「ムサシ君のことが…ずっと、好きだったから」

「…はい?」
 予想もできなかった発言だった。だが次の瞬間、普通の人間ならば絶対にありえないことを、俺は呟いた。
ソ「ずっと、ずっと前から好きだった。だから―」
 「ウソだ」
ソ「え…」
 こんなことを言われても、ウソとしか思えなかった。この状況で本当だと思えるほどの感情の余地はなかった。俺は続けた。
 「でしゃばって戦っても、大して強くもないから逆の結果になるし、身の程を知らないで迷惑ばっかりかける。おまけに無自覚に人の大切なものさえも破壊しようとする。こんなヤツの何がいいんですか。どこにそんな要素がありますか。
 むしろ、いないほうがいい人間です。「部外者」―、そういわれても、仕方ないじゃ―」
ソ「ちがう」
 即答だった。直後、ソーラさんは体を近づけて、俺の上着を力強くつかんだ。そして至近距離から見つめてきた。さっきまでは対峙できたのに、今は視線をそらしてしまう。なぜだ。
ソ「あなたは…そんな人じゃない」
 「どうしてそんなことが言え―」
ソ「見てきたからわかる」
 いつのまにか、怒りや悲痛はどこかへ消えた。何百年も融けなかった巨大な氷壁から、水が流れ出るような感覚が、わずかに感じられる。
ソ「それに、私を何度も助けてくれた。ムサシ君が、もしさっき言ったような人なら、あの時は逆の結果だったの?」
 「それは…」
 今度は俺が言葉に詰まった。気付いたら目の奥で何かがうごめいている。
ソ「絶対にちがう。最初に出会ったとき、自分の身を危険にさらして、私やクミさん、アイクさん、showさんを助けた。それだけじゃない。ネザーでも必死に戦っていた。
ムサシ君は、みんなを助けたの。あなたがいなかったら、絶対に誰かが傷ついていたし、悲しんでいた。だから―」
 すでに目から何かがあふれ出ていた。止められない。
 「ちがう…俺は…」
 それ以上言葉は続けられなかった。また俺は泣いた。でもさっきのとはちがう。自分に張り付いたけがれたモノを、涙が洗い流してくれるかのようだった。
 肩の辺りに手がまわった。ソーラさんが優しく抱きしめていた。


 半分泣きながら、拠点に戻った。その間、ソーラさんは右手を俺の背中に当て、左手で手を握りながら、ゆっくりと連れてきてくれた。
 入り口ではともさん達が待っていた。showさんは先ほどとはうって変わって、しょぼくれている。その後ろではクミさんが、ものすごい形相で立っていた。大体想像はつく。
 手前まで来ても、完全には落ち着かなかった。ヒクヒクと、しゃっくりのようなものが止まらなかった。
 安堵した笑顔で、ともさんは言った。
と「無事でよかった」
 「…すみません、俺…」
と「なにも言わなくていい」
 それから周りに視線を移した。
と「さて、無事ムサシ君も戻ってきたことだし、とりあえず一件落着だけど…。
 この雰囲気、なんとかしないとなぁ」
鳥「ここは、アレ、でしょう」
あ「アレしかないよね」
と「やっぱり?バステンさん、大丈夫そう?」
バ「いつでもOKですよ」
と「それじゃ、決まりだね」
 

