寧ろ彼らが私のけふの日を歌ふ 伊東静雄

輝かしかつた短い日のことを
ひとびとは歌ふ
ひとびとの思ひ出の中で
それらの日は狡(ずる)く
いい時と場所とをえらんだのだ
ただ一つの沼が世界ぢゆうにひろごり
ひとの目を囚(とら)へるいづれもの沼は
それでちつぽけですんだのだ
私はうたはない
短かかつた輝かしい日のことを
寧(むし)ろ彼らが私のけふの日を歌ふ


 (詩集「わがひとに与ふる哀歌」より)