4日目の夕方、すでに起床して食事もすませた俺は、弓を持ちながら外へ出て、空気を吸っていた。一番好きなのは朝だが、夕方の雰囲気もいがいと悪くない。山へと沈んでいく夕日を眺めていると、後ろから声をかけられた。
と「調子はどう」
 すこし驚いた。避難所にいるはずのともさんが、何でここにいるのか。
 「あれ、避難所はいいんですか」
と「まだ時間があるからね。それより、どうなの?」
 「なんとも言いがたいですね。ターゲットをまだ倒せていないので」
 そう言うとともさんは肯いた。それから「あのさ」ともったいぶるような感じで話し始めた。
 「なんですか」
と「絶対に自分から死にに行かないでよ」
 また同じことを言われた。トータルで3回目だ。
 「あちゃみさんと鳥さんからも同じこと言われました」
と「マジで!?ゴメン」
 「いえ。でもそれだけ俺ってリスキーな存在なんですか。まあ実際、いろいろやらかしましたケド」
と「それもそうだけどさ、一番はムサシ君に欠けてほしくないってことだよ。わっちだけじゃなくて、みんな誰にも欠けてほしくないって思っているからさ」
 こんな言葉をかけてもらえるなんて、7ヶ月前の俺は想像できやしなかっただろう。改めて仲間としていられることが嬉しかった。
 だが次の発言が、一気にそれを吹っ飛ばした。
と「特にソーラさんのためにも、ね」
 ともさんのその一言は、まるで不意に後ろから棒で叩かれるように、耳に聞こえた。
 「…知ってたんですか」
と「いろいろな経緯でね」
 真っ先にあちゃみさんの顔が浮かんだ。確証はないけれど、あの人ならやりかねない。顔が少し赤くなったが、夕日でたぶん見えないだろう。
と「けっこう普通に話はしているみたいだけど、ぶっちゃけどう思ってるの」
 「恋人のようにはみていないです」
と「あ、やっぱりそうなんだ」
 納得したようにともさんは言った。俺はすこし呼吸をしてから、本心を語った。
 「でも、「好きだ」と言ってくれたことは、ものすごく嬉しかったです。誰かから愛されていることが、こんなに素晴らしいことなんて知りませんでした」
 ともさんは実の親のように何度も肯いた。
「恋人としてみることはできなくても、それとはまた別の感情があります。仲間はもちろんですが、ソーラさんはとても大切な人です」
と「そこまで成長していたとはね」
 「今度は親戚のパクリですか(笑)」
と「またバレたww。やっぱりムサシ君がいてくれてよかったよ」
 オレンジ色に照らされながら、二人で笑いあった。ともさんは再び監視の任につくため、避難所へと戻った。
 西に沈む太陽は、先ほどまで光を浴びせていた大地に、闇をもたらそうとしていた。
  

 
 その夜は何事もなく、無事朝を迎えることができた。ともさん率いる残りのメンバーも昼前に到着した。そしてバステンさんからより具体的な作戦内容が伝えられた。
 今回のターゲットは、ウィッチのみ。ヤツさえ倒してしまえば、火災を起こすことも、群れを引き寄せることも不可能になるからだ。
 迎撃体勢としては、避難所を起点にそれぞれ四方に散開し、ポーションをばら撒こうとするウィッチが現れたら、弓矢で始末する。それが達成されたならば、すぐに他のメンバーを避難所に集結させる。石材を利用しているため、火災の心配はない。モンスターの群れは後から襲いかかってくるだろうが、朝までやり過ごしてしまえば、ヤツらは勝手に燃え尽きる。これが一番安全なシナリオだが、これを達成するには、最初が肝心である。
 そして配置が伝えられた。避難所にはともさんが司令として、外の状況をうかがう。南の森側にはバステンさん・アイクさん。東の方向にはクミさん。西はソーラさんと鳥さん。そして北側―つまり村の正面は、俺だ。

 ターゲットの出現に備え、全員がそれぞれの配置にむかった。俺はいちばん前の家屋の中に入り、仮眠をとることにした。夜までにはまだ時間はあるから、準備は問題ないだろう。こちらにはクミさんもいるし、弓矢がうまいソーラさんもいる。
 それにしても、ここは女性陣が活躍してばっかりだけど、男側の活躍ってあんまりない。仲間を守ることが一番なのは変わりないが、男性陣のメンツも守ったほうがいいだろうか、なんて考えながら眠りについた。

