かなりの距離を歩き進め、ようやく避難先に到着した。すぐ奥には森が広がり、その先には山がそびえている。規模は中くらいで、ざっと20くらい家がありそうだ。ゲンさんは二人を呼びにいった。
 「みなさん、ありがとうございます」
と「これくらい、なんてこと―」
 「そのネタもういいです(笑)」
と「うわぁ、くじかれたww」
鳥「やられましたねww」
 その直後、何かを調べていたバステンさんが話し始めた。
バ「ラッキーだね」
ソ「なにが?」
バ「いま、方位磁石でこの地点が拠点からどの方角にあたるか調べたけど、ここはちょうど、バックの山の向こう側に当たる」
ソ「もしかして、あの山が」
バ「そのとおり」
と「これで時間の問題は解消ってわけだ」
 幸運だった。この村は拠点後方に点在していた村の一つだったのだ。まさかこんなところに二人がいたなんて、想像もできなかった。

 「ムサシ!」
 懐かしい声が後ろから響いてきた。振り返ると叔父と叔母が走って向かってきた。もう50代だからムリしなくてもいいのに、と思った。案の定、そばに来た時は二人とも息が上がっていた。
 「叔父さん、叔母さん…」
 「元気そう、だな。ちゃんと、やってるか」
 「毎日、しっかり、食べて、る?」
 「あのさ」
 「なあに?」
 「嬉しいのは分かるけど、自分の歳考えてよ…」
 久しぶりの再会だったが、この発言に二人とも爆笑した。ともさん達も笑っている。
 「相変わらずだな。その調子なら、問題ないだろう」
 「あの人たちが、お仲間さん?」
 「そう」
 「…立派な人たちじゃないか」
 叔父は元々、地方を転々と旅しながら行商をしていた。数多くの人と取引していた経験から、一目見ただけでその人の善し悪しが分かる。いわば超能力者だ。
 「聞いたと思うが、私たちは別の地方へと行くことになった。だからもうお前には会えないと思っていたが、幸運にも、また顔を見ることができたな」
 「元気そうな姿を見せてくれただけでも、叔母さんは嬉しいよ」
 「ここで会わないで後悔することだけは、したくなかったからね」
 それを聞いて、叔父はニッと笑った。
 「お前ならこの先、しっかりとやっていけるだろう。だが精進だけは忘れるな。一つ一つ糧にしていけば、必ずお前の役に立つ」
「精進も大切だけど、仲間も大切にね。叔父さん「立派な人たち」なんてめったにいわないから、あなたはとても恵まれているのよ。まあ、言わなくてもわかっているでしょうけど」
 「大丈夫。また話ができてよかった」
 二人はそれを聞くと、ともさん達の正面に立った。
 
 「無事だったんですか!」
 「あ、あぁ。まあね…」
 状況がよく飲み込めていないらしい。そりゃそうだ。
 「…なんでここにいるの?出て行ったはずじゃ」
 「言い方をもっと変えてください。家出したわけじゃないので」
 「あぁ、ゴメンゴメン」