 「―ムサシ君…」
背後から声が聞こえた。ゆっくりと振り返ると、数歩離れたところにソーラさんが立っていた。追ってきたのだろうか。
ソ「…みんな心配して待っているの。戻ろう」
「…しんぱい?」
 虚しさでいっぱいの中、その一言が引っかかった。
 「…しんぱいなんて、してないでしょう」
ソ「え…?」
 「本当は、煩わしかったんじゃないですか」
ソ「どういうこと」
 それから俺は自嘲気味に言葉を発した。
 「昔何があったかも、それで何を決めて、ずっと守ってきたのかを、知りもしないんですよ。俺は。
 そんなヤツが偉そうに知ったようなことを、堂々と言った。自分の考えた答えとして。もっと言えば、壊そうとした。守ってきたものを。
 本当は、面倒だとか、なにコイツとか、どこかで思っていたんじゃないですか」
ソ「そんな…、そんなこと、思ってない」
 「でもあの時、今までになく揉めていたんですよ。…もしかして、部外者っていうのは、本心ですか。それならあの発言は代弁ですか」
ソ「やめて」
 俺は立ち上がり、真正面からソーラさんと対峙した。身長は俺がほんの少し高いだけなので、ほとんど直視するような格好だ。今にも泣きだしてしまいそうだが、関係ない。もうどうにでもなってしまえ。知ったことじゃない。
ソ「…お願い。一緒に戻ってきて」
 「戻ってどうしろと」
 次が続いてこない。言葉に詰まったように見えた。
 「今さっき部外者といわれたヤツに、どうしろと。戻っても、俺のスペースはもう消えているじゃないですか。それで戻って一体なんになるんですか!」
 暴走しかけている。自分からはもはや止めようがない。
 いや、止める気は更々ない。
 「結局、今までのことは、全部こんな結末のためのピースに過ぎなかった。つまりは全て、無駄だった。なにもかも、みんな全て!こんな、こんなにも残酷でつらい終わり方をするなんて…。
 くだらない…。本当にく―」
ソ「やめて!!」
 叫びが聞こえた直後、平手打ちが飛んできた。痛い。同時に暴走も止んだ。
 視線を戻すと、涙を次から次へと流している顔が映りこんだ。その表情の中には、かすかに何かを決心したかのような感じがした。
ソ「もうやめて…。くだらないなんて、もう終わりだなんて…おねがいだから、そんな悲しいこといわないで!」
 あまりの剣幕に、少し後ずさりしそうになった。だがそんなことで変わらない。
ソ「もう…自分から傷つかないで。ムサシ君が傷つく姿なんて、見たくない」
 「…なぜですか」
 無感情のこもった声でたずねた。答えは、その時の俺には、絶対に達することのできないものだった。
 

と「showさん!」
 ともさんが必死で静止に入った。だが時すでに遅しだった。
 得体の知れない、何か黒く、冷たいものに体を貫かれたような感覚だった。その直後、穴から何かがこぼれ出る―いや、あふれ出てくる。血ではない。自分を構成して、維持するための、とても大切なもの。名前は分からないが、失ってはいけないものだと、直感で分かった。それから次々に、もろくなった壁がはがれ落ちていくような感じがした。
 こころが―俺自身が、壊れていった。

 気付いたら涙が頬をつたっていた。この場から逃げ出したくなった。「ココニイテハイケナイ」、どこからか、耳には聞こえない声がきこえた。
ア「ムサシ君、落ち着いて」
 アイクさんの声が辛うじて聞こえたが、もうそれどころではない。
 「…そういうことかよ…」
 それだけ呟くと、イスを後ろに跳ね除けてその場から逃げ出した。
 「逃げろ、逃げろ、逃げろ…」。主の分からない声が、ずっとささやいていた。


 どれくらい走っただろうか。ドアを乱暴に開けてから、行くあてもないまま真っ直ぐに駆け抜けていた。とにかく遠ざかりたかった。距離が欲しかった。それ一心で、ひたすら走り続けた。
 だが自分のなかにできた傷からは、どうやっても逃れられなかった。森の中の、ほんの少し開けた場所にたどり着くと、俺は走ることをやめた。そしてその場にへたり込み、声を上げてしまわないように泣いた。でもただ苦しいだけだった。
 泣きながら顔を上げて周りを見わたした。誰も来てはいない。目まぐるしい速さで、思考がまわり始める。
 なんでこうなる。今までのことは一体なんだったのか。こんな結末のためのピースに過ぎなかったのか。それとも―ただの夢だったのか、幻想だったのか。本当は、こんなにも都合のいいようになるわけがなかったというのか!?
 気がおかしくなり、怒りが煮えたぎる熱湯のようにフツフツと湧き上がる。視線の先にそびえている木が視界に入った。煩わしく見えてたまらない。ついに怒りは俺を埋め尽くし、右手で剣をつかんだ。そして立ち上がり、幹に切りかかった。
 まるで存在しない敵に立ち向っているようだった。だが振りはメチャクチャだ。怒り、悲しみ、絶望、悲愴…あらゆる感情がごちゃまぜで、それを糧にするように、また少しでも多く振り払うように、ただ暴れた。暴れまくった。乱暴に振り回し、次から次へ樹皮を傷つけていく。どうにでもなれ、どうにでもなれ、どうにでもなってしまえ―。ただそれだけだった。
 運悪く、横に振り回した剣が、幹に深く食い込んだ。幹に足をつけて、力ずくで抜こうとした。だが思ったよりも深かったようで、びくともしない。焦りのような感情がわきあがり、なおも力ずくで引き抜こうとした。刺された木が、「現実を見ろ」と無言で突きつけてくるかのように、目の前に立ちはだかった。
 このまま、思うままにやらせてくれ。一時でも忘れていたい。目を背けていたい。直視したくない。逃げていたい。お願いだから、このまま放っておいてくれ……。そればかり願った。だがその思いは全て無視された。結局抜けなかった。
 右手を持ち手にかけたまま、膝をがっくりと落とし、地面にひざまずいた。もう暴れる気力は失せてしまった。
 「…何なんだよ」
 つかんでいた手が離れたかのように、剣は抜けて地面に落ちる。力なく剣をしまい、前を見たくなくて、その場でずっと下を向いていた。泣くのも、走るのも、話すことさえも、もうしたくない。何も考えなかった。なにも考えられなかった。
 