 それから3日間、夜になると屋根に上って、矢を軽くつがえながら警戒にあたった。周囲には数本の松明しか置いていない。余計なゾンビやスパイダーを寄せ付けてしまえば、ウィッチを見逃してしまう可能性があったからだ。星や月がわずかに照らす中で、身を潜めながら待ち構えた。だが結果は見あやまってゾンビを数体射ただけだった。
 さすがに時間がたつと、不安と焦りが出てくる。見まちがえは仕方ないが、肝心のターゲットが出てこないなかで、ミスが増えるのはあまりいいことではない。わとさんが伝令に来るから、拠点は今のところ無事のようだ。
 もしかしたら、もう他の場所へと移ってしまったのかもしれない。だがそれはリスクが先延ばしになっただけで、根本的に解決はしていない。仮にもしそうだとするならば、それは他の場所で知らない誰かが苦しんでいることでもある。
 この流れを断ち切るためにも、ここで決着をつけなければならない。
 

 
 現地に着いたのは昼過ぎだった。作戦としては、まず中心部の家の一つを、石材を使って強固にし、物見やぐらをかねた避難所としてなり立たせる。それから四方に散開するというものだ。俺たち3人は適当な家をみつけ、持参した石材を使って強化していった。不足した分は、他の家屋のものを拝借した。本来ならドロボウだろうが、こんな事態ではそんなこと言っていられない。悪く思わないでほしいと思いながら、ズカズカと家に入っていった。

 夕方にさしかかるころ、避難所は完成した。今晩はここで見張りを行うことになる。食事をすませたあと、俺と鳥さんは屋根に上がり、背中を合わせて周囲を警戒した。アイクさんは仮眠を取っていた。
 空を見上げると、本当に星がきれいだった。夜空に飲み込まれてしまいそうなくらい、その光景は圧倒的だ。もしかしたら、これさえも見られなくなってしまうのだろうか。そう思いふけっていると、鳥さんが話しかけてきた。
鳥「このグループに来てよかった?」
 急にそんな話題を出され、意表をつかれたような気分になった。
 「え、いきなりどうしたんですか」
鳥「いいから。どうなの」
 「…誓えますよ。ここに来てよかったと。何物にも変えられないと。
昔から幼馴染とかいなかったので、同年代くらいの人たちとの交流は初めてだったんです。本当に毎日が新鮮で、冒険とかもすごく楽しかった。たくさんのことが学べました」
鳥「たしかに、ムサシ君来てから、いろいろあったからねw」
 「色んな意味であばれていました(笑)」
 お互いに笑いあった。こんな中でも笑えるのは、いい兆候だと思う。
鳥「なんとなくだけどさ」
 「なんですか」
鳥「また無茶するんじゃないかって、思っているんだけど、どうなの」
 すぐには答えられなかった。そうしないなんて、断言できる確証はどこにもない。
 「…しないとは言い切れません」
鳥「やっぱり?」
 「今までとは状況がちがいます。場合によっては、そうするかもしれません」
鳥「死なないでよ」
 いきなり温かく穏やかな空気が包みこんだようだった。普段なら絶対にでてこないはずのフレーズは、こころに深く刻みこまれた。
 「そういう鳥さんこそ、無理しないでくださいよ」
鳥「俺は大丈夫。やばかったら逃げるからw。でもさ、みんなのためにも、絶対に死なないでよ」
 「努力はします。でもその前に―」
 少し息を吸い込んでから、言った。
 「皆さんのために、俺は戦います」
 鳥さんはそれ以上、何も言わなかった。それからなにも話さないまま、警戒は続けられた。星空の光が、暗闇の中のわずかな希望のように見えた。
 
