ご覧いただき、ありがとうございます。

今後の投稿予定をお知らせします。


第五章 4月1日〔水〕・2日〔木〕

第六章 4月3日〔金〕・4日〔土〕

第七章(最終章)4月4日〔土〕・5日〔日〕


諸事情により、遅れる可能性もありますが、現時点ではこのように予定しております。

その他お知らせがあれば、ご報告いたします。


どうぞ、最後まで楽しんでください。




 
 「な、なんでしょう」
ク「この前は、ごめん」
 「この前?」
ク「あんなことして」
 視線がうつむいていた。あの時からずっと気にしていたのだろう。
 「もう大丈夫です。気にしないでください」
ク「…戻ってくれてよかった」
 「俺も、クミさんが弟のように想ってくれていることが、とてもうれしいです」
 一瞬おどろいた顔つきになった。どうしてそれを、と自然に聞こえてきそうだった。
ク「なんで知っているの」
 「あちゃみさんから聞きました」
ク「あのコ…」
 「悪気があったわけではないんです。実際、あちゃみさんがいなかったら、今こうしていることも絶対ないと思います」
ク「…感謝しなきゃいけない、か」
 そう発すると、手を伸ばして、俺の頭をなでた。身長が3㎝くらいクミさんのほうが高いので、周りからはより姉と弟のように見えるだろう。お互いメガネもかけているからね。
 手を離すとクミさんは言った。
ク「あなたのおかげで、夢が叶った。弟でいてくれて、ありがとう」
 顔が赤くなった。やばい、また恋に落ちるのでは?
 「い、いえ、俺の方こそ」
ク「これからも私の弟でいてくれる?」
 「もちろんです!」
 ハッキリと答えると、クミさんは微笑んだ。
ク「それじゃ、また明日、いつもの場所で」
 「は、はい!」
 クミさんは1階へと戻っていった。俺の心配は杞憂に終わった。
 時間は掛かったけれど、いつもの日常を取り戻すことができた。そして、弟としていられることが、新しく手元に残った。
 結局、俺はまた助けられたわけだが…。


あ「クミさん、ともさんのことが好きなんだよ」
 「えぇ!?」
あ「なんか嬉しそうに見えるでしょ」
 「確かに見えますけど、どうしてそこまで」
あ「一回だけクミさんが話したことがあってね」
 恐るべき記憶力だった。あんまりプライベートなことは相談しないほうがいいかな、なんて思った。
 でも二人の姿は、とてもマッチしていた。数日前の、「身分相応」ではないけど、ともさんとクミさんが恋人同士だといわれても、全く違和感はない。自然だった。
 心の中で手を合わせて、クミさんの恋が、どうか成就しますようにと祈った。振られたヤツのやることじゃないけどね。
あ「ほら、いってくれば?」
 「はい?」
あ「今のうちに、クミさんと仲直りしてきなよ」
 「で、でも、あの仲をいきなり乱すのはちょっと」
あ「善は急げっていうじゃないw」
 そう言われて、両手で背中を押された。仕方なく小走りで向かった。距離が縮まるごとに、プレッシャーが強くなる。でも、今の俺の敵ではない。大丈夫、越えられる。
 「クミさん!」
 いつもより大きな声で呼びかけた。クミさんは一瞬ビクッとなったが、後ろを振り向いた。何か気にかけるような顔だった。
 「明日の朝、稽古をつけてください」
 しっかりと目を見た。何かを気にする表情は一瞬で消え、いつものクミさんに戻った。
ク「いいけど、やらなかった分、ハードになるよ」
 「それでもお願いします」
ク「わかった。じゃあ明日の朝、いつもの場所」
 「はい!」
少し微笑んだようにも見えた。ともさんも安心したのか、笑っている。

 目的だったりんごは収穫がなかった。だがバステンさんとshowさんが大量にゲットしたらしく、そのおかげで、ともさんの念願であったアップルパイは無事作られることになった。
 デザートとして食べながら談笑し、切れ端を巡ってshowさんと勝負した。俺が負けて泣く泣く譲った。それだけおいしかったのだ。行儀悪いかもしれないけど、これがいつもの日常。何より、この輪の中にまた戻ることができたのが嬉しかった。
 たらふくご馳走をいただき、自分の部屋へ戻ろうと二階へあがった。まだ何人かお茶をしているようで、下からは笑い声が絶えず聞こえてくる。一本道の広い廊下を歩いていると、突然後ろから声をかけられた。
ク「ちょっといい?」
 後ろを振り返ると、クミさんが目の前に立っていた。驚きで体がビクっとなる。もう解決したはずなのに。

