
私が小さい頃の冬は、屋根の雪下ろしと石炭ストーブの煙突掃除が必須だったので、男手なしの生活は考えられませんでした。日曜日の昼食後などに、急に「オーバーを着なさい」と言われ、父の煙突掃除が終わるのを待ったものでした。雪はたくさん積もったら下ろす感じで、平屋だったので私も何度か屋根に上らせてもらいました。
忘れられないのはゴム工場の火事です。家の近くに、北日本ゴムと藤倉ゴムの工場があって、藤倉ゴムが夜中に火事になったことがありました。大きな火の粉が次々と風に乗って川のように夜空を流れて来て、木造だったので屋根に落ちたら延焼すると思われました。どこの家でも男の人が屋根に上がって屋根に水をかけ始めました。父も屋根に上がって、バケツで必死に水をかけていました。
翌日の朝、細い道路を挟んで工場の向かい側では窓ガラスが割れたり、窓枠が焦げたりでした。しばらくして工場の塀と建物が取り壊され、小学校の通学には廃墟となった焼け跡を対角線状に歩くのが日常になりました。石の階段やガラス片や釘などが散らばるちょっと不思議な空間でした。
*ひろちんさんのコメントに返信を書くうちに、雪国の冬やゴム工場の火事を久しぶりに思い出しました。