  翌日から2日間にわたり、ともさん・バステンさん・クミさん・ソーラさんが対策方針を話しあった。俺は参加できなかった。周辺の構図に詳しくないのも理由の一つだが、一番はあの攻撃の影響が心配されたからだ。なにしろ亜種なので、分からないことのほうが多い。時間とともに症状が現れるかもしれないのだ。
 その間は中で安静にしていて、結局心配は杞憂に終わった。唯一何かあったとすれば、昼寝をしすぎて夜に寝られなかったことくらいだ。
 そして3日目の朝、全メンバーに方針が伝えられた。やはり襲撃される可能性は高いということで、こちらから迎え撃つことに決まった。その際には、拠点ではなく山の向こう側の村、つまり親戚が避難していた無人の村を、迎撃地点として整備し、7名が常駐することになった。
 前線メンバーはともさん・アイクさん・鳥さん・バステンさん・クミさん・ソーラさん、そして俺だった。先遣隊としてアイクさん・鳥さん・俺がこれから向かうことになり、後日残りのメンバーが到着する予定となった。あちゃみさん・showさん・わとさんは拠点に残り、不測の事態に備えるという。またわとさんは伝令役として、毎日往復することになったそうだ。いろんな意味で大変だ。
 部屋にもどり装備を整えた俺は、部屋にいたミーシャをかかえた。数日間は戻れないだろうし、クミさんもいなくなる。その間一人ぼっちにさせないために、あちゃみさんに預かってもらうことにした。ミーシャはなぜかピタッと体をくっつけ、いつも以上にゴロゴロ言って甘えてきた。きっと分かっているのだろう。優しく背中をなでると、とても気持ちよさそうだった。
 万が一のことがあれば、こうしてかかえられるのは、もう最後かもしれない―。不意にそんなことを思ってしまったが、すぐに振り払い、部屋を後にした。
 
 出発前、あちゃみさんが玄関の前で待っていた。その場でミーシャを託した。今までもよく遊んでいたから、きっと大丈夫だろう。
あ「心配しなくていいからね」
 「よろしくお願いします」
あ「それと、ひとついい?」
 「なんですか」
あ「絶対に無理しないで。もしもダメだと思ったら、生きることを考えて」
 いつもの明るさとはちがった、重みのある言葉だった。あちゃみさんは拠点に残るからこそ、前に出て戦うメンバーのことを一番心配しているのだろう。
 「必ず、戻ります」
 ハッキリと言った。あちゃみさんは笑顔で肯いてくれた。

 
ついに最終章となりました。

現時点の予定では、本日夕方から夜にかけて投稿いたします。

これ以外にも、おまけとエピローグが追加されます。





仲間との偶然の出会い、友情・恋・そして対立と、様々なことにぶつかりながらも、

前へと進み続けた青年、ムサシ。

はたして彼は、仲間を守りきることができるのか。

わ「ウィッチ?なにそれ」
s「聞いたことがある。変な格好をした村人の姿をしているけど、その正体はモンスターで、ポーションとか言うものを投げつけてくるとか」
ア「でもそんなの、初めて聞いた」
あ「私も」
バ「無理もないよ。そもそも伝説上の存在としてあつかわれていたからね。実際目撃されたことなんて、一度もなかった」
ア「ちょっと待ってよ。伝説なら、なんで存在しているの?それこそわけが分からない」
バ「理由はわからない。でも話はここで終わりじゃない」
 そう言うとバステンさんは、落ち着くためなのか、深呼吸をしてから話を続けた。
バ「本来、ウィッチの持つポーションは、ダメージ・毒・回復の三種類が基本とされている。でもムサシ君がうけたのは、毒というよりも、薬品のようだった。しかも煙幕の役割までかねていた」
 たしかにあの中は、薬っぽい感じがしたような気がする。毒ではなかった。
バ「明らかにおかしい。でもあのウィッチが元々「異常」だとしたら、村落が火事を起こしていたことも、モンスターの集団が襲ったことも、全部説明がつく」
 元々「異常」だった?何を言おうとしているのかわからない。
ク「つまり、どういうこと」
バ「ヤツは―あのウィッチは、亜種かもしれない。だから薬品と炎、そしてモンスターを集めるフェロモンみたいな物質のポーションを持っている。それを使っていくつもの村を襲っているのも、ヤツの独特の特徴の一つだろう。そう考えないと、全て納得がいかない。これを否定するなんて不可能だ」
 そしてバステンさんは、絶望したような声で呟いた。

バ「ここが二の舞になるのも、時間の問題かもしれない」

 先ほどよりも、さらに空気は凍りついた。
 何てことだ。これからモンスターの巨大な群れと、伝説でしか存在しないようなヤツの、しかも亜種が襲い掛かるというのか。日数がたつにつれて、被害は甚大になっていた。もしも、もしもそれが現実になったら…。
 頭が勝手に想像をめぐらせていた時、右手に何かが触れた。いつの間にかソーラさんの左手が重なっていた。一連の話を聞いたせいで、とても不安げな表情だった。
 その顔を見たとき、大切なことに気づいた。