あ「クミさんはね、ムサシ君のことを、弟のようにおもっているの」
 「え…」
 予想もしていない答えだった。俺が―弟?
あ「知らなかっただろうけど、クミさんは一人っ子なの。小さい頃から、友達が居なかったせいもあって、兄弟―特に弟がすごくほしかったんだって。でも叶うことはなかった。
私やソーラさんにも、何度か「弟がほしい」って言ったこともあるくらい、本当にほしがっていた。きっと子供の頃からの夢だったんだと思う。
 だからムサシ君がここに来たとき、クミさん、すごく喜んでいたの」
意外だった。そんなふうに思っていてくれたなんて、全く分からなかった。今まで気にかけてくれたり、稽古をつけてくれたのは、そのためだったのか。
 自分の中で、何かが薄れかけた。
あ「だからね―弟のように思っていたからこそ、恋人のように見ることは出来なかったし、なにより、その想いのせいで苦しんでいるのが、見ていられなかったんだって。
 でもね、あの後クミさんも落ち込んでいたの。「ひどいこと言った」って、いつになく肩を落としていた。それだけでも、分かってあげて」
 気付いたら、いつもの自分の感覚が戻っていた。同時に少し腹が立つ。どうして気がつかなかったのだ。
 「…やっぱり、俺はダメですね。ガキのまんまです」
あ「そんなことない。気がつかなかったのは悪いことじゃないよ。だって「初恋」なんだからね。しかたないよ」
 「でも、言われないとわからないなんて、やっぱり…」
あ「少しずつ気付いていけばいい」
 あちゃみさんは微笑んだ。
 ただただ、ありがたかった。何も出来なくて、子供のままであるような俺を心配してくれる人や、弟のように想っている人がいることが、うれしかった。
 無意識に笑っていた。
あ「これで、大丈夫だね」
 「はい。本当にありがとうございます」
あ「これくらい、なんてことはないよ」
 「それ俺のパクリですか(笑)」
あ「あ、バレたww?」

 りんごは見つからなかったが、発見したものはあった。やっぱり、恋をしてよかった。だからこそ、改めて大切なものに気付いたのだ。
 二人で拠点前に戻ると、偶然、前方にクミさんがいた。隣にはともさんがいて、何か話をしている。よく見ると、いつもよりクミさんの表情が、どこか嬉しそうな感じがする。気のせいだろうか。
 眺めていると、あちゃみさんから重大な事実が告げられた。