 最初の集まりから数日後の朝、リビングに全メンバーが集結した。いつもの明るいテンションは消えていないが、どこかに隠れているようだった。最初と同じように、ともさんが軽く説明をして、それが終わると意見を求めた。
 すかさず手を上げたのはshowさんだった。立ちあがって、前をしっかりと見据えて言った。
s「この前と同じで、俺はむやみに手を出すべきではないと考えています。リスクが多すぎる。実際に目で見てきて、それから何日か考えていましたが、やっぱり助けを出すのは無意味です。
どうすることもできないし、むしろするべきではない」
 一通り聞いていたが、声の節々に棘がいくつもあるような話し方だった。顔つきも、見られたくないのかグラサンをしていたが、普段よりイラついているように見えた。
 それから少し沈黙があった。一連の流れの中で、俺とshowさん以外は誰も発言していない。今日もそれはないだろう。数年前のあの「事件」のせいで、きっとみんなshowさんと同じような考えなのだ。それは仕方ないし、責めることもできない。
 だけど、ちゃんと伝えないといけない。昨日のともさんの話を思い出し、俺は手を挙げて、立ち上がった。
 「おっしゃることは理解できます。俺も自分なりに、どうするのがベストなのか、書物をあさり、考えをめぐらせて、答えを得ようとしました。
 でもやはり、見捨てることはよくないと思います。たった一度きりでもいいから、手を差し伸べることも、大切なことではないかと。これが俺なりにたどり着いた答えです」
 ハッキリと言った。ともさんはわずかに肯いた。だがshowさんは呆れたような表情をみせた。こんなshowさんを見るのは初めてだった。
s「昨日の話、聞かなかったのか」
 明らかにイライラしている。ピリッとした雰囲気が、こちらにまで伝わる。
「もちろん聞きました」
s「なら、どうしてだ」
 「それでも大切だと、俺は思ったからです」
s「たとえ仲間を危険にさらしても、か?」
 一瞬言葉に詰まった。だけど、ここで引くわけにはいかない。あの子のためにも。
 「確かにリスクはあると思います。でも起きてから対処することも、十分可能です。何より、こちらが用意周到に警戒していれば、安全は少しでも保障できるのではないでしょうか」
先ほどよりも顔をしかめている。いかつさも相まった表情をみて、たじろいでしまいそうになる。
s「それでもダメな時だってある。だから遭遇しないようにすべきだ」
 「でも避けてばかりじゃ、新しい発見もないと思います」
s「今までどおりのやり方でも、発見はあるだろ。わざわざそんなことをする必要はない」
 「そんなことって…、誰かを助けることが悪いことなんですか」
 先ほどよりもハッキリと発した。するとshowさんは右手で頭をかきむしった。まるで何かから必死にもがくように。そして俺を思い切りにらみつけ、一気に言い放った。