 ここで不安や焦り、絶望を感じても、何も始まらない。とにかく落ち着かないといけない。暗い雰囲気に飲み込まれないよう、しっかりと立たないと、大切なものさえも守れなくなる。自身が今までそうだった。それは、俺が望むものじゃない。何度も同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
ク「いずれにしても、やるべきことは分かっている」
 雰囲気を一気に打破する声が響く。この状況でとても頼りになる一言だった。クミさんはこちらを見ると言った。
ク「そうでしょ、ムサシ」
 不安も迷いも、絶望もすでに消えた。答えはもう出ていた。
 「全力で叩く。それだけです」
ク「そのとおり」
 そう言って微笑んだ。クミさんもやっぱり強い。弟でよかった。
視線をうつしてソーラさんを見た。手を優しく握ると、こちらに向けて顔を上げた。
 「必ず、守ってみせます」
 ハッキリと言うと肯き返してくれた。表情から不安が少し消えたようにも見えた。
 俺の中には決意しかなかった。こころの中で、小さい炎が消えることなく、しっかりと明るく燃え続けていた。
 

 上がまぶしい。太陽か?それとも明かりなのか?判別できなかったが、そのおかげで目を覚ました。体は横になっていて、光源はよく見ると明かりだった。どうやら建物の中らしい。何がどうなっているのか。
ソ「ムサシ君、気がついたの」
 そばにはソーラさんが座っていた。
 「…ここは」
ソ「拠点の中だよ。ともさんが担いで、急いで戻ってきたの」
 周りを見回すと、どうやら俺の部屋らしい。
 かすかに記憶がよみがえる。たしかあの時、俺は後を付けていたヤツを追って、それから―。
ク「だいじょうぶ?」
 視界にクミさんが映りこんできた。
 「…なんとか」
ク「ともさん達を呼んでくる」
ソ「おねがい」
颯爽とクミさんは出て行った。かなり心配をかけてしまったらしい。
 ソーラさんから水をもらい、2杯飲んだ。体に潤いがもどると同時に、頭も目が覚めたようだ。意識もなんともなかった。
 すぐにともさん達はやってきた。部屋の中で、再び全メンバーが集結した。
と「体の具合は」
 「なんともありません。めまいとかもないです」
ソ「私もそばにずっといたけど、特に問題はないと思う」
と「それならよかった。まずは一安心だね」
 「申し訳ないです。あの時、でしゃばったばっかりに」
と「気にしなくていい。むしろあのタイミングで気がつかなかったら、何がおきていたか分からなかったからね」
 それから、一番気にかかっていた「ヤツ」のことについて質問した。
 「ところで、ヤツは」
鳥「ムサシ君が倒れていたあたりには、何もいなかった」
 「そうですか…」
ク「あなたの見た、「ヤツ」の特徴は?」
 「紫色の大きな服と、擦り切れたようなとがった靴。三角の大きな帽子と―、死んだ顔でした」
バ「ちょ、ちょっとまって!」
 バステンさんがいきなり声を上げた。こんなことは初めてだ。驚愕した顔を近づけて、続けて尋ねてきた。
バ「よく思い出して。本当にそんな姿だった!?」
 「間違いないです。構えようとした時、たじろいでしまったので」
バ「本当に間違いない!?」
 「は、はい」
バ「なんてこった…」
 そう発すると、バステンさんは天を仰いだ。その様子を見て分かった。
 事態は悪い方向に向かっている、と。
あ「急にどうしたの」
バ「…ムサシ君が倒れていたあたりに、見覚えのあるビンの破片があった。最初はウソだと思ったけれど、さっきの話を聞いて、認めたくないけど予想が確信に変わった」
 そして、全員に聞こえる声で、こう言った。

バ「これは…最悪の事態だ」

 その場が凍りついた。やはりそうだった。
わ「具体的に言って。どういうこと」
 わとさんが尋ねると、バステンさんは大きくため息をついて、ゆっくりと続けた。
バ「今回の村々の壊滅を起こした犯人、そしてムサシ君が見たヤツの正体は、ウィッチだ」 
 ウィッチ―。その名を聞いて思い出した。子供の頃、村にはたまにモンスターのうわさが流れてくることがあった。大概がたいして目新しくもないものだったが、その中には、新種じゃないかといわれた話もあった。
 あのとき引っかかっていたのは、ウィッチのことだった。
 