 ゲンさんは叔父と幼馴染で、村で大工や物づくりを生業にしている。自宅もみずから設計したもので、鮮やかな赤い屋根が特徴だった。よく酒を飲みに家に来ていたので、幼い頃からの知り合いだ。ただモノの言い方が露骨な部分があって、そのせいで何度か泣かされたことがある。
 家はどうしようもなくなったけれど、ゲンさんが生きていたことに、少しホッとした。
鳥「知ってる人?」
 「叔父の友人です」
 「…この人たちは?」
 「仲間です。今はこことは別の場所で、一緒に暮らしています」
と「突然すみません。驚かせてしまって」
 「いや、気にしなくていいよ。誰かいるだけでも安心する」
 見たところ、ゲンさんは怪我をしてはいないらしい。俺は一番気にかかっていることを質問した。
 「叔父と叔母は今…」
 「心配ない。他の村に俺の知り合いがいて、今はそこに避難している。怪我もしてないから、大丈夫だ」
 「…よかった」
 重荷が降りたように、大きく息をはいた。本当によかった。ゲンさんもついているなら、なおさら安心だ。
 「ところで、何しに来たの?」
 それから、ともさんが今までのことについて簡単に説明した。一通り聞き終わると、ゲンさんは言った。
 「やっぱりそうか。このあたりの村でも同じようなことがあってね。村民同士で対策を立てていたが、そのとたん襲われた」
バ「モンスターの種類は分かりますか」
 「俺が見たのは、ゾンビとスケルトン、スパイダーだった。とくに目新しいのは…」
 突然、話をなぜか途中で切って、腕を組んでなにか考え始めた。
 「どうしたんですか」
 「…関係あるか分からないけど」
バ「遠慮なく言ってください」
 「見まちがいかもしれないが、逃げる途中で、見慣れない人間を見た。あきらかに村の住民じゃなかった。でも夜に他の村から誰かが来るなんてありえない。気のせいだと思うんだが」
バ「格好は」
 「すまない。よく見えなかった」
 集団が襲ってきたときに、知らない他人がその場にいた?ますます分からない。その人間がモンスターを操っているのではと考えたが、そもそも手なずけること自体できないから無理だ。何が起こっているのか。
 考えていると、ゲンさんが話しかけてきた。
「俺は戻るけど、ついてくるか?」
「でも、もう別れて区切りがついたので…」
「そうかもしれないが、アイツらだってあの時すごく心配していたし、今もそれは変わらない。 それに、今避難している村も、全員が別の場所に避難することになっている。俺もアイツらと一緒に明日出発する」
「明日!?」
「もう二度と会えなくなるだろう。その前にもう一回、顔みせてあげたほうがいい」
ずいぶんと急な展開だった。だが会いに行っても、時間の問題がある。どこにその村があるか分からないし、夜までに帰れないかもしれない。
 答えに迷っていると、ともさんが言った。
と「一緒に行こう」
 「でも時間が」
と「心配ないよ。村に行って泊めてもらうこともできるだろうし」
ソ「もう会えなくなるなら、絶対会ったほうがいい。あとで後悔しても何にもできないよ」
 鳥さんとバステンさんも了承していた。
 「後悔」―それだけはしたくなかった。
 「…行きます」
 「わかった。ここからしばらく歩くから、ちゃんとついてきてよ」
 そして俺たち6人は、かつての村を後にした。
 

 翌日、ともさん・ソーラさん・バステンさん・鳥さん・そして俺は洞窟を通過して、かつての俺の自宅へと抜け出た。家は汚れがひどくなっただけで、何も変わっていない。誰かが利用した痕跡もなかった。
 そこから親戚の暮らす村へと進んだ。少し深い森を抜けると平地が広がっていて、そこにポツリと立っているから、発見するのは簡単だ。距離もないから、すぐに到着するだろう。空を見上げようとしたが、葉が生い茂っているから煙は確認できない。一歩ずつ、距離がちぢまるにしたがって、焦りも強くなった。
 しばらく歩き続けて、ようやく前方が明るくなってきた。森の終わりだ。ここを抜ければ、村が見える…。思わず俺は駆け出したが、境目で足が止まってしまった。
 灰色の細い煙が、何本もポツリポツリと昇っていた。
 「そんな、ウソだ…」
恐れていた悪夢は現実となった。膝が折れて、その場にひざまづいた。
ソ「ムサシ君…」
 ソーラさんがそばに来た。あまりの衝撃に、自分から立ち上がることができない。
と「まだ早い。向こうまで行ってみよう。立って」
 「あれでは…もう」
と「そこにいても何もならない。君の目で確かめなきゃダメだ。行こう」
 そう言われると、目の前に手が差し伸べられた。こんな状況でも力強い言葉だった。このまま座りつづけても、何もならない。ともさんの言うとおりだ。
 俺は手をつかみ、再び立ち上がった。

