35話解説。検索ワードや、僕の周囲の方たちからアスランが辛辣を通り越してボロクソに言われてしまう回(シーン)の一つです。



そうやって「バカ」だの「コイツ何言ってんの?」、「頭おかしい」、「みててイライラする」とか言う前に少し考えてみてほしいのですよね。制作者側の意図、描写の意味や理由等を何も考えようとも汲み取ろうともせずに、ただツッコミを入れてキャラクターや制作者側を叩くというのはどうなの?と疑問に思いますし、残念であり、寂しく感じます。



本日はアスランがシンに掴みかかって殴ってしまうシーンの解説です。ここでアスランがシンに言っていることはそんなにおかしく、バカなことでしょうか?それで片付けてよいのでしょうか?アスランはザフト軍に所属しているということは一旦離れて頂いて、考えてみてほしいのです。目の前で大切な人たちを失ったら、誰でも冷静ではいられません。ただ、こうなることは再会した時にちゃんとキラたちの話を聞いていたらわかっていたことです。あの時、「言いたいことだけを言って帰ってしまった」というアスランの行動が全てでした。現に手遅れの状況になってしまっているのですから。





ーなぜ、絡んだ?ー



目の前にできた歓喜の輪。そこから口々に出てくる称賛の言葉の一つ一つが、彼らの歓喜の姿がアスランの心を突き刺し、抉ります。


キラやカガリ(たち)を失った。大切な人たちは殺され、もういない。目の前にいる人たちは自分の大切な人たちを殺して喜んでいる。命令が下る→実行→成功→喜ぶ。それ以外のことは彼らの頭の中にはありません。それは過去の自分でもありました。全てにおいてアスランは完全に手遅れだったという事実。目が覚めた瞬間であり、これでアスラン(とイザーク、ディアッカ)との戦争に対する認識の違いがハッキリしました。(軍脱走へまっしぐら)



とてもではありませんが、アスランは歓喜の輪の中に入っていくことはできません。大切な人たちを殺されてしまったアスランに、褒める何てもっとできません。だから、その場を去ることだけが精一杯でした。そんなアスランの気持ちなど知るはずもないシンは、去ろうとしたアスランに歩み寄っていきます。



シン「敵はとりましたよ?あなたのもね」


自己顕示欲を感じさせるセリフであり、アスランに対する皮肉も忘れない。シンは増長まっしぐらです。



アスランに歩み寄ったのは、自分の強さと実力を認めさせようと思ったから。アスランに勝ったフリーダムを自分は撃墜した。だから、自分の方がアスランよりも強い。認められ、褒められるとシンは思っていました。都合の悪い事実や嫌な現実から目を背け、耳を閉ざし、キラに全ての責任を負わせて「敵討ちだ!」と撃墜する。そんなシンの姿は、少し前のカガリとオーブに全ての責任を擦り付けていたアスランとも重なります。



シンは「ステラの敵討ちをしてやったぜ!」、「最強のフリーダムを倒したぜ!」と誇らしげですが、実際は「クルーゼ」何ていう知りもしない人間の敵討ちをさせられただけです。レイは、シンを利用してクルーゼの敵討ちを成し遂げたのです。議長にとってもキラたちは邪魔者でした。その議長の思惑によってやらされただけでもあります。シンはステラの敵討ちのために戦ったと思っていますが、実際は誰かの思惑によってやらされたのです。そこに気付かずにガンガン戦ってくれるシンは、議長とレイにとっては実によく踊ってくれる素晴らしい「駒」と言えます。




ー敵(てき)を討つということー



シンに投げかけられた言葉によりアスランは頭に血が昇ってしまい、冷静さを失ってしまいます。奪われた怒りと憎しみでアスランはシンに掴みかかります。



アスラン「キラは、お前を殺そうとはしていなかった!いつだってアイツはそんなこと…!それをお前は!何が敵だ!」


落ちたヘルメット、プルプルと震える掴んでいる手、振りほどけない掴まれている手。アスランがどれだけ強い力でシンに掴みかかっているか、よくわかります。その力は怒りと憎しみのものです。



キラは、お前を殺そうとはしていなかった。



アークエンジェルとフリーダムは、あの場を移動していただけでした。あの場から離れたかった、逃げたかっただけでした。彼らは待ち伏せされ包囲され、あれだけ一方的に攻撃されても最低限の防衛行動はとりましたが、反撃に転じることはありませんでした。つまり、戦う意志は全くなかったのです。



考えてみて下さい。



いきなり待ち伏せされて包囲され、集中砲火を浴び、攻撃を受けて機体を損傷をされたら皆さんだったらどうしますか?



