ペチ…
「着くぞ、起きろ」
…ぅ…ンン…
頬に、叩くっていうよりも撫でてる様な優しい痛みを感じて、意識がゆっくりと浮上する。
…着く…って、どこに?
目を閉じたまま、気が付けば頬の下に、なんかキモチいい枕。
顔の横に置いてた手でスリスリ触る。
あ、大野さんの脚じゃん。
どーりでキモチいいはずだわ。
へへ、いつも膝枕、してやってっから、たまにはお返しってこと?
「なに、ヘラヘラしてんだよ」
ほっぺをむにゅっと、唇、タコにされて、ようやく目が開く。
あ…
「むふっ♥」
ものすごく至近距離に大野さんの顔…。
すげぇ、にんまり笑ってっけど。
「いただき♥」
瞬きする間に、タコにチュッて…。
なっ…!
「なにやってんだよ!」
一瞬で過去数時間分の記憶が甦り、慌てて体を起こす。
「うわ」
夜…だわ…
駅に着いたときはあんま感じなかったけど、すっかり暮れた夜の道をタクシーは走ってた。
車窓から外を見ると、たくさんの小さな光がゆらゆら揺れてる…水面?
きっと、桂川。
だって、ほら、少し先にライトアップされた有名な橋が見えてる。
でも、明るいのは橋だけでその向こうは真っ暗。
昼間だったら、あの山、きっと紅葉とかがキレイなんだろうけど。
そういえば、橋を渡り切った先のあのあたり。
多分、あそこだよね。
あっち曲がって、ああ行くと、着くんだ。確か。
「あ、この辺で停めてください」
大野さんの言葉に、
「橋、まだ先ですよ?」
バックミラー越し、ちょっと訝し気な視線。
「歩くんで」
「歩くんですか?」
男二人、こんな半端な時間に、半端な場所で降りるとか、ほら、なんか怪しまれてない?
おまけにキャップにマスクだし。
「早く降りろよ」
そんなこと一切気に留めない大野さんに背中を押されて、タクシーを降りた。
並んで川沿いの歩道を歩き始めたら、少し先でUターンしてきたタクシーがオレらをチラ見しながらゆっくりと走り去っていった。
”怪しい二人組がいました”とか通報されねぇかな。
橋に爆弾でも仕掛けに来たとか思われねぇかな。
くふふ…
「何、笑ってんだよ」
「べつに」
んで、警察に追われてさ。
あの橋の上で追い詰められるんだ。
両側から挟み撃ちされて逃げ場失くした二人は、手に手を取って欄干飛び超えて川に飛び込む。
んで、必死こいて泳ぐんだけど、どんどん下流に流されてって…
「くそ、腹減ったなー」
グーって音。
…もー。
こっちは、スタントなしで飛び込めんのか? とか、取り敢えずオレはムリだけど、元忍者の大野智ならイけんだろ、とか、楽しく妄想膨らましてんのに、無門の奴 「あ、団子売ってる」 なんて呟いて、とっとと走ってった。
…そういえば、忍者映画のラストって、原作通り橋の上なのかな?
早く、見てぇな…。
などと、続きを妄想しつつぼんやり突っ立ってたら、後ろから冷やりとした川風が強く吹いてキャップを浮かした。
頭押さえて振り向けば、そこには水の流れる音しかなくて。
街灯がポツポツ並んでるだけの薄暗い歩道の足元に、立木の枝がゆらゆら、まだらの模様を織り上げてく。
どうにも風情たっぷりなんだけど…
顔を上げて道路の反対側に目を向ける。
あっち側は、まるっと観光地なんだよな。
レストランとか土産物屋とかがズラリと並んでて、駐車場には観光バスもまだ結構停まってる。
さすがに店の中には行けないけど、そこは大野さんだよ。
ちょっと外れた赤提灯ぶら下げた出店で、気配隠した背中を丸めで団子買ってる。
でも、都会の雑踏の中でオーラ消すのは大得意でも、こんな場所じゃ変装のつもりのキャップ&マスクが逆に悪目立ちしてる。
…何となくヤな予感…
もー、早く戻って来いよ。
いいってば!