 一週間ほどがたったある日、全メンバーが拠点前に集まった。正面にはともさんが立っている。
と「ただいまより、りんご狩りを行います!」
 いきなりの発表だった。なんの事前連絡も受けていない。予定がないからまだいいけど。
わ「またいきなりですねw」
あ「りんご食べたくなったのw?」
と「その通りw。アップルパイが食べたくなったww」
鳥「勝手すぎるwww」
 二人一組に分かれて、りんごを探すという、いたって単純な内容だった。組分けを心配したけど、結局あちゃみさんとペアになった。クミさんはともさんとペアになったようだ。
 それから森の中に入り、探索を行った。いつでも木になっているわけではなく、たまにしか見つからない。数年前にバステンさんがりんごの木を作ろうとして、いつくか丸ごと土の中に埋めたら、奇跡的に芽が出たそうだ。今は背丈よりも少し高い程度に成長していて、もう少しで実がなるという。それまではこうして探し出すしかない。
 いつもなら、テンションがあがって楽しいはずなのに、ちっとも感じなかった。空元気でもいいから出したほうが無難だろうが、それさえもやる気がない。どうしたものだろうか…。
 そんなことを考えながら、無心に歩いていたが、いきなりあちゃみさんが話しかけてきたことで、意識が現実世界に戻った。
あ「まだ気にしてるの?」
 少し予想はしていたけど、やっぱり的中した。
 「…触れないでください」
あ「クミさんがあんなことをしたのは、理由があるの」
 「もういいです。ほっといてく―」
あ「それは無理」
 あちゃみさんはそう言うと、俺の正面にまわって進路をふさいだ。必死に何かを説得されるようだった。
あ「助けるためだったの」
 「はい?」
 意味が分からない。ボコボコにされるのが助けること?何を言っているのか。
あ「数日間、ムサシ君は、自分の想いと、グループの大切さの中で板ばさみになって、ずっと悩んでいたように見えた。だけど、話し合いで解決することでもないから、どうすることも出来なくて。
 そしたら、クミさんが「私との対決で、解決すればいい」って言い出したの」
 ぼんやりとだが、理解は出来た。話の筋は、なんとなく通っているように聞こえる。
 だが一つ、分からないことがある。
「じゃあ、何で「助けよう」と思ったんですか。それこそ意味が分からないです」
 そう聞くと、あちゃみさんはゆっくりとこう言った。
 俺はバカだった。
 がらんどうの自信だけを支えに立ち向かったが、剣はかすりもしなかった。それどころか、クミさんの剣は容赦なかった。胴、わき腹、両腕、太股…と、何度も何度も強烈な打撃を浴びた。それでも何とか立ち上がったが、既に激痛でどうしようもなかった。最終的には模造刀を吹っ飛ばされ、正面からまわし蹴りをくらい、背中を地面に強く打ちつけた。
 あまりにも痛くて、顔をしかめた。もう何も出来ないが、それでも、手を支えにして何とか立とうとした。だが上体を少し上げたとき、服の首元を思い切り掴まれ、ぐっと上に引っ張られた。見ると、クミさんが膝立ちして体をまたいでいたのだ。その顔は、まるで弱者を見下すような、そんな雰囲気を感じてしまいそうだった。
ク「これでわかったでしょう。その程度なのよ」
 いつもの声じゃない。あまりの変貌振りと、自らの情けなさに、何も言い返せなかった。
ク「自分より弱い人に、惹きつけられると思った?あなたの思いは、身分不相応なのよ。否定できる?」
 現実を突きつけられた―、そんな気がした。
 クミさんは手を放した。また体が地面に打ち付けられる。
ク「あきらめなさい」
 その一言を発して、クミさんは立ち上がり、颯爽と去っていった。夕日が容赦なく、仰向けに倒れた俺を照らした。

 結局その後、自力で立ち上がり、なんとか戻ることが出来た。誰にも見られぬよう、そして声をかけられぬように、部屋へと戻った。食事の時間になっても、行く気は沸かなかった。わとさんが呼びに来たけれど、適当に理由を付けて断った。空腹など一切感じなかった。
 クミさんとはそれ以降口を聞かなかった。稽古もしなかった。ネズミのようにコソコソと、運悪く鉢合わせてしまわないように動いた。今まで仲がよかった間に何があったのかと、ともさん達はすごく気にかけていた。事情聴取されたが、適当に誤魔化した。
 だってそうだろう、この出来事をピンからキリまで話しても、何にもならない。場合によってはグループの関係さえも破壊する。そんなことは望んでいない。クミさんもこのことについては、何も話さなかったようだ。
 今まで美しく見えていた景色は、ウソのように消えた。それと交代するかのごとく、鮮やかな色に裏打ちされた暗い影が、表面ににじみ出てくるように、周りのものは目に映らない影をまとって見えた。
 この先、一体どうなるのだろう。ここで生きていくには、クミさんと関わることは避けて通れない。だがあの時の言葉のせいで、どうしても話しかける勇気がもてない。もう、二度と相手にしてもらえないのではないか。
 恋なんて、しなければよかった―。本気でそう思った。