命の危険を感じて防衛するために反撃に転じる、「いきなり何しやがんだコラァ!」と怒り、やり返す。どちらか、あるいは両方ではないでしょうか?しかし、アークエンジェルとフリーダムはそうはせず、逃げることを優先しました。とにかく離れたかった、逃げきりたかったからです。しかし、シン(たちザフト軍)は戦う意志のない者を執拗に追いかけて攻撃し続け、撃墜したのです。



これは正しい行為なのでしょうか?正義のやることでしょうか?



キラたちが「敵だから」ですか?



「戦争だから」、「命令だから」、「それに従うのが軍人だから」、「あっちが悪いから」、だから許される?



そして、全て「しかたのないこと」ですか?



この行為は間違っていると、アスランは言っているのです。また、「お前がキラを殺した!」と怒りと憎しみをシンにぶつけてもいます。



この間違いにアスランは二年前に気付き、軍を離れたのです。



そこを「正しい」と肯定し、理路整然とアスランを非難するのはレイなので、詳しくは次回にします。肯定と否定。痛くて辛い真実と心地よい嘘。どっちがいいですか?あなたはどう判断しますか?シンは肯定されることが好きなので、どんどん議長やレイ寄りになっていきます。実際、これまでも「お前は間違っている」と否定してくるアスランの言うこと何て全く聞かないでしょう?ここでもそうなんです。いつだって「正しい」、「シンは間違っていない」と肯定してくれる議長とレイの言うことばかりを聞いて何も考えないから、いつの間にかもう戻れないところまで導かれていってしまうのです。




戦う意志のない者を執拗に追いかけて攻撃し続け、シンは殺しました。(生きてるが)褒められるどころか怒りと憎しみをぶつけられ、叱責されるシン。



アスラン「アイツを討てたのがそんなに嬉しいか!?得意か!?なぜアイツが…」


簡単に流してはいけないワードが出てきました。それは、「アイツ」という三人称です。主に、この場にいない人間を指す時に使われます。この場合はキラになります。



現状、敵認定されている相手をアスランは「アイツ」と呼んでいます。そこからは嫌悪や蔑みは感じられません。親しい間柄だからこそ、「アイツ」と呼んでいるのです。その敵のことを「アイツ」と呼べるほどの関係だった。しかし、シンたちはそれがわかりません。また、アスランが怒っている理由もわかっていません。



敵を討つとはどういうことなのか、わからないからです。



シン「嬉しかったら悪いんですか?強敵をやっと倒せて、喜んじゃいけないんですか!?じゃあどうしろっていうんです!?泣いて悲しめってんですか!?祈れってんですか!?それとも、俺が討たれりゃよかったとでも言いたいんですか!?あんたは!?」


アスランのこの怒りようや、やり取りを通じて「敵にも顔がある」ということや戦争の矛盾を認識し、学ぶ良い機会なのですが、肝心なところでレイに阻まれてしまうのが厄介なところです。で、アスランも口下手なのが災いしてしまっているのがもどかしく感じるかもしれません。



「敵にも顔がある」。敵である相手もまた人間であり、自分が銃を撃ち、サーベルを振るたびに殺し、命を奪い、悲しみや憎しみを増やしていくのです。敵を討つとはそういうことです。それを「戦争だから」、「敵だから」いくら撃墜して殺してもOK!と肯定し、許されてしまう。間違っているのはその理由であり、「敵だから撃つ」という軍人としての価値観です。アスランがザフト軍に戻ってまずやるべきだったのは、その認識(価値観)を改めさせることであり、戦場に出る覚悟をしっかりと持たせることでした。全てにおいて、本当に手遅れでした。



目の前にいるシンは、過去の自分自身。



最早戦争ではなく、私怨だった。キラを討つために、なりふり構わず戦った。キラを討って「よくやった」と称賛される。兵士のやるべきことは戦争を終わらせるために、祖国を守るために戦い、敵を倒すこと。だから、その敵を討ったシンは称賛されるべき行為をしたということになります。



自分がキラを殺してしまったという事実は、アスランを打ちのめしました。そして、戦争の矛盾、悲劇に気がつきました。しかし、シンにそんな様子はありません。自分のよく知っている者を敵として倒さなければならないという立場や状況に立ったことがないため、シンは「敵を討つ(または撃つ)」ことの重大さがわからないのです。敵を撃墜して殺すことが戦争を終わらせると信じています。(このあとそう口にする)シンがその立場や状況に立たされたことがなく、敵を殺すことが戦争を終わらせると信じているから、敵を殺しまくる自分に疑問を抱くこともないのです。その立場や状況に立たされるのは、このあとの37話です。



戦争をなくすと言いながら、自分が戦争の一部になっている。戦争をなくすと言いながら、やられたからやり返す、向こうが悪い、敵だからと戦う。そして殺す。そして正当化しちゃう。こういうところがキラたちと大きく違う点です。また、そこに自覚はありません。アスランが怒っている理由もわかりません。今目の前にいるアスランは、シン自身なのです。



以前、シンはカガリに何て言いましたか?