 近づくにつれて、被害の詳細がわかってきた。まともに残っている建物や家屋は一つもない。火災もかなりの勢いだったようだ。この村も周囲を囲まれて、壊滅させられたのだ。叔父と叔母は、無事なのか。
 はやる気持ちと戦いながら、村へと進んだ。あとすこしで入るところまで差し掛かった時、突然鳥さんが声を上げた。
鳥「誰かいる」
 指差す方向をみると、壊れた家が辛うじてたっていた。見覚えのある家だった。赤い屋根がなくなっていて、こげ茶色の壁に巨大な穴があいている。あんなにきれいな赤色だったのに、それさえ推測できないほど、被害は大きかった。
 咄嗟に剣を抜いた。もしかすると、火事泥棒かもしれない。ともさん達もそれぞれの装備を持ち、慎重に近づいた。
 数歩手前まで近づくと、中から人が出てきた。俺は声を荒げた。
 「何者だ!」
 「うわ!!な、何?なに!?」
 相手は尻餅をついた。正面にまわると、見慣れた顔がそこにいた。
 「…ゲンさん!」
 「え?…あれ、もしかして…ムサシ!?」
 

 夕食後、ともさんは全メンバーを招集した。
と「みんな知っていると思うけど、ここ最近、周辺の村が襲われている。でもそれだけじゃない。わっちの友達にも確認を取ってみたけど、どうやら他のところでも同じことがおきている」
 ともさんの交友関係はひろい。他のグループや村にたくさんの友人がいる。時々、伝書鳩をつかって文通をしているらしい。おかげで外の情報も入ってくる。
と「バステンさん、現時点での見解は?」
バ「わからないとしか言えません。一番説明がつかないのは「火」です。そんなモンスターなんていない。どう考えても不自然なのに」
ク「警戒することに、変わりはない」
 力強い一言だった。こんな時、クミさんは頼りになることを改めて感じた。
と「たしかにね。これからは警戒レベルをあげたほうがいい」
ア「その方が無難ですね」
あ「でも、受身ばっかりじゃ解決しないと思う。どうにかしないと」
わ「けどバステンさんがここまで悩むってことは、そうそうないことだよ」
 たしかにそうだ。バステンさんは物知りで、すぐ質問の返答をする。そんな人が「わからない」と言ってしまうほど、事態は逼迫しているようだった。
s「本に何か書いてなかった?」
 「一通り調べましたが、特にはなかっ―」
 何の前触れもなく、突如不安が稲妻のように襲ってきた。なんてことだ。重大なことをすっかり忘れてしまっていた…。
ソ「どうしたの」
 「…親戚の村は、どうなっているのかって」
と「ムサシ君が育ったところ?」
 「はい。もし、先ほどのともさんの情報が確かなら、村は…」
 頭をかかえた。どうして気がつかなかったのだ。なんで思い至らなかったのだ。もっと早い段階で、向かうべきじゃなかったのか。
バカすぎる!
「なんてこった…」
 思わずそう呟いた。万が一でも、襲われていないなんて断言できない。モンスターに囲まれ、逃げ場を失った叔父と叔母―想像したくなくても、頭の中に勝手に映りこんでくる。ネザーのときと同じように、また黒い何かが湧き上がってきた。
 だがクミさんの「おちついて」の一言のおかげで、不安に浸りかけていた意識が、少しだけ元に戻った。
ク「まだ決まったわけじゃない」
と「クミさんの言うとおり。いま焦っても何にもならない。今日はもう無理だから、明日の朝一で向かおう」
ソ「一緒に行く。無事ならできる事だってある」
バ「安全策をつくるならまかせて。同行するよ」
鳥「俺もいく。なにかできるかもしれないし」
ア「俺も―」
あ「アイクさんは留守番!救護班がいなくなるでしょ!」
ア「そんなぁ」
s「よし!俺も一緒に―」
わ「人が少なくなるから、どう見てもムリ。ここに残って支えるしかない」
s「…」
 ぐらついていた自己に何本もの柱が与えられて、ゆれはピタリと止んだ。みんなの思いが強力な支えになった。俺は深々と頭を下げて言った。
 「皆さん―ありがとうございます」
と「これくらい、なんてことはないよ」
あ「ともさん、パクったw」
と「だって本当のことだしw。
それに今まで助けてもらってばかりだからね。今度はわっち達が役に立つよ」
 こんな状況で思うことじゃないだろうけど、仲間って、本当にいいと改めて感じた。
 