 訓練用の模造刀をもち、いつもの場所へ向かった。すでに夕方にさしかかるくらいの時刻だった。到着すると、クミさんが正面でこちらを見据えている。その表情は、まるで何かを決心したかのようだった。
 クミさんはいきなり言った。
ク「あなた、私のことが好きなのね」
 思い切り不意打ちを食らった。驚きしかない。必死で何か言おうとしたが、「ど、どうして…」が精一杯だった。
ク「見れば分かる」
 否定できなかった。いや、こんな現状で否定してどうする。
 勢いに身をまかせ、結局言ってはいけないはずのフレーズを、俺は口にした。
 「…好きです」
ク「その思いには応えられない」
 「…え」
ク「あなたをそういう目でみていない」
 今まで目を背けてきた影の世界に、一気に引き戻されたような感じがした。一瞬後、頭は勝手にこう解釈した。「裏切られた」と。
 「で、でも、俺は…」
ク「何を言われても無理」
 しばらくの間、沈黙が続いた。どうすればいいか迷った。だが中で大きなうねりをあげ始めた想いが、それを打ち破った。
 「―諦めきれません」
ク「どうしても?」
 「―はい」
 そう答えると、クミさんは両腰の模造刀に手をかけ、両手に持った。
ク「なら、証明してよ」
 「しょうめい?」
ク「あなたの想いがそんなに強いなら、私に勝ってみせなさい。諦めきれないほどなら、できるでしょ」
 言い終わると同時に、クミさんは構えた。冗談ではない、本気だ。
 引くか、戦うか―2つに1つだった。最初の選択肢はすぐに消えうせた。引くことは諦めることになるからだ。だが戦うことをすぐに取ることはできなかった。今の実力では到底敵うはずもない。勝つなんて事はまずありえない―「冷静である」なら、考察すれば、こんなことはすぐに分かる。
だがその時の俺は盲目だった。
 この想い―始めて感じた「恋」―を簡単に諦めたくない。このおかげで、普段当たり前に眺めていた周りの世界が、より一層美しく映えた。突然背中に羽が生えて、どこまでも遠く、どんな山よりも高く飛んでいけそうな、本当に快い感覚だったのだ。それを受け入れてもらえないのなら、自らの実力で、全てを示すしか、方法はない。たとえ実力は天と地ほどの差だとしても、不可能ではないはず―。
 やってやる。
 一瞬躊躇しただけで、俺はすぐに自分の剣に手をかけた。もう迷いはなかった。
 一連の話を聞いてからの第一声は、「それ、恋じゃない?」だった。耳を疑った。これが…恋?誰かを好きになるって事なのか?
あ「私も見ていて思ったけど、なんかいつもより楽しそうだなって思ってたの。ぜったいそれ、恋だよ」
 「これが…」
あ「あ、あれ?なんでそんな驚いた顔するの?」
 「人を好きになるなんて、今まで一度もなかったので…」
あ「そっかぁ。じゃあ初恋なんだね」
 「そ、そうなります。正直、ものすごく気分がいいです」
あ「そうでしょ。誰かを好きになるって、素敵なことだからね。でもね…」
 しばらくの間、何か考えるような顔つきになった。そして、少し残念そうな言い方で話を続けた。
あ「その思いは、クミさんに告白しちゃだめ。自分の中にとどめておいて」
 「え!?ど、どうしてですか」
あ「ムサシ君には分からなかっただろうけど、ここの男子はともさんを除いて、みんなクミさんに何かしらの思いを寄せているの。でもここは一つのグループ。誰かが出し抜けで告白したりすれば、それまで友達同士だったのが、一気に壊れちゃう。だからみんな、お互いがこれからもずっといい関係を続けていけるように、それぞれの思いを理解しあっているの。 
 その思いはとても大切なものだけど、アイクさんやわとさんたちも同じような思いを持っているの。だから理解してあげて。みんなのために」
 しばらく間をおいて、俺は納得できるように、内容を整理した。ついさっきよりもトーンを落とした声で言った。
 「出来るかどうかわからないです」
あ「それでもやって。最初は難しいかもしれないけど、きっと大丈夫だから」

 頭の中で何度も反芻して、納得しようとした。捻じ曲げてでも、無理やりにでも納得しようとした。
 だけど、出来なかった。
 毎日、少しずつ想いは強さと勢力を増して、もはやどうしようもなかった。ただ、「これではいけない。なんとかしなくては」という俺の意思が、今まさにあふれんばかりの濁流をせき止める石垣のように、かろうじて暴走を止めていたのだ。
 だけどこれが長く続くとはとても思えない。わずかなほころびが出来れば、一気に崩れてしまうだろう。そうなればあちゃみさんが言っていたように、雰囲気どころか、それまで守られてきたすべてを壊してしまう。何としても、守らないといけない。
 自分の中で、二つの勢力が血みどろの激闘を繰り広げていた。辛く、苦しい戦いだった。

