子供の道徳の授業で「はしのうえのおおかみ」という物語を用いて、「親切とは何か」ということを考える機会があったらしい。
授業内容を一通り息子から聞いたあと、
「ママは親切ってどういうことだと思う?」と聞かれた。
私は「自分の良心に従って行動することだと思う」と答えた。
授業では「相手がうれしいことをすること」に結論付けられたらしい。
「道徳の授業には正解はないんだよ」と息子が言っていたけれど、
私は「あぁ、やっぱり私は世間ズレしてるんだ。」と思わざるを得なかった。
でもさ、本当の本当に相手の気持ってわかる
??
例えば転んだときに「大丈夫?」と言って起こしてくれる人を皆が皆求めてるわけじゃない。
「笑い飛ばしてほしい」「ほっといてほしい」って思う人もいるよね。
(現に私がそうだから。)
テンプレ的に親切っぽい行動をすることはできても、本当の意味で相手の望む対応をするのは難しい。
出来事の一部始終を見ていて、かつ相手のことをよくよく知っていないとできない。
いや、状況や相手を知っていてもできないときもある。
だから私は「私が思う(相手にとっての)最善を尽くす」というのがいい(というか相手に確認しない限りはそれしかできない)と思ったのです。
あれ?これって「=相手がうれしいことをする」なのかな?
それともみんな相手の気持が簡単にわかるもんなの?
・・・わからなくなってきた![]()
こんな考えの持ち主だから、気の利いたことが言えないし結局自分主体の行動になってしまいがちなんだけど、
実は他者のことも考えてるつもりなのです。(ややこしい)