霧の中 伊藤整

霧が這(は)ひ寄つて
緑の葉や花をつけた五月の木々にまつはる。
その寒々とした息吹きに草は戦(をのの)いている。
小鳥はそれでも春にちがひないと考へなほして
思ひ出したやうに鳴いている。
道のめぐつてゆく赤土の崖の上に
家があつて馬がいなないている。
少女がそこから出て来る。
一冬のうちに見ちがへるほど丈が伸び
憂ひをもつた蒼い顔になつている。
もう私の方を真直に見なくなつた。
霧はこの辺の草木の間をずいぶん早く走つている。

 (詩集「冬夜」より)