と「何が襲ったのかな」
バ「おそらく、ゾンビやスケルトン、スパイダーが中心だと思います。だけど不自然な点もある」
 「不自然な点?」
バ「村の入り口あたりに火事の跡があったけど、そもそも火を扱うモンスターは存在しない。強いて言うならクリーパーくらいだけど、アイツは威力もそんなにないし、ここまで被害を大きくすることは不可能だ」
 確かに、俺も全てのモンスターと戦ったけど、そんなヤツは見たこともない。
ソ「偶然、火事になったとか」
バ「唯一可能性があるとすれば、それだね」
 偶然、村の入り口にある家で火事が起きて、直後にモンスターの群れがやってきた―。
 これまでの経緯を整理すると、こんな流れになるけれど、どこか不自然だ。だいたい、なぜモンスターの群れが突如襲い掛かったのか、原因が分からない。
s「もしかして、新種があらわれたとか」
 showさんが冗談っぽく言った。
と「それはないよ。わっち達が子供の頃だって、ずっと今のままだったでしょ」
ソ「もしかして、童話のドラゴンとか想像しているの?」
s「いや、そこまでじゃないけど」
 やり取りを聞いていたとき、頭の中で何か引っかかった。「子供の頃」、「新種」―。
 なにかありそうだったが、どうしても思い出せなかった。
バ「もう離れたほうがいいかも。何が起こるかわからないし」
と「そうだね。拠点に戻ろう。この村のことは、残念だけど…」
 「しかたないです。村民の一部が無事であったことだけでも、幸いです」
 俺たちは村を後にした。ただ警戒だけは解かず、周囲を注視しつつ、来た道を戻った。その間、あの少女と母親がすこしでも幸せに暮らせるように、こころの中で祈った。それだけしか、彼女たちのためにできることはなかった。

 だがこれだけで終わらなかった。
 数日後、別の探索チームが編成されて、海沿いを調べた。その周辺には、確認できただけで2つの小規模な村があったが、どちらも壊滅していたのだ。双方とも火事のような痕跡があり、そのうちの1つは、跡形もなくなっていたという。
 その二週間後には、拠点のバックにある山から、灰色の煙が何本も上がって見えた。俺と鳥さんが登山道を登って、確認に行ったところ、遠くのほうで火事が起きていたのだ。ちょうど拠点の裏側にあたる方向には、分かっているだけで3つの村がある。今までとは違い、規模は少し大きかった。
 さらに一週間後にも、同じ事案が発生した。
 
 咄嗟に、あの少女のことを思い出した。怪我は治っているだろうが、無事なのか―。無性に気にかかった。
 だがまずは役割を果たさないといけない。俺は後ろに向かって合図した。

 ともさん達と合流し、周囲を警戒しながら、村へと入った。俺はダイヤの剣に持ち替えた。弓矢はバステンさんとソーラさんの二人で問題ないだろう。
 中もすさまじい惨状だった。家具や小物、ガラスの破片、木材があちこちに散乱している。小さな灰の山がいくつもできていた。いくつかの家は中がむき出しになっている。災害にあったというよりも、略奪でも受けたように思える。ひどすぎる。
ソ「なに、これ…」
と「何かに、おそわれたのかな」
バ「そう考えるのが、一番納得がいきます」
 必死に周囲を見回した。警戒もそうだが、あの子がどこかにいるのではないか、そう思って探していた。だが見つからない。
 焦りを感じたのか、ともさんが言った。
と「落ち着いて」
 「すみません、つい…」
と「とりあえず、あの子の家に行ってみよう。闇雲に歩いてもあぶないからね」
 そこから方向を変えて、少女の家に向かった。
 幸い、周辺は被害も少なく、家屋は無傷だった。到着するやいなや、俺はノックも忘れてドアを開けた。だけどそこには誰一人いなかった。荒らされたような形跡もなく、さっきまで人が住んでいたように整っていた。
 「まさか…」
ソ「変なこと考えちゃダメ。決まったわけじゃない」
 「でも、誰もいないなんて」
 約束さえ守れなかったのに、今度はこんなことになるなんて。あんまりだ。
悲観していた時、バステンさんが口を開いた。
バ「無事だと思うよ」
s「根拠は?」
バ「被害は入り口から広がっているけれど、ここは比較的無傷だった。たぶん、襲い掛かった何かは、入り口からしか来なかったみたいだね。そうでなかったら、ここも燃えていたはず。人の足跡みたいなものも見つけたから、きっと逃げられたと思うよ」
 「…本当ですか」
バ「予想だけどね。でも確実だと思う」
 技術担当であるバステンさんの分析は鋭い。ほぼ間違いないだろう。きっと、どこかに避難しているはず―そう願いながら、無事であることに安堵した。
 だが一体、この村で何が起こったのか。
 
