山林に自由存す  国木田独歩

山林に自由存す
われ此(この)句を吟じて血のわくを覚ゆ
嗚呼(ああ)山林に自由存す
いかなればわれ山林をみすてし

あくがれて虚栄の途(みち)にのぼりしより
十年の月日塵(ちり)のうちに過ぎぬ
ふりさけ見れば自由の里は
すでに雲山千里の外にある心地す

眦(まなじり)を決して天外を望めば
をちかたの高嶺の雪の朝日影(かげ)
嗚呼(ああ)山林に自由存す
われ此(この)句を吟じて血のわくを覚ゆ

なつかしきわが故郷(ふるさと)は何処(いづこ)ぞや
彼処(かしこ)にわれは山林の児(こ)なりき
顧(かへり)みれば千里江山(かうざん)
自由の郷(さと)は雲底に没(ぼっ)せんとす

 (「独歩吟(抄)」より)