夜の明ける都会  村野四郎

電線は蜘蛛の巣のように霧にぬれ
消えのこった夜が まだそこらで
蛾のように引き懸っているが
灰色のひくい空のしたでは
劇場の屋根の赤い旗がぼんやり
魚のように游(およ)いで
ふかい麻酔からのさめぎわの夢を脈うたせている
 
都会の夜明けは
どこかの橋梁(はし)のしたで明した酔漢のように
疲憊(ひはい)によごれて きたないが
ある一抹の涼気をにおわせて
すやすやと
おもむろにうすらんでゆく記憶のなかで
何か美しいものを待望している

 (詩集「罠」より)


 *酔漢=よいどれ