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― PM10:00 ―
「先輩、俺、ちょっとトイレ行ってきていいすか?」
「緊張してんすよ~。だって、さっき、中入ってったの、俳優の…」
「シッ、名前出すんじゃねぇよ」
今夜、シフトが一緒の5コ上の太一先輩が、ワザとらしく眉をひそめた。
「いけね。でも俺、昔からあの人のファンで、あんなすげー人が来るようなイベントに関わってんのかって思ったら、もードキドキしちゃって」
「…こんなパーティー来るような奴ら、ロクなモンじゃねぇよ」
「え?それ、どういう意味っすか?」
「何でもねぇよ、早く行け」
「はーい」
俺は、持ち場の会場入口前を離れ、スタッフオンリーのドアに走った。
全力疾走で地下一階まで駆け下りる。
もちろんトイレというのは口実で、警備室からスカイデッキに出るドアのカギを拝借してくるのが目的だ。
たった今、翔ちゃんから 『あと10分』 のメールが届いた。
俺が言った通り、夜間は閉鎖してるテニスコートを目指してるみたいだ。
現場で翔ちゃんと顔を合わせるなんて思ってもみなかったから、そんな場合じゃないんだけど、なんかちょっとだけドキドキする。
ダメダメ、お仕事! 急げ、急げー
…警備のおじさんは、いない…っと。
この時間は多分、あっちのブースでパーティー会場の監視カメラをチェックしてるはず。
ここひと月の潜入捜査で、航海中のタイムスケジュールはしっかり把握してるっつーの!
うーんと、お、これ、これ。
「お前、何やってんだ?」
鍵を手に取った途端、後ろから声が聞こえて肩が跳ね上がる。
「お、おじさん!」
「備品庫、行くのか?」
「え、あ、そう、先輩がパンフとマスク、補充しとけって」
「ちゃんと戻しとけよ」
「うん、わかった」
顔馴染みの警備員さんは、壁に掛けてあった帽子を取るとすぐに出てった。
良かった。念のため備品庫のも外しといて。
もぉやめてよ、予定外の行動は。
俺は握ってた2個の内、№5の備品庫の鍵を、テニスコートに繋がってる、№15ドア、通称スカイデッキの空いたフックに掛けた。
多分、大丈夫。
そして、急いで警備室を出て、グッドタイミングで停止してたスタッフ専用のエレベーターに飛び込んだ。
上へのボタンをカチカチ押しながら、翔ちゃんに電話する。
『…もしもし』
やっと出た。
「テニスコートから階段上がった上のドアんとこ来て。今カギ持ってくから」
『分かった。…だから、智くん、ダメだって。リスク、大きすぎるから…』
『いやだ、行く、ぜってー行くから…』
揉めてるみたいだ。電話越し、声が聞こえた。
大ちゃん、カズくんが心配なんだよね。
そりゃ、そうだよな。あんな腐った奴らの中にさ…。
俺、びっくりしたもん。
まさか、あんなとこで噂のカズくんに逢うなんてさ。
今から1時間くらい前、午後9時03分、パーティーが始まった。
あらかた招待客が中に入って落ち着いた頃、一人のオトコが近づいてきた。
そして、俺のこと上目遣いでちらっと見たと思ったら、ぐぐっと顔近づけてきて、
『おにいさん、タイ、曲がってるよ』
って、ニヤッて笑って、俺の蝶ネクタイをピンってはじいた。
なんだ、コイツ。
それでなくても重大な作戦前で緊張してんのに、そんな想定外のコトされて、動揺した俺は至近距離でソイツを睨みつけてしまった。
職業柄、人の顔見ると、すぐにその特徴を探してしまう。
色白の肌、クリクリの茶色い目、ふんわり眉、スッとしてて、でも先っぽがちょっぴり丸い高めの鼻、薄いのにポテッとしてて、口角がキュッと上がった唇、そして、何より、顎のホクロ…。
慌てて口を塞いだ。よく叫ばなかったよ。
すぐに分かった。だって、散々カズくんの似顔絵、見せられてたからさ、全角度からの。
カズくんは、もうこっちなんて見向きもしないで、パンフ見ながら慣れた仕草であんなマスク付けて、中に入ってっちゃったけど…。
「今のオトコ、ホストなんだぜ?」
向かい側に立ってた太一先輩がドアが閉まったのを確認すると、落ちてた何かを拾ってススッと俺のそばに来た。
「ホスト…」
「ってのは、表向きで、実は、売れっ子の男娼なんだってよ。ほら、これ見ろよ」
時間と、多分部屋の番号が書かれた小さなメモをひらひらさせて、先輩はニヤリと冷たく笑った。