 それから十日ほどが過ぎた頃、俺は狩りを終えて昼過ぎに戻った。特にやることもなく、もう少しすれば夕方になるような時間だったので、部屋に行って、出来もしないのに本を読もうと思った。このところ集中力さえもそがれている。
 自室へ向かう途中、あちゃみさんに呼び止められた。
あ「ちょっといい?」
 「なんですか」
あ「クミさんから伝言をあずかったんだけど」
 名前だけで、体が過剰反応を起こした。体温が上がる。まずい。
あ「夕方になるまでに、いつも稽古している場所にきて欲しいって」
 普段は、森へ少し入ったあたりで稽古を行っている。障害物がある状況を想定していて、それに慣れさえすれば、平地でも十分対応できるとクミさんが考えたのだ。ただ最近、この状態なので訓練にも身が入らないような感じがしていた。もしやそのことを気にして、呼びつけたのだろうか。
 「わかりました、すぐに行きます。伝言ありがとうございます」
 お礼を言って別れた。その時、気のせいだろうか、あちゃみさんが不安げな顔をしていたように見えた。



次回投稿は、明日朝になります

 あちゃみさんに礼を言って、部屋を後にした。やっぱり頼りになる。相談に行って正解だった。問いただすよりも、こちら側がいつもどおりであればきっと大丈夫なはずだ。アドバイスどおりに、普段とかわらない接し方をしよう。
 自室に戻ろうとすると、明かりがついていた。出る時は消していたので、誰かいるのだろう。何かを探るように、俺はドアを開けた。
 そして部屋の窓辺を見た瞬間、得体の知れない何かに心を射抜かれたような感覚が襲った。恐怖ではない。なにかこう…今まで見たことも聞いたこともない、美しい世界を発見したような、とても、とても心地いい感触だった。息が止まりそうになるほど強く、激しい。こんなことは、生まれてから一度も経験したことがない。
 目に映ったのはクミさんだった。窓から、暗くなった外の様子を見ている。上半身を寄りかけて、頬杖を突いていた。なにげない姿なのに、なぜなのか、心臓の鼓動がいつもの何倍も早くなる。外に音が漏れるのではと思うほどの勢いだ。
 「ク、クミさん、どうして、ここに」
 なぜか言葉も片言になる。これではまるでパニック状態だ。
ク「ミーシャと遊んでた」
 「は、はい?」
ク「部屋に居たら、壁をガリガリさせて甘えてきたの。寂しかったのかも」
 そういえば、最近は手伝いや作業に時間を割いているせいで、遊んでやることが少なくなっていたような気がした。ミーシャは満足げな感じで、クミさんの足元にすり付いていた。
ク「あまり寂しがらせないでよ。かわいそうでしょ」
 「あ…、はい、すみません」
ク「それじゃ、おやすみ」
 「お…おやすみなさい」
 クミさんは颯爽と部屋から出て行った。飼い主の足元でミーシャは甘えていたが、それさえも吹っ飛ばす強烈な「何か」が、俺の中に残った。

 それからというもの、周りの世界は激変した。
 元々色鮮やかだった景色は、より色が濃く、鮮明になり、毎日見ている何気ないものがなぜか美しく見えた。毎日の作業もいつも以上にはかどるようになった。気がついた時には、声や体の動きまで変化していたのだ。
 まるで体の中に全く別の生き物が住み着いて、操り人形のように俺を操作しているような感じだ。だけどそれは本当に心地よくて、ずっとこのまま操られていたい、そう思ってしまうほどだった。
 だが俺は完全な操り人形にはなれなかった。自我はまだ生きていて、この感覚を受け入れられずにいた。一体何だ、何者だ、なぜこんなことをする…、可能な限り自問自答したが、答えは出せなかった。結局、またあちゃみさんの力を頼ることにした。
 