「所詮、部外者だからそんなことが平気で言える」


 こころの底からショックを受けた。良かれと思ったことが、かえってバカを見る羽目になったのだ。その時のともさん達の心境や、襲われた時の恐怖を思うと、やりきれない。なんて残酷な現実だろうか。
 「…そんなことがあったなんて」
と「でもその一件があったおかげで、わっち達は安全に暮らせているわけだけどね」
 「申し訳ないです。迂闊でした」
と「気にしなくていいよ。知らなかったんだから。
それに、君の意見も正しい。あのとき聞いていて、ムサシ君らしいなって思った。何日か後に、また意見を求めるけど、その時にはこの話を気にしなくてもいい。自分の思った通りをいいなよ」
 「でも、あんなことを皆さんが経験しているなら、やっぱり言わないほうが無難ではないでしょうか。もしまた思い出して、傷ついてしまったら―」
と「そこで負けちゃダメだよ。思いやりも大切だけど、思ったことはしっかりと言わないと。そうしないと、自分のためにならないし、いずれ仲間にも響いてくる。このグループは異論だってはねつけたりはしない。ちゃんとムサシ君の意見を、自分の言葉で表現するんだ。いいね」
 「…わかりました」
 そう答えると、ともさんは納得したように肯いた。この状況下でも笑っていた。本当に強い人だ。この人がリーダーであることを、とてもありがたいと思った。
 ともさんは不意に視線をそらすと、部屋の周りを見渡して言った。
と「それにしても、よくこんな量の本を集めたよね」
 部屋には本棚を5つ置いていて、その全てに本がギッシリと詰まっている。ともさんをはじめ、誰もがその光景をみて驚いていた。かつてすんでいた家の本も含まれているが、中には個人で他村の住民と交渉して得たものもある。だが大半はもらい物だ。
 「六割はshowさんからいただきました。」
と「やっぱり?showさんは本を持っていても、読みはしなかったからなぁw」
 「何かに役立つと思って、ためていたらしいですが、そもそも読まなかったら何も役に立たないはず…(笑)」
と「ごもっともww。でも今はこうして、役立っているわけだ」
 「ありがたいです」
 実際、言葉で言い表せないほど、showさんが集めていた本は役立っている。それまで目にしたことのない学術書や物語がたくさんあって、どれもこれも非常に参考になった。まだ手を付けていない本のほうが多いくらいだ。
 しばらくの間談笑し、ともさんは部屋を出て行った。それから、今回の事例に関係していそうな、あるいは関連性があると思うジャンルの書物に片端から手をつけた。すでに読んだ本も、そうでないものも含めて、ひたすらページをめくり続けた。
 数日の間、答えを見つけ出そうとして、必死に書物へ体当たりした。その時の原動力は、万人一致の「正解」を探し当てることが第一だったが、もう一つは―、あの少女の「助けて、お兄ちゃん」がずっとこころの中で反響していたことだった。
 必死にすがり付いてきて、子どもができるとは思えない、力強い目線を向けていた。だけどあの時、その目を真っ直ぐ見つめることができなかった。それに掛けてあげられた言葉も、「…やってみるよ」と弱弱しく出しただけだった。大人のはずなのに、あんなことしか、してあげられなかった。だからこそ、あの子や、その母親のためにも、もちろん住んでいる村のためにも、何か力になりたかったのだ。
 だが、求めていたものは結局見つからなかった。あったのは、showさんと俺の意見をただ言い換えただけの、内容が全く同じ文章だけだった。
 結局は自分の頭で考えて、自身の言葉で伝えるしかない―。俺はそう悟った。

 思わぬ発言だった。賛同できない?あの状況を見て、なんでそれが言えるのか。
 「…なぜですか」
s「あの村のような状況下に置かれた人たちは、改善意識が全くと言っていいほどない。そんな人々に提供を行ったとしても、焼け石に水で、根本的解決には繋がらない。それどころか、次に何がもらえるか期待して、自分達が自立することをやめてしまう。それこそ、その人々のためにならないし、場合によっては向こうが襲撃してくる可能性だってある。そうなれば本末転倒だよ」
 さすがshowさんだ。理路整然としていて、意見も分かりやすい。俺も何がいいたいのかすぐに理解できた。だけど引く気はなかった。
 「showさんの意見はよく分かりました。確かに、双方のリスクはあると思います。でもあの村が必ずしもそうとは限らないんじゃないでしょうか。
 俺がかつて住んでいた村でも、状況は色々と違いますが、同じような出来事がありました。その時は数名の村民がノウハウを伝授して、最終的には、再興した他村との交流が生まれました。
 必ずしもこうなるとは言い切れませんが、やはり、どんな形でもいいから、手を差し伸べるべきだと―」
s「知らないから、そう言える」
 現実を突きつけてくるような言い方だった。俺が…知らない?showさんは続けた。
s「あとでともさんに聞いてみなよ、昔何があったのかを」
 タバコの煙が周辺に広がるように、周りを取り巻く雰囲気が重苦しくなった。集まりは中断され、数日後にまた意見を聞いて、対応を決めることになった。