「事件」から数日後、俺とともさん、ソーラさん、showさん、バステンさんは再び、あの村へと向かった。俺が意見を引き下げた後、showさんも少し妥協したのだ。その後、また視察に行き、現状を調べてから改めて判断するという結論にいたった。
 同行する時に、俺は食べ物を少しだけ多く持った。もしあの子と出会えたら、渡してあげるつもりだ。
 歩き続けていると、例の林が遠くに見えた。
ソ「話していた女の子、元気だといいね」
「その前に出会えるかどうかわかりません(笑)」
s「大丈夫でしょ。家だって知っているわけだし」
ソ「いざって時は、showさんが見つけてくれるよw」
 「お願いします(笑)」
s「いやいや、押し付けないでww」

 より林に近づいた。ここを抜ければ村に着く。入り口から前回のルートをたどっていけば会えるはずだ。少しでも急ぎたい思いを抑えながら、歩みを進めた。
バ「あれ…煙じゃない?」
 突然、バステンさんが声を上げた。空を指差している。視線を上げると、村の方向から、灰色の細い雲が塔のようにいくつも上っていた。見まちがいではない。
と「火事かな」
バ「それはないと思う。火事ならあんな煙は出ない。もっと勢いよく大量に出る。遠くからだって見えたはずだ。」
と「…まずいね」
 今までのともさんとはちがう、とても落ち着いた声だった。状況はかなり危険であると、聞いただけで分かった。
と「みんな、備えて」
 俺は装備をチェックし、弓矢を手に取った。showさん、ともさんは剣、バステンさん、ソーラさんは弓矢を持った。特にソーラさんは弓矢がうまい。何度か勝負したけど、いつも負けた。普段は救護も担当しているから、とても頼りになる。
バ「どうしますか」
 「俺が前に出て、偵察してきます。安全そうであれば合図します」
と「それがいい。頼んだよ」
 「まかせてください。後方支援お願いします」
s「わかった」
ソ「まかせて」
 そして俺は、林の中へと飛び込んだ。
 いつも以上に緊迫している。だがこういうときほど、冷静さは求められる。気持ちを落ち着かせながら、木陰に身を潜めて前進した。いつでも打てるよう、矢をつがえながら歩みを進める。
 ようやく林の境目に来た時、その光景に思わず目を疑った。
 
 全て説明し終わると、ソーラさんは言った。
ソ「その時のつらい経験が、コンプレックスなのね」
 「その通りです。でも実際、足りないことも多いです」
ソ「みんなそうだよ。私も、昼間のときはそれで負けそうになった」
 言っている意味がよくわからなかった。
 「どういうことですか」
ソ「私ね、いろいろ手伝ってもらった時から、いつの間にかムサシ君のことが好きになったの。それが洞窟の崩落から守ってくれた時から、想いがより強くなった。
 でもこんなに人を好きになったの、初めてで。それで戸惑って、中々伝えられなかった。あちゃみさんとクミさんにも相談したけど、二人とも、「直接伝えなきゃダメ」って」
 あの二人はウジウジするよりも、自分から動くタイプだ。俺もかつて失恋したときに、あちゃみさんから同じようなことを言われた。
「お二人らしいですね」
ソ「ムサシ君が飛び出していったときも、最初はどうしようか迷った。でもクミさんが、「ソーラが行かないとだめ。行って、連れ戻して」って背中を押してくれたおかげで、行くことができたの」
 「そんなことが…」
ソ「大変だったけど、思いはしっかりと伝えられた」
 そう言って俺を見た。確かにちゃんと聞いたけど、あんな状況で、「しっかり」できたかどうか、そもそも判断できるものかな…。
 そう思っていると、ソーラさんはじっと見つめてきた。言い方が変かもしれないが、迫力のようなものを感じる。
ソ「確かに、足りないところはあるかもしれない。でもそれは、これから少しずつ身に着ければいい。きっと大丈夫」
 そう言って微笑んだ。すてきな笑みだった。
ソ「それに、何か欠けていても、私はムサシ君が好きだよ」
 その直後、ソーラさんが顔を目の前に近づけた。何事かと思った、と同時に、口元が何かに触れていた。