「あの部屋、今夜は自民党のお偉いさんがリザーブしてたよな」
背中がゾクリとした。
「…談笑って?落語家さん?」
引き攣りそうになる顔を必死に押さえる。
「…相変わらずアホだな」
「えー、先輩、ひどーい」
「お前、ビジュアルは中々なんだけどなー、惜しいよなー」
「…意味わかんないっす。…それより、先輩、俺トイレ行きたくなった」
「さっさと行って来い」
俺は、怒りでハラワタがグリグリになって、マジでもよおしてきちゃって、走ってスタッフ用のトイレに駆け込んだ。
急いで翔ちゃんに電話する。
「翔ちゃん、カズくんが危ないっ」
便器にしゃがみこんで必死な俺。
「大変だってば! カズくんが警察に捕まっちゃうよっ!」
『雅紀、落ち着け、説明しろ』
俺は、気持ちが昂っちゃって、いっぱいいっぱいになっちゃって、それでも、翔ちゃんに励まされながら、必死に説明した。
『すぐ行くっ!』
…大ちゃん、声が震えてた。
今夜、俺らが一斉検挙しようとしてる組織は、薬もそうだけど、人を金で売り買いするようなひどいこともやってて、その罪もひっくるめてとっ捕まえようってしてるんだけど…
まさか、そんな奴らにカズくんが関わってるなんて。
大ちゃん、そんなことなんも言ってなかったし…って、言うワケないか。
ほんの2日前、大ちゃんと飲んだんだ。
俺も海に出るし、戻っても後始末でしばらく忙しくなるだろうなって思って連絡したら、
『おれもいいことがあってよー。飲みてぇって思ってたんだ』
って、嬉しそうに言ってさ。
『相葉ちゃん、ようやくだよ。一年も辛い思いさせたけど、これで大手を振ってカズを迎えに行ける』
― PM10:30 ―
許せない。絶対全員とっ捕まえてやる!
「どうした、腹、まだ痛いのか?」
「いえ、大丈夫っす」
「なんか、顔怖ぇーけど。あ、そろそろ休憩時間だな。お前、先上がってていいぞ。医務室で薬もらって来いよ」
なんだかんだ言っても優しい太一先輩。
「ありがとうございます。じゃ、お先に」
「おお、あ、これ」
肩をポンと叩かれて、ついでに捨てといてって、さっきのメモをポケットから取り出してクシャってして渡された。
スタッフオンリーのドアを抜けて、また地下に戻る。
さっき、顔の濃い松本ってヤツと一緒に、無理矢理大ちゃんを仮眠室に押し込んだ。
(どうしてもダメか?)
(ダメだよ。翔ちゃんと約束したでしょ?)
(お前、自分の立場、考えろよ。アイツは俺らが助けるから、おっさんは大人しくしとけ)
あいつ、大ちゃんに向かって随分な口利いてさ、大ちゃん、シュンってなって可哀相だった。
(そんな言い方やめろよ)
って睨んだら、ニヤッてしてどっか行った。大ちゃんが信頼してるみたいだから放っといたけど。
「大ちゃん、大丈夫?」
ふふ、やっぱね。
そうだと思った。
いるワケない。
こんな時、ジッとしてる大ちゃんじゃない。
きっと探しに行ってる。
俺は、嬉しいのと心配なのが混ざった複雑な思いで、また翔ちゃんに電話した。
大ちゃんのこと、頼んだよ。
盛装、正解だったでしょ。翔ちゃん。
ドキドキとワクワクとソワソワとゾワゾワがミックスされて、なんかテンションマックスな俺。
ふと思い出して、ポケットからさっきのメモを取り出す。
PM11:00、ルームナンバー5…。
突入時なんて、…真っ最中だよね? 現行犯になっちゃうよね? 言い逃れ出来ないよね?
…早くカズくんをこっから連れ出さないと、ヤバくね?
― PM10:45 ―
ぶっとい大理石の柱に隠れて両開きのドアを見張る。
あ、出て来た、翔ちゃんだ。
カッケーな。
俺と違ってスーツ、様になってんな。
無事に大ちゃん、確保できたんだね。
よかった。
…大ちゃん、そんな苦そうな顔しないで。
ぜったい大丈夫だから。
あ、カズくんだ。
うん、やっぱ色気ある。
危ない趣味の奴らがほっとくわけないよな。
柱の影からそっと動く。
ボーイがひとり、駆け寄ってきた。
カズくんが笑顔で言葉を交わしてる。
うわ、あの顔。
か、可愛いな…。
あんな、可愛く笑うんだ。
…もぉ、絶対泣かせちゃダメだ…
よし! 行くよっ!
逸る気持ちを抑えて、さり気なく隣に立つ。
「君、カズくんだろ?」
「えっ?」
胡散臭そうに見上げてくる。
ふふ、さっ、始まるよ。
頑張ろうなっ!
君を待ってる大ちゃんのためにもさ!!
つづく。