 俺はカバンの中に、小瓶が入っているのを思い出した。これは消毒薬を入れるもので、以前使ったのに、忘れてほったらかしにしていた。帰ったら補充してもらおうと今日気付いたのだ。これを使おう。
 靴紐をなおすフリをして木の根元にしゃがみ、ハンカチでビンをくるんでから、カバンの外から割った。音は響かなかった。後ろに見えないよう、周囲に破片をまく。ちょうど木の陰になっているから、目立たないはずだ。踏み間違えないようにまたぎ、何事もなかったかのように歩いた。
 少し遅れたから、今は集団の後ろにいる。これならすぐ対応できるだろうが、ひっかかる保証はない。もし引っかからなかったら―
 そう思ったとき、「パキッ」とガラスの割れる音がした。
 反射するように瞬時に体を後ろへと方向転換し、右手で剣をつかんだ。

 そこには人の姿をした何かがいた。紫色のスカートのような大きな服をまとい、擦り切れたような、先のとがった黒い靴をはいている。頭には巨大な三角の帽子をかぶっていたが、なにより驚愕したのは、顔だった。生きているとは思えない顔色と、光を失った目。
 一瞬で理解した。コイツは…人間じゃない!
 たじろいだが、すぐに体勢を立て直し、十分なスタンスを取る。
 「何者だ!!」
 そう叫ぶと、ヤツはサッと背中を向けて走り出した。
 「逃げるな!待て!」地面を蹴って走り出した。同時に剣を抜く。
 「ムサシ君待って!」
 誰かの声が聞こえたけれど、それどころではなかった。ここで仕留めなければ、なにもかも謎に終わってしまう。
 木々の間を流れるように、ヤツは逃げていく。だが追いつけないスピードではない。ステップを踏むように間をすり抜けながら、全力で走った。少しずつ距離が縮まる。時々ヤツは後ろを振り返っている。
 疲れているのか、相手のスピードが遅くなっていた。これはチャンスだ。人間ではないことは、あくまでも俺の勝手な想定でしかない。倒さず、まずは生け捕りにすべきだ。
 そのように考えた時、ヤツの左手から、白い液体が入った丸いビンの様なものが離れた、いや、放ったように見えた。
 ビンは地面に落ちると、瞬く間に白い煙を上げ、周囲を包み込んだ。煙幕のつもりなのだろうか。姿が見えなくなったが、正面にいることは間違いない。そのまま白煙の中に飛び込んだ。そう深くはないと思い、走り抜けようとした。
 だがとたんに視界がゆがみ始めた。それに合わせて動きのバランスが崩れる。ただの煙ではない―気付いた時にはもう遅かった。強烈なめまいが襲い、同時に意識が薄れてきた。抜け出そうとしたが、あがくことはもうできなかった。
 消えていく意識の中で、唯一分かったのは、正面から体が倒れていくことだけだった。
 

 二人は明日の朝、ゲンさんと一緒に出発するそうだ。他の住民もほとんどが身支度を整えており、翌日にはもう誰もいなくなるという。襲撃に備えて、一部の村民が武器を持って警戒していたので、おそらく明日までは大丈夫だろう。村を後にする時、育ての親を見てしまわぬように、真っ直ぐ前を見ながら立ち去った。
 拠点のちょうど裏側ということで、森を抜けて帰ることになった。途中山があるが、そこまで急勾配ではないので、多分大丈夫だろう。
と「それにしても、面白い人たちだね」
 「昔からあんな感じです。まあ、あの調子ならきっと大丈夫ですよ」
ソ「ムサシ君のタメ口も新鮮だったねww」
鳥「まるで新境地を見たようなww」
 「いつも敬語ですからね(笑)」
 談笑しながら歩いていたが、先ほどから、感覚が少しおかしく感じる。ためしに後ろを振り返ってみたが、バステンさんがいただけで、特に変なところはなかった。
バ「どうしたの」
 「いえ、何でもないです」
 気のせいか。別れたばかりだからかもしれない。疲れもあるのだろう。
バ「ちょっといい?」
 「あ、はい」
バ「今回のこの事件について、ムサシ君はどう考えているの?」
 バステンさんがこんなことを尋ねるのは珍しかった。俺は思ったままを答えた。
 「一番は、偶然が多すぎてかえって不自然であることです。火事や、モンスターの群れ、そしてさっきの「見知らぬ人間」。流れがうまく行き過ぎている印象を受けます」
 それに前から引っかかっていることがある。「新種」と「子供の頃」だ。だけどこの言葉の何が関係しているのか、今でも全く分からなかった。
バ「見知らぬ人間、についてはどう思う?」
 「そうですね…、それについては、なんとも言えないですね。見ていないわけで―」
バ「ん?どうしたの」
 「い、いえ」
 気のせいじゃない。何かおかしい。周囲を見わたしたが、やはり不自然なところはない。一体何だ?
バ「体調でもわるいの?」
 「大丈夫です。急にすみません」