 ファースト・キス、だった。
 すぐに唇は離れた。ソーラさんは、いたずらっ子のような笑みを浮かべている。
ソ「いきなりごめんね」
 「あ…、あの…」
 案の定、顔は赤くなった。これが―キス。
ソ「私は、あきらめないから」
 それだけ言うと立ち上がり、階段へと歩いていった。(何でこう考えたのかわからないが)後を追うか迷ったが、その間にソーラさんは振り返って言った。
 「おやすみ」
 そして階段を上って、二階へと行ってしまった。
 残されたのは、おきたことを理解しているにもかかわらず、ろくに整理できない、顔を赤くしたメガネの青年、ただ一人だった。


 結局俺は、自分の意見を引くことにした。あんなことがあったけれど、showさんの意見に従うことにした。
 昔、育ての親戚―叔父と叔母だが―と暮らしていた時、叔父からこんなことを言われた。
 「もし、お前が引いて事が収まるのなら、自分からそうしなさい」
 最初は意味が分からなかった。だが今は体で経験したから、よく分かる。
 ともさんが言っていたように、しっかりと発言することももちろん大事だ。だが引くことに関してはだれ一人見向きもしないだろう。俺の想像だけど、理由は多分「負ける」ことになると思っているからだ。
 当たり前だけど、完璧な答えなんて存在しない。俺の意見だって、指摘された欠点があった。どうあがいても、これだけはどうしようもない。善悪なんてつけられない。showさんの意見を理解できたからこそ、引くことができたのだ。
 だが同時に約束を破った。あの少女との約束を、守らなかった。それは全部俺が悪い。迂闊にあんなことをしてしまったのが、間違いだった。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 俺は今回、いい意味でも、悪い意味でも、また一歩成長できた。これを糧にすることができれば、また誰かの役に立てるだろう。
 大変だったが、(あの一件も含めて…)とても実りある日々だった。
 


第五章 終
 
 天井が見える。ベッドだろうか。それにしては、なんかキツキツな気がする。
 目を覚まし体を少し起こすと、イスが4台並んでいて、その上に寝ていた。どうりできつかったわけだ。かすかに記憶がよみがえった。あの後、3杯飲んだだけで酔っ払い、全員で肩を組んで踊り歌い、ドンチャン騒ぎをした。それから睡魔がやってきて―、その先が分からない。なんでこんな寝方をしたのだろう。
 即席のベッドから起き上がり、周りを見た。案の定みんな寝ていた。床に仰向けだったり、壁に寄りかかったり、様々だった。鳥さんに関しては、テーブルの上でうつ伏せに寝ている。その光景を見て、思わず笑ってしまった。
 時計は午前1時をさしていた。部屋に行こうかと思ったが、正直面倒だった。床に座って壁に寄りかかる。ここで寝るのも、たまにはいいかな。 
 ことを思いながら、ボーっとしていたら、階段のほうから足音が聞こえてきた。こっちに向かっている。こんな時刻に誰だろう。
 視線を音のするほうへ移した。するとそこにはソーラさんがいた。思わず声が出てしまった。
 「ソ、ソーラさん」
 聞こえたようで、真っ直ぐにこちらに来た。
ソ「ごめんね。今大丈夫?」
 「は、はい」
 ソーラさんは隣に座った。不思議と緊張はしなかった。
 「あ、あの」
ソ「なに?」
 「さっきは…ありがとうございました。おかげで、また助かりました」
ソ「私のほうこそ、戻ってきてくれて、ありがとう」
 「い、いえ」
 それから間があいた。あんなことがあったのに、なぜ緊張しないのだろうか。
 不意にソーラさんが言った。
ソ「質問いい?」
 「ど、どうぞ」
ソ「正直でいいけど、私のことは、どう思っているの」
 言葉に詰まった。何を言えばいい?正直にいくのか、盛ったほうがいいのか…。一瞬迷ったが、ここはちゃんと答えようと思い立った。
 「…恋人のようにはみていません」
ソ「そっか」
 どこか寂しそうな声だった。でもうそはつきたくない。「好きだ」といわれて、今思うととても嬉しかった。だからこそちゃんと答えたかった。
ソ「もう一つ、いくよ」
 「どうぞ」
ソ「前から思っていたけど、ムサシ君はなんでいつも自虐的なの?足りないとか、大したことないとか、いつも言っているけど、どうして?」
 「それは…昔の俺が原因です」
ソ「どういうこと?」
それから、一連のことについて、できるだけわかりやすく説明した。