シン「俺の家族は、アスハに殺されたんだ!」


そして、35話でキラを殺された怒りと憎しみをぶつけてきたアスランがこちらです。


大切な人たちを殺された怒りと憎しみをぶつけてきたアスランと、カガリに当たったシン。二人とも表情がソックリです。睨みつける表情もソックリです。



これの意味するところはただ一つ。



俺の家族はアスハに殺されたんだ!と当たったシンが、今度はそれを自分が言われているのです。言われる側になっているということです。自分と同じ境遇の人を生み出しているのです。奪われた者が、今度は別の誰かの大切な人たちを奪う。敵を討つとはそういうことです。そこに全く気がつかず、また、自分に都合の悪いことからは目を逸らし、耳を閉ざして他者に責任をおっ被せます。シンの言っていることは真っ当に聞こえますが、実際はあっちのせい、あっちが悪いんだと言い、それを任務、軍人としての義務だの言って正当化しているだけです。そういう主張や言い分ばかりで、根本的なところを全く見ようとしないのです。だから、どんなに敵を倒して成績を収めても何の解決にもならないし、なっていないのです。これも詳しくはこのあと書いていくことにしましょう。



シン「あんたたちだってあの時、自分たちのその言葉で、誰が死ぬことになるのかちゃんと考えたのかよ!?」(5話)



これはシン自身に言えることです。シンはちゃんと考えたのでしょうか?シンの言葉と行動がどういうことになるのかを。シンはカガリに対して何にもわかってない奴と言いましたが、実は何にもわかっていないのはシンなのです。それは5話のアスランとカガリの会話とその後のアスランのフォローしているセリフでわかりますし、35話でもわかります。



本当のことを見ない、根本的なところを全く見ようとしないで正当化しているばかりのシン。キラやアスランと戦う理由の違いがハッキリするのも面白いところですね。




なかなか言いたいことが伝わらず、さらにカッとなったアスランは、シンを殴りつけてしまいます。


シン「こんのォォォッ!」


みんながキョトン、ポカンとしている中で、レイだけが落ち着き払っているのが怖いですね。



冷静沈着で、感情を表に出すことが少ないアスランがここまで冷静さを失って感情的になっています。それがどういうことなのかわからない、考えようとしないミネルバのクルーたちもなかなかヤバイです。そんな考える機会を奪い、正当化するレイの登場です。ただ、レイの言っていることは間違いではありません。そして僕は、35話ではアスランよりもレイの方が嫌ですね。そこも含めて、次回そのシーンを書いていきます。


続く。





「アイツ」という三人称は、カガリもよく口にします。中でも好きなのは、メイリンにアスランのことを託す際のセリフです。



カガリ「アイツ…頼むな。私は一緒に行けないから…」



アイツとはアスランのことを指しています。男っぽい言い方ですが、これだけでカガリのアスランへの気持ちがただの親しさや友情ではないことがわかります。「私は一緒に行けないから…」というカガリの一人の女性としての本心が加わることで、それはより強い特別な感情のものであるということが。



一緒に行けないと言うことは、一緒に行きたいという本心が根底にあるということです。根底にあるからこそ、「一緒に行けない」と伝えるのです。でも、彼女にそれはできません。彼女には果たすべき責務があるからです。メイリンにしか言えないカガリの本心。メイリンの気持ちがわかっているからこそ口にした「アイツ」という三人称。



また、アスランのことを「アイツ」と呼べる関係からしても、二人はそう呼べるそれなりの関係であることもわかります。単なる親しさではなく、それ以上の。名前を口にしないで「アイツ」と口にしてしまう。カガリの普段の言葉遣いと言えますが、そこにはカガリのアスランへの好意や親しみがこもっています。メイリンの気持ちも理解している上に、このセリフによってメイリンのいるべき居場所ができました。本心を必死に堪えているカガリの大人の女性としてのカッコよさ。だから、このセリフが僕は好きなのです。



あんまり意識することは少ないと思いますが、漫画やアニメ、映画にドラマ、小説や普段する会話等で割りと頻繁に出てくる「アイツ」という三人称。状況や表情、口調などを意識して聞いてみると、その相手への感情や関係性がわかったりするので面白いですよ。オススメです。