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学校で2年間ヘアスタイリストの基礎をやって、そのあと1年間ヘアとファッションの全般を学ぶ研究生として勉強したあと、俺は人気の美容室『Blue』でアシスタントとして働くことになった。
『Blue』は、意外とお洒落小僧だった俺がずっと憧れてた店で、美容師になろうって決めた時、頭にパッと浮かんだのが、『Blue』で颯爽と仕事をしている自分の姿だった。
実際にはとても敷居が高くて、一度も行ったことはなかったんだけど。
だから、夢が実現したワケで。
採用された時には、こんなんでいいのかなって、今なら空でも飛べんじゃないかって、それくらい幸せだった。
俺が美容師になろうかなって思ったきっかけは、高校ン時、渋谷で声掛けられて何度か読モっていうのをやったことがあって、その時着てた服も含めて全部をスタイリングしてくれた人のワザがすごくてカッコよくて印象に残ってたこと。
あと、美容院やってる叔父さんの影響。
子供のころから母ちゃんと一緒に通ってて、ハサミを素早く的確に操る指や、あっという間にキレイになってく母ちゃん、変わってく鏡の中の自分、そんなのが魔法みたいですごく好きだったんだ。
時には、かずを相手に美容師のマネっこしたりして。
どんなんでも似合うからめっちゃ楽しくて、かずが飽きて逃げ出すまでしつこくやってた。
で、選んだ学校は、『Blue』のオーナーが卒業したトコ。
まだ30代半ばで3店舗の超人気店を経営してて、そのくせ、本人はあまり表に出ないであくまで裏方として動いてる。
実をいうと、顔とかあまりよく分かんないんだ。
『美容界の若きカリスマ』とか『美の異端者』とか言われてるその人の在学中のエピソードは、講師の先生や先輩から散々聞かされた。
学生の頃からアイドルのヘアメイクを任されたり、大手劇団のスタイリストとして採用されたりてしたらしい。なのに、急に20代半ばに全てを置いて単独でハリウッドに修行に行って特殊メイクにのめり込んだんだ。そして、数年のうちに有名な映画の製作に携わるまでになった。
で、30歳で帰国してすぐに『Blue』の第一号店をオープンし、あっという間に大人気店にした…。
上げればきりがない。
まるで、スーパーサイヤ人並みのすごい人だ。
だから、履歴書の志望動機の欄に、
『神様みたいな人に少しでも近づきたいです』
と書いた。
運よく最終選考まで残ることが出来て、雲の上の人にようやく会えるとワクワクしながら面接会場の廊下で順番を待った。
『当日は、自身でコーディネートした服で来場してください』 って指示があって、頑張って私服選んだけど、正解なんて分かんないから、リクルートスーツの方がよっぽど楽だ。
ああ、心臓が爆発しそう…。
「次の方、どうぞ」
「はっ、はいっ!」
3人いた最後に呼ばれて面接会場に入る。
おっと!
緊張しすぎてコケそうになった。
あ、右手と右足、一緒に出てるし…。
やべ、やべ、落ち着け。
「相葉雅紀です。どうぞよろしくお願いします!」
ギシギシの緊張を吹き飛ばすように思いっ切り元気よく名乗って、90度に頭を下げた。
「どうぞお座りください」
「はい!」
体を起こして椅子に座り、それからようやく正面に目を向ける。
正面に3人の試験官、あと、視界に入るギリギリの右側にスタッフみたいなラフな服装の人が1人。
服のセンスとかをチェックしてるのかもしれない。
ドキドキしながら、写真や映像でしか見たことのない伝説のオーナーさんを探そうと目線をソロソロ動かしてたら、右側のカッチリスーツの人が口を開いた。
「えと、君、相葉雅紀くんは、オーナーの方から指示がありまして、ぜひ、我がサロンで働いていただきたいとのことです。ですので、この場でなんですが、採用ということで考えておいてください」
「……は?」
たっぷり5秒してから間抜けな声が漏れた。
多分、相当なアホヅラだったんだろう。
その真面目そうな面接官の人(長机に置かれたプレートには『総務部長 櫻井翔』と書いてあった)が吹き出した。
「ブフッ、君は採用です。だったら最初からそう言えってことなんだけど、君がウチを受けるとは限らないでしょう? 君の意志を尊重したかったので、今日まで様子を見させていただいてたんです」
…え? 今、何て…?