 俺はともさんと一緒に自室に向かい、showさんが言っていたことの具体的な説明を受けた。
 まだ全員で暮らし始めて間もない頃だった。資材集めに遠くに行ったともさん、ソーラさん、showさんは、その土地で偶然村を見つけた。小規模な村で、荒廃しかけていたという。立ち寄ると村民から助けを求められたが、その場では何も提供することが出来なかった。そこで数日後、少量だがある程度の物資を送り届けた。その時村民たちはとても喜んでいて、ともさん達も「やってよかった」と感じた。それ以降、たびたび物資を提供していた。
 だが何度か繰り返していると、あることに気がついた。物資はたしかに喜ばれているが、肝心の村自体はよくなるどころか、前にもまして悪化していたのだ。さらに村民からは次第に要求を受けるようになった。このままでは危険だということで、次回での村民の反応で、続けるかやめるかを決めることになった。
 結果は「変わらなかった」。ともさんは継続しないことを決断し、村を後にした。だが戻り始めたときから、気付かないうちに数人の村人に後を付けられていた。森の中に入りある程度進んだ時、同行していたアイクさんがその姿を見つけた。何をしているのか、話を聞こうとしたが、村人は耳も貸さずに襲い掛かってきた。幸い、クミさんが同伴していたので、退散させることは出来た。だが運が悪ければ、人質として囚われていただろう―。その時誰もがそう思ったそうだ。
 この事件を機に、他の村落との交流は一切しないことになり、村を発見しても、物資などの交渉はしないことになった。

 説明が終わると、母親はつらそうな表情を浮かべた。やっぱり、無理して説明してもらわないほうがよかった。
 「すみません。無理を言って」
 「大丈夫です。ただ、毎日がつらくて、つい…」
 母親の様子に変化を感じたのか、突然、女の子が立ち上がった。若干足を引きずるように俺の元へ歩いてきた。すぐそばに近づくと、何かを必死で訴えるように、紺色のズボンを強くつかんだ。この子もやせているけど、その外見からは想定できない力で握っている。自然と視線が合う。
 「たすけて、お兄ちゃん」
 搾り出すかのように、女の子は訴えた。だが今の俺には何もできなかった。
 俺はしゃがんで、女の子の目線に合わせた。
 「…やってみるよ」
 それしか言えなかった。女の子は真っ直ぐに見つめてきた。だけどその小さな力強い目を、直 視することも出来なかった。
ともさん達が戻ってくると、俺は交代で視察したいと申し出た。あまり時間はないが、許可をもらい、あちゃみさんと周辺を見て回った。畑はたしかにあったが、こちらも村と同じく、くたびれた布のようだった。枯れた作物がいくつも転がっており、土さえも寂れているのではと思った。これでは、生産性が上がらないのは当然だ。だがほんの少しの工夫と技術で何とかなる余地はあるはず。わずかだが、希望はある。
 「たすけて、お兄ちゃん」。さっきの女の子の言葉が頭から離れない。つらい表情を浮かべる母と、その気持ちを代弁して訴える少女。彼らのためにも、何かしてあげたい。村を後にしながら、俺の頭はずっと考えをめぐらせていた。
 
 暗くなる前に拠点に戻った。食事をすぐに取ったが、いつものテンションにはなれなかった。ともさん達も同じだったようだ。
 片付けの後ともさんから、今回の成果と発見した村の実情について話があった。どうやら村にはお隣同士のつながりがないらしく、お互いその場に偶然居合わせた、知らない人のように無関心を貫いているという。これでは農業だけでなく、村全体の存続さえも脅かすだろう―俺はそう考えた。
と「とりあえず、こんなものだけど、何か意見ある人いる?」
 みんな何か思っているようだけど、発言する人はいないらしい。迷わず右手を上げた。
と「どうぞ」
 「俺も周りを見てきましたが、同じく悲惨な状況でした。あのままだと、村は存続できないと思います。でも少しだけ手を加えれば、改善するのも容易だと、同時に感じました。こちらから何か提供できるなら、したほうがいいと思います」
 言い終わると同時に「ちょっと待って」と、声が滑り込んできた。視線を移すと、showさんがこちらを見ている。
s「それには賛同できない」