 昼過ぎまで獲物を追い、ある程度の成果を出したので、拠点に戻ることにした。牧場も一応はあるのだが、個体数を減らさないためにも、こうやって外で狩りをすることは必要なのだ。
 鳥さんと二人で談笑しながら帰宅していたが、ふと、気になっていたことを思い出した。
 「一つ聞いていいですか」
鳥「なに?」
 「最近、ソーラさんの様子がちょっと変だと思うんですが、何か知りませんか」
鳥「変って、どんなふうに」
 「何というか…、やけにソワソワしているように見えて」
 これはつい最近感じた。ソーラさんは普段、料理を担当している。俺は作業が早く終わったり、暇だったときには、よく料理の手伝いをしているのだ。もう習慣みたいになっていて、ソーラさんもある程度了承していた。だがある時から、手伝いに行くと妙に落ち着かないような素振りになっていた。
鳥「ソワソワしているようには見えないけど」
 「そうですか?」
鳥「俺もちょくちょく話すけど、普段とぜんぜん変わらないよ。考えすぎなんじゃないの」
 「それならいいんですけど、心配で」
鳥「それなら、あちゃみさんに相談したらどう?毎日のように女子会しているから、何かわかるかもよ」
 「そうしてみます。すみません、変なこと聞いて」
鳥「これくらいいいよw」
 わずかに期待したけど、やっぱり避けられないようだった。
 
 家に戻ると、だいぶ時間が空いていた。ちょうど夕方になりかかっていたので、ソーラさんの手伝いに行った。
 やはり、地に足がついていないような落ち着かなさを感じた。話し方もどことなくぎこちない。本人に直接問いただしたほうが、モヤモヤも晴れるだろうが、もし何か思い悩んでいたら、かえって傷つけてしまうかもしれない。結局何も出来なかった。ただ近づきがたい壁のようなものが残ってしまった。
 後片付けを終え、あちゃみさんの部屋へと向かった。俺にとっては頼れる姉貴分のような存在で、今までもよく相談に乗ってもらった。(俺が悩んでばっかりなわけじゃないからね)なにか知っていればいいのだけど。
 突然の来訪にも驚くことなく、あちゃみさんは中へ入れてくれた。部屋は明るい装飾品でデザインされていて、まるでカーニバルの中にいるようだ。
 俺は鳥さんに話したことを、そのままに伝えた。
あ「そうだなぁ、あたしも特にはそんな変だと思わないけど」
 「やっぱり俺の考えすぎでしょうか」
あ「ウーン…、あ、もしかして」
 「な、なんですか!?」
あ「数日前の採掘が原因じゃない?ほら、たしかムサシ君、ソーラさんを―」
 「それ以上言わないでください!」
 体の奥深くから、熱い何かが顔めがけて一気に上昇し、覆っていくのがわかった。頬が火照り始めた。
あ「顔赤くなってるw。もうみんな知ってるよ。ソーラさんを抱きしめたこと」
 「だって…しょうがなかったんです」
あ「大丈夫、それも知ってるからww。」
 全然大丈夫じゃないですけど…

 その事件-正確に言ったら事故だが―は、数日前、採掘に行ったときに起きた。
 当時のメンバーはソーラさん、わとさん、ともさん、そして俺だった。石炭と鉄鉱石の備蓄数が少なくなっていたそうで、急遽洞窟へと向かうことになった。幸い両方ともそれなりの量を採取できて、順調に事は進んでいた。
 だが帰ろうとした時、天井の一部が小さな崩落を起こしたのだ。崩れ始めた時、男子3人はすぐに気がついたが、ソーラさんは一番先頭を歩いていて、不運にも崩れた天井の真下だったから、気がついていなかった。とっさに俺は駆け出した。
 背中から抱きしめるような格好(結果的に抱きしめてしまったケド)で、俺は体を傘のようにしてソーラさんを守ろうとしたのだ。だけど崩落は少し大きい石がコロコロ転がった程度で、怪我するほどではなかった。ただ、恥ずかしかった。
 謝罪の言葉を思いつく限り言いまくった。被害者であるソーラさんは、顔がものすごく赤くなっていたけど、許してはくれた。
 だからもう済んだことだと思っているが、やっぱり原因なのではないかと思う節もある。昼頃に鳥さんに話を振ったのは、他の可能性にすがるためだった。だけど鳥さんだって知っていたはずなのに、指摘しなかった。たぶん気を使ってくれたのだろう。
 「でもあの時、許してもらったんです。もしそうなら、許していないってことじゃ…」
あ「悪気がないのはわかっていると思うよ。だけどソーラさんの中で、まだうまく処理できてないんじゃないかな」
 「そういうものでしょうか」
あ「私視点だけどね。それにムサシ君みたいに、割り切れる人もいれば、そうでない人もいるでしょ。人それぞれだよ」
 「たしかに」
あ「今までどおり、普通に接していれば、きっともどるよ」
 わずかな希望にすがるように、俺はそうなってほしいと願った。