病院を卒業する事に対してパパよりは納得がいったはずなのに、診察室で涙が次から次へと出てきてしまいました。 

この2年間の様々な想い、治療法がない事への悔しさ、残り数ヶ月しか時間のない事への悲しみ、本当に色んな感情の涙でした。 

でも、その一方でパパは涙を流すこともなくただ頷いていました。 

主治医はこの2年間私達の希望にいつも最大限寄り添ってくれました。挫けそうな時は励ましてくれ前向きな言葉をくれた事、いつも優しくて紳士的だった事、本当に全てに感謝しかありません。 

沢山伝えたい事はあったのに、泣いてしまいありがとうございましたの一言しか言えませんでした。 

主治医の最後の言葉はまたどこかで会ったらよろしくお願いしますね。でした。またいつかお会いできたらいいなと思います。

顔みたらまた泣いちゃいそうだけど。 


家に帰ってきてからもパパは泣いたり悲観的な事を言ったりすることはありませんでした。 

動けるうちにやりたい事はないか聞くと、お寺に行ってお墓を決めたい言いました。 

病気になる前はお墓を子供達に残しても管理するのが重荷になってしまうと悪いので永代供養もいいかなと二人で話していました。 

いざ、病気になってもう一度パパとお墓の話しをしました。実家のお墓には入らないとパパは決めていたので、自分達の墓を建てるかどうするかパパと悩みました。私が生きてるうちはいいけど、子供達が大変になってしまうかなと思い子供達にも一応聞いてみました。 今の時代は結婚するか分からないし、独身ならみんなでパパのお墓に入るから建てていいよと軽く言われました宇宙人くん

パパは自分でお墓やお寺を探してくれていたので話しを聞けるように予約をとって欲しいと言われすぐに連絡し一緒に行ってきました。 

何かあると悪いので仲間にも連絡し付き添ってもらい、住職から色んなお話しを聞くことができました。パパはそこのお寺でお墓も建てる事に決めました。 

葬儀会社の事前登録もするようにパパに言われ、それもしました。 

これで心配事が減ったよ、よかったとパパに言われました。自分がいなくなった後に私と子供達が困らないようにといつも考えてくれています。今回のお墓や葬儀会社を決める事はパパがいなくなった後に私がやればいい事だし、生きているうちに決める事は精神的な負担になるような気もしましたが、パパの希望で進めることで本人が満足できたならよかったのかなと思います。 

ただ、色んな事を決めた後にパパの状態が悪化してしまい立てなくなりました。 体が揺れてしまい車椅子に座っていることも難しくなりました。 

シャワーを浴びることもトイレに行くことも出来なくなってしまいました。私にもっと腕力があって、うまく介助できていればまだやれたかもしれないと思ってしまうこともありますが、パパはそんな事ないよと言ってくれているのでまだ救われています。 

意識はまだしっかりあります。訪問入浴を週2回に増やしました。パパはオムツには尿は出せないので今は私が導尿をしています。今後はもう管を留置したほうがいいのかなと思っています。 

食べる量は変わっていませんが、飲む量は少し減りました。点滴は週2回ですが増やすか悩んでいます。

痰の吸引もしているし、点滴の量は痰や尿量を報告しながら訪問医と相談が必要そうです。


子供達にも先週パパの状態を伝えました。 

春休みはパパも頑張って生きるけど、夏休みにはもういないかもしれない。だから、今のうちにパパに話したいことを話して、触れるだけ触って、このまま最期まで家でパパを見守ろうと話しました。 

これからパパが居なくなる事を子供達がそれぞれどう受け止めているかは全ては把握しきれていませんが、私なりにこの2年間パパの病気について話をしてきましたし、家で徐々に弱っていく姿やそれをケアする私の姿を見せてきました。 

パパがいなくなった後の子供達が感じる悲しみはどうやっても減らすことは出来ないと私は思っています。私自身もそうです。どんな対策をとってもパパがいなくなった後に悲しまないなんて無理です。 

だけど、私も子供達も後悔が少しでもないように準備をするのが私の役目だと思っています。 


これからの時間は今まで以上にゆったり穏やかにパパと過ごしたいと思います。

パパは先週はWBCをみて、今は高校野球をみています!


ホワイトデーにパパからマカロンをもらいましたピンクマカロン

お取り寄せしてくれました花

周りの方からのほっこりの贈り物愛



長男が中学を卒業しましたが、その話しはまた次回ゆっくり!