 女の子に道案内をされながら、自宅に到着した。ドアをノックすると、母親らしき女性が出てきた。この人もやせていて、声には覇気があるが、元気がない。事情を説明すると、お礼を言いながら、何度も頭を下げていた。
あ「ここは…酷いね。人の住むところじゃない」
と「襲われる心配はなさそうだね。ちょっと気になるから調べよう。showさん、アイクさん、わっちと一緒に、周囲を見についてきてくれない?」
s「了解です」
ア「分かりました」
と「ムサシ君とちゃみんは、ここに残って。近くで何か気になることがあったら、調べてもいいけど、絶対に単独行動はダメだよ」
 「わかりました」
あ「気をつけてね」
 それからともさん達3人は、調査のために歩いていった。

 昼間なのに暗く淀んでいる周囲を眺めていると、先ほどの親子が出てきた。女の子は無事治療できたようだが、まだ痛いのか、外に出たとたんに、入り口で座り込んでしまった。
 「あの、他の方々は」
あ「ちょっと調べたいことがあるそうで」
 「そうですか。娘を助けていただいて、本当にありがとうございました」
あ「いえいえ」
 「あの…ご気分を悪くされるかもしれませんが、一体この村に何が起こったのか、説明していただけませんか」
 「それは構いませんが、なぜですか?」
 「なにか力になれることがあるかもしれませんので、できれば」
 しばらく考えた後、母親は言った
 「わかりました。私でよければお教えします」
 そして女の子の母親から、この村の不遇な出来事が語られた。
 数年前までこの村も、今より人がたくさんいて、作物も豊富に取れる土地柄だった。何一つ不足はなかったし、年々収穫高も増加して、日に日に生活はよくなっていった。
 その後、村の統治と安定のために、リーダーを決めることになり、村全体で選挙が行われた。その時当選したのは、まだ青二才の青年だった。未来を担う若者の成育のためとして選ばれたらしいが、うまく勤まるのかと、危惧する声も多数存在した。
 初期はどうにか軌道に乗りかけた。だが途中から、徐々に専制へと移行していき、青年の親族や関係者だけが利益を得るような仕組みが一つ、また一つと出来上がった。それに対して他の村民は何一つ気がつかなかった。毎日の作業や生活のために、統治に全く関心を示さなかったのだ。結局気がついた時には、もう遅かった。
 村は反対派と支持派へと瞬く間に二分された。限られた空間の中で、衝突は毎日あった。もはや時間の問題だった。それからわずか数日後、とうとう恐れていた事態が発生した。
それぞれの派閥の小競り合いから、村民同士が鎌、斧、鍬さらには剣を用いての大規模な衝突が起きた。その時の有様は、まるで戦争だったという。この親子は直前に難を逃れたが、戻ったときには大勢の負傷者があふれていた。
 結局、支持派は全てを放棄して、村を去っていった。それに加え、農業の技術者や有能な経験者のほとんどは支持派だったので、村には農業の専門家がほとんどいなくなった。技術の全てを一部の人々に丸投げしていたため、当然生産高は急落し、多くの村民が流出した。いまでは辛うじて食っていけるだけの量を作っているだけで、他村との交流もないから、どうしようもないという。
 俺は一連の話を聞いて、数週間前によんだ本の内容を思い出した。主義について書かれたものだったが、内容の一つにこんなものがあった。
「民衆が主権を握っている体勢は、独裁や専制を打ち破った国民が目指した理想郷であったが、それでさえも、賄賂とか不正とかで錆び付き、結局壊れていく」
 大まかだがこんな主張だ。そこの村で起きた出来事は、まさにその実例を示したかのように感じた。

