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次女、全く登校しなくなってから1か月がたちました。

 

登校をしなくなるきっかけは私の言葉でした。

「明日から欠席の連絡をやめよう。これから毎日欠席すると伝えておくから、登校したく学校へなったら連絡しよう。」

 

その頃の次女は登校できなくなってきていて、

登校しても校門の前で足が出ず、動けない。

 

校門に立ち尽くす私と次女を見て、学校から先生が出てきて、一緒に連れて行かれる。


それに、元気もなくなっていて、お腹も痛く、

それに、家にいても、「明日学校行きたくないな」「今日寝たらまた学校」と、

ずっと心も休めていない状況。

 

だから、私はこの判断をしたのですが、


私の中では、この判断を私がしてしまったから、次女が不登校になってしまったのではないか…


次女の大切な経験を私が閉ざしてしまったのではないか…

 

この判断は良くなかったのではないか…

 

そんな不安がずっとあります。

 

 

今でもその不安はありますが、

前回の主治医の「次女さんはよっぽど学校が合わないんだね」という言葉や、


次女自身の「私、学校に行かないほうが楽だってやっと言えるようになった。」という言葉から、

 

不登校になったことは、

私が登校を止めたからではなく、今の次女にとっては仕方がなかったことなんだとも一方思える。

でも、

無理に登校させていたら、登校できていたかもしれないと頭をよぎるときもあり…


いつも判断には、迷いもあるし、後でも不安は残る。

たらればを考えても、今の現実は変わらないし、受け入れるしかない。


話は変わって、

 

次女が最初に不登校になった小学一年生のころからお世話になっているプレイセラピー。

このカウンセリングの先生に聞いた話で、腑に落ちたことがありました。

 

少し話は違うかもしれませんが、カウンセラーの先生の言葉でこんな内容がありました。

 

次女は心の緊張のオンオフが極端。

 

このオンオフ、つまり、緊張か弛緩か。

緊張状態をちょうどよい塩梅に保つのが難しい。


次女の心の緊張具合をカウンセラーの先生はよく把握しておられました。

 

プレイセラピーは次女とカウンセラーの先生で別室に行き、遊ぶだけ。


次女は今学校がつらいとか、不登校であるとか、悩みがあるとか、カウンセリングの先生に相談もしません。

そんな話をする感じでもないようで。

遊ぶだけ。


それに、カウンセラーの先生と私はほぼ話す時間はありません。

次女の現状を次女の目の前で伝えるのは良くないと思っていたし、私との面談の時間は基本ありません。

 

そんなプレイセラピーの時間だけれども、

半年くらいに1度、次女が用事と重なりプレイセラピーにいけないときにだけは、

私だけで先生の所に行きました。(ちなみにプレイセラピーは2週間に1度)

 

その時に先生とお話しすると、

現状、次女の生活で何が起きているのか先生はまったく知らないのに、

次女が今、生活で緊張が続いているのか、リラックスしているのか、

遊び方でわかるようでした。


それに、学校ではきっとこんな様子だろうとわかるみたいで。

 

すごいですよね。

 

その先生と最近またお話する機会がありました。

それは4月。まだ次女が中学に登校しているときでした。

(次女は部活で行けませんでしたので)

 

先生が話してくれたのはこんなことでした。

 

「次女さんは、小学1年生のときにとても心の緊張が強い時期を得て、たぶん4年生くらいになったころにかなり心がだいぶ弛緩していた。

今度は弛緩しすぎていて、かなりだらけていて、情報が入っていかないようだった。

そのときに、心が緩やかでもいいんだと周りへの信頼感が出てきて、

5~6年生ごろ、とてもよい緊張により、いろんなことにチャレンジできるようになっていった。」

 

「お母さんが不安を受け止めてくれる、少しくらい油断しても、周りも受け止めてくれると知っていったのだろう。」

 

「今は環境が変わり不安が強いと思うけど、お母さんとの信頼関係がしっかりできているから、回復していく。ただ、すごく敏感で周りのことを察知するし、頑張りすぎるから、一旦はメンタルは落ちると思う。それは仕方がない。」

 

「学校へ行きたくないようだと、まとめて休むことが必要。お母さんから、1週間休もうと声かけてあげてください。真面目な子だから、一日くらい休んでも家でも学校のことを考えてしまうから無駄です。」

 

 

こんな風に、心理士の先生に4月の頃言われておりました。

 

その話と絡めて考えると、


確かに、次女はスイッチが入ると、緊張モードとなり、完璧主義が強まり、すべてに手が抜けなくなる。

家でも、「宿題は早くしなくちゃ」という。

さらに、やりたくないことでも「やらなきゃ」という強迫的に思う割には、体が動かないときがある。

このときは緊張モード。

 

弛緩モードの時は、

すべてがめんどくさそう。日常生活もだらだら。

やりたくないことはほんとうにやりたくない。

それに、やりたくないことを「やらなきゃ」という、責任を果たそうという気持ちすらいつもよりも薄くなる。(それでも宿題などはやりますが💦)

 

その次女、中学生になってから、私がみているとかなり緊張モード。


学級の役員に立候補してやり、部活もすべてこなそうとし、授業中も手をあげる。ノートは先生の話したことまで丁寧に書く。

新しい環境で友達とのつながりをつくろうと話しかける。

 

うまく行ってているようにみえたけど、

緊張の方に振り切れていた。

 

そう考えると、最初に不登校になった小学1年生のときと似ている。

緊張モードの時は感覚も過敏になり、身体症状も出やすい。些細なことで怒りになったり、怖くなったり。

 

小学生のときのように、

ここから、不登校生活となり、弛緩モードが来るのだろうと思う。たぶん。

 

一旦弛緩しないと、次女の意欲は出てこないだろう。

経験でなんとなく、そう思う。

 

 

そして、今の次女はというと、

不登校になって1か月もたつのに、まだまだ緊張モードだと思う。私はそうみている。

 

生活リズムを守ろうとしたり、

太りたくないと運動をしたり、

それに、家族の役に立とうと奮闘する。

さらに、たまに「みんなに置いて行かれちゃう。勉強しないと。」と口にする。

(とは言いつつ、もちろんしませんが)

 

それは、次女にとっては緊張モードなんですよね。

 

弛緩モードを作るために、私も常識を捨てなければと思っています。

なんとなく。


私が常識的に生活リズムを守らせるように振舞ったり、

同い年の子供が頑張っている話をしたり、

先走って、勉強になりそうな本を提案したり、

ゲームを制限しようとしたりすると、

緊張モードの次女は、真面目に守ろうする。


それでは、弛緩モードに入らない。


だから。

 

次女のために、

そんな、親らしい教育や躾を一旦やめることが必要かなと考えております。次女がやりたいように、やりたいときに、好きなようにさせる。

 

この考えは賛否両論あると思いますが。


次女を観察してきて、私の親の勘というものがそれが次女のためだと私に教えてくれてる。そんな感じで。

 

言い方は悪いですが、一旦、とことん落ちたところから、次女は自分の意思や意欲が出てくるような気がするのです。長女と同じように…


これは私の勝手な考えです。

思うことを偽りなく書きました。

子供によってもこの対応は間違いかもしれません。


でも、次女が小学一年生のときに、主治医に甘やかせて、教育を辞めなさいと言われたことは、こういう真意もあったのではないかとも思うのです。



最後まで読んでくださってありがとうございますおねがい