 俺は幼いとき、親を両方とも亡くした。モンスターの群れが、村を一晩で壊滅させたのだ。記憶はそんなにないが、とってもいい両親だったことだけは覚えている。あのときも、親戚の話では俺をかばって亡くなった。原因はさけられないことだったけれど、段々成長してくるにつれて、こう思うようになった。
 『俺にもっと力があれば、二人を助けられたかもしれない』と。
 幼子にそんなことを求めるのは見当違いだろうが、本気でそう考えたのだ。それ以降、だれよりも強くありたくて、ずっと力を求めた。そのために体力をつけ、筋肉を鍛え、剣術を磨いた。
 だがそれは同時に底なし沼でもあった。いつも、「たりない、たりない」と思っていたから、理想像は果てしなく巨大になって、満ち足りることがなくなったのだ。だから、人を助けてお礼を言われても、「こんなの、あたりまえ」と勝手に判断してしまい、素直に喜べないのだ。

 
 アレ、とは「酒」のことだった。
 なにか嫌なことや、ショックなこと、つらいことがあったときには、時々パァーっとみんなで酒を飲みまくるそうだ。そうすれば酔った勢いでケロッと忘れて、次からまた頑張れるとか。バステンさんが小麦を使って製造していて、万が一なにかあっても不足しないよう、大量のストックを常においているという。そういえばどっかの本に、「苦悩の時、酒は友になる」って書いてあった。
 夕方の手前から始まったドタバタ宴会は、スタートからぶっちぎっていた。瞬く間に酒が消えていき、ドンチャン騒ぎが始まった。ちなみにソーラさんとクミさんは飲めないらしく、二階へ上がっていた。
 当の俺は、外に出て入り口のそばに座っていた。酒はあまり飲まないし、すきでもなかった。それに、この心境であの雰囲気の中へと飛び込む気が起きなかったし、すこし考え事もしたかったのだ。そのおかげで、俺なりにまとめることもできた。

 白い月を眺めていると、後ろでドアが開く音がした。振り返ると、showさんが中から出てきた。
s「…となり、いい?」
 控えるような口調だった。顔も下をむいている。
 「どうぞ」
 そういうと、showさんは隣に座った。それからすぐに言葉を発した。
s「今朝は、本当にごめん」
 いつものshowさんの感じではなかった。
s「こんなことで、許してもらえないだろうけど…」
 「もう触れなくていいです」
 それから少しの間、沈黙が流れた。頭の中でまとめたことを、瞬時に整理した。ほんの少し、踏み越える勇気を持って、俺は言った。
 「…showさんも、守ろうとしたんですよね」
s「え…?」
 「俺やクミさんが、戦うことでこの場所やみなさんを守ろうとするのと同じように、showさんも、showさんなりに一生懸命考えて、それを使って必死に守ろうとしたんですよね。
 だれにもできないことで守ろうとするなんて、すごく立派なことですよ」
s「ムサシ君…」
 「だからもう、気にしないでください」
 ハッキリと言った。showさんはさっきよりも、生気が戻ったような表情になった。
s「で、でも、俺あんなひどいこと言ったのに」
 「だからもう触れなくていいですって。
 それに、いつまでも根に持っても、かえって自分自身が苦しいだけです。ともさん達のためにもならない。本に書いてありましたよ、「許すことも、大切だ」って。しかもそれshowさんからいただいた本ですし(笑)」
s「マジ!?」
 「マジです」
 そう言ってから二人で笑った。これで、もう大丈夫。俺は立ち上がった。
 「さて…、もどって飲みますか」
s「おっ、のってきたね」
 showさんと並んで、中へと戻った。宴会はさらにヒートアップしていた。