 落ち着いて現状を整理した。
 風景に特に変わったところもないし、メンバーに何か異常があるわけでもない。忘れ物をしてもいない。周囲にモンスターはいない。時間は暗くなるにはまだ少し早いから、襲われる危険もないだろう。
 唯一あるとしたら、尾行だ。けれどあの村の人々がそんなことをするとは思えない。可能性があるならば―「見知らぬ人」。それしかない。
 だが姿が見えない。どこかに潜んでいるはずなのに、ほぼ完璧に隠れているようだ。こちらから見つけ出すのは無理だ。最悪姿を見せずに逃がしてしまうだろう。
 それが無理なら、あぶりだすしかない。
 

 「面倒をみてくれて本当にありがとう。どうかこれからも仲良くしてやってほしい」
 「私たちではできないことも多いから、どうかよろしくお願いします」
 そう言って頭を下げた。やっぱりこの二人も変わっていない。
と「恐縮です。ムサシ君は勇気があって、とても素晴らしい人です。実際、彼は仲間を何度も助けてくれました」
 「本当に!?」
ソ「はい。最初に出会ったときも、自分からモンスターの群れに立ち向って、私や他のメンバーを救い出してくれました」
 「お前やるなぁ!!」
 そう言われて背中を叩かれた。思いっきりやられた。ともさん達はまた笑っている。これじゃまるでコントだ。
 「痛いよ…」
 「あ、すまん。だがここまで立派になっていたとは」
 「私たちが知らないうちに、成長していたのね」
 ともさん達の前で思いっきり褒めちぎられた。はずかしいったらありゃしない。
 時間はあっという間に過ぎた。もう少しで夕方にさしかかる。二人も明日に備えなくてはならない。
 「最後に一つだけ、いいか」
 「なに」
 「早くいいお嫁さん見つけろ」
 「…」
 最後に言うことじゃねぇ!!
 「この歳にそんなこと言う?俺まだ成人したばっかりだよ」
 「早いほうがいいぞ。私だって、22で結婚したからな。なあ、母さん」
 「そうよ。相手がいることに越したことはないわ。誰かいるの?」
 いないと言いたかったが、ソーラさんのことがふと頭をよぎった。この場合、否定して…いいのか?
 「…想像にまかせる」
 「お、そうかぁ」
 叔父はそう言って、ニヤニヤしている。もう勝手にしてくれ。
 「あなた、そろそろ…」
 「ん、わかった。それじゃあ、お別れだな」
 改めて俺は二人に向き直った。
 「二人とも、いつまでも元気で。ここまで育ててくれたのに、恩返しできなくてごめん」
 「謝らなくていい。こうしてお前が成長していたことでもう十分だ。きっと父さんと母さんも喜んでいるぞ」
 ぼんやりと、両親の面影が頭をよぎった。叔父の言葉はまちがいないだろう。ふと見ると叔母の目は潤んでいた。
 「生かされたこの命は絶対に無駄にしない。全力で生きてみせるよ」
 「約束だ」
 「でもムリしないで。仲間を大切にね」
 最後に握手をした。二人の手は、とても温かかった。
 もうこんなやり取りは二度とない。そればかり、かみしめていた。親孝行だってできない。ろくに何もしてあげられなかった。
 俺ができるのは、二人のおかげで生かされたこの命を、精一杯生きること―それだけだった。