 さほど大きくはない村だった。集落の痕跡ではないらしいが、どことなく寂れたような―そんな雰囲気を漂わせていた。それはshowさんも同じようだ。
 「なんか…変」
s「やっぱり感じた?」
 「showさんもですか」
s「うん。人の気配が薄れているような感じがする」
 「確かに、全体が寂れたような雰囲気ですね」
s「あ、それそれ。それが言いたかったw」
ア「二人とも、頼りになるなぁ」
と「…注意した方がいいね」
 周囲に人影がないか警戒した。このパターンの場合、油断してはならない。こういう寂れたような村の近くにいると、村民から襲撃を受けてしまう可能性があるからだ。今まで襲われたことはないけれども、明らかに緊迫したことは何度もあったと、ともさんは言っていた。
 幸い、近くにはいないらしい。少し安堵した。だが周囲が安全というわけではない。再び注意を向けようとした、その時―
あ「大変!」
 そう言ってあちゃみさんは駆け出した。何事かと、見失わないよう(見失うのがそもそも不可能なくらいの林だったケド)後を追った。
 追いつくと、そこには10歳くらいの女の子がいた。膝をすりむいていて、所々服には土がついていて汚れている。どうやら転んだらしい。女の子は泣いていて、あちゃみさんがそばで励ましている。
と「どうしたの!?」
あ「ふいに右を見たときに、偶然女の子が転ぶのが見えて」
s「あの村のコかな」
ア「多分そうだと思う。ともさん、どうしよう」
と「このままじゃかわいそうだし、送ってあげよう」
s「危なくないですか」
 「警戒は任せてください。すぐに対処できるよう、スタンバイします」
と「任せた。アイクさんとshowさんも対応できるようにしといて」
 あちゃみさんが女の子を背負い(結構力があるんですよ)、村へと向かった。
 ないことが一番だが、もしもの時は―今までの稽古の成果を駆使して、全力で叩き潰す。そして誰一人として、指一本触れさせない。
心の中で反芻しながら、精神を研ぎ澄まして一歩一歩進んだ。

 少し距離があるところから分かってはいたが、中はあまりにも凄惨だった。
 家々は壁や窓、屋根が汚れ、ところどころ傷や隙間ができている。劣化しすぎて壁材がはがれ、穴が開いている壁もある。中には今にも崩れるんじゃないかと思うほど、ボロボロな建物まであった。そこにもちゃんと村人はいたが、皆げっそりとやせていて、まるで魂が消えた抜け殻みたいに表情がなく、うつむいていた。俺たちが入っても、チラッと見るだけで、全く関心を示さない。一体何があったのだろう。

 もうどれくらい歩いただろうか。かなりの歩数を積んだはずだけど、なんにも見つからない。ブタや牛を狩ることは出来たが、それは今の目的じゃない。周りのメンバーにも若干ではあるが、疲れの表情がちらほらと見られる。俺は元々鍛えていたから、足はこれくらいなら大丈夫だが、そろそろ休憩しないとまずいかもしれない。
 俺はともさん、showさん、あちゃみさん、アイクさんの5人で、拠点から距離を置いて周辺の探索を行っている。ともさん達は数年前(十数年まえだっけ?)から現在の拠点で暮らしていたが、まだまだ周辺広域に何があるのか、謎が多いそうだ。なので時々、探索メンバーを編成し、こうして行軍しながら何かないか探すのだが、今のところ変わったものはない。大体の場合、村や珍しい動物、植物が見つかる。この前は海岸線まで行って、サトウキビを発見したそうだ。今は専用の畑を作って、その成長を見守っている。
あ「なーんにもないね」
s「ヤバイ、飽きそう。よく歩けるよね」
 「鍛えていたんで」
s「頼りになるなぁ。俺が動けなくなったら運んでねw」
 「物理的に無理です」
あ「マジメに答えなくてもいいよ。最悪おいていけばいいんだからww」
s「ちょww」
 「あちゃみさん…、それはちょっと(笑)」
あ「テヘヘ。冗談だよww」
s「ムサシ君、優しいわぁ…。天使に見えるw」
 showさんはメンバーの仲でも、少し体つきがよく、いかつい。黒く塗ったメガネ―じゃなくてグラサンを付けているから、余計強調される。まだ覚えられない。最初聞いたときは、グラサンを「グラタン」と素でまちがえて爆笑された。
でも外見とは反対に、戦うのは苦手らしい。それ以外にもどこか抜けている部分があるが、思わずうなってしまうようなアイデアや意見を持っているなど、かなりギャップがある。実際俺も何度か助けてもらった。
と「この林を抜けたら、いったん休憩しよう」
ア「多分この先は開けているはずだから、周辺も見渡せると思いますよ」
s「程度にもよるけど、そしたら、進むかどうか一旦考えた方がいいかもしれないね」
と「そうだね」
 林はさほど深くはなかった。数メートル進めばその先が少し見渡せた。はっきりと見えなかったが、何かが立っている。自然のものじゃない。
 「showさん、あれ」
s「どうした?」
 「あそこに何か建っていませんか」
s「…本当だ、あれは村だね」
と「止まろう。様子を見た方がいい」
 木陰に身をひそめながら、慎重に歩みを進めた。
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