山  高村光太郎

山の重さが私を攻め囲んだ
私は大地のそそり立つ力をこころに握りしめて
山に向つた
山はみじろぎもしない
山は四方から森厳な静寂をこんこんと噴き出した

たまらない恐怖に
私の魂は満ちた
ととつ、とつ、ととつ、とつ、と
底の方から脈うち始めた私の全意識は
忽ちまつぱだかの山脈に押し返した

「無窮」の力をたたへろ
「無窮」の生命をたたへろ
私は山だ
私は空だ
又あの狂つた種牛だ
又あの流れる水だ
私の心は山脈のあらゆる隅隅をひたして
其処(そこ)に満ちた
みちはじけた
山はからだをのして波うち
際限のない虚空(こくう)の中へはるかに
又ほがらかに
ひびき渡つた
秋の日光は一ぱいにかがやき
私は耳に天空の勝鬨(かちどき)をきいた

山にあふれた血と肉のよろこび!
庭にほほゑむ自然の慈愛!
私はすべてを抱いた
涙がながれた


  (詩集「道程」より)