階段を降りていた翔に爆音が聞こえた。ドアが叩きつけられ、熱風が背中に当たる。
「お父さん…?」
「翔! だめだ!」
身を翻して戻ろうとした翔を修が引き戻す。
「離して!」
翔はその手を振り切って階段を駆け上がった。
熱い風が渦巻く中、翔の前に惨状が広がる。燃料が全て流れ出ていたため、ヘリ自体は爆発していないが、その機体は炎に包まれ、ドアとプロペラの一部が弾け飛んでいた。胸を焼く様な異臭が漂い、熱風が渦となって翔の体を包む。
「あ、ああ、なんてこと…」
ふらふらと歩く翔の目が、尾翼の下に横たわる宗吾の姿を捉えた。千切れたプロペラがそばに落ちている。
「お父さんっ!」
走り寄った翔の顔が強張った。
火傷はそれほどひどくはないようだが、大きな金属片が腹部に刺さり、手足は不自然な形にねじ曲がっている。瀕死の重傷である事は一目瞭然だった。
「お父さ…ん?」
血の海に膝まづき、そっと体に触れる。声にならない嗚咽がもれる。涙が溢れる。
「お父さん!」
涙声で呼び掛ける。
「…しょ、う」
宗吾がうっすらと目を開けた。
「すぐ、先生を呼ぶから、しっかりして!」
翔の涙が落ち、宗吾の頬を濡らす。
「…あの時も、私の涙が、美紀の頬を濡らしていた」
「しゃべらないで!」
「最後に、お前を頼むと、そして、無理をするなと、そう言って死んで行った」
「いいから、黙って」
「私は…、くやしさと、怒りに塗れていた。でも、不思議だ。今、とても穏やかだ」
修も駆けつけた。
「会長!」
「笹川…、結局はお前の思い通りになる。私は、さっき、お前の問いに答えられない自分に驚いた…。美紀が死んだ時と同じ、絶望を感じた…」
「お黙りください。すぐ、止血します」
ハンカチを取り出し、傷口に当てる。
「ひとつ、話しておく。よい、止血など、もう無駄だ…」
話すたびに腹部から血が溢れ出る。
「お父さん、動かないで!」
翔も必死に手のひらで傷口を押さえる。
「もう、よいと言っている。大事な事だ、よく聞くのだ」
声がかすれ、よく聞き取れない。二人は宗吾の口に耳を寄せた。
「…あの、女子大生を殺したのは、お前ではない」
「…え?」
「…それは、どういう?」
宗吾は、ふーっと一つ息を吐いた。それと共に残り少ない生気も出ていったかのように体が痙攣した。
「お父さん!」
「会長!」
浅く息を吸い、最後の力を振り絞るように、宗吾は続けた。
「…翔が去ったあと、彼女は息を吹き返した。だが、その時、翔のガードに当たっていた…、魁が、最後の手を下した」
修は驚愕した。
「…あ、兄貴が?」
修は瀕死の宗吾を、思わず強く見据えた。
「あなたの、命令ですか?」
宗吾は微かに首を振った。
「いや、違う、奴は、お前が後始末をしなくて済むようにと、自らやったのだ。お前の手を汚したく無かったのだろう」
翔が、信じられないと首を振る。
「嘘だ、僕だ、僕が…」
混乱て、声が震えている。
「…今わの際に、嘘を言う必要は無かろう…」
修も混乱していた。
「兄貴が…? そんな…、バカなことを…。俺がそんな事をするわけがないのに」
宗吾がひと際大きく震えた。
「お父さん! お父さん!」
「しょ、う、認めたくは、なかったが、おまえに対しては、捨てたはずのものが、きっと、あったのだろう。だから、おまえを、しばり、つけていたかった…。でも、もう…、終わりだ、解放すると、しよう」
苦痛にゆがんでいた表情が、ふっと和らいだ。
「ようやく、あいつの元に行ける。ずっと…、この日を、待っていたような気がする。やっと、やっとだ…」
宗吾の目の奥の光がすうっと消えた。
翔の腕の中、その顔には確かに小さな笑みが浮かんでいた。
続く。
☆☆☆なんと、次回が最終話です。6日0:00にUPします。
長いこと、読んでくださって、ありがとうございます。
なーんて、まだ、ご挨拶にはちょっと早いね。
あと、一話、おつきあいくださいね♡☆☆☆