朝の小川 久保田裕子(新潟県西蒲原郡燕中学)

香木(こうぼく)のしめりのような
朝のにおいの中を、
こけ草をしめした小川は、
薄荷(はっか)草のうすい香にひかれるように、
歌いながら、いずこへか流れていく。
菜の花の帽子をかぶった小人が、
虹の粉をたたいて作ったという
森の奥の美しいさくらの蕾(つぼみ)の中へ、
この小川は、
かえっていくのだろうか。

美しい朝あけの雲が、
小川にうつる。
み空のくにときく朝あけの雲が、
小川にうつる。
フランネルのように
あたたまってきた小川をすかすと、
その底のほうに
ツグミの歌がきこえる。

美しい小川よ。
すてられた宝石のような
たまり水よ。
人しれぬ底に、灯(ひ)をとぼしたような
春の小川よ。

 (組詩「香料の小函」から 巽聖歌編「中学生詩集」)



たいがいの中学生の詩は、作文(散文)の切れはしのようなものを書いているのに、この人は、ほんとうの芸術としての詩をかこうとしていたからおどろいたのです。詩に対しては、おとなのような考え方をしていたからです。

見てください、このきらびやかな、言葉の宝石を。こういうことは、おとなでもできないことです。こういう詩は、抒情詩の中の、象徴詩とでも言うべきものでしょう。(巽聖歌)