「待って、なに?どういうこと?」
驚きのあまり、つい、タメ口になってしまった。
「ですから、ウチのオーナーは君が学生の頃からそのセンスに惹かれていて、ぜひウチに入っていただき、君の成長に手を貸したいと申しております」
「……… ( ゚ ◇ ゚ ;) …」
「驚かせて申し訳ありません。オーナーはかなり気紛れでマイペースで、子供みたいなところがあるんですよ。でも、ご存知とは思いますが、腕だけは確かです。ぜひ、彼の技術を間近で見て学んでいただき、ゆくゆくは彼の右腕になっていただけたらと…」
は? 学生の、頃?
「ま、待ってください。ってことは、俺…じゃなくて、私はそのオーナーさんに会った事…」
「はい、もちろんです。多分、4、5回は会っておられるかと」
「えええーーーっ!!」
緊張マックスで心臓がバクバクしすぎて息が出来なくなった。
体から力が抜けて椅子からズルリと滑り落ちそうになる。
「あらら!」
櫻井さんが走り寄って支えてくれた。
え?え? 待って、どういうこと? 頭がパルプンテなんだけど。
「ほらぁー、こうなるって思ってたよ。智くん! 笑いごとじゃないよ!」
遠くに聞こえる櫻井さんの怒った声と、ははは、という笑い声。
智…くん?
あ、オーナー、『大野智』って名前だっけ…、え?いたの?
足音がすぐそばで止まり、人の気配がした。
フワリと爽やかな香りがする。
「ふふ、驚かせてごめんね。これからよろしく」
優しい声がして頭をポンとされた。
「じゃ、翔くん、あと頼んだよ」
そして、香りと足音が遠ざかり、ドアが開いて閉まる音。
「ったく、マイペースにもほどがあるよ…。君、大丈夫?」
櫻井さんに頬をペチペチ叩かれて、ようやく体を起こすことが出来た。
「だっ、大丈夫です。すみません」
「いや、こちらこそ申し訳ない。君たちの将来がかかってる大事なことなのに、こんなこと…」
ドアの音がした方を見れば、さっきまでスタッフさんが座ってた椅子が空っぽになってた。
てことは、あのラフなかっこしてた人が…、
「いっ、今、出てったひと、オーナーさんですか?」
「そう、大野智、腕は確かにいいんだどね、あんなだからイマイチ信用できなくて。俺…じゃなくて、私がしっかり監視していないと何をしでかすか…、あ、今日のこと、他言無用ね」
櫻井さんは溜息混じりに言って、唇に人差し指を当てた。
今気づいたけど、この人、めっちゃカッコいい。
「はい…」
俺は、覚醒しきってないままコクコク頷いた。
「で、どうする?あんな人の下で働くのがいやっていうのなら…」
「ダメです。絶対働きたいです。もっともっと好きになりました。よろしくお願いします!!」
改めて聞かれて、俺は慌てて椅子から立ちあがり、もっかい深々と頭を下げた。
「え?いいの?あんなので?」
「はい、ぜひ!」
真ん丸な目をした櫻井さんに再度必死で訴える。
だって、偉いってだけでふんぞり返っている上司なんかよりは、よっぽど面白い。
「そうか、なんか君、オーナーと同じ匂いがするな…」
「え?俺、あんないい匂いのコロンなんて付けてないですけど?」
クンクンと腕とか嗅いだら、なぜか櫻井さんは爆笑した。
わー、笑顔、面白い。
目が、三日月になって、イケメンが台無しだ。
大人で仕事が出来そうで、オーナーさんを、『あんなの』って呼ぶくらいだから、相当偉い人ではあるんだろうけど全然偉ぶってないし、黙ってれば見とれてしまいそうなほどのイケメンだし。
あ、こんな人がかずを好きになってくれたらな…
なんて、まだ笑いの収まらない櫻井さんを見ながら、俺はそんな突拍子もないことをぼんやり考えてた。
つづく。