雨の言葉 立原道造

わたしがすこし冷えてゐるのは
糠雨(ぬかあめ)のなかにたつたひとりで
歩きまはつてゐたせゐだ
わたしの掌(て)は 額は 湿つたまま
いつかしらわたしは暗くなり
ここにかうして凭(もた)れてゐると
あかりのつくのが待たれます

そとはまだ音もないかすかな雨が
人のゐない川の上に 屋根に
人の傘の上に 降りつづけ
あれはいつまでもさまよひつづけ
やがてけぶる霧にかはります......

知らなかつたし望みもしなかつた
一日のことをわたしに教へながら
静かさのことを 熱い昼間のことを
雨のかすかなつぶやきは かうして
不意にいろいろとかはります
わたしはそれを聞きながら
いつかいつものやうに眠ります


 (詩集「優しき歌」より)