指立てて、2本?3本?なんて本数確認しなくても。
「ね、ほら、お団子売ってるよ」
「さっきご飯食べたばっかじゃん」
「バス移動、結構時間長いから、お腹空くって。買っとこうよ」
「えー、いるかな?」
オレの右側、2本の街路樹を挟んで5mくらいの場所、いつの間に来てたのか女子3人が、きゃぴきゃぴ相談してる。
となりの店に移って、まだなんか買ってる大野さん。
「じゃ、行くか」
「行こ行こ」
「行こー!」
話がまとまったらしい。
マズイよ、そっちに行くってよ。
道路に踏み出す女子たち。
ようやく振り向いた大野さん。
え? このままじゃ鉢合わせじゃね?
(早く来いって!)
ヒヤヒヤしながら大きく手振りして、街路樹の後ろに身を隠す。
道路の真ん中、勘違いした大野さんが団子の入った袋を持ち上げ、得意げに手を振り返す。女子グループの先頭の子がその姿を捉えて…
あちゃー!!
思わず目を瞑ってしゃがみ込んだ。
「はーい、皆様ー。出発のお時間でーす。バスにお戻りくださーい!」
耳に飛び込んできたのは、女子の悲鳴…じゃなくて結構ドスの効いた低めの声。
「えー、もぉ時間〜」
「戻ろ、あのおばさんガイド、遅れると恐いって」
「そうだよ、私ら、目つけられてるんだから」
恐る恐る顔を上げれば、女子たちに向かってブンブン旗を振ってるぽっちゃりバスガイドが見えた。
「そこのお嬢さん方! 出発しますよ!!」
「はーい!」
「ほらぁー、ご指名だよ」
「恥ずぅ!」
きゃあきゃあ笑いさざめきながら方向転換した女子たちを、大型バスの横、どっしり仁王立ちで待ち構えてるおばさんガイド。
ふぅ…、助かった…
グッジョブ、ガイドさん。その丸い肩越し、天使の羽が見えるよ。
晩秋の桂川のほとり、ヘンな汗掻いてるヘナヘナなオレ。
「にの〜」
無事に戻ってきた大野さん。
だから、呼ぶなって。
せっかく危機を回避できたってのに。
「ほら、団子と、あと焼き鳥も売ってた。確かあっち、コンビニあったよな。ビール買おうぜ♪
ん? どした? こんなとこでしゃがんで。う○こか?」
…人の気も知らないで。
「…なんでもねぇよ」
そして、大野さんはご機嫌なたれ目で脱力したオレの腕を引っ張り上げて立たせ、
「行くぞ」
と、土産袋ぶら下げて、軽やかな忍者仕様の足取りで歩いてった。
ったく。
…敵わない。
どう足掻いても焦っても頑張っても、あのヒトには追いつけない気がする。
この地、あの橋、その先にあるはずの道。
ずっと昔、初めて二人で歩いた緑一色の道。
圧倒されるほどの緑色に包まれて、
初めての…
あの頃からずっとオレはあなたの背中を追っかけてる。
追っかけても、追っかけても…
「早く来いって」
立ち止まり、差し伸べられた手。
…こんなとこで繋ぐワケないじゃん。
早足で横に並んで、パチンとその手を弾く。
「痛ってー」
追い越してやった。
「待てよー」
ツンツン歩くオレの隣にびたっとくっ付いてくる。
いや。
少なくとも、並べたよね。
そう思ってもいい?
「腕、組もうぜっ♪」
「バカだろ」
並べた肩をぶつけながら、ケツ、膝蹴りしながら、
キャップ&マスクの怪しい二人は、ぶら下げた紙袋に爆弾を忍ばせて、
楽し気に目的地に向かって歩いて行くのだった。
なんてね。
つづく。
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