トリスの空壜に 小野十三郎

あけがた。
富士を
八年ぶりに見た。
それははじめはこれまでと
ちょっとちがった方角に
幻影のように現われて消えた。
きみはよく眠っていたから
知らなかっただろう。
トリスの空壜にうつったあの小さな富士は
それからどうなったか。
岩淵では製材工場の構内の電燈がまだついていた。
朝の電気の光芒は冴えて
悲しい。

 (詩集「火